「3…2…1…、ゼロ。ドッキング完了」
響くはずもないゴクンという鈍い機械の連結音とともに最後の作業が完了する。それと同時にワーッと大きな歓声が上がる。抱き合うもの周りの人誰と構わず握手するもの、一人モニターを見ながら涙するもの。様々ではあるが、そこにいるすべての人間は一つの大事を達成したことを讃え合っている。その歓声が落ち着きしばらくすると、一番大きなモニターに映し出される映像。そこには一人の綺麗なブロンドの髪、青い眼の女性が映し出される。
歓声で騒がしくなっていた部屋は一定の静けさを取り戻し、立ち上がっていた人々は持ち場に戻り作業が再開される。暫くすると一人の男性が画面に向けて指と声で「5…4…」とカウントダウンを開始する。そしてそれがゼロになると画面に映るその女性は声を発する。
「初めまして世界中の皆さん。今私はここコペルニクスから皆さんに向けて発信しています。世界中が手を取り合って開発したこの宇宙ステーションから、第一声をお伝えできることを誇りに思います。今ここには五十名の世界中から選ばれた宇宙飛行士がいます。過去の宇宙ステーションでは考えられない滞在人数です」
たった数百キロ上空の宇宙空間からの生放送が世界を駆け巡っている。
「しかしこれはまだ始まりです。数か月後にはここに百名を超える人が訪れ、数年後には千名を超えることでしょう。そして四半世紀も経てば、ここはもう何不自由なく人類が暮らす空間になっていることでしょう。私たちはもう宇宙飛行士という特別な存在ではなくなるのです。人類が当たり前に地球と宇宙を行き来し、ここで暮らし始める日が訪れたのです。それが今日なのです。今私の眼下には青い地球が広がっています。いえ、そもそも宇宙には上も下もないので眼下というのは変な言い方かもしれません。この広大な、計りきれない大きさの宇宙に浮かぶ青い地球をその目で見てください。もう憧れや夢ではなく誰もが現実に宇宙に訪れることができる時代になったのです。ここまで来るのには途方もない苦労と時間と、多くの犠牲がありました。私たちはその先人たちに感謝しなければいけません。大国だけが独占していた宇宙開発競争というものから競争という言葉を取り払い、世界中が手を取り合って行えるまでにしてくれたこと。一つになることでこの宇宙開発は一気に加速しました。実際こうやって宇宙に出て、物理的な開発をするだけではなく、世界をまとめてくれたその人に私はまず感謝を申し上げたいのです。ちょっと、なぁにヤン。え? ごめんなさい、私名前も言っていなかったわね。改めまして、私は…」
映像のフレーム内には映らないが、誰かがその女性に何か伝える。そして部屋の中が笑い声で包まれる。彼女が名乗りもせずに話し出したことを伝えたのだろう。ジョークだったのか、それとも。真意はわからないが彼女の話は続く。
今この映像は、地球の静止軌道上にある新しい宇宙ステーションから発信されている。世界中の全人類に向けて発信されているこの映像、テレビ中継で見ているもの、インターネット配信でみているもの、街角のオーロラビジョンで見ているもの。一体何人が今この映像を見ているか定かではない。当然宇宙に興味がないものだってこの世の中にはごまんといる。気にも留めず日常に流されている人の波がそこにあるのもまた事実である。
そんな中、一人の男の子が真夜中満天の星空の下、その映像を見ながら空を見上げている。どれかわからないが、その数多ある輝きの一つの中にこの女性がいるのだ。彼方にあるその輝きを掴もうと手を伸ばす。当然掴めるわけもないのだが、開いていた手を握りその輝きを掴んだ気になっている。そしてその手を開き、改めて星空を見上げて呟く。
「きっと、絶対…」
誰に聞かれるわけでもない、誰に宣誓するわけでもない。静かな夜に響いた声は、星空の向こうにだけは届いていた。