フロドは斜面に埋もれた階段を走った。
偉大なる王たちの時代に築かれた石段や石像は土や落ち葉に埋もれてもしっかりと形を残している。
少しの間だけでも静かな場所で一人になりたかった。
狂暴に膨らみゆく胸の内を穏やかに鎮めるには集中しなくてはならない。
「一人で出歩いちゃ駄目だ。特にお前は大事な身だからな」
拾い集めた薪を抱えたボロミアが木立から姿を現した。
フロドは仲間といえど警戒して距離を開けた。
ボロミアが霧ふり山脈で既に揺らいでいて、そして今はさらに指輪の誘惑に飲まれかけていることは想像するに易い。
「フロド、一人になりたい気持ちはわかる。日ごとに重荷は増していく。だがそう気に病むな。他にも道はあるんだ。もっと楽になれ」
「言いたいことはわかるよ。忠告に聴こえるけど実は警告だ」
彼の眼差しは裂け谷で再開したビルボと酷似した病めるものであった。
ボロミアの中には正気の部分が少ないことを悟った。
「警告? なんのことだ? 誰でも不安は同じだ。だがその恐怖に負けたら全てが無になるんだ。そうはなりたくないだろうが」
「道は一つしかないよ」
誰にも渡せない。
指輪を手放すのは滅びの山。
どんなことに遭遇しようとも渡すことはできないのだ。
ゴンドールが滅びようとも旅を優先しなくてはいけないのだ。
郷里を愛するボロミアにその選択はとても認められないものであった。
「俺は自分の種族を守る力が欲しいだけだ!」
ボロミアは抱えた薪を地面に投げ捨てた。
フロドの答えは、祖国を見捨ててでも指輪を破壊することを選べと強制するものである。
それは見過ごしがたい。
それだけはできない。
何よりもゴンドールの防衛を優先してしまうのは、国を愛するが故であり、彼の生きざまなのだ。
だから二人きりとなり、眼前にぶら下がった、願いを叶えるその力を真摯に欲した。
「指輪を貸してくれ!」
「いやだ」
「なぜ!? 必ず返す!」
「ボロミアじゃなくなってる……」
言葉は通じないと思わせるほどゴンドールの大将の目は飢えた獣のようにぎらついている。
それが祖国を守る力をもたらすと信じてしまったボロミアは狂気に踏み込み、理性の揺らぎは頂点に達していた。
「奴らに捕まり指輪は奪われる。お前は死ぬよりつらい苦しみを味わうんだ!」
荒ぶる感情のままに呪いを吐いた。
不安や憤りにつけこみボロミアを蝕んでいた指輪の誘惑は閾値を越えていた。
とても言葉で諫められる様子ではない。
鬼気迫った雰囲気に尋常ならざるものを感じ、後ずさりして逃れようとする。
「馬鹿者がぁっ!」
仲間たちのもとへ逃げようとしたフロドを追った。
ボロミアは逃げる背中へ飛び付いて押し倒した。
「それは運命の悪戯でお前の手に入った。俺のものでもおかしくなかった! いや、俺のものだ!」
完全に気が触れていた。
「いやだ!」
「ええい寄越せ! 渡すんだ! 寄越せっ!!」
「いやだっ!!」
指輪をとられまいと握るフロドの肩をボロミアは強く揺らし奪おうとする。
二人は枯れ葉を巻き上げ激しく揉み合った。
もぎ取られる寸前に無我夢中のフロドは指輪をはめた。
突如姿を消したことに驚いたボロミアの不意を突き、胸を蹴飛ばした。
「うおっ!?」
転がされたボロミアは素早く立ち上がり辺りの気配を探る。
枯れ葉に注視してフロドの後を追おうとした。
「そうか分かった! サウロンに指輪を渡す気だなっ!? この裏切り者! 自分ばかりか、みなを死に導く気か! 呪われろ、呪われろ! 薄汚いホビットども!」
小さきホビットは逃げる前のだめ押しに突き飛ばして仲間の方へ走った。
指輪の近くにいることがボロミアの心には毒であるのだ。
「ぬあっ!?」
したたかに頭を地面にぶつけたボロミアは眩暈が収まるまで這いつくばった。
清涼な空気を吸い幾ばくかの静寂を感じると憤怒と渇望に濁った精神は鎮まり、遠のく指輪の誘惑を振り切った。
「………っ!」
我に返ったと同時に重大な裏切りを働いたのだという自覚がにわかに胸にわき起こる。
とんでもないことをしでかしてしまった。
痛切な自責の念に押されて体を起こし、フロドを探してもどこにも居ない。
仮に近くに居ても、指輪を外して姿を見せてはくれないだろう。
「フロド! 許してくれフロド!!」
赦しを乞い金の髪を振り乱して地に伏せた。
応えなどあるはずもない。
怯えた少年はどこかへ逃げたのだ。
明晰さを取り戻した頭を働かせ、行きそうな方向を探る。
落ち着いて調べると蹴散らされて裏返った枯れ葉が点々としている。
それは尾根の方向、つまり仲間たちの休む野営地から離れてしまっている。
ボロミアから離れたい一心で敵地へ行ってしまったのである。
「くそっ……!」
己の愚かさと状況の悪さに悪態をつく。
姿を消したフロドを探して森を走り出した胸裏は罪悪感で満ちていた。
フロドは指輪の使用者が誘われるおぼろげな世界に身を置いて、逃げに逃げて高台へ上がった。
怯えて岩陰に隠れた彼の耳に遠く、しかし強烈な鼓動が伝わる。
羽虫が夜の火に集まるがごとく、東の空を覗かずにはいられなかった。
そして見た。
遥か遠く、噴煙けぶる地にそびえ立つ暗黒の巨塔のその頂上に座した燃える瞳を。
それが冥王サウロンであった。
指輪を使ったことにより、かの魔王とちっぽけなホビットの間には繋がりが生じた。
こちらが向こうの様子を見たのと同様に、冥王もまたフロドを直視したのである。
縮み上がったホビットは冥王に恐れをなして指輪を外し、後ずさると冷たい石の足場から落ちた。
我に返ると石造りの祭壇に倒れていた。
空は蒼く穏やかに大地を包んでいたが、たった今垣間見たものが現実であったというざわめきが心を荒らした。
決心などばらばらに吹き飛ばしてしまうほどの底無しの悪意と魔力であった。
そして為す術もなく、草むらで震えるのだった。
「フロド! どこだ!?」
時を同じくしてアラゴルンも森を駆けていた。
森は広く、全員で散らばってもとても見つけられるものではなかったが、彼はフロドを探し当てた。
イシルドゥアの末裔を見守るヴァラールの守護がフロドの元へと速やかに導いたのであろうか。
「フロド」
ひとまずは無事を確かめたかった。
「ボロミアが指輪に……」
「指輪はどこだ?」
「こないで!」
ボロミアに奪われていないか確かめようとしたアラゴルンをフロドは拒絶して祭壇の奥へ下がった。
ボロミアの二の舞になることをとても恐れていた。
「フロド、私は味方だぞ」
震えるホビットを驚かさないために努めて平静に声をかけて歩み寄る。
「指輪の誘惑に勝てますか……?」
フロドは握っていた指輪を恐る恐る見せた。
大志をもって生きる人間であるほどに逆らいがたい。
高潔な男でさえいつ気が触れるとも知れないのだと少年は身をもって覚えた。
その口ぶりにボロミアが指輪に飲まれたことをアラゴルンは確信する。
同じヌーメノールの血を引いたボロミアが屈したということは、アラゴルンにも強く影響することの証左であった。
ひとつの指輪を手中にすればイシルドゥアの再現となろう。
事実、目にしているだけでも強い誘惑を感じる。
「……私には無理だ」
断言されたフロドは落胆した。
オーザンはなんともなく掴んでは手放してみせた。
ならば選ばれたる英雄のアラゴルンもあるいはという思いははっきりと打ち砕かれた。
「だが君なら出来る」
アラゴルンはひざまずき、奪い取って指にはめろと囁く誘惑を振り切って指輪を載せた掌に指を重ねて閉じさせた。
「君が葬るのだ」
全員が倒れ命果てようと。
既にモリアで一人が倒れた。
最も強き男は真っ先に闇に身を踊らせ犠牲になっているのだ。
それに続く覚悟を仲間たちはずっとしてきたし、ロスローリエンで彼の消息がいよいよ絶たれたと聴かされ、改めて意思を固めた。
「その時我々に真の勝利が訪れる……」
情勢はフロドに迷いすら許さない。
「行けフロド!」
仲間たちの方へ背中を押し出した。
フロドが腰に差したつらぬき丸を少し抜けば、ミスリルの身は青く輝いていた。
美しくも妖しく爛々と。
このアモン・ヘンはアイゼンガルドに程近い。
敵地の真ん中なのだ。
オークが居ることに不思議はない。
「走れ! ガンダルフを探すのだ!!」
日光は炎を操るイスタリのガンダルフに力を与え、闇の生物であるオークを弱らせる。
イスタリが万全であるならフロドを逃がす知恵を出す時間も作れよう。
アラゴルンが剣を抜いて尾根に沿って開けた街道に飛び出すと、まさに黒い鎧を着込んだオークが巨体を並べて押し寄せている最中であった。
漆黒の軍団を前にして、剣を額に沿わせ神々へ祈を捧げた。
フロドを無事に行かせたまえ。
獰猛に吠えるオークの集団が一人に向かって突進する。
振り下ろされる大鉈をかわして追い越しざまに足を払う。
百を超すオークの軍団に突入し、熟練の戦士らしく冷静に、若武者のように力強く大鉈を捌いては鋼鉄の盾を殴り付ける。
オーザンのように一太刀で何匹も膾切りにとはいかずとも、 持ち得る全ての技でオークを引き付けることに専心した。
脳内では常にRhapsody of FireのEmerald swordが流れてる
コッテコテでクサいメロディーが気が狂うほど気持ちええんじゃ
同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761