十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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過去からの追跡者

二人でモルドールへ向けて旅立ったフロド・バギンズとサムワイズ・ギャムジーはエルフの小船でアンドゥインを渡ってエミン・ムイル東部に入った。

そこは峻厳な山岳で、行く手を遮る厚い雲に惑わされてかれこれ二日も通り抜けられないでいた。

方向を知る手がかりは時折現れる雲の切れ間からモルドールの赤い空のみとなる。

それすらも登ったり降りたりしてるうちにあやふやとなり堂々巡りだ。

霧ふり山脈とは異なる厳しさに手間取り、今夜も岩棚の隙間で硬い地面に横になって休んでいた。

燃やす薪も集まらず、仕方なく焚き火は無しだ。

「フロド様、起きてます?」

「ああ。どうかしたか?」

「寒くないかなと思って。もしそうだったら、おれのマントも使ってくだせえ。おれは太っちょだから寒さには強いですから」

「平気だよ。だからそれは自分で使うんだ」

「よかった」

エルフの織物は薄くても柔らかく体温を守ってくれている。

そうでなければ凍えてしまってこんな場所で眠れやしなかったろう。

サムはウルク=ハイに連れ去られた幼馴染たちを案じる。

ガラドリエルに見せられた水鏡に映った未来が現実のものになっていくのを感じずにはいられない。

「皆はどうしてるでしょうか。メリーとピピンは……」

「大丈夫だよ。きっとなんとかなる」

根拠のない願望。

無事であると思いたいだけだ。

虚勢を張っているのが見抜かれないように背中で相槌を打った。

「……そうですよね。なんてったって、こっちには魔法使いとバルログ殺しがいますから。すぐに探し出して助けちゃうでしょうね」

幼少から公私で付き合ってきたサムにフロドの下手な嘘が分からない筈がない。

乗せられたふりをして健気に言葉を重ねた。

指輪の誘惑に対抗するには不安にさせないことが第一だ。

イシルドゥア然り、ボロミア然り、責任や懸念を抱える人物ほど屈しやすい傾向にあるのだと、漠然とサムは理解している。

旅路に伴う不安を消すことを使命と定めていた。

マントをずらして布地の半分をフロドの上に掛けてやった。

代償にサムの背中がややはみ出したが気にせず目を閉じる。

「お休みなさい」

明日こそは抜け出せるように祈り、殺風景な岩山で二人は眠りについた。

 

 

 

「ホビット眠ったよ……今なら奪えるかも……いや危ないよ……!」

がりがりに瘦せて老いているが、生命力だけはぎらぎらしている哀れな生き物が、まだ穏やかさのうちにいる二人を、仲間たちと別れてからずっと付かず離れずの距離を保って監視していた。

 

掠れた声で自問自答するそれは、不気味な魚や蝙蝠、果てはオークを食べて命を繋ぎ、老いを含めた死の自由すら奪われて狂気の中をさまよった哀れな者。

喉を鳴らす様子からゴクリと呼ばれたり、ゴラムと名をつけられていた。

ゴラムは、アンドゥイン上流のあやめ野の近くに住んでいたストゥア族に近縁のホビットであった。

第三紀2463年頃、親族で友人であるデアゴルと釣りにでかけ、そこでデアゴルが川底から一つの指輪を発見する。

すると直ちに指輪の魔力に捉えられ、その美しい金の指輪を誕生日の贈り物として自分に渡すよう要求。

断られると、デアゴルを絞め殺して指輪を奪い、死体を隠した。

ほどなくして、その指輪をはめると自分の姿が見えなくなることに気付くと、元来の詮索好きの気質を増長させて仲間の秘密を嗅ぎ回るようになる。

知人殺害の疑惑も相まって一族からは忌み嫌われ、いつも異常に喉を鳴らすようになった様子からゴクリと呼ばれるようになった。

やがてとうとう、族長であった祖母に集落から追放された。

同族から追われたゴラムは、やがて太陽の光から逃れるためと根源にある秘密を求めて2470年頃、霧ふり山脈の地下に潜入し、地底湖を見つけてそこに棲み着いた。

すでに精神の大部分を指輪の魔力に冒されていたゴラムは、それ以上新たなことを行う気力が残っていなかった。

地底湖に棲息する目のない魚を捕らえて食べ、実に六百年近くもの歳月を暗闇の中で生き続けた。

やがて洞窟の上方にゴブリン町が築かれ、オークなどが迷い込んでくるようになると、それすらも襲って食べて飢えを凌ぐようになる。

彼は孤独と良心の呵責から絶えず自分自身と指輪に向かって話しかけるようになり、指輪を手に入れた一件についても、誕生日の贈り物として祖母がくれたのだという嘘の話をでっち上げ、自分でもそれを信じ込むようになった。

 

2941年、ゴブリン町から逃げ出して地底湖へ迷い込んだフロドの養父ビルボ・バギンズがゴラムと遭遇する。

ゴラムはビルボの持つエルフの短剣に満ちた清浄な気配を恐れたのと、その前にゴブリンの子供を捕食してそれほど空腹ではなかったために、彼に話しかけ、成り行きから彼を洞窟の出口まで案内するということになった。

ビルボと話す内に、かつてホビットであった頃の記憶が蘇ってきたゴラムは苛立ちを募らせ、最終的にその怒りは頂点に達する。

ビルボを裏切って食おうとするが、その時になって自分が指輪を失くしてしまったことに気付いた。

 

半狂乱の末、ビルボがそれを手に入れた可能性に思い至ったゴラムはいよいよ怒り狂い、逃げたビルボを追跡して洞窟の出口へ向かったが、その後ろを、偶然指輪を指にはめて姿が透明になっていたビルボがつけていた。

ビルボの存在に気づかず、彼を追跡しながら指輪の秘密を口走ってしまい、そのためビルボは指輪の透明になる力を知ることになる。

洞窟の出口にいたる道で待ち伏せするゴラムを、ビルボはエルフの短剣で殺そうという誘惑に駆られるが、姿が見えない自分の有利と、完全に狂ってしまった哀れな様子から思い止まり、見逃して脱出することを選ぶ。

ビルボに指輪を奪われてまんまと逃げられたことを悟ったゴラムは、あらん限りの呪詛の言葉を垂れ流して生き続けることとなった。

失意を慰める出来事は何もなく、もしかしたら見落としていて今もどこかに落ちていないかと、そこらじゅうの石の間を何度も探した。

仮に有ったとしても真っ暗闇で見つかる訳もないと考える理性も奪われた哀れな姿を晒して狂気の揺りかごをさまよった。

 

一度は外界とオークへの恐怖からビルボ・バギンズの追跡をあきらめたゴラムだが、指輪から強制的に切り離されたことで幾分気力を回復したのと、それでも断ち切ることのできない執念から、数年後には棲家である洞窟を捨てて泥棒の追跡をはじめる。

ドワーフと旅をしたビルボの跡をたどってエスガロスや谷間の国まで来たゴラムは、立ち聞きをしてビルボがホビット庄なるところに家を構えていることを突き止めたが、まっすぐそこには向かわなかった。

指輪から受けた影響のためか、モルドールの方角へ引き寄せられた。

2980年頃に迷い人を食い殺す化け物蜘蛛のシェロブを知ったゴラムは、なにがしかの手段に昇華できないか考えていたが、3009年頃にはモルドールの手先に捕らえられてサウロンの許に引き据えられ、こっぴどく拷問を受けた。

そこでゴラムが白状した内容から、サウロンは一つの指輪が再び見出されたこと、それがなんとか庄のバギンズなる者の手に渡ったことを知るに至った。

この時以来、ゴラムはサウロンを極度に恐れる一方で、自分の指輪を奪おうとしている最大の対抗者と見なすようになった。

 

3017年、奴隷として農場で働かせるにもあまりに貧弱で、殺したところで痩せている故にオークの餌にもならない。

用済みとなりモルドールから放り出されたゴラムの不幸はまだまだ終わらない。

死者の沼地でアラゴルンに捕らえられ、レゴラスの故郷である闇の森のエルフの王国へ連行された。

そこでガンダルフが魔法で記憶を探り指輪がアンドゥインから発見されたことや、ゴラムがモルドールでも尋問を受けたことなどを知る。

そのままゴラムは森の王国に留め置かれたが、森のエルフは彼を親切に扱ったらしく、監視の下でなら森を散歩したり木に登ったりすることが許されていた。

 

しかし翌3018年、つまり昨年の6月20日、サウロンの命を受けたオークの部隊が闇の森を襲撃し、ゴラムはその混乱に乗じて逃亡する。

エルフとオーク両方に追われたゴラムは8月頃にモリアへ逃げ込んだ。

だが道に迷い、かろうじて西門を発見するがそこから出ることができず、飢え死に寸前の状態でモリアに閉じ込められてしまった。

盗まれた憎しみと悲しみを糧に地下の闇を這いずってきた。

指輪の一行がモリアを通ると、指輪の気配を覚ったゴラムは千載一遇の機会を逃すまいと執念深く追い始めた。

それが実を結び取り巻きは離散、あの忌まわしいガンダルフとアラゴルンは別行動をしている。

恋い焦がれた指輪が目と鼻の先にある。

まさに好機。

だというのに。

「あの怖いエルフはなんなのよ……殺されちゃうよ……」

二人が眠る場所から一時間ほど歩いた岩場でゴラムは一人称で本名を使って頭を抱える。

モリアでバルログに殺されたと思えば生き延びここまで追い付き、屈強なオークの軍隊を薙ぎ倒して追い返してしまった正真正銘の超人。

おまけに勘も鋭くこちらを察知している節もある。

そんな男がいたのでは不意を突いて指輪を奪うどころではない。

実害が無いうちは気まぐれで見逃されているから良いものの、具体的な行動を起こせば即座に狩りに来る獰猛さもある。

今もどこかで息を潜めていてぬっと現れないか気が気でない。

首尾よく掠め取ってもあの足の早さではとてもではないが逃げ切れない。

捕まったらどんな目に遭うか。

モルドールで受けた拷問痛みが刻みつけられ、フロドに手出しすることを異様に避けていた。

「今はまだ駄目よ。泥棒ホビットがもっと遠く行くまで待つのよ。あのお化けエルフ来ない所まで……」

指輪の毒と真の闇に産み出されたもうひとつの人格は的確に命じる。

ビルボに盗まれてから何十年も耐えてきた。

数日など我慢の内に入らない。

指輪は捨てさせない。

黄色く濁った目に執念を燃やすゴラムは拷問の爪痕が痛々しい体を掻き懐いて時機を待つ。

 

 




本人には野心とか全くなかったのに苛められるゴラム君かわいそう
道案内の功績だけじゃなくて、あやめ野で指輪見つけてなかったらサルマンが拾って全員詰んでた可能性もあるから陰のヒーローなんだよなぁ

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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