十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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霧降り山脈

馬に荷を載せ裂け谷を出た。

中つ国をふたつに分ける霧降り山脈に沿って四十日南下する予定だ。

事前に放っておいた斥候の情報をもとに、大筋の道のりは安全な旅が続いた。

やがて草地は山道へ変わった。

このままガンダルフの先導で霧降り山脈のひとつ、カラズラスの峠道を越える。

行く手に広がる雪化粧と冷気に挑む前に、体力を取り戻すための休憩を入れることになった。

荷物を下ろしてめいめいが憩う。

馬にも水と餌をやる。

サムが手早く火をおこして食事を用意する間にホビットにボロミアが剣を教え、それを一行が観戦するのが休憩の習わしになっていた。

面倒見がよい兄貴肌のボロミアにはピピンとメリーはよくなついた。

裂け谷で与えられた短剣はやや短いが彼らの体躯にはちょうどよい。

危険な旅路で役立つこともあるだろう。

「もっとよく見ろ。動く時はしっかり足を使え!」

「このっ! えいやっ!」

ひょこひょこ動く二人相手に危なげなく立ち回り、時に手を出して攻防の練習をしてやっていた。

怪我をさせない程度に手を抜いてあるので、安心して見ていられる。

本人は汗をかくほど頑張っているが、どっしりと構えたボロミアの剣術を素人のホビット二人では崩せない。

「この!」

思い切りよくピピンが飛んで突きこんだ。

「おっと!」

やや面食らったボロミアは体が覚えるままに剣を逸らして反撃してしまった。

「ああっ!」

ピピンが悲鳴を上げて剣を落としてうずくまる。

なにしろとっさにしたことで、思わぬ怪我をさせてしまったかとボロミアは冷めた。

「すまん、大丈夫か?」

気まずそうにピピンに声を掛けた彼に、メリーが体当たりを仕掛けた。

「今だ! やっちまえ!」

怪我の演技をやめて飛び起きたピピンも一緒になってボロミアを引き倒した。

二人で馬乗りになって軽い拳で殴り付ける。

戦争で体の隅々まで鍛えたボロミアにはホビットのパンチはとても軽く、大した痛手ではない。

それより余計な気を回さずゴンドールの大将をまんまと騙してくれたことが愉快だ。

ひさしぶりに気持ちがいい。

「ははは、敵わん。オーザン、お前も手伝ってくれ!」

レゴラスと二人で見張りに立っていたオーザンに助けを求めた。

いまのところオークの姿はない。

見張りを任せてよいかとレゴラスに目をやると頷いたので地図を丸めて枯れ草色のコートに仕舞い、ボロミアを起こしてやる。

「ひどくやられたな」

「ああ、いっぱい食わされた」

サムが淹れたお茶を飲みに焚き火へ行くボロミアと入れ替わりに空き地に立つ。

「これでいいか」

適当な枝を拾った。

杖にもならなそうな細い棒だ。

ささくれや小枝を取り除いて持ちやすくすると二、三回振って手に馴染ませる。

「その立派な業物は使わんのか?」

パイプを吸うギムリが片方の眉を上げた。

彼はオーザンの持つ並々ならぬ剣を見てみたかった。

「こいつは下手をすると二人の剣どころか腕がなくなっちまう」

セレグセリオンをベルトから外して岩にかける。

なにかの拍子に二人が触れたら何が起きるかわかったものじゃない。

「しかしただの枝で剣とは打ち合えんだろう。私の剣を使ってくれ」

アラゴルンは剣を貸そうとしたが断った。

たとえ遊びでもいたいけな若者に剣を向ける気にはならなかった。

「それこそ腕の見せ所よ。そら、遠慮するな。俺はここから動かないから攻めてみろ」

一歩も動けないほど狭い円を土に描いて入る。

「怪我しても知らないぜ?」

鼻息が荒いメリーが剣を向けてきた。

だが正しい使い方を知らない剣など恐れるに足らず。

「一太刀でも入れられたら、俺のパイプ草を全部くれてやるぞ」

「言ったな!」

それを侮りと受け取ったメリーが力いっぱいに振りかぶって突っ込んだ。

「やあぁっ!」

叩きつける短剣を迎え撃つのではなく、ぴたりと優しく添えて力を加えて軌道を変え紙一重のところを空振らせる。

「うわっ」

「力み過ぎるといなしに弱い。適度に力を抜け」

ピピンの刺突を棒の腹で正確に滑らせて外す。

「ばか正直に突いても払われて隙が生まれる」

脚を狙って払おうとすると手首に棒の先端でひと突きして剣を出だしで止める。

「見え見えだ。大振りは他の攻撃と混ぜて使え」

速く正確で、それでいて尖っていない動きがホビットを翻弄する。

目が後ろに付いているように、前後左右からの剣をかわしてしまう。

ホビットのつたなさもあるが、それ以上に常道を知り尽くした尋常でない手管だ。

それになにより、静かすぎる。

「どうなってる。魔法か?」

剣を使った稽古で打ち合う音が無い異常さにアラゴルンは気がついた。

「魔法ならそうと分かる。じゃがそんな気配はせんのう」

「ありえるのか?」

「神々に教えを受けた古きエルフならば、あるいはな」

魔法には誰よりも詳しいガンダルフが目を光らせているが、にわかには信じられない。

二人の頑張りにさらされても、棒は折れることなく短剣の攻勢をはねのけた。

「見たままが真実だアラゴルン。中つ国では忘れ去られたようだがな。この二人だって練習次第で身に付く」

勢い余って転がったメリーの背中を棒で軽く叩く。

「いてっ」

「焦らず急ぎ、柔らかに強くだ」

「だから、それをどうやるんだよ!」

「説明するのは難しい。俺も理解するまで時間がかかった」

棒でそばの枯れ木の幹を叩く。

棒よりはるかに太いそれが真っ二つに裂けたのをみて仲間たちの顎が落ちた。

「俺は覚えが悪い方だったからな」

「どこがだ! お前がいちゃ斧が要らんじゃないか」

ギムリがあきれてぼやく。

「隙あり!」

こっそりと後ろに回ったピピンが肩口目掛けて斬りつけた。

鎖帷子も着てないオーザンに当たれば流血は免れない。

「不味い!」

旅の仲間は深手を負う幻を見てひやりとした。

「甘い」

体を反転させて稼いだ僅かな隙間で、天を突くように棒を回転させて短剣を巻き上げ、上体を反らして避けきった。

両手でたくみに棒を操り呆気にとられて固まるピピンの喉に棒の先端を突き付ける。

実戦なら喉を刺されてピピンは死ぬ。

「惜しかったな」

「ええ!? いま斬れたよね!?」

一瞬の出来事に目と頭が追い付かなかったピピンが叫ぶ。

「勝ったと思い込むのは良くないぞ」

髪の一本も斬れてない。

それが現実だ。

それに、最初に決めたサークルから、オーザンは一歩も出なかった。

「ナズグルと戦ったっていうのもあながち嘘じゃなさそうだ。いったいどんな修練を積んできたんだ?」

湯気が昇るカップを持ったボロミアが岩に腰を下ろす。

「長老から習ったのさ。剣をあるとは思うな、斬ろうとするな、斬れるべくして斬れってな」

棒を小さく折って薪に変え、サムに手渡す。

ベーコンと豆の炒め物を作っている最中に火が弱まったようにみえた。

サムはどうも、と言って料理を続けた。

「それはなぞかけか?」

村が解散してから一人旅をしてきたオーザンにはボロミアの反応が懐かしい。

嬉しくなってよくしゃべった。

「初めは俺もそう考えた。だが本当に言ったままだった。それが出来れば枝は折れない」

「ますます分からんな」

「そりゃそうだ。分かれば出来てる。出来れば分かる。あいにく俺以外は分かった頃には死んじまったがな」

「腕前に加えて運の強さも有るなら言うことなしだ」

悲劇を嘆くより生き残った手腕をボロミアは褒め称えた。

「さあ出来た。フロド様、食事にしましょう」

スープと炒め物を作り終えたサムが皆に声をかけた。

サムの料理は美味い。

それだけで旅の気休めになる。

レゴラスと見張りを交代して岩場に立つ。

エルフの目に映る晴れた空は遠くまでよくみえた。

澄んだ空気を吸って東と南の空と大地を眺める。

賑やかに食事を楽しむ空気がそばにあるだけで嬉しい。

食器を持ったサムが苦労して岩を登ってきた。

「あんたも食べてくれよ。そのでっかい体じゃ腹が減るだろ? おれもそうだからわかるよ」

腹が出っぱったホビットがはにかむ。

「温かいうちに」

スープのカップとたっぷりのベーコンを刺した串を渡された。

「ありがとう」

塩と香草のみの味付けだったが、腹に染み渡るとても美味い食事だった。

ふと、故郷の村で女たちが作ってくれた塩気ばかりの食事が恋しくなった。

砂漠や不毛の地を旅した時は焼いただけの鳥やオークから奪ったよく分からない肉を食べていた。

裂け谷でエルロンド卿によって指輪の仲間と引き合わされるまで、ずっと一人だった。

オーザンは大きな背中を岩に預けずるずると座る。

古里を捨ててずいぶんと遠くまで来たものだ。

復讐と仲間の捜索に奔走していたはずが、何の因果か中つ国の山にいる。

「人生分からんもんだ」

遠くの雲を見てたそがれるオーザンも横までに談笑する仲間たちの輪から抜けたフロドがやってきた。

「やあ」

「どうした。ホビットにこの寒さは堪えるだろ。焚き火に当たってたほうがいいぞ」

フロドは指輪の魔力に苦しんでいるのか、裂け谷を出た日よりやつれた。

「その、話がしたくて。まだあなたの事を何も知らないから」

「俺のことか、別に構わないが。聞かせるような面白い話なんて無いけどなあ」

拒絶するわけではない。

人生の大半を彩る血みどろの殺し合いを語ったところで、なにかの慰みにはなるまいと、オーザンは思った。

「どうして指輪の仲間になってくれたのか、まだ教えてくれてないよ」

真意を計りかねる不安からか、指輪に通して首に提げた鎖を握る。

「そうだったな。別に秘密にするつもりはなかった」

セレグセリオンを撫でる。

時折こうしてなだめてやらないと、この魔剣は早く抜けと脈打つのだ。

「前に言ったが、オークのせいで村が滅びてな。行くあてもなかった。生き残りと復讐相手を探しても手がかりは無い。それから長い間探して半分諦めた時、晴れた日に雷に打たれたら西のエルフの谷、それだけ聞こえた。折れた剣を持ってたはずの手にはこいつが有った。それで俺は訊いて回りながら西に歩いた。で、着いたのがエルロンド卿の裂け谷だ。ちょうどブルイネンでお前と出会ったその日の朝だ」

魔剣を上手に黙らせたのでパイプ草を用意する。

「おーい、火種をくれるか?」

「ほらよ!」

ギムリが先端が赤く燻る薪の一本を投げて寄越したのを掴み取り、着火した。

火の着きが悪いが何度かふかすと落ち着く。

「オークがうようよいる所に行こうって話だ。今の俺にあつらえ向きの旅だろ? だから行くのさ。オークを斬るためにな」

言うべきはおおむね言った。

しかし指輪に弱ったフロドの心に巣食う、不安感の根っこは取り除けない。

「安心しろよ。旅の仲間を裏切ってまで守りたいものも欲しいものも、もう俺には無い。くたばるまで暴れてやるさ」

村の中ではひときわ長く生きたが守ることにも残すことにも失敗した。

死んではいないがすべてを失った男が生きているとは言えない。

「いいか、俺は俺の指輪の旅に失敗した。お前さんはこうはならんことだ」

敵を睨む眼、大地を掴む足、力強い腕、無双の剣、立ち向かう覚悟、そして沸き立つ心臓。

これらがあっても最も大切なものが無い。

目的が、守りたい人はもうどこにもないのだ。

ならばこれはただの八つ当たりだ。

血族のことごとくを失った男は、魂が朽ちるまで邪悪な生物を狩る鬼に変わった。

「俺と冥王との違いは人を憎むか否かの差しかない」

「……ごめん。僕、ひどいこと聞いたよね」

つらい話をさせてしまったと、フロドはうつむいた。

「気にしてねえから暗くなるな。お前に同じ思いはさせねえように、俺達はいるんだ」

おとなしく質素なホビットまでこの冥府魔道に堕ちるのは見るに耐えない。

指輪の所有者が辿った歴史の顛末を知ってそれだけ思った。

「目を閉じるとあいつがいて、日に日に大きくなっていく。段々ふるさとが思い出せなくなるんだ。このままなにもなにもわからなくなりそうだ……」

フロドの声が震え小さくなっていく。

「僕は怖くて仕方ないよ」

膝を抱えてうずくまった。

「怖い時こそ胸を張れ、最後の最後まで。お前の村はここに確かにある。お前はまだ一度も負けちゃいないぞ」

彼にはまだ守りたい場所がある。

「ホビットを嘗めたことを後悔させてやれ! 奴なんて指輪一個で大負けを今さら巻き返そうとしてる女々しい野郎だ、笑い飛ばせ!」

パイプを振りかざして煙を撒く。

「僕にもあなたみたいな勇気があればいいけど……」

「今の俺はただの捨て身だ。お前のように、なにかを守る志があって勇気と呼べる」

手当たり次第に斬るのは勇気ではない。

正気とも程遠い蛮勇だ。

「僕もそう思えるような強いひとになりたいよ」

「心は十分強い。そして体は俺達が守る」

戦いにはいくつかの役目がある。

剣を作るものや、暖かい家を用意しておくこと。

困難な仕事は一人にひとつでいい。

「もう戻れ。風邪をひく」

凍える肩を押し出して焚き火に戻らせた。

たとえ死するとしても、これが神々に与えられた使命なら従おう。

死をもって生きることは完成する。

命を費やすに値する目的を得ることはこの上なく嬉しいものだ。

オーザンは久しぶりの感覚を迎え入れた。

 

 

 




オーザンはハーフなのでレゴラスよりやや老けてる設定。
東で毎日争ってた最後の同盟にも不参加。

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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