Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

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戦いの狼煙①

 早朝の、風紀委員会教室で行われる風紀委員の集まりで、教壇に上がって話をする壮太郎の隣に、ナツナは自己紹介ということで並んだ。彼女が己を見つめる風紀委員をそれぞれ観察していると、その中にマユカとアゲハの姉妹を見つけた。一瞬目が合って、二人は顔を強張らせたが、ナツナはすぐに視線を逸らした。ナツナは、少なくともこの場では明るい新入りを装う必要がある。長く彼女らの顔を見ていたら、いくらナツナと言えど我を失ってしまうかもしれない。そのように考えてのことであった。

 

「ナツナ・トオナギです。よろしくお願いします、先輩方」

 

 ナツナが明るい調子でそのように言い、一礼するとわっと拍手が起こった。その拍手も止まぬうちに、壮太郎が一歩前に出た。

 

「統合軍から来るのはサナギ姉妹以来だが、こいつは強いぞ。何たって、テストのブルーミングバトルで日向に裏拳一発で勝ったからな。みんな、この強い遠薙妹に負けないように精進しろよ。で、新しく入ったということで、新しいシフト表だ」

 

 壮太郎は、ざわつく衆に押しつけるように、シフト表のプリントを渡す。そして最後に、それをナツナに手渡した。すると、それに対して「相変わらずキツキツ」「全然遊べない」「時間厳しすぎ」などなど、彼女らから不満の数々がすぐに漏れ始めた。その様子にナツナは呆れ、壮太郎の方を見てみると、彼はわなわなと震えながらベルトに佩いた軍刀を持ち、その柄尻で黒板を思い切り叩いた。その剣幕は、場の空気を鎮めるのには十分すぎるほどだった。

 

「てめェらふざけんじゃねェぞゴラァ! 毎度毎度そうだけど、俺の作り上げた非の打ち所がない緻密で完璧な巡回システムにそんなくだんねェケチ付けんじゃねェ! これでもそっちに譲歩してる方なんだぞ! いっぺん、俺の本気基準のシフト表作ってやろうか、あァ!?」

 

 壮太郎は唾を飛ばして怒鳴り散らし、最後に教卓を蹴り倒した。ナツナは怒りの予兆が見えていたので、その怒りぶりに引くのみだったが、他の風紀委員は皆慄然としている。その中でリーナだけが澄まし顔だった。

 

「ったくよォ、こんぐらいで黙るんだったらいちいち文句つけんなよ。今日の朝の集まりはこれで終わりだ。とっとと朝の巡回に行きやがれ」

 

 軍刀を再びベルトに引っ掛けつつ、壮太郎はぶっきらぼうに言った。すると、暗い表情で風紀委員の衆がぞろぞろと教室から出て行った。風紀委員会教室に最後まで残ったのは、ナツナと壮太郎の二人で、交代時間まで30分ここで待機することになる。風紀委員会教室は、巡回時間中は高等部の校舎の、風紀委員の詰所兼行動拠点であり、このような場所は他の各校舎にもある。

 

「おい遠薙妹。ちょっと来い」

 

 二人きりになってすぐ、先の怒りは無くなったらしい壮太郎が、パソコンの前に座ってナツナを手招きした。ナツナがその画面を見てみると、彼はネット掲示板を開いている様子だったが、その書き込みの内容は気分のいいものではなかった。

 

「これは?」

 

「ここの裏サイト。平たく言えば、この学園に関すること全般について、陰口を叩いたり、口に出しづらいことを書き込むための掲示板だ」

 

「あァ、何。これをこれから何とかして潰す感じ?」

 

 ナツナは深く考えずにそのように尋ねたが、壮太郎は首を横に振った。

 

「んなことしねェよ。出来んこともないけど、そうしたって新しいのが出来るだけで、イタチごっこになっちまう。こんなのは放置でいいんだよ。それより、これ見ろよ」

 

 壮太郎は、あるスレッドを開いた。それは他のスレッドよりも段違いに書き込みが多く、何かと思って見てみると、ナツナはその理由がすぐに納得できた。

 

「あのサナギ姉妹の陰口のスレッドか。そりゃあ伸びるわけだね」

 

「まァ、俺も軍人の息子だ。あの姉妹を憎む理由は十二分に理解できるし、仕方ないとは思う。それより問題なのは、こんだけ憎まれてる中であいつらに風紀委員やらせることだ。お前に聞きたいのは、ふとしたきっかけで人をぶっ殺しちまうようなやつが、統合軍にいるかどうかだ」

 

「さァ、悪いけど分かんない。そういう人って大概、ここに来る前になんか問題起こしてブタ箱行きになるか除隊されるかのどっちかだからさ。ただ、軍のみんなのあの二人への恨みは尋常じゃないからね。温厚な人でも、あの二人には信じられないくらいの罵詈雑言が出ることなんて珍しいことじゃない。だから、言うなればあの二人には統合軍のみんな全員が、ふとしたことで危害を加えるかも」

 

 ナツナは誤魔化した言い方で答えた。一方で、壮太郎の方は納得していない様子で、眉間にしわを寄せていた。そうした表情のまま、彼はナツナに目だけを向けて、低い声で尋ねる。

 

「それは、お前を含めての話か?」

 

「さァ、どうだか。もしそうだとしたらどうする? 私を解雇するのかな?」

 

「いや、アイツらの方だな、解雇するのは。そんで、その後は常に護衛でも付けておく。本当はどっかに閉じこもってもらえるといいんだが、流石にそういうわけにもいかないからな。とりあえずお前の話を考えると、さっさと解雇した方がいいな。一度ローテーションを回し終えたところで解雇するのが丸いか」

 

 壮太郎はそのように言い、裏サイトを閉じて表計算ソフトウェアを開いてキーボードを凄まじい勢いで叩き始めた。彼は完全に自分の世界に入ってしまった。このまま彼の側に居ても仕方がないので、ナツナは彼から離れて、適当な椅子に腰かけた。それから、誰も来る気配が無かったので、先ほどの壮太郎とのやり取りを簡単にまとめて参謀本部に送信しておいた。サナギ姉妹は、大した権限を持っていないとはいえ、確実に裏切る者としてその動向は注目しておく必要がある。本当は早く国家反逆罪で捕まえて処刑してしまうのが手っ取り早いのだが、和平条約の効果でそのように出来ないのが現状だ。

 

(あんなカス、私に命令くれればすぐに暗殺できるのになァ。早く命令来ないかなァ)

 

 ナツナは大きくため息をついた。殺せるだけの力を持ち、殺そうと思えば殺せる状況にありながら、手を出せずにいるのはあまりにも歯がゆい。地団駄を踏みたくなる気持ちを抑えて、ナツナは二度目のため息をついた。

 

        ***

 

 昼休みの巡回を終えて、ナツナはリーナと共に食堂に入った。本当は、ナツナは深雪と昼食を取りたかったのだが、彼女は次はブルーミングバトルの授業があって急がなければならないとのことで、その願いは叶わなかった。

 

「15分で食べて戻らなきゃいけないというのは、いつものことながら大変です。私は最近は委員長に重用されて、非番の日も減ってますから尚のことですね」

 

 リーナは口一杯にハンバーガーを頬張り、それを咀嚼しながら言う。ナツナも同じハンバーガーをむしゃむしゃと食べつつ、彼女の話に付き合う。

 

「ホントねー。私もアイツに扱き使われそうな予感するし、大変になりそう。軍出身の連中は文句言わないからラクだ、なんてこと言ってたし。ま、私が選んだことだからいいんだけどね」

 

「委員長の才能には目を見張るものがあります。その才能が理解され難いというのは悲しいことですが、私たちのような理解者がいるだけ、まだマシですね」

 

「あのセクハラ大魔神っぷりが無ければ、もうちょっと評価高いと思うんだけどなァ。あれがちょっと残念すぎる」

 

 ナツナがここまで言ったところで、彼女とリーナはほぼ同じタイミングでハンバーガーを全て口の中に放り終えた。そこで二人は一旦会話を中断し、水を大量に飲んでそれを一気に喉奥に押し込んだ。

 

「あれくらい完全無欠な人です。むしろ、そのくらいの欠点がないと不気味ですよ」

 

 リーナはトレーを持って立ち上がりながら、会話を再開する。ナツナの方はまだ喉に食べ物が引っかかっているような感覚がしていたので、彼女は少し間を置いてから応答した。

 

「欠点が酷いよ。私なんて、昨日めっちゃセックスセックス言われたし」

 

「トオナギさんにはそういうセクハラなんですね。私はジャッジメンティスのパイロットスーツのおかげで痴女扱いされてます。好きであの格好をしているのではないと言うのに、全く失礼な話です」

 

「その痴女っぽい格好ってどんなの?」

 

「だから痴女じゃありませんてば。これですよ」

 

 リーナは顔を赤らめながら制服のシャツを少しはだけさせ、ナツナにその中身を見せた。するとそこには、彼女の体にぴったりと張り付いた、光沢のある白いスーツがあった。体のラインがかなりしっかりと分かる上に、その光沢のおかげで、より一層艶めかしい雰囲気を醸し出している。

 壮太郎の気持ちも理解できたので、ナツナは思わず苦笑いしてしまった。

 

「あー、これはエロいね、うん。アイツにこんなの見られたら、そりゃ痴女扱いするだろうね」

 

「メルティに新しいスーツの開発要請をしなければなりませんね。エロくないやつを開発してもらわないと」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、リーナがぶつぶつと呟き始めた。悪いことをしたかなァとナツナが思っていると、リーナが拗ねた風でナツナを睨んできた。

 

「トオナギさんもそういうこと言うんですね。委員長のセクハラに辟易してるんじゃなかったんですか」

 

「あ、ごめん、ごめんね。私はアイツに言われるのがムカつくだけで、下ネタ自体はそんなに嫌いじゃないというか。いやまァだからその、とりあえずリーナには言わないでおくよ」

 

「そうしてください。全くもう」

 

 リーナは頬を膨らませる。その可愛らしい仕草は、彼女が軍人であるということを一瞬ナツナに忘れさせるほどであった。それで、ナツナが彼女に見惚れていると、彼女は一層不機嫌な様子でナツナに目を向けた。

 

「何なんですか。ジロジロ見て」

 

「ちょっとね。可愛くて」

 

「うーん、委員長がそんなこと言ったら蹴り飛ばすところでしたが、トオナギさんに言われるのは嫌な気にはなりませんね。同性だからですかね」

 

 リーナは少し機嫌を直した様子だった。馬鹿にしていると取られるかもしれないとも思ったが、そのようなことはなかった。案外、単純な子なのかもしれないと、彼女の愛らしい照れ笑いを眺めながら、ナツナはぼんやりと思った。

 

        ***

 

 放課後の巡回を終え、ナツナが帰宅するとすぐ、軍用の通信端末に着信があった。彼女は盗聴対策で即座に風紀委員の腕章がついたブレザーを脱ぎ捨て、寝室に駆け込んでからその電話に出た。

 

「ナツナ。新しい任務よ。アゲハ・サナギ中尉を、彼女が風紀委員に在籍している間に、誰にも見られずに半殺しにしなさい。出来れば、多人数に襲撃されたように見せかけて、ね」

 

 電話をしてきたのはスレイだった。ナツナはとうとう裏切り者に手を下せると歓喜したが、すぐに何故暗殺でなく半殺しなのかという疑念が湧いた。しかし、だからと言って口答えはしない。ナツナはG・Sの刃として、淡々と任務をこなすだけだ。

 

「了解です。このナツナ・トオナギ、統合軍兵士の誇りにかけて、必ずやこの任を達成します」

 

「何故暗殺でないのかは、聞かないのね。気にならないのかしら?」

 

 スレイの口調は、暗に尋ねろと言っているかのようだった。わざわざこのような言い方をするのだから、ナツナの方から聞かなくても最終的に彼女は教えてくれそうではあったが、そのようにするのは時間の無駄なのでナツナは躊躇いなく訊くことにした。

 

「差し支えがなければ、教えてください」

 

「いいわ。この目的は風紀委員の目を青蘭学園内の統合軍に向けさせるためよ。アゲハ・サナギなら、誰に襲われても不思議じゃないし、私たちとしても早く切り捨てたい存在。でも、暗殺だと刺客を送り込んだと見做される恐れがあるから、それで半殺しよ。それと、風紀委員の目を逸らした後については任務を遂行した後で伝えるわ」

 

 健闘を祈る、と言ってスレイは通話を切った。ナツナは通信端末をベッドの上に置き、自身の異能の剣、エンドブレイザーを召喚し、その刃を月光に照らす。多人数で襲撃されたように見せろ、というのは、この剣を使いナツナ一人でやれと言っていることに他ならない。ナツナの心は昂ぶっていた。この任務を任されたのは、ナツナが信じられている証拠だ。その事実は、ナツナを天にも昇る心地にさせた。

 

(アインスやジェミナス中尉じゃなくて、私に命令を下してくれたんだ。こんなに嬉しいことはないよ)

 

 ナツナは、月光に煌めくエンドブレイザーの刃を見つめる。それにはG・Sで振るっていた頃と比べても全く曇りはない。そのことを確かめると、ナツナはエンドブレイザーを仕舞って、玄関で脱ぎ捨てた制服の上着をもう一度着た。

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