第1話
西暦2056年。
数十年前どこかの建設会社が立ち上げた軌道エレベーターの建設計画、その完成予定年は既に過ぎ去り、今のところそれは影も形もない。人類の宇宙への関心が薄れたわけではなく、技術が予想と異なる進化をしただけである。それを作るよりもよっぽど効率のいいものが見つかり、方針転換を余儀なくされたというだけである。代わりといってはその研究をしてきた人たちに失礼だが、それはそれで現在進行中である。今は宇宙船を打ち上げるためのマスドライバーが世界各国に建造され、一昔前とは文字通り桁違いの数の宇宙船が毎日のように地球と宇宙を行き来している。
そのマスドライバーの一つがここ日本にも存在している。20世紀終盤から21世紀初頭にかけ、宇宙開発先進国の仲間入りを果たそうとしていた日本は、21世紀半ばに差し掛かかる少し前から急激に発達し始めた他国の宇宙開発の波に乗り遅れまいと、国策として開発を進めてきた。マスドライバー施設の誘致に始まり、宇宙関係の技術者が滞在する都市の開発から観光と、様々な面に資金を投じてようやく近年最前線を捉えるまでになった。その努力のお陰で現在は世界で五指に入る宇宙開発大国になっている。その一環として日本政府は、宇宙開発に携わる人員を育成することを目的とした学び舎を日本の南端、九州の地に作った。
『種子島宇宙開発大学』
種子島と名を冠するが正確には九州は鹿児島、鹿屋の地にそれはある。日本国内にマスドライバーを建設するにあたり、真っ先に候補地として上がり満場一致でその地に決定した種子島。以前より日本の宇宙開発の拠点として存在していた種子島は、今は世界にその名が知られる一大拠点として構えている。そしてその地に近く、効率を重視して選定されたのがこの鹿屋であった。学名を決定するにあたり世界的に名の知れた種子島をつけるべきであろうと、こちらは幾人かの反対はあったものの結果大学にその島の名前が冠されることになり現在に至る。
最先端、世界規模の大学が出来たことによりこの街は学園都市として大いに発展した。日本人のみならず門徒の開かれた大学には、世界各国から学生・研究者が訪れることとなり、そしてこの地で生活を送ることになる。規模が大きく数千の学生を抱えるため、それに伴う形で街は経済活動が盛んになった。関連企業がこぞって進出し、一昔前は九州の片田舎でしかなかったこの街が、いまや数十万の人口を抱える大都市に発展した。さらに増え続けている研究者などのお陰で、九州一の年になる日もそう遠くないであろうという専門家もいるくらいである。
夏が訪れる七月。
鹿屋の郊外、広大な敷地の中にある滑走路の横の格納庫、その中に数台の飛行機が並んでいる。この地は自衛隊の基地があることで知られているが、今そこに並んでいるのは戦闘機ではない。サイズこそほぼ戦闘機と同サイズだが、非常に洗練されたスタイルで攻撃装備の類は一切付いていない。鑑のように輝く機体表面、背面には通常であれば存在するはずのベクターノズルが存在しない。主翼背面に微かに開いた細い隙間が存在するのみである。それを目の前に立っている一人の男がいる。
「明日かぁ、いよいよ」
その声が届く範囲には誰もいない。その機体を整備をするわけでもなく乗り込むわけでもなく、ただ腰に手を当てて黙って眺めている。火が入っていないその機体だけが静かにその声を聴いている。当然何か返事をするわけでもなく。
「真智也!」
この男の名前だろうか、格納庫の入り口付近から大きな声で呼ばれ振り向くその男。
「おう、夏樹。お前も見に来たんか」
「そうじゃないって。ブリーフィング、忘れたの?」
「あ、いけねぇ。もうそんな時間か」
声をかけた男性が腕時計に指を当て真智也と呼ばれた男にそれを見せる。
「お前、ここにいると時間忘れるからな。10分前くらいになって来てないって気付いて、さてどこだろうと思ったけど。ここしかないよね」
「わかってるぅ」
腰に手を当て半分呆れような表情の男性に対して少し軽めの返事をする。
「さ、行くぞ。明日になったら穴が開くほど見ても何も言われないんだ」
「それもそうだ。よし競争。負けたらコーヒー1本」
「あっ、きたねぇぞ」
先に走り出し、アドバンテージを取ってから都合のいい賭け事を持ち出す。迎えに来た男性を数メートル後ろに笑いながら走っていく。陽は少し傾いているが、日差しは強いまま。
―――その機体を眺めていた男、真智也・ハインライン。種子島宇宙開発大学宇宙航空科四年生。