サムが朝食のオムレツを焼く匂いでフロドは目を覚ました。
そろそろエルフからもらった卵が悪くなってしまうので一気に使いきった。
つけあわせの野菜炒めも足すと全員が満腹になった。
追跡を逃れるために念を入れてしっかり土と落ち葉を被せ焚き火の痕跡を消した。
これが長い別れが始まる日の朝だった。
「行こう」
アラゴルンの音頭で船を川に押し出して乗る。
サムとフロドは彼と同じ船に乗って漕ぎ出した。
朝が終わり昼になってもオークは来なかった。
ありがたいが油断大敵。
慎重に行く。
待ち伏せに適した断崖に挟まれ狭まった所を通るときは仲間たちは弓をとったり盾を手元に置いていたが、何事もなく通り抜けた。
そしてゴンドールの領地に入る事と船旅の終わりを告げる物と出会う。
アンドゥインの流れにその近くに運ばれるにつれ、二本の巨大な柱は塔のようにそそり立ってフロドを迎えた。
アラゴルンはフロドの肩を叩いて教える。
「フロド、見ろ。アルゴナスの門だ」
黙したまま脅かすように両岸の断崖に沿って立つ灰色の大きな大きな姿は、巨人のようにフロドには思われた。
次いで彼は、この二つの岩が事実人の姿に作られたものであることを知った。
古代の技の巧みと力の働きを受け、その二つの像は、往時茫々たる歳月の風雨に耐えて、はじめて彫られた時の威風堂々たる姿を今も留めていた。
足の小指でさえ身長の何倍もする威容に仲間たちは放心するように見上げた。
「伝説の古代の王たちにやっと会えた。私の先祖だ……」
血筋の尊さを自慢するような男でないアラゴルンが誇らしそうに言った。
一つの指輪に誘惑され意思を挫かれてしまったが、それでも一度はサウロンを倒した英雄に格別な感情を抱き畏敬の念を持っていた。
深い水の中に築かれた巨大な台座の上に石に刻んだ二人の偉大な王は立っていた。
兄王イシルドゥアと弟王アナーリオンの姿が彫刻された巨大な石像。
アンドゥインはこの像の間を抜け、ネン・ヒソイルの湖に流れ込む。
この像はゴンドールの領地の北辺を示し守護するために、千六百年も過去のゴンドール王、ローメンダキル二世により建造された。
ひび割れた眉をしかめ、かすんだ目で威圧するように依然として北の方を見おろしていた。
いずれの像も左手をあげ、警告するかのように掌を外に向けている。
右手にはそれぞれ剣と斧が握られていた。
またそれぞれ頭上に崩れかけた兜と王冠をかぶっている。
偉大な力と威厳をとどめ、二人の王は消滅した国と消えかけた国を今なお背負い、物言わぬ守り手となっていた。
畏怖の念に襲われて、フロドは身を縮め、船が近づいても目を閉じて上を見上げようとはしなかった。
公然とゴンドールに王位は不要とでもいうような発言をしたボロミアさえも、やや憧れのような表情で見上げている。
見るものを圧倒するそれだけの威容がこの建造物にはあった。
小さな木の葉のように波間を漂う華奢な小船が、ヌーメノールの番人のとこしえの影の下を飛ぶように通り過ぎるときには、その頭をかがめるのであった。
こうして一行はアルゴナスの門の暗い割れ目に入っていった。
続くのはネン・ヒソイル。
エルフ語で霧の冷水の意を示す湖だ。
エミン・ムイルの山々に囲まれた、南北に細長い長円形の湖。
大河アンドゥインが北側の峡谷から流れ込み、湖の南端からラウロスの大瀑布へ向かって流れ出る。
せばまっていた川は一気に拡がり、長円形の湖、水うす青きネン・ヒソイルとなる。
湖の周囲を取り囲む険しい灰色の山々は、その山腹を木で覆われていたが、頂には何もなく、陽の光に冷たく光る。
一番遠い南のはずれには三つの峰が聳えていた。
そのうち真ん中のはあとの二つから離れていくらか前に出ていて、川の中に島のようにそそり立っていた。
流れる水は薄青くきらめきながらその島を両の腕でかき抱くようにしていた。
ラウロスの様子は遠くかすかに、しかし殷々と響きわたって、遠雷にも似た轟音が風に乗って聞こえてきた。
今後行く道は三つ。
ラウロスを避けて南北のどちらかに上陸するか、滝の北側の側面にある、偉大な王たちの時代に作られた北の登り道と呼ばれる大階段を辿り、ラウロスの下へ降りるか。
川を下り続けるのは愚作。
北は最短の道となろうがオークの支配地域。
やはり昨日話し合いで陸路で南を行くのが正しいようにアラゴルンには考えられ、そちらの岸に小舟をつけた。
仲間たちは、特にボロミアはくたびれた様子で船を降りた。
ギムリがせりだした崖の下に岩に囲まれて南の丘から死角になった窪みを見つけた。
道からもやや離れ、ここでこっそり夜を過ごせば敵に悟られる恐れは減る。
焚き火を小さくすれば明かりの漏れも気にするほどではないだろう。
各々で荷物を置いたり好きな場所に腰かけた。
「ボートを隠したら少し休もう」
「アラゴルン。まずいぞ、嫌な気配だ。何かが来ている」
そこに偵察を兼ねて地形を見回ってきたレゴラスが待ったをかけた。
「ナズグルか?」
「ナズグルじゃない。胸騒ぎがする。すぐにここを離れて北から行くべきだ」
彼は南西からやってくる悪意を感じ取っていた。
「正気か? エミン・ムイルの山越えはそれは楽しい旅になるだろうな。切り立った岩が迷路のように続く難所だぜ。しかもその先は更なる地獄だ。鼻の曲がるような臭気を漂わす一面の沼地が広がってる。正しい道を知らないと通れない。迷ったが最後、朽ちる事なき死者の仲間入りだ」
跳ね起きたギムリが斧を担いで鼻息を荒げる。
彼は沼地が嫌いだ。
ぬかるんで穴は掘れないし万年じめじめとしていてすっきりしない。
「まずは落ち着かぬか。しかし、ふむ、困ったのう……」
岩に座った魔法使いは灰色の帽子を脱いで膝に置いた。
レゴラスの勘を信じない訳ではない。
エルフには時々人間の理解を越えた虫の知らせが囁くことがままあるのを知っているし、この旅では何度も目の当たりにしてきた。
だとすれば今回も明確な危険が迫っているのだ。
だが逆を言えば悪の勢力が野放しになるほどローハンの国力が弱っていることの表れでもある。
「ローハンでどうにかセオデン王を正気に戻せれば大きな助勢を得られよう。わしはそれを当てにしておった」
ミナス・ティリス等の激戦区を通るにあたり、広大な草原を縦横無尽に駆ける精強な騎兵を味方につければ心強い旅になる予定であった。
ローハンの現国王セオデンは訪ねた旧知の友であったガンダルフを追放した。
忠実なる側近たちを遠ざけて怪しげなグリマーという小男を侍らせたその様子たるや正気とは言い難く、何者かに心を操られているのは明白であった。
そしてローハンへの影響力と手管を持ち合わせたを何者かとは、アイゼンガルドの白の魔法使いサルマンに他ならない。
ゴンドール存亡の危機に救援をさしのべうる唯一の同盟国のローハンが潰えようとしている。
セオデン王にかけられた悪質な魔法を解かなければならない時が迫っているのをガンダルフはひしひしと感じていた。
しかしそれはエドラスにたどり着ければこその話だ。
下手をすれば一行が敢えなく砕け散るような危険を冒す価値があるのだろうか。
賢明な魔法使いでも迷う事柄だ。
「指輪を危険に晒すのも避けねば。悩ましいのう」
この九人で敵の追手をはね除けて指輪を守りつつセオデンに会いにローハンの王都エドラスまでたどり着く。
二つを同時に成功させるのは極めて難しいことである。
「ローハンへの道は安全ではないぞ」
「エルフのお前がそうだと言うからには何かがあるのだろう。だが向こう岸へ渡るにしてもオークに見張られている。日があるうちに渡るのは余りにも危険だ。それにローハンを見捨てることも出来ない」
しつこくない程度に食い下がって警告してみてもアラゴルンは今の意思を曲げず、進路を変えようとはしなかった。
今さらじたばたしても手遅れであると覚悟をしてのことである。
レゴラスは彼の意思を尊重して口を閉じた。
「どうにかやり過ごせることを祈ろう」
アラゴルンはローハンの事情を知ったら捨て置けない男であった。
それに、アイゼンガルドとモルドールに挟み撃ちにされる危険性は排除したい。
損益の勘定に頭を悩ませながらフロドの姿が見えないことに気がついた。
「フロドはどこだ?」
ボロミアも盾を置いてどこかへ行っていた。
二人きりにならぬよう気をつけてそれとなく目を配っていたが、船から荷物を運んでいる間に見失っていた。
「さっき連れ立って歩いてたぜ。薪でも探しに行ったんじゃないか?」
最後に見たギムリが教えてくれた。
「なに?」
アラゴルンの心臓は大きく脈打った。
失態だ。
ボロミアが誘惑に揺らいでいると分かっていたのに、よりによってこんな時に気を逸らしてしまった。
「馬鹿者! それを早く言わんか! フロドを探すのじゃ!」
血相を変えたガンダルフは落ち葉を蹴飛ばして立ち上がる。
悔やむより先に二人を探しにアラゴルンは川辺を飛び出した。
仲間たちも荷物を放り出して大急ぎで手分けして森へ入っていくのだった。
アンケート感謝ァ
絶望ベルセルク√希望者が思ったより多いですね…
現実に疲れてる破滅願望兄貴たちはしっかり休んで、どうぞ
読みづらいって意見が届いたけどこれで書き慣れちゃったからメニューの閲覧設定から行間開くように弄れるのでそれでなんとかして欲しいゾ
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