十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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希望を追って

出立の朝、夜明け前に目覚める。

寝台の隣に置かれていた籠に畳まれた服を着た。

暗い月の色をした上下と灰色の肌着。

もと着ていた服よりずっと上等で、痛みが消えた体を曲げ伸ばししても布が余ったり突っ張ったりしない。

指先の感覚が確かならこの服にはミスリルが使われている。

非常に滑らかかつ、しっとりとしている。

特有の青白い艶は処理で消されていたが肌触りは嘘をつかない。

ミスリルは魔法との親和性もさることながら、軽さと頑健さを両立する。

下手な鎧よりも防御力に期待できそうだ。

「良いのを貰っちまった。似合うかい?」

天幕の外で背筋を伸ばして椅子に座っていたハルディアに着こなしを見せびらかす。

エルフの針子が規格外なオーザンの体に合わせて一晩で仕上げた渾身の力作であろう。

これまた置いてあったブーツにサンダルから履き替え、若草色のマントを最後に被り、仲間たちと同じように葉っぱのブローチで留めた。

「気に入ったか?」

「ああ。二度と脱がんぜ」

半分冗談半分本気で言った。

少ない持ち物を懐に入れ、セレグセリオンを腰に吊るして準備万端だ。

「ふっ……こちらだ」

にこりとしたハルディアは顔を仏頂面に戻し地上の小道を示した。

それに従って道を進む。

右へ左へと生け垣とマルローン樹を避けて人気が少ない方向へ歩くと蔓と葉に隠された階段がぽっかりと地面に掘られていた。

辺りには誰もおらず霊廟のような静けさがある。

階段を下り、明け方の弱い光が届かない深さまで来るとオーザンの身の丈を越える大きな扉が忽然と現れた。

「ロリエンの歴史を紐解いてもここに立ち入る異邦人は初めてだ。許しを下さったお二方に感謝せよ」

鍵を刺して錠を開け、扉の一部に掌を当てて呪文を唱えた。

金属の鍵と魔法で封印された扉が奥へ退いた。

穴蔵に吊るされたランプに魔法の灯りがともる。

地下室はかなりの広さがあった。

扉から端までは三十歩はあるだろう。

「そのひと振りのみではなにかと不自由しよう。好きなものを持っていけ」

きらびやかに装飾された黄金のサーベル。

飾りっ気の欠片もない無骨で分厚い、怪異殺しの大剣。

護身用の小刀。

威力を上げつつ獲物に必中する魔法が刻まれた精緻な弓。

整然と並んだ聖なる武具は腕利きの鍛冶師が打った超一級の業物ばかりだ。

どれも強力な魔法がかけられており、仮に人の国へ運べたなら武芸者や王族がこぞって求めるであろう。

「いいのか?」

森の人々が暮らす樹上ではなくあえて地下に隠したここは武器庫にして宝物庫。

あるいは保管庫。

ロスローリエンにおいて秘中の秘。

魔法と鎖で固く封じられた、世に出してはならない妖剣邪剣の類いも幾振りも奥の檻に閉ざしてあった。

人知を超越したセレグセリオンと比べても見劣りしない、絶頂期のヌーメノール人が神への反逆に際し手ずから鍛えたものであろう。

「構わぬ。ただし、封がしてあるものには触らぬように。触れた途端に肩口から腐り落ちても知らぬぞ」

「わかった。それらには触らん」

閉じ込められた奥底にある爛々とした邪気に、ハルディアの言葉はただの脅し文句ではないとオーザンは悟った。

かつて、ヴァラールとエルフと人間の軍勢に主のモルゴス共々敗れたサウロンはヌーメノールの国、中つ国の西方の島へ連行され幽閉された。

ヴァラールへの命乞いが聞き届けられ、モルゴスのように虚無へと追放されなかったサウロンは長い年月をかけてヌーメノールの王たちに取り入った。

巧妙に心を操り、いずれ死する運命の人間を不死の繁栄に嫉妬させ、アマンへ仕向けた。

紆余曲折を経て、アラゴルンのはるか先祖のドゥーネダインを除き、企てに参加したヌーメノール人は島もろとも海の藻屑と消えた。

黄金時代には上古のエルフにも並ぶと称されたヌーメノール人たちはサウロンにそそのかされるがまま、神々を葬らんとして一体何を造りだしたのか。

考えるだにおぞましい。

ミスリルの柵に囲まれていても隠せない邪気に触れようとは思えなかった。

ともあれその手前にある品々は素晴らしい。

文句のつけようがない刀剣ばかりだ。

守備隊の兵が持っていた剣も悪くはなかったが、これらはそのひと回りもふた回りも強くしなやかであろう。

通路を練り歩いてめぼしいものを抜き、軽く振っては戻した。

やがて手に持つのもしないようになった。

「やめておく」

「なぜだ? 仕上がりに不足はなかろう」

さすがの名品たちで、好みのものが幾振りもあった。

しかしもう一本剣を持つのはやめた。

「浮気したら相棒が拗ねる」

剣を検分している間中、セレグセリオンは歩調より小刻みに不機嫌そうにゆらゆらと動いていた。

当たり前だ。

連れ合いの目の前で二人目の味見を悠々とされては良い気はしまい。

それに、剣からしてみればここは奴隷商人の所有する牢屋にも等しい。

魔性を晒してしまった後で魅了が効かなかった主が置いていかないか不安にもなろう。

「魔剣にほだされたか。その剣は危ういぞ」

ハルディアは当然の警告をした。

剣呑な意思を持った剣など、オーザンのように五体を御して紙一重の隙間を縫う剣術家には危険でしかない。

ひっそりと笑んでセレグセリオンの鍔を触る。

「やんちゃな剣と馬鹿な男。お似合いだろう?」

剣を使う度量が試されているなら望むところ。

危ない橋を渡るのには慣れっこだ。

セレグセリオンは指先を軽くひと噛みし、ふるりと震えて黙りこんだ。

まるで幼い頃のイリスを相手にしている気分だ、なんて言うと彼女に鼻で笑われるだろうか。

「数打ちの小刀を見せてくれるか? 投げ捨てても胸が痛まないやつがいい」

これから敵が多くなるだろう。

手数を増やしたい。

ナイフ投げも技の一環で修めているので身に帯びていて損はない。

あまりに晴れ晴れと言うものだから説得する気も失せたハルディアは無銘の短剣を手渡した。

「……魔剣に私の気持ちが負けたと認めるのは業腹だが」

純度の高い鋼だが特別な力もないし、重くもなく軽くもない。

「これだけ持っていけ。その剣も無銘に怒るほど狭量ではなかろうよ」

再び扉を闇の中に閉ざして二人で保管庫を出ると通常の武器庫へ行き、ナイフとそれをわき腹へ差し込めるホルスターを見繕った。

全身に武器を纏い、レンバスを詰め込んだ肩掛け鞄を背中に回した。

水筒にもなみなみと清い水を満たしてある。

夕べの食事はとても腹持ちがよく、朝になっても空腹にはならなかったので朝食は抜いた。

ロスローリエンに居られる時間も終わりが近い。

出立の挨拶をしに領主の館へ行く。

二人はまた立って出迎えた。

今度こそしっかりと片ひざをついて礼を尽くした。

「ゆくのだな」

「はい。昨夜のもてなしといい、ミスリルをふんだんに費やしたこの服といい、数々の格別の計らい、心から感謝します」

服の一部にあしらっているのではなく、全体がミスリルで織ってある。

金属だけで造られているなど鎖かたびらでもあるまいに、馬鹿げたことだが、そうとしかこの柔らかな服は思えないのである。

ロスローリエンにおいても特別なものに違いなかった。

「そなたは衣食に喜びを見出だせるのだな……」

オーザンの反応をケレボルンは喜び、そして少し羨んだ。

永い時の摩擦に擦りきれて心を病み、アマンへ去ってゆく同胞が何人もいる中で、日常的な食べることや着ることにこれだけ心を動かせる男が残っていた。

「しかし一体どのような技でミスリルを織り込んだというのでしょうか」

「イシルディンを見たことはあるか?」

純然たる疑問で訊かれたことにケレボルンは答えてやることにした。

私心で口にするのは憚られる秘技だが、再現不可能な技術を多少語ったところでまた人々が禁忌に触れたりなど到底できまいと思った。

幸いオーザンは口が固い。

「モリアの入り口で一度。たしか、ミスリルで絵柄を描く魔法だったと」

「それの応用だ。ミスリルを糸のように使った生地を用い、破れても自ずと直る」

古きロリエンに残された奇跡と神秘の装身具の最たるもの。

当時のノルドールの専門家だけがこれを造れた。

「それでは……」

細かい製造法も失われた布地をこの大きさで使えば、同じものは二度と作れないだろうに残した遺産を惜しみ無く使ってしまったのか。

もしやカラス・ガラゾンの家宝ではなかったのだろうか。

「言うな。これからのそなたに必要となろう。死地へ赴くともがらへ、余とロスローリエンからのささやかな贈り物だ」

ケレボルンは些末なこととして、追及を遮った。

満身創痍の背中を隠し、まだ傷を負おうと先へ進む勇姿に打たれた心に従ったまでのこと。

彼には物を与えることしか出来ない歯がゆい悔しさすらあった。

「私からはこちらを」

ガラドリエルからは水晶の瓶を授かった。

中身の輝く液体が何であるかは言うまでもない。

「昨夜の薬の残りです。ほんのふた口分しかありませんが授けます」

二人は旅の助けとなる全てを差し出した。

この期待に報いねばなるまい。

そう心に刻んで鞄へ入れた。

「命果てるまで、俺は諦めないと誓います。この世界は終わらせない」

最後の一兵になろうとも、何度でも運命に挑んでみせる。

改めて誓いを厳かに立てた。

「あなたは勇気を取り戻した。それは暗雲を切り裂き未来を拓く光になります」

ガラドリエルに手をとられ、すっくと立ち上がる。

温かく柔らかな指で彼女は指輪の仲間たちのいる東を示した。

「お行きなさい。希望の星たちを見失わないうちに」

「では、行きます」

行って来ますとは言わない。

帰って来れるかどうかは神のみぞ知る。

今はただ前へ進むだけだ。

背筋を伸ばし胸を張って堂々と館を出た。

いざさらば黄金の都。

太く高い木々を一瞥してカラス・ガラゾンを後にしようと南西の門へ向かう。

すると途中で軽装のハルディアが待っていた。

「陸を走るのだろう? 私が案内しよう」

韋駄天足のオーザンに並んで走れるのは彼だけだった。

「助かる」

都を出てすぐ、始めから最高速で走った。

風を追い抜き枯れ葉を舞わせて森を駆け抜ける。

ロスローリエンの森林の終わりまで森を知り尽くしたハルディアは同伴してくれたお陰で、無計画に銀筋川に沿って走るよりずっと近道できた。

一日でだいぶ見慣れた仏頂面に彼はうっすら汗をまとわせて領地の端まで見送ってくれた。

ここから先はオークもうごめく混沌の地だ。

「さらばだ」

「ああ」

感傷的に握手を交わしたりはしない。

男たちの流儀は実に乾いている。

だが熱い。

ハルディアはドル・グルドゥア攻めが、オーザンには指輪の旅がある。

それぞれ為すべきことを見据えて邁進する。

瞳と言葉を行き来させ、別れると互いに振り返らずに行く。

せせらぎに乗る仲間たちとの差はもう僅か。

モリアのような悪いことが起こる前に合流したい。

「間に合ってくれよ……」

セレグセリオンの帯がしっかりと締まっていることを確かめて、これまでよりも一層足を速めた。

 

 

 




お ま た せ
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用語解説
人間(ヌーメノール人)
ドワーフの次に目覚めた種族
メルコール陣営に居たのはほぼ全滅したので、味方しなかった善良な者(エダイン)の末裔。
大陸がめちゃくちゃになったので新しい故郷としてデカい島を西の海に造ってもらい、そこに移住してヌーメノールという国を建てた。
ヌーメノールはエルフと手を組んだら全盛期のサウロンを倒せるくらいまで技術も体力も進化した。
しかし連行したサウロンにそそのかされて信仰を捨て、アマンへ攻め込んだのでお仕置きで島は沈められた。

サウロンに乗せられず真面目にやってたヌーメノールは助けられたので生き残り、また大陸にやってきた者たちが一族経営でゴンドールとアルノールという国を作った。
それらの子孫はドゥーネダインとも呼ぶ。
アルノールはアングマールの魔王に滅ぼされた。
サウロンに与した人間もいる(黒きヌーメノール人)
アラゴルン、ボロミアはヌーメノール人。
オーザンの母親もサウロンから離反したヌーメノール人の一人。

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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