十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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追放

ローハン王国の王都エドラス。

それは中つ国の南西にそびえる白の山脈(エレド・ニムライス)の北面の麓、雪白川のそばにある太古の丘の上に位置している。

玉座がある王の居城たる黄金館は城というより館とその一群と呼んだほうが適当な造りをしている。

みすぼらしいというのでは決してなく、ゴンドール調の壮麗さとは別種の勇ましさと懐古的な美点が備わっている。

金細工を慎ましくあしらった柱や梁は実に堂々としており、ローハン人(ロヒアリム)の質実剛健な民族性を体現する。

王の座に就くのはセオデン。

青年王エオルのローハン建国から数えて十七代目にあたる。

セオデンの脚に触れるほどの間近には、顔色が悪く卑屈そうな小男が常に侍っていた。

セオデンは第三紀3014年の六十六歳の時より病を得て、以降ひどく健康が衰えていくようになった。

これを自分が年老いて耄碌したのだと思い込んで次第に政務が取れない状態になり、相談役であるこのグリマが王の名の下に王国の実権を握るようになってしまったのであった。

今ではグリマは巧みな弁舌で虚ろなセオデンを唆して宮中を牛耳り、内政と軍略の両方に口出しするようになっていた。

栄光から遠ざかって久しい黄金館に芦毛の馬に騎乗した男が登城し、王の前に跪いて臣下の礼をとった。

セオデン王の妹の息子、つまり甥のエオメルである。

最高司令官たる王の下で、第一軍団長、第二軍団長、第三軍団長という三人の司令官が置かれ、彼らがそれぞれ第一から第三軍団を指揮した。

エオメルはその中で東方地域の東マーク一帯を統括する第三軍団長を務める。

黒い染みを着けた熱気冷めやらぬ鎧姿に文官らは鼻白むがそんなことに構っていられないほど彼は切迫していた。

サルマンの裏切りが発覚しても、アイゼンガルドを南北に隔てるアイゼン川によってこれまでは辛うじて安全が保たれていた。

大規模な軍団が渡河可能な浅瀬が一つだけある。

その浅瀬の通行権を奪わんとするサルマン軍のウルク=ハイとローハンの騎馬軍団が先日矛を交えた。

ローハン軍の大将を務めたのはローハン王セオデンの一人息子、皇太子セオドレド。

そしてローハンは二度に渡る合戦の両方で大敗を喫した。

「オークの待ち伏せに遭い、殿下は戦死なされました……」

伝統に則り勇敢に陣頭で指揮をとり槍を振るった彼は不幸にも戦死した。

戦況が著しく不利と知り、王命が下るのを待ってはいられぬと、不服従の謗りを覚悟で独自に郎党を率いて戦地に向かえば、軍団はとっくに蹴散らされ消滅していた。

竹馬の友でもあった王子セオドレドは冷たくなって浅瀬に浮いていた。

報告するのもつらいことだ。

しかしセオデンは実の子を失った悲しみや憤りを露わにすることはなかった。

正しくは、出来なかったと言うべきか。

知性が光っていた瞳は曇り、萎びた手足からは往年の武勇も去ってしまった変わり果てた姿で玉座にもたれているのみだ。

「我らが戦わねば、サルマンに国を奪われてしまいます!」

「嘘でございます」

ぴしゃりと遮ったのは件の相談役グリマだ。

下手の暗がりの通路から盗み見ていたグリマはエオメルの懸命な報告を台無しにしに来た。

「白のサルマンはかねてより我らの善き友であり同盟者であります」

領内を駆けて現実を見ているエオメルには全てが白々しい。

敗走してきた兵の情報ではサルマン軍は魔狼やゴンドールを裏切った者の末裔である褐色人を加えて一万を超える兵を揃えていたという。

態勢も整わない半端な数で、それも逐次投入という愚を犯してしまったローハンの主力は今や散り散りになって西部へ追いやられた。

しかし敗残兵は救援要請の伝令を送ったと言う。

それならば手遅れになる前になぜエオメルの耳に入らなかったのか。

このグリマがそれを握り潰したのだ。

一直線にセオデンに伝わるはずの情報を塞き止められるのはグリマの他にいない。

エオメルは確信している。

これがただの老いであるものか。

セオデンが急激に衰えて明晰さを失ったのもローハンの奪取を狙ったサルマンの魔力と、その間者であるグリマの術策によるもの。

昨年にサルマンの寝返りが判明した今となってはそれは明白だ。

それを報せてくれたガンダルフまでもグリマは王を使って追放に処した。

これは毒のような内からの侵略だ。

滅びの足音を王国の重鎮らはひしひしと感じるも、悔しいことにサルマンとの繋がりを示す証拠は何も無い。

決定的な証拠が無ければいくら責めようと言いがかりであり、戦略上の失策で終わってしまう。

ありのままを報告するしか手がない。

「オークが我が物顔で領内を徘徊し、至るところで殺戮を恣にしております。兜にはサルマンの白手形が」

戦地で拾った兜を上部の白手形がセオデンに見えるように置く。

これもグリマの内通の証拠とはなり得ないがサルマンの侵略の証明には違いなく、初めてグリマが顔色を変えた。

「ただでさえご病気の陛下に何故心痛を増すような事ばかりを……」

グリマは一枚も二枚も上手だ。

それも心を病んだ王の扱いとなればエオメルには及ぶべくもない。

内政にも明るいグリマはいやらしいほど弁が立つ。

このように話をすり替え煙に巻いてしまうのだ。

伝令もセオデンに引き合わせず追い返すか投獄してうやむやにしてしまったのだろう。

武人肌のエオメルは弁論ではまるで敵わないでいつもやり込められてしまう。

うわべだけへつらった様子でセオデンを労り手をさするグリマを叩き斬ってやりたい衝動に駆られるも堪える。

宮中を混乱させている猶予は無いのだ。

己だけで動かせる子飼の部下では数が足りない。

王の名の元にローハン全軍に召集をかけねば戦えない。

「解らぬか? 伯父君はあなたの不平不満、戦好きにうんざりしておいでだ」

「戦好きだと……」

エオメルは言葉が出なかった。

王子を見殺し、戦火に焼かれる国土を放置する裏切り者に対する罵倒の仕方が、この忠実で規律正しい男には解らなかったのだ。

代わりに王の眼前であることも忘れて掴みかかった。

「何時からサルマンに魂を売った! 報酬は何だグリマ。男たちが死に絶えた後財宝を得るか!?」

口先で欲望を叶えることしか能がない小男は暴力に曝されて肝を冷し、正直に目を泳がせた。

この先に居たのはエオメルの妹エオウィン。

健やかで美しく成長したエオウィンにグリマはねっとりと視線を浴びせていたのだ。

図らずして魂胆が透けて見えた。

「貴様……!!」

やや力任せなきらいがあるローハンの人の中ではエオメルはかなり理性的な部類に入る。

それでも実の兄のように慕った従兄の死を招いた上、みならず妹まで害されるのは我慢ならない。

グリマの顔を掴み腰の剣に手を伸ばす。

「貴様は我が妹に思いを寄せ、常に妹に付きまとっていた……!」

穢らわしい欲望を募らせた代償を命で払わせてやる。

一息に首を落とそうと力を蓄えた矢先、エオメルは近衛兵に両脇から捕まってしまった。

近衛は王のみに従う。

つまり白痴のセオデンを操るグリマの命を実行するのだ。

二人の近衛兵に力強く引き離され、誅罰を下すことに敢えなく失敗したのであった。

安全を得たグリマは現しかけた馬脚を隠して陰湿で尊大な相貌に戻った。

「エオムンドの息子エオメル。余計なものを見過ぎたな」

グリマの部下がエオメルを取り囲み、何度も殴り付けて力を奪った。

「宮中を騒がせた(かど)でそなたにローハン王国よりの永久追放を申し付ける。戻れば死罪だ」

軍団長の身分を剥奪されて追放者に落とされたエオメルを近衛兵たちが引きずり出す。

彼らとて好き好んで従っているのではない。

こうしなければグリマの悪質な嫌がらせでエドラスに住まう家族が苦しんでしまう。

次に追放されるのは自分の一族かも知れない。

そんな苦い思いでエオメルを黄金館から追い出した。

憤怒と失望に満ちた表情で階段を降りるエオメルを兵の一団が迎えた。

各軍団長は有事に際し、独自裁量で運用することのできる直属のいわば私兵集団として、一つのエオレドを保有することが許されており、エオレドはこれらの軍団を構成する騎馬兵の単位である。

ロヒアリムの歴史では訓練済みでいつでも実戦投入が可能な騎兵集団があればそれをエオレドと呼んできたが、特に第三紀末のローハンでは正規のエオレドは最低百二十人からなる。

数の上限にはかなり幅があるが、おおむねは王の共廻りを除く軍の百分の一の数と規定されていた。

つまり選び抜かれた直参の精鋭たちだ。

「隊長! 中で何があったのですか!?」

エオメルを慕う彼らは異様な雰囲気にすぐさま駆けつけた。

「追放刑に処せられた」

「馬鹿な! そこまで腐ったかグリマめ!」

口々に悪態をつく。

「もはやローハンに望みは無い。我らだけで戦うのだ。私に着いてくるものは荷物を積んで門の前に並べ。家族が居るものは残ってよい」

「……解りました」

追放されると領内では農村に立ち寄ることも許されない。

オークが出没する地域をあてもなくさ迷えば九分九厘が野垂れ死にとなる。

死出の旅路に手塩にかけて育てた可愛い部下を付き合わせられない。

自由意思に任せて一時解散とした。

半刻後、食料や水を集めて再び集合した部下を数えたエオメルは額を押さえた。

「なぜ全員居るのだ」

「第三軍のエオレドに臆病風は吹きませぬ」

代表者が胸を張って答えた。

エオレドは軍団長の私邸に武装して寝泊りさせ、食事や愛馬の飼い葉も世話をしてやる義務が発生する。

訓練は通常の軍よりも一層過酷だが、寝食を共にしたエオメルとは共に死んでも惜しくないと思うほど深く親しみ通じ合っていた。

「馬鹿者どもが……」

「分かっております」

恥じることなく付き従う部下の整然と並ぶ姿に、希望を探しに行く意欲がふつふつと湧き起こる。

「お前も私に付き合ってくれるか」

愛馬火の足の頬を撫でて首を抱く。

何度も合戦を戦い抜いた名馬はどこまでもと言うように嘶き顔を擦り寄せる。

何事かと住民が集まってきた。

「総員騎乗!」

騒ぎになる前にエオメルは愛馬に跨がって声を上げる。

「行くぞ者共!」

祖国を救う手立てを求め、約百騎は二度と戻らぬつもりで草原へ繰り出した。

何も知らぬ民衆はその雄々しさを見送った。

 

 

「クク、勇ましいだけの愚か者め……」

丘を下り草原へ去るエオレドを見てグリマはほくそ笑んでいた。

単純な武勇は策略で絡めとってしまえばこんなものだ。

見通しの立たぬ下手な勇気など、この時勢にどれだけの価値があろうか。

逆らう者の筆頭であったセオドレドは死に、真相を知りかけたエオメルは追放。

有力な領主は遠くの戦地で敗走し、処刑や追放をちらつかされて逆らえる者はエドラスに残っていない。

いよいよローハン王国での権勢を磐石なものとした。

抵抗に手間取るだけサルマンの軍勢は増えていく。

時間は味方だ。

セオデンの名剣ヘルグリム等、こっそり盗んで蓄えた財宝の数々をサルマンに差し出せば見返りに女の一人くらいは貰えるだろう。

後は美姫をどう口説き落としたものかと皮算用を弾いて今後の展望を頭に広げる。

 

伏魔殿となった黄金館に残されたエオウィンはセオドレドの亡骸を寝かせた寝台の側で一人うちひしがれるのであった。

 

 




エタらない(鋼の意志)

サルマンが勝ったとしても、その後に指輪うんぬんで結局サウロンに潰されるとかグリマ君は考えなかったんですかね…?

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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