十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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離別

「俺は同情も慰めもしない」

故郷の行方不明者の手がかりを得たと信じ、砂漠を数ヵ月移動した末に間違いであったことや、墓標代わりに建てた遺品の剣を野盗に奪われたこともあった。

ドワーフの名工が打った武装類は貴重なものが多く、その値打ちがわかる審美眼を持った悪党には魅力的だったのだろう。

墓は何度も暴かれ、骨だけになった骸が砂塵に曝されていたその時々、とても落胆した。

「だが諦めるのだけは絶対許さん。男がやると決めたなら、死ぬまで抗い続けろ」

しかし諦めたりは絶対にしなかった。

何十日かけてでも追い詰め殺して残らず取り返した。

もちろん根本的な解決にはならない。

またいつか盗まれると考えればそれらはまるっきり無意味である。

それでも良い。

やり続けることに意味がある。

「諦めたら悔いだけが残る。後悔を引きずるしみったれた人生にしたくないなら、俺たちが残らずくたばっても、お前は戦って証明し続けろ。俺たちは確かにここにいたんだと。それが礼儀ってものだ」

岩から降り、屈んで目線を揃えて頭を握れるほど大きな掌で優しく髪を撫でた。

「最善を尽くしたなら、少なくとも悔いは残らん。俺は恨まず死んでやる」

墓守りは死者のために居るのではなく、残された生者の心の安寧を維持する為に居る。

戦いだけに生きて孤独を生き抜いた男の悟りだ。

「つらい時は甘えろ。弱音を吐け。俺だってたまにはへこむ」

食べかけた一袋と霊薬の小瓶とグワイヒアの羽根だけ出して懐に仕舞い、レンバスと水筒が詰まった鞄をフロドの肩に掛けてベルトを締めてやる。

オーザン用の鞄は小柄なホビットには大きすぎたがなんとか背中に納められそうだった。

大きな荷物になってしまったが、あればあるだけ今後を楽にしてやれる。

「モルドールまで着いて行きたかった」

「あなたにはあなたの役割がある。指輪を運ぶと決めたのは僕だ。これが僕の役目なんだ」

裂け谷での誓いを破らざるを得ない時局に忸怩たる気持ちで歯を食い縛るアラゴルンへ力なくフロドは微笑み許した。

「さあ行くのじゃ。いつまたナズグルやオークが襲うかわからぬ」

別れを告げる役目を負ったガンダルフの目には涙がうっすら浮かんでいた。

代名詞の灰色衣の袖で拭うが拭いきれない。

本人はこっそり拭いて隠し通せたつもりでも仲間たちはそれを見て涙の訳を察していた。

誰とも結ばれることなき独立したマイアのガンダルフにとってフロドは血縁の繋がらない孫のような存在であった。

苦境に送り出そうとする情念は、今生の別れにも匹敵する。

あまりにも心苦しく、しかし目を逸らさず見送った。

それが、いと高きイルーヴァタールに遣わされたアルダの大地で得た、知見と情であった。

「じゃあみんな、元気で」

オーザンが岸から押し出した小舟に乗り、しっかりとした手つきで漕ぎはじめた。

非力なホビット一人では遅々とした速さであったが、確実に遠のいて行く後ろ姿へ駆け出す者がいた。

「フロド様、おれも行きますっ!」

残る一人のホビットは水に飛び込み上ずった声で主へ叫んだ。

「おい待て!」

「行かせてやろう」

自殺まがいの寒中水泳をやめさせようとギムリが斧と兜を置いて追いかけようとしたところをレゴラスが制止する。

レゴラスはオーザンと同じほどに長く生きてきても、不老長寿のエルフばかりに囲まれて死というものをほとんど理解していなかった。

オークと縄張り争いをしても戦死者は稀で、死に付随する離別の哀愁と恐怖を知らずに育ってきた。

そしてモリアで殿を務めたオーザンとボロミアの自己犠牲の姿に啓蒙された。

今ならば理解できる。

サムの恐怖に打ち勝った気高い心が。

「行けサムワイズ! いつかお前が必要になる日が来ると言った。今がその時だ」

サムも見つけたのだ。

命をかけるに足る大切なものを。

ならば行くがいい。

暗い道のりだとしても歩ききってみせてくれ。

一迅の突風がオーザンの声援を載せてサムの背中を押した。

「戻れ! この先は一人で行く!」

フロドは一度は拒絶した。

死出の旅に庭師のサムを巻き込むまいと強い口調で言った。

「分かってます! だからおれも行く!!」

「泳げないんだろう!?」

意に介さずサムは泳いだ。

泳ぎが不得意なホビットに足のつかない深い水は底無し沼と同じで必ず溺れ死んでしまう。

アンドゥインの一部であるネン・ヒソイルには当然ながら流れがあり、巨大湖ゆえの緩やかさであってもサムには絶望的なものだ。

それでもみすぼらしい犬かきで懸命に小舟を追った。

太っちょで荷物も沢山背負った体は力いっぱい手足を動かしていても沈んでしまいそうになる。

恐怖と使命感の葛藤を抱え、主を信じて冷たい水を泳いで進む。

足は重くなり、水を吸った服とマントがまとわりついて体を水底へ引きずり込もうと引っ張る。

負荷はいや増して、小舟まであと僅かというところでサムは力尽きた。

もう一度顔を出して息を吸い込む余力は、冷たくなった体には残ってはいなかった。

水面の煌めきと船底の影が遠ざかる。

焦がれるように伸ばした指先だけが彼の意思に従った。

示された忠義にもう一人の手は応えた。

一人旅を決心したフロドでも命をなげうったサムを見捨てられなかったのだ。

サムの手が握られ、水面にぐんぐんと上ってゆく。

顔を出した瞬間に新鮮な空気を急いで吸い込み、小舟に引き上げられた。

危うく溺れ死ぬところで引き上げられたサムは紫色になった唇を震わせながら、それでも後悔はしていなかった。

「おれも約束したんです。あなたから、どんなことがあっても離れないって。あなたを守る」

「サム……」

感極まって抱き締めた。

滴り落ちる冷たい雫も気にならないほど温かな気持ちであった。

フロドはこの旅の結末に孤独な死も覚悟していた。

この愚かで勇敢な親友は一緒に死ぬと言ってくれた。

その一言にどれだけの価値があり、どれだけ嬉しかっただろうか。

誰かの献身を受ける幸せにフロドは咽び泣き、涙を流したまま櫂を取る。

「……出発だ」

 

 

「オークばかりと思っていたが、こんな所で美しいものを見られた」

にじみ出す高貴な風格がそう思わせるのか、レゴラスが言うと嫌味にならない。

「ああ」

あの下手くそな泳ぎは失われることのない信頼と友情の素晴らしさを教えてくれるものであった。

「さあ我々も行こう。武器以外は全て置いていく」

「オーリの形見も駄目か?」

「全てだ」

必要なこととはいえアラゴルンの指示にギムリはしょげた。

唯一の遺品を放棄しなければいけないのはつらい。

「心配ない。オーリの日記は俺が後で運んでやる」

「本当か!? 頼んだぞ!」

幾らかのレンバスと水のみなのだからオーザンの巨大な背中にはまだまだ余白がある。

日記の一冊を加えても走ることに支障はない。

「沈む太陽を追うとしよう」

「詩人だな」

「詩も王子の嗜みのひとつだからな」

図らずも中つ国存亡の鍵となったメリーとピピンを、アイゼンガルドのある西へ沈む太陽にレゴラスは例えた。

鉄火場を潜り抜けて間もないというのに、天性の洒落た男であった。

「再会したと思ったらもうお別れか。せわしないこった!」

「今度はお前のひげ面が恋しくなる前にまた会えるだろうよ」

「へっ、抜かせ」

仲間たちは戦装束に身なりを変えた。

武器とガンダルフの杖の他には何も身につけていない。

追撃戦が始まるのだ。

「それぞれ支度は整ったようじゃな」

「ボロミアは任せたぞ」

アラゴルンは弟のように思うボロミアの寝顔を慈しみの目で見やり、エルフのマントを翻した。

「ああ。気をつけて行け」

四人は頷き、口をつぐんで力強く走り出した。

こうして十人の仲間は仲間とアルダの運命の為に別れて進むこととなった。

二人がモルドールへ。

二人がさらわれてアイゼンガルドへ。

四人がそれを追う。

二人が傷の治療にここに留まる。

想像を絶する闇が待ち受ける、中つ国の最果ての地、暗黒のモルドール。

一縷の願いを星霜の邪智が迎え撃つ。

希望と破滅の星を託されたのは一人の少年。

その曇りなき志を秘めた眼はこの先に何を見るのだろうか。

 

 

 




第一部完!
ここまで追い掛けてくれた読者に感謝を。
やったぜオルルァ!

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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