村人の生き残りの証言と偵察の結果から導き出された東夷の傭兵とオークの数は共に千人超。
防御機構を備えない村で万端に攻撃準備を整えた何倍もの敵を待つのは得策ではない。
戦意の高まりも手伝い、合議は打って出る結論に満場一致で至った。
さしあたり頭数を揃え欠員だらけの戦士団を再編成する。
戦士を育てるのは平時には大変な時間を要するが老域に達し引退した者まで剣を取った今ではなんの支障もなく済んだ。
収穫物の備蓄は根こそぎ強奪され、鍛冶職人などの非戦闘員は死に、女子供はほとんど拐われた。
受け継ぐ者も技術も糧も奪われた。
もう今の人数で暮らしは維持出来ず、口減らしをしてもとても足りない。
あらゆる希望は潰え、滅びるしかないのだ。
ならば一矢報いるべしと老若男女を問わず武器を掴み、村人は総員が戦士となってオーザンの揮下に加わった。
それでも百人を越さないが鉄の意思を持っていた。
衰弱が激しい長とどうしても戦えない怪我人や幼子を残し、オーザンと戦士は冷たい雨の降る暗い野原へ出撃した。
家畜小屋の隅まで暴いてかき集めた松脂と獣の脂を詰め込んだ麻袋はとても嫌な臭いがしたが雨にかき消されてオークの仲間のワーグにも見つからず洞窟までいけた。
見張りを殺し、麻袋に火を着けて阿吽の呼吸で一斉に投げつけ、見つけた全ての洞窟を炎の海に沈める。
蒸し焼きにされるのを拒んで脱出を図ったオークは槍や剣で滅多刺しにした。
オーザンは使い慣れた剣を置いた代わりに家の壁飾りになっていた大剣を使った。
身の丈近い長さの厚く重い鋼の塊ではオーザンの剛腕でも普通の剣の技は使えなくなったが、怒りの力を吹き込まれオークを何匹もまとめて叩き殺した。
火攻めの混乱が収まりかけるのを察すると風雨に隠れて戦士たちは速やかに退却した。
雑木林を移動しつつ集合すると運悪く何人かの戦士たちがまた命を落として還らなかった。
奇襲を受けた旨を東夷へ送ったオークの伝令も土地勘がある分先回りして仕留めた。
次に襲った東夷が天幕を張って陣を拵えたのは大ミミズでも地下を掘って来れない硬い岩盤に囲まれた丘。
百年に一度の激しさで雨と風と稲妻を振り撒く嵐に乗じ、村から略奪した物資で酒宴にいそしむ天幕に片端から乗り込み殺せるだけ殺して逃げた。
大勢を相手取る時は正面からぶつからず、分断して孤立した小集団から各個に倒していく狩りの鉄則を忠実に守っても、襲撃を察知した両軍が差し向けた追手を振り切れず、また何人かが大地に果てた。
エルフと人間が混ざる奇異な編成と装束の戦士の死体で村の生き残りの報復であると知った。
そうとわかると彼奴等は進路を村へ定めて全軍で進撃した。
今度こそ徹底的に焼き払い、禍根を断とうという腹積もりであった。
戦士団は道中に待ち伏せ何度も行軍を妨げたが犠牲を省みない前進に、再三の妨害も虚しく村の近傍の草地に展開を許してしまった。
家族を残した戦士も居る。
捨てては置けない。
この貧しい村こそが種も歳も異なる者たちを繋ぐ絆の表れなのだ。
戦士団は村を背に横並びに一列で立つ。
経験が足りなかった若者や初めから力不足だった老人や女はもう生きてはいなかった。
夜明けの太陽も朧気に荒れた天の下にどろどろと太鼓が響いてオークが突撃し、東夷は衝突の直前を嫌らしく狙いすまして矢を射った。
血に飢えた地響きの歌が押し寄せた。
弓を射返すがこちらの矢はすぐに尽きた。
オーザンに指導されてきた戦士団は使い込んだ盾や剣で防いでオークを蹂躙した。
諸国に散れば騎士の筆頭となるのも夢ではないつわものたちは目に見えた終わりを拒み定めに抗った。
歳を重ねた老練なオークをオーザンは優先して殺した。
囲いを破るだけならば被害は出ようが成せる。
しかし狙われているのは村だ。
進むことも退くことも叶わず血みどろの押し合いを続けるうちに、東夷が矢に仕込んだ毒が回り手負いの戦士が倒れていった。
庇い合って抵抗する部下を助けたい気持ちを圧し殺して迂回しようとする別動隊をオーザンは潰して回った。
昼を過ぎ、二度の攻勢を弾き返して生きていたのは僅か十五人。
対して敵軍の屍はおおむね七百。
切り札のトロルやワーグも健在で、東夷はほぼそっくりそのまま残っている。
三度目の攻防には村に残っていた長も馳せ参じた。
厚い衣を脱ぎ捨て、かつては神々しかった五体が今ではみすぼらしくなってしまったのを晒しながらオーザンの隣にやって来た。
矢はこれでもかと降り、戦士たちを針鼠にするか遮蔽物に釘付けにした。
ついに投入されたワーグやトロルに邪魔されてオーザンも自由に動きがとれず、村への到達を許してしまった。
両翼から騎馬を駆って攻め込んだ東夷の傭兵は強い酒を封入した壺を家の窓や間口から投げ込んだ。
灯された蝋燭や暖炉が酒精に燃え移り家具や床を燻らせた。
乾いた内側から燃えると脆く、けぶる白煙を焚いてあっという間に家々は燃えあがった。
そうでない家もトロルが打ち壊して回る。
炎に巻かれる村人を助けようと振り返った者は背中を斬られて死んだ。
重傷者や赤子は雨に濡れた家が出した煙と炎に焼かれ、苦しみあえぐうちに燃え尽きた。
オーザンも長も全霊を傾けて剣を振ったがとても手が足りない。
八方から雪崩をうって襲い来る敵を振り払うので手一杯だった。
こうしてあえなく村は消し炭となった。
住みかに宿った思い出も匂いも黒くべたつく灰へと変わり、ついに守りたいものは本当に無くなってしまった。
三度目の攻撃で村は占拠され、どしゃ降りの中を村の外れの丘へ退いた。
無様に逃げ出せたのはオーザンと長を含めてたったの五人。
残るべくして残ったような、村で最高の戦士たちだ。
口の減らない熟年の槍使いは子供の時から世渡りが上手で、その癖努力を怠らなかった天才肌。
人見知りなオーザンと戦士団の橋渡しを務め団結を築いた功労者だった。
寡黙な双剣士はどれほど苦しくとも顔色を変えたことの無い鉄人。
幼少から剣に身を捧げたという点ではオーザンに近く、口下手ながらよくなついた若者。
半エルフの副長は復讐のために血反吐を吐いて剣を修め、オーザンに次ぐ実力で無数のオークを血祭りにした。
イリスの姪で、血族の唯一の生存者。
いずれも世が世なら英雄と奉られる資質があった。
五人は墓標となった村を取り戻したい気持ちでひとつにまとまった。
そして四度目。
無意味と知りつつ、日の出と同時に斬り込んだ。
血と泥でぬかるんだ大地を駆けて勇ましく突き進み、千の敵に無謀な戦いを挑んだ。
屍山血河の激戦のさなかに槍使いと双剣士は弩を浴びせられ、立ったまま往生した。
副長は血溜まりの中でトロル三頭と激しくやりあっていた。
オーザンと長だけで背中を預け合って戦いを続け、敵を二百まで減らした。
手のひらの皮が捲れて肉が削れても大剣を振り、息を吸い、血に染まる混沌を泳いだ。
「……これまでか」
完全に包囲され同士討ちの可能性から飛び道具を使わない東夷とオークの槍をあしらっていると、長はぽつり言った。
見ると体の輪郭が綻びて実体を失いつつあった。
魔法を過剰に使い、魔法の神秘そのものの体まで対価に差し出したエルフの末路であった。
「お前はよくやった。本当に努力して、善き父親、善き戦士を目指した」
成果を認めることはあっても、こんな風に過程や頑張りを誉められるのは初めてだった。
入れ物が割れて中身が風に溶けようと漏れだし輝いた。
神代の神威にオークはおののき東夷も怯んだ。
「急になんだよ。何が戦士だ。二人も、村も、守れなかった。俺は……無力だ」
祖父の言葉を受けても自分を許そうとは思えなかった。
「驕るな。誰しも万能の勇者ではない。お前もまた完璧には程遠い。だが守りし者なのだ」
「俺の手には血に濡れた剣しか無い。それで誰を、何を守れと言うんだ!」
少ない友も部下も失った。
オーザンはここで終わるつもりだった。
しかし長には別の未来が見えていた。
「お前はまだ若い。傷は時が癒やす。そして見つけるであろう」
終生に渡り使っていた美しい白銀の剣は使い手の寿命を示すようにさらさらとほどけて朽ちていった。
「いずれマンドスの館で会おう。達者でな」
長の体を構成する光が爆発する。
その閃光の眩しさに誰もが目を閉じて腕で庇った。
長が居た場所から純白の烏が羽根を散らして飛び立った。
ガラドリエルよりも古く太陽と月が生まれるはるか前の星々の時代に目覚めたアルダの地で自由と探求を続け、そして死んだ。
死後のエルフが集められるアマンで待つと言い残し最古のエルフの一人はアルダを去ったのだった。
オーザンは何も考えられななかった。
体に染み付いた動作を無意識で繰り返しオークも東夷も斬った。
剣を投げつけ、石で殴り、喉笛を噛みちぎり、殺すことだけに全霊を費やした。
日没近くなって立っている者は誰もいなくなった。
築いた死体の山を歩き満身創痍の疲弊した体で生存者を探し、一人だけ見つけた。
「やったよ、私。誉めてよ兄さん……」
冷たくなった体を血の池に浸していた副長はまだ息があったが、こわばった指でオーザンの手を握りうわ言を言い続け、じきに永久の眠りに落ちた。
これで本当に一人になった。
とても疲れた。
誰もいない世界を生きていく自信は無い。
こんなに弱く脆い心ならいっそのこと死んでしまいたい。
死ぬなら首に剣をあてがい引き斬れば終われる。
だが安易に死は選べなかった。
黒こげた墓標が砂漠に飲み込まれ歴史の陰に消えても、家族や村の仲間が生きていた証を後世に残したくなった。
何もないところに生まれ、蜃気楼のように全ては崩れ去った。
儚い無数の塵に過ぎないのではないかとも思う。
それでも生き残ったことに意味があるとするなら、滅びゆく大地にも人の営みはあったのだと証明し続けてやる。
生き抜こう。
彼らは精一杯生きて、自分もそれに負けないくらい懸命に生きたのだと、永遠の眠りを迎え家族に胸を張って言えるその日まで。
オーザンは仲間の亡骸を探して埋葬した。
どうしても見つからない者は生きている望みに賭けて探しつつ、オークの後を追い西へ東へ大陸をさまよった。
人に害を為すならオークに限らず巨人も悪霊も滅ぼした。
贈られたパイプと錆びた大剣のみを携え、殺して殺して殺した。
正気でいたとはとても言えない修羅の道を駆け抜けた。
オークの断末魔を無数に天に捧げる旅路で色々な物事を見た。
喜び、悲しみ、怒り、出会い、別れ、生まれ、死ぬ。
あらゆる苦難に抗い紡がれる営みを見て、家族が生きた地平を、厳しくも美しい世界を守りたい。
改めてそう感じた。
いつしか打ちのめされ朽ちた鉄の心は再び立ち上がり、静かな熱意を帯びて鋼となった。
ある日しぶといオークの首領を断崖へ追い詰め、錆びて折れた大剣で首をはねた瞬間、晴天の真昼に雷に打たれた。
西へ行け。
エルフの谷、そこでお前は出会う。
何かにそう言われた。
手からは大剣が消え、新月の夜空にも勝る黒い鞘に納まったすらりとした剣が代わりにあった。
心臓が脈打った。
何が待つのか全くわからない。
底知れない黒い剣を持たせて何をさせようとしているのか。
しかし逆らいがたい威光を感じた。
福音か闇の誘いかはどちらでもよい。
進むべき道を決める唯一の手がかりであるこの導きに乗った。
槍使いの言動を真似て上手く人付き合いをこなしながら少ない情報を集めて西へ歩いた。
砂漠を越え、沼を渡り、草原を過ぎた。
長い道中オークを斬って剣を体に馴染ませた。
曲がらず欠けないのにとてつもない切れ味を維持する真っ黒な剣に、何かの意志が宿っていると知ると、剣はより意のままに操れるようになった。
鉄の塔に住まう悪に堕した魔法使いの同盟の誘いを蹴って谷を駆け、やがて裂け谷へ至った。
エルロンド卿は巡り合わせを信じて救援としホビットたちとアラゴルンに出会った。
これが、今に至るまでの全てだった。
書き溜めしてると後で見直して書き直すの無限ループから抜け出せない。
(ゴースト)ライター助けて!
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