十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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サルン・ゲビア

アラゴルンたちは流れに乗って銀筋川を下り、支流からアンドゥインの大河にたどり着いた。

ロスローリエンの巨大な森もすっかり山の向こうに遠ざかった。

雄大な流れをうまいこと下り続けられたならゴンドールの都ミナス・ティリスまで楽に行けるがそうは問屋がおろさない。

北部の丘陵からはドル・グルドゥアのオークが見張っているのでレゴラスの進言に従って何度も小舟を止め、川原の木立に引き込んで隠さねばならず、思うようには進めない。

川沿いの斜面に繁茂した枝葉が隠れるにはうってつけであったことが唯一の救いであった。

夕方には岸部に小舟を上げて一夜を明かした。

一行は遅れを取り戻そうと力強く櫂を漕ぎ、三日目には一つ目の難所に到達した。

危険なサルン・ゲビアの早瀬だ。

ここでは流れが急になり、また鋭く切り立ったいくつもの岩がまるで歯のように水面から突き出している。

遠目にもはっきり分かるほどうすら白く波が立ち、ここまで運んでくれた小舟が大変頼りなく思えてきた。

「無理だ、渡れっこないぞ!」

体が重く泳ぎが苦手なギムリは青ざめる。

金づち揃いのホビットも顔色も悪くした。

「エルフの船は水に沈みはしない」

落ち着いて漕いでいるレゴラスは言った。

その通り、エルフの船舶はいかに流れが激しく波が荒くとも絶対に転覆したりはしない。

「しかしそうだとしても、サルン・ゲビアを生きて通り抜けられることにはならぬ。今まで一人として通りぬけた者はいないのじゃ。用心せんとな」

あたりはなだらかで大変見晴らしがよく、敵対者が目を向ければ一目瞭然である。

急流に吸い込まれたら流れには決して逆らえず、オークに見つかっても並大抵のものではされるがままとなってしまう。

そのため船で通り抜けるには非常に危険な領域で、誰一人無事に通り抜けた者はいないと言われる。

「向こう岸にオークがいるぞ!」

レゴラスの第一報でボロミアは同じ舟のピピンとメリーを盾で庇った。

水路はやはり見張られていた。

南下する一行の左手に散開したオークが放った矢が山なりに水面へ降り注ぐ。

今許される行いは逃げの一手。

まごついてオークの毒矢を食らう前に、意を決して急流に飛び込むのだ。

しかして悪いことは往々にして重なるものである。

不穏な風にレゴラスは首を巡らせる。

「……悪しき気配だ」

すると大きな影が落下する雲のように降りて来た。

「見よ! ナズグルじゃ!」

魔法の防壁で矢を弾いていたガンダルフは初春の肌寒さの中で冷や汗をかいた。

高い空でナズグルがまたがったそれは翼を持った生きものだった。

鳥だとすればどんな鳥よりも大きな鳥で、羽がなく裸だった。

翼にも尻尾にも体にも一本の羽根も生えていない。

そして途方もなく大きな翼は角質の指の間の皮だけでできた水かきのようで、空の上からでもいやな臭いがした。

薄気味わるい体の作りからして、多分旧い世界の生き物だろう。

この世のどこか忘れられた冷たい山々の中にでもほそぼそと生き延びて、もうとっくにその時代は終わったのに、ぞっとするような高みの巣で、時期をはずれて最後の雛を生んだのだろうか。

これには悪に適した素質があった。

人馬を殺して楽しむけだものの素質だ。

これをサウロンが捕え、たっぷりのおぞましい肉で育て、遂には空飛ぶ大抵の生きものをしのぐほど大きくなった。

冥王はこれを乗りものとして召使いに与えた。

名もなきけだものは下へ下へと降りてきた。

聴くものの耳をつんざく不愉快な鳴き声を発し、それから指の間に水かきのように張った膜がある足で一行を掴まえようとした。

「卑怯もの! 降りてこい!!」

斧だけでは抵抗すらままならず矢を弾くので精一杯のギムリが吠えるが応答はない。

むしろ小馬鹿にして嘲笑うように悠々と旋回して狙いを定めているようだ。

左からは矢の雨。

真上にはナズグル。

ナズグルを目印にオークが更に集まる悪循環だ。

そして前方には急流が迫る。

この窮地で一等の武勲を立てたのはレゴラスだった。

「任せろ」

彼は冷静沈着に弓を構え、立て続けにオークを射殺した。

「……やるじゃねえか」

矢の雨にも負けじと速射する彼の弓は、最近ようやくエルフ嫌いが緩和されてきたギムリが正直に舌を巻く技量だ。

揺れる小舟から二矢をまとめて放ち、川向こうのオークの喉を射抜く神業を何度も披露し、指輪をもつフロドを狙い急降下した恐ろしき獣の翼を正確に射抜いた。

息を飲むような連射でエルフの矢を射られては怪獣も堪らない。

両翼を貫かれた恐ろしき獣は重心を崩し、あわや墜落というところでナズグルが巧みに手綱を操り、北の方角、すなわちドル・グルドゥアの方へ不安定に揺れながら逃げ去った。

少数ゆえに隊を統括していたのがナズグル一人であったことが幸いし、頭目が指示も出さず一目散に逃れたことでオークは動揺し矢が降り止む。

大将首のナズグルの退却に合わせてオークも散り散りになって退いていったのである。

水飛沫にしっとりと髪を濡らしたアラゴルンが三艘の船を見回す。

「皆無事か!?」

「大丈夫ですか旦那様?」

「なんとか……」

主を庇っていたサムの下からフロドは顔を出し、嫌な臭いが去った風を吸う。

だが息を整える暇もない。

先頭を司るボロミアが叫んだ。

「突っ込むぞ! 掴まれ!」

流れに乗ってしまった小船は急激に速度を増して岩の合間に吸い込まれる。

一行の船は激流に揉まれて揺られに揺られた。

船が沈まずとも乗る者が放り出されないという保証はどこにもない。

水面に落ちたが最後、岩に何度も体を打ちのめされて川へ沈むであろう。

上下左右がわからなくなるほど揺れ、酔ってしまう余裕もなく必死に船底に這いずり船にしがみついた。

悠然としたアンドゥインからうってかわってせっかちで慌ただしい。

頭の天辺から爪先まで冷たい水をかけられ、笹舟より頼りなく思える船に運命を託してじっと堪え忍んだ。

船底だけを見つめて伏せ続けどれだけ経ったのか、荒波が収まっているとボロミアは気がついた。

「!!」

体を起こして濡れそぼった髪をなびかせる。

どこまでも男気溢れるボロミアは船から落ちた仲間がいたなら、飛び降りてでも助ける気概であった。

憂いは空振りに終わり、後続もまた無事であると確かめた。

「抜けられたのか……?」

サルン・ゲビアを通りすぎたひとしおの喜びをにじませたアラゴルンが応える。

「ああ。やったぞ!」

泡立つ急流は仲間に恵まれ縁故の助けがあってやっと通過できる難所であった。

先行きの不安さが露になった地点でもある。

初めて尽くしの旅でもここまで運任せの行程は見越していなかった。

空飛ぶ獣をナズグルがああも乗りこなすとなれば道程の大半は見直しが必要かもしれない。

「死ぬかと思ったよ」

真っ青な顔をしていた筆頭のピピンはその緊張をほぐす一服を震える手で用意してパイプを嗜み始める。

親友のメリーにも吸わせてやっていた。

「立ち直るのが早いな、まったく……」

オークにナズグルに急流下りと、息の詰まるような経験を味わった心臓はまだ少し脈が早いままだというのに。

一周見回して脅威や危険が無いのが分かると、ボロミアも緊張の糸をほどいてゆっくり漕ぎだした。

「なあ、俺にも一口くれるか」

「いいよ。どうぞ」

力持ちのボロミアが漕ぐのを休めない代わりにパイプを吸わせてやった。

裂け谷での出会いは決して穏やかではなかったが積極的に仲間を庇う姿勢に偽りは無く、剣の稽古で触れ合ううちにピピンとメリーはすっかりボロミアと打ち解けた。

今では頼れる兄貴分だ。

「あれは斥候だ。本隊が仕向けられるまでにどれだけの時間があるか……」

より安全は道を行くにはどうするべきか、アラゴルンは思案した。

「ここまでオークが蔓延っていたとは想定外じゃ。道程を見直した方が良いかも知れんのう」

出来うる限り危険は避けたい。

方角からしてドル・グルドゥアから来たオークだ。

ロスローリエンに匿われて見失っていた一行を探して散発的な斥候を出していたところに運悪くひっかかったのだろう。

捕捉されてしまったのなら、道を変えねば次はもっと沢山のオークに待ち伏せをされる。

しかしここから陸路に切り替えると余計に時間を食って追い付かれる危険もある。

どうせなら速度を生かして突っ切ってしまいたいところである。

「ふむ、どうしたものか……」

どちらも不確かで悩みどころだ。

モリアといい、旅を始めてからこの手の選択を迫られてばかりだ。

「時は待ってくれないぞ。このまま行こう」

ボロミアが急かすように言ってしまうのも致し方ないことだ。

彼はエルロンドの会議に代表として出席するため一年も前にミナス・ティリスを出て以来、一日千秋の思いでゴンドールへの帰郷を待ち望んでいる。

当然その間の祖国の様子が聞こえようはずもない。

たった数日でも早く戻り、弟のファラミアとイシリアン防衛の指揮をとりたいと強く願っていた。

「そう答えを急ぐでない」

そうたしなめ、櫂を置いたガンダルフは神通力めいた何かで占っているのか、目を瞑って灰色の髭を撫でる。

膨大な知識を当てはめて計算した事例に思考を凝らすが妙案は浮かばない。

全体的に沈みがちな空気を破ったのはフロドであった。

「ボロミアの言う通り、思いきって速いほうが良い」

「軽挙は慎まねばならぬ。今はなるべく上手く事を運ばねば全て御破算じゃ」

さりとて現在知りうる事柄だけでは選択肢に優劣をつけがたい。

悠長に考えるのも追手のオークが待ってはくれない。

「しかし……思いきりも時には必要か……」

逃げるのもままならぬなら、せめて前のめりに。

決断力に長けた半エルフが今ここに居たならフロドを支持するだろうと魔法使いは感じた。

「どうやっても危険はつきものだよ」

生きている望みは繋がれども、オーザンを地底に置き去りにしたことは全員の心に暗い影を落としている。

特に、絶えず指輪の誘惑に脅かされ向き合い続けているフロドはこの旅が楽しい模様で進む希望は持っていなかった。

指輪を破壊出来れば御の字。

奪われたら敗北。

中つ国を賭けた勝負は始まっている。

どれだけの奇跡と犠牲が必要となるか予想できない旅なのだ。

「急いだ分だけ助かる命もあるかもしれない」

血の気が確実に減りつつあるフロドは強い語気で言った。

持てる財産は時間だけ。

長引けば長引くほどこの戦争が不利になるなら、急ぎすぎということはあるまい。

貴重な時間を短縮出来るならば多少の危険を冒す価値がある。

サルマンがモルドールに寝返った中つ国の現状を鑑みれば自由の民に残されたいよいよ時間は少ない。

「フロド、私は君の直感を信じる。運命を委ねよう」

アラゴルンはこの賭けに乗った。

指輪の所有者に働く、何がしかの力が運命を手繰り寄せると祈って。

「決まりか。では皆で力一杯漕ぐのじゃぞ」

選択した行動が引き起こすどんな未来もガンダルフは覚悟して受け入れた。

今はただ最善を尽くそうと。

「よし!」

結果的に意向に沿う形となったボロミアは漕ぐ手に力も入ろうというもの。

メリーと交代で漕ぎながらピピンはボロミアに尋ねる。

「そんなにゴンドールに帰りたいのかい?」

「ああ。壮麗な宮殿や吹き抜ける蒼い風。そしてそれを守る統率された部下たち。全てが俺の誇りだ」

こだわりの本質を見抜かれたことにやや困惑しつつ、自慢げに祖国のことを誉めそやした。

「へえ、綺麗な町なんだろうね。暮らしてみたいなあ……」

流浪の旅人が旅の果てに騎士になる類いのおとぎ話はそれなりにあるが、いざその大将となる人物と話していると感慨深い。

人間の国でも最大のものとなればゴンドールの都はさぞや栄えているのであろう。

「剣の腕が一人前になったら、ミナス・ティリスで衛兵にしてやろうか」

「いいのかい?」

人間の国で騎士になったホビット。

なんて格好いい響きだろうか。

きっと、ぴかぴかの剣や鎧を着て綺麗な旗を持つのだ。

「いいとも。ただし、俺の部隊は厳しいぞ?」

地底ではオークに囲まれ太古の魔神に追われて恐ろしい思いをしたのに、能天気でいられるピピンの明るさは素晴らしい。

良い意味で才能だ。

気持ちいい活発さにくすぐられてボロミアは自然に微笑みが零れ、分けてもらった元気を使って船を漕ぐ。

 

 




いつの間にかお気に入り千人越えてらぁ…
評価と感想にはいつも感謝してるゾ~

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761


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