十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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二つの塔
新生


四人を見送ったのち、薪を集めて日没の前に焚き火をおこした。

山間部の湖のそばで過ごす寒い夜は怪我人の傷に障る。

火の近くで寝かせていても万全とは言い難く、着ていたマントを毛布代わりにボロミアへ被せる。

休むには早く、時間潰しと体調の確認を兼ねて彼に目が届く所で軽く剣を振る。

ウルク=ハイを倒す間にも感じていた違和感は不本意だが正しかった。

左手の指に力を込めると少し痺れて微細な動きに支障をきたしていた。

剣技が曇るほどではなくとも軽視するのは危険な兆候であった。

病魔を思わせる黒い染みが肘まで広がっていて影響が指だけで済んでいるのを軽いと見るか重いと見るか。

セレグセリオンに蘇生されてまだ数日だが予想していたよりも進行が早い。

決して侮りはしなかったが、マイアの怨念とは死してなおこれほどか。

「時間が無い、か」

あとどれだけ生きていられるのか。

残り時間までに指輪の旅を終わらせ、仇を見つけられるだろうか。

仇を見つけたその時、満足にセレグセリオンを操れるか。

過去を清算する旅路の末に後悔だけはしたくない。

どんな奴が相手でも必ず一太刀浴びせてやる。

その日まで死ぬことはできない。

久しぶりに生きる確固たる目的を得たという一点だけはイルーヴァタールの啓示に感謝しよう。

仕組まれていたかどうかなどどうでもいい。

神の狙い通りに戦おうじゃないか。

生が尽きるまで。

セレグセリオンに心を通わせ、剣を掲げ袈裟に振り下ろすだけの一見単調な動作の奥深さを改めて追及する。

嵐の日も砂塵舞う日も続け、何千万とやった反復がオーザンの技量を形作っている。

力み、呼吸、脈拍、思考、魔力。

全身で全力を注ぎ込めば良い一撃が出せるというものでもない。

体の動かし方を知るのは初級から中級にかけての話であって、肝要となるのはやはり適切な配分による調和だ。

力任せのみでバルログを斬るには十年は同じ部位を剣で打ち続けることになる。

オーザンの指は節くれだち剣のたこが出来ているが、女のようなしなやかさを損なわず寸分の狂いなく動かされ、かの魔神の腕を切り落とし、胸を貫いた。

初歩こそ奥義であり全て。

初心に忠実であれと念じ、感覚の変異で思うようにいかない部分を矯正する。

虚空を斬りつける一人稽古は夜更けになってそれなりに馴染んだと納得しきるまで続けた。

浅瀬で水を浴びて汗を流し、敵襲に備えた浅い眠りに入ってボロミアの目覚めを待った。

翌朝、見込み通り日の出と共にボロミアは目覚めた。

起き上がると土の香りと流れる水の音を感じて、そこが冥府などでなくアルダの大地の一部であると彼は知った。

「ああ……エルよ、マンウェよ。罪滅ぼしの機会を下さったことに感謝する!」

死に際に焼き付いた後悔をやり直せるのなら、人はこうも感涙にむせぶ。

跪き快晴の天に無限の感謝を捧げた。

次いでオーザンを見やり、手を取った。

己は死んだと思ったら生き返り、死んだはずの男が五体満足でひょっこり戻ってきた。

感情の整理が追い付かない。

「お前、生きて……いたんだな」

「お互いうっかり死に損なったってことだ」

「そうか、生きてたか。それで耳長が耳無しになったわけか」

「もっと男前になっただろう?」

「ははは! そうだな! そうだとも!」

口を曲げておどけるオーザンを見上げて力強く抱擁した。

二人は旅のために殉じ、予想外の幸運で生き延びた同志となった。

大いなる目的のために殉死するのは確かに尊いかも知れないが、生きている方がずっと素晴らしい。

それが嬉しくてボロミアは腹の底から笑った。

二人は死の一線を越えし戦友となり、強い友情が生まれた。

それから、ボロミアが倒れてからのあらましと成り行きで予定の変更が多分にあったことを伝えた。

「力がみなぎる。俺になにをした?」

「感謝するなら森の領主たちにだ。この世に二つとない薬をくれたのはあの二人だ」

水薬はとても強い力がある。

人間が使えば致命的な傷を癒すだけでなく、並みの男を凌駕する剛力や活力も一時とはいえ与えてしまう。

悪の手に渡った場合の危険性は言うまでもない。

力ずくでは何人にも奪えず万が一盗まれたとしても取り戻せ、使い方を誤らないと認めたオーザンだから二人は託した。

類い稀な意思力と実力に魔剣を携え、怒りに駆られる危うさも併せ持った男は魔王の資質があった。

人智を超越した力で全てを破壊する三代目冥王と成り果てる可能性が充分にあった。

それでもケレボルンとガラドリエルは人というものを信じたのだ。

「俺は間違っていた。名誉のための戦いは終わりだ。俺はフロドのために戦う」

「その道はつらい。恐ろしくな。覚悟はあるか?」

常に被った仮面を脱いで珍しく苦労と憔悴を滲ませた顔を見せ、常人には耐えられぬ修羅路を敢えて進もうとする後輩に最後の決断を問う。

「本来なら一度死んだ身だ。恐れは彼岸に置いてきた」

「……格好いいじゃないか」

オーザンは毒気が抜けた微笑みをした。

正しいかはさておき、男気が通った好みの答えであった。

若者はいつも年寄りの予想を上回り成長する。

人界を見守るものとして、それがたまらなく嬉しいのだ。

「さらわれたピピンとメリーを連れ戻しに行く。アラゴルンたちは先に出た」

それから仮死状態となっていた間に決まったことや今後の計画についての詳細を説明した。

指輪に誘惑される仲間を出さないためにも、フロドがサムだけを伴ってモルドールへ行くことになったと告げると非常に渋い顔をした。

あの時ボロミアは、自我の強さを嘲笑うように心を染め上げられて全く抗えなかった。

思い返すと情けないが、あれは人間にもエルフにも扱えない代物であると克明になった。

天下を差配しようなどとは欠片も思わぬ無欲なホビットだけが耐えられる。

「二人を助けた後は俺たちが奴等の拠点を襲撃して囮役に徹する」

「これから始まる中つ国全土を巻き込んだ陽動作戦の下ごしらえだな」

「まずは走る。合流できるまでは何日でも食事も休憩も挟まないつもりだが、着いて来れるか?」

「ここでやらなければゴンドールの名折れだ。どこまでも走ってやろう!」

一つの戦場にエルフが居て、ドワーフが居て、ドゥーネダインが居る。

数に目を瞑れば最後の同盟のようだ。

腕が鳴るというものだ。

「出発前にレンバスを食べろ。一枚で一日走れるらしいからな」

大量に飲み食いした挙げ句に荷物にも入れてくれた後で、ハルディアは今の中つ国では非常に貴重なものであるとこっそり教えてくれた。

古きエルフたちは快く提供したものの、食卓に並んだ国家の財産とも呼べる希少なものを片端から平らげていく景色に恐れ入っていた。

もっとも、怪物じみた肉体と鉄の胃腸のオーザンだからそんなに食べられただけで、大抵の者は一枚で充分に満たされる。

一枚食べて閉じ直した包みをボロミアに渡して食わせた。

「こんな味だったのか。カラス・ガラゾンでの食事に似ている」

「俺も初めて食べたよ。結構美味いよな」

「お前はエルフなのに見たことはなかったのか? 親か、祖父母は光のエルフなのだろう?」

エルロンドの催した会議の時からボロミアはオーザンのどこかにただならぬ威光の残光を感じた。

エルロンドとロリエンの領主を見て、それが光のエルフから滲む覇気の一端であったのだと知った。

そして今、死の縁より甦ったことにより、この世ならざるものを見る目を授かっていたのである。

肉体に重なりうっすらと透けた霊体がはっきりと見える。

オーザンの霊体は以前の比でなく輝いていた。

光のエルフの血を覚醒させ、バルログの魂までも取り込んだ。

神々の恩寵を受けた光のエルフであればまだしも、半分が人間で出来た肉体に収まるはずもない。

そうとは知らぬボロミアも困惑し、言及を避けた。

左腕から立ち上る炎はひょっとしてバルログの欠片ではないのか。

一体なぜ。

お前はどこへ向かっていくのだ。

今は平然としているこの男がどうなってしまうのか、ボロミアは空恐ろしくなったのだ。

「繊細なものなんだ。麦も作れない荒野じゃ育てられなかった」

オーザンの祖父が村の開拓を開始したばかりの入植者第一世代は畑を開墾し、レンバスの原料、つまり穀物の稲作を試みた。

種籾は祖父が持ち歩いていたらしい。

湧水地を近場に持つだけの痩せた土地では残念ながら失敗に次ぐ失敗で夢は潰え、結局諦めて不作に強い芋類を主として農業をしていた。

レンバス自体の話は祖父から他のエルフの品々の昔話の合間に何度か登場していたので知っている。

荒野と砂漠の間で生きるなら永遠に縁がないと考えていたが、人生とはどこでどうなるか思いもよらないのであった。

「そんな場所で人が良く生きていられたな?」

「人はしぶといんだぜ。オークよりもな」

この場の二人が生き証人だ。

「くくく、違いない」

ボロミアは奇運に翻弄される境遇を呪うどころか笑った。

腹を括った者同士の不思議な絆の下で二人は談笑してパイプを吸い回し、出発の支度を整えた。

邪魔にならない形の鞄を選び、ギムリに頼まれていたオーリの日記と幾らかのレンバスと水袋を入れた。

それをオーザンが背負う。

ボロミアは剣と盾を除いて空身だ。

足が鈍ると困る。

オーザンも鞄以外は魔剣しか持たない。

「じゃあ行くぞ」

「ああ」

始めは小走り程度で、それから様子見をしながらオーザンは加速した。

並みの人間の全速を上回る速さで走り始める。

汗をかきつつも息を詰まらせずボロミアは着いていけていた。

オーザンはそれを横目にどんどんと加速して鍛えた軍馬に並ぶ勢いまで速度を上げる。

ロスローリエンを出る際にハルディアと並走した速度と概ね同等である。

それでもボロミアは走れている。

傷を治した残滓がもたらした活力により未知の世界を味わうボロミアは驚く。

霊薬は人間ではあり得ない脚力を一時的にボロミアに与えていたのだ。

末恐ろしいことに、長距離を走ることを加味してもまだ限界ではない。

一体何を飲まされたのか。

そこまで行って、考えるのをやめた。

どうなろうが旅の成否に命をかけるのだからどうでもよい。

「もっと上げるぞ」

「ああ、やってくれ」

一時だけ超常の域に踏み込んだ体の使い方、出力の引き上げ方をボロミアはオーザンに任せた。

オーザンも加減をやめ、更にとてつもない速さで、それこそ馬よりも速くエミン・ムイルの斜面を飛び出した。

 

 




大怪我+異物混入の主人公
人生まで先払いしちゃったしどうなるんでしょうか

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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