Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

15 / 23
決別の日①

 アゲハを襲った日の夜、ナツナはその日の青蘭学園の様子や対応をスレイに電話で報告した。それが済むと、スレイは次のように語りかけた。

 

「この作戦の目的、後で伝えると言ってあったわよね。この作戦は実は穴攻(けっこう)を行うためのものよ」

 

「穴攻、ですか。ずいぶんと古風な作戦を使うんですね」

 

「向こうもそんな古臭い手を打つとは思わないでしょうから、うまく陽動をかけられればいい奇襲になるわ。もっとも、穴攻隊は退路が無いも同然だから、必然的に決死隊になってしまうけれど」

 

 穴攻とは、穴を掘って敵陣を奇襲する戦法である。地球での有名な例としては、後漢末期に、河北で最も力のあった群雄の一人である袁紹が、幽州の群雄、公孫瓚の易京城を攻めた際にこれの戦法を用いたという。

 青の世界水晶が地下にあり、どの部屋にあるかも分かっている。しかし正面から獲ろうとすれば、細く入り組んだ迷路に翻弄され、格好の餌食となる。それよりは、穴を掘って最短距離で世界水晶を奪うほうが良い。統合軍参謀本部は、そのように考えたらしい。

 

「それで、今参謀本部としては戦闘中に穴攻を隠すための作戦を立てているところなのだけど、あなたの意見も聞こうかと思って」

 

「私の意見、ですか? 私は兵ですよ。個人的な物ならまだしも、軍を動かす大略など、私にはございません」

 

 予想外の話に、ナツナは声を硬くした。動揺で態度を変えてしまったのは特殊部隊の精鋭として情けないことだとは思ったが、ナツナにとってはそれほどまでのことであった。

 

「そんな重く捉えなくて大丈夫よ。あなたは青蘭学園に送り込んだ中で、風紀委員の長に最も近づいた。向こうの組織体制を見るに、恐らく指揮をとり作戦を練るのも彼でしょう。だから、彼の人柄を教えてくれるだけでいいわ」

 

「わかりました。彼、篠谷壮太郎は、一見豪胆で馬鹿な男です。しかし、その裏に計り知れぬ才気を隠し持ち、更に完璧主義で強い猜疑心を秘めています。そして、自己愛が強く目立ちたがりでもあります」

 

 大したことではないと気を楽にしたナツナは、すらすらと答えた。その後、スレイは考え始めたのか黙り込んでしまった。ナツナが数分待つと、スレイは煮詰まったらしく、彼女との会話を再開した。

 

「策が固まったわ。これを参謀本部に提出して採決されたら、よほどのイレギュラーが無い限りは問題なしだと思うわ。ただ、あなたにはかなり負担の大きい役割を背負わせることになるかもしれない」

 

「中佐は当代最高の軍師です。私の命をその策に捧げる覚悟は出来ています」

 

「頼もしいわね。ブリーフィングを楽しみにしてなさい。じゃあ、もう切るわ。おやすみなさい」

 

 ナツナも挨拶を返すと、スレイは通話を切った。ナツナはその後、通信端末をしまって風呂に入ろうと寝室を出た時、インターホンが鳴っていることに気がついた。ぱたぱたと駆け足で外に出ると、そこにはパジャマと思しき服を抱えたルルーナとリーリヤがいた。

 

「先輩方、どうしたんです? こんな時間に」

 

「暇だし遊びに来たの。できたらお泊まりもしたいなって」

 

 ルルーナはあっけらかんと答えた。対して、リーリヤは面白くもつまらなくもなさそうな仏頂面で彼女の隣に突っ立っている。ルルーナに無理矢理連れて来られたのだろうと、ナツナは悟った。

 

「まァ、いいですけど。連絡くらいくださいよ」

 

「何度もメールしたのに全然返信来ないから、しびれを切らしたの」

 

 ルルーナの言葉を受け、ナツナは私用の携帯電話を開いた。すると、彼女からのメールが何通も来ていた。それらが送られてきた時間はちょうど、ナツナがスレイと話していた時間に重なっていた。

 

「あ、ごめんなさい。この時間は取り込み中だったんですよ」

 

「あちゃ、そうなの。ごめんごめん」

 

「大丈夫ですよ。さァ、立ち話もなんですし、上がってください」

 

 ナツナは二人を部屋に入れ、リビングまで案内する。それから緑茶と茶菓子を出して、三人でテーブルを囲った。リーリヤはぐるりと首を回して室内を見回すと、ふむ、とひとつ息を吐いた。

 

「思ったより普通の部屋ですね。ルルーナに近いタイプですから、色々とデコレーションしてると思ってました」

 

「この寮の備品だけで、普通に生活する分には十分ですから。どうせすぐ用済みになりますし、お金をかける必要は無いかなと」

 

「そう言うわりには、バイクは買うんだ」

 

 ルルーナがにやにやして突っ込む。しかしこれは想定内の言葉で、ナツナは緑茶を一口飲んでから、落ち着いて答える。

 

「バイクは向こうでも乗りますから。エンジン換装すれば向こうでも使えますし」

 

「言われてみればそうだね。しかしまァ、家具は今から買わせるにはちともったいないよね。朝の件を考えると、ブルーフォールはもうすぐだろうし」

 

 ルルーナは茶菓子を頬張りながら、何でもないように言う。しかし彼女の言葉で、ナツナとリーリヤの意識も、ブルーフォールの方に向いた。

 

「そうですね。あと一週間くらいで何か指令があるでしょう。腕が鳴ります! ずっと、私のヴィヒター・リッタが血に飢えていますから!」

 

 リーリヤは鼻息を荒くする。物騒な物言いだったが、ナツナも彼女に共感した。アゲハを半殺しにしたくらいでは足りない。戦いが間近に迫っているという実感を一度持つと、殺戮を求める心が胎動した。

 

「私も、リーリヤ先輩と同じ気持ちです。私の持てる全てで、襲い来る敵を皆殺しにしてやりますよ」

 

「はいはい、二人とも血気盛んなのはいいことだけど、私たちの目的はあくまで世界水晶だよ。殺すのはそのための手段だからね」

 

 興奮する二人に、ルルーナは呆れ顔で諫めた。ナツナはぐうの音も出なかったが、リーリヤは澄まし顔でルルーナに言葉を返した。

 

「そんなこと言って、ルルーナも戦場で嬉々として敵を虐殺してるじゃないですか。シュッツ・リッタで何人も撲殺したり押し潰したりしてるでしょう」

 

「私はちゃんと目的が分かってるからいいの。それに、あれは作戦前に使ってる覚醒剤でちょっとラリってるからだし。素じゃないし」

 

 ルルーナの言葉は早口気味だった。本人としては平静を保っているつもりであろうが、ナツナには彼女の動揺が簡単に分かった。それで、彼女は少し意地悪をしたくなった。

 

「まァまァ、いいじゃないですか。殺しを好む蛮勇は、私たち兵にあって困るものではありません」

 

「かわいくないからやだ。戦場ならともかく、今はそういうのはナシ!」

 

 頬を膨らませて、子供っぽくルルーナはそっぽを向いた。その様に、ナツナとリーリヤは揃って苦笑する。

 和やかで緩やかな雰囲気の中で、戦場の狂気を思い出しながら語り合う。ナツナたちは、戦いが近づくと決まってこのような会話をする。この会話の裏で育む闘争心と殺戮への渇望こそ、彼女らの戦場での力の源なのだ。

 

        ***

 

 アゲハへの襲撃からちょうど一週間が経って、G・Sが青蘭島に対して宣戦布告を行った。ナツナが耳にした噂によると、G・Sは青蘭島評議会に対して世界水晶の譲渡、もしくは世界水晶の力を回復させる技術の提供を要求していたのだが、評議会が無視し続けたため、宣戦布告と相成ったとのことだった。

 宣戦布告の内容は、一週間後の午前8時に開戦し、それまでは互いに交戦しないというもので、統合軍出身の生徒は全員が一旦帰国することとなった。ナツナも当然例外でなく、業者に部屋の私物とバイクをG・Sに送ってもらうよう依頼し、財布などの小物を入れた小さなバッグを手にし、寮の自室を後にした。

 

「夏菜!」

 

 歩き出した直後に、廊下のエレベーターの方から深雪の声が聞こえた。少し待つと、泣きそうな顔をした深雪が息を切らして走ってきた。

 

「夏菜。どうしても、ここを攻めるの?」

 

「そうだよ。ていうか、もともとそのつもりだったし」

 

「軍の命令、だから?」

 

 ナツナはその質問に眉をひそめた。彼女が何を言わんとしているかを悟ったからだ。

 

「私がそうだと言えば、お姉ちゃんは、それはおかしいとでも言うつもり?」

 

 図星だったようで、深雪は言葉を失い、たじろいだ。しかしすぐに彼女は踏ん張って、姿勢を正した。ナツナはその態度にほんの少しだけ感心し、小さく鼻を鳴らした。

 

「そうだよ。だって、地球は私たちの故郷じゃない。世界水晶が無くなったら地球が滅びるんでしょう? そんなのやだし、それに私は、夏菜と戦いたくなんてない!」

 

 深雪は涙ながらに話した。しかしそれは、ナツナの苛立ちを加速させるだけだった。彼女が本気なのは分かるが、だからこその苛立ちだった。ナツナは大きくため息をついて、彼女を冷めた目で見つめた。

 

「がっかりだよ、お姉ちゃん——いや、深雪(丶丶)。軍人の親を持つ身なら、私の気持ちも理解できると思ってたけど。それに随分と身勝手になったものだね。私の思いをわかろうともしないなんて。じゃあね」

 

「あ——」

 

 深雪は膝から崩れ落ちた。その様を尻目に、ナツナはエレベーターに向かって歩き出した。言い過ぎだったかという思いがナツナの脳裏によぎったが、すぐにそれを否定した。腑抜けきった深雪にかける情けなど、ナツナに存在しない。

 ナツナはエレベーターで地上に降り、寮の門をくぐってタバコに火をつけた。良い天気だった。快晴で、髪も揺らさないほどの弱い心地の良い風が吹いている。その空気とタバコとで、二重に気分が良かった。しかし、その中でふと視線を感じ、待ち構えていたように突っ立っていた壮太郎に気付いたのだった。

 

「何」

 

「タバコ吸うんなら喫煙所で吸え」

 

 楽しみを邪魔されたナツナは舌打ちして、携帯の灰皿でタバコの火を消して、蓋をしてからそれをバッグに入れた。それから歩き出そうとしたのだが、壮太郎に呼び止められた。

 

「おい待てやコラ」

 

「どこぞの誰かさんみたいに説教するつもりなら聞かないよ」

 

「説教だァ? タバコのマナー以外に今のお前に説教することなんかあるかよ」

 

 壮太郎のその態度を見て、ナツナは拍子抜けすると同時に、彼が自分と近い感覚を持っていることを思い出した。彼は、深雪のような下らない理由で説教する男ではない。それを確信し、ナツナは足を止め、壮太郎の方に向いた。

 

「ごめん。アンタはそういう人じゃなかったよね」

 

「そういう人? あ、なるほど。遠薙には引き止められたんだな」

 

「うん。地球生まれなら青蘭島側で戦うのが筋だってさ」

 

「そんなこと言われたのかよ。後で俺が説教しといてやろう」

 

 壮太郎の目は本気だった。本当に説教するつもりだ。それで深雪が考えを改めてくれれば、ナツナも気分が良くなるというものだった。

 

「人が戦争に参加する時は、守りたいものを守れる側に付くのが常識なのにな。お前はG・Sに守りたいものがあるから、そっちに立つんだろ?」

 

「うん。ところでさ、何で引き止めたの? 私を説得しようとかいうことじゃないんでしょ」

 

「ああ。前に乳首当てゲームやろうぜって話したろ。そういやまだやってないなって思ってな」

 

 ナツナは一転して、何も言わずに壮太郎に侮蔑の目を向けた。彼からのセクハラは久しぶりで、懐かしささえ覚えてしまったが、それでも不快なことには何ら変わりない。

 

「乳首当てゲームねー。手が滑って、アンタの胸を突き破って心臓抉り取っちゃうかもしれないけど、いいかな?」

 

「お前のおっぱいにさわれるなら死んでもいいぜ」

 

 壮太郎は涼しい顔で返してきた。彼らしい返し方ではあるが、だからといってナツナが怒らないわけではない。

 

「気色の悪い。来週、戦場で会うのが楽しみだよ。細切れにしてブッ殺してやる」

 

「寝ボケんなよ。ブッ殺すのは俺の方だ。まァ、俺も俺と対等にやりあえるのがいなくて飽き飽きしてるんでな。お前と命の削り合いができること、期待してるぜ」

 

 彼が言い終えると、互いに不敵な笑みを交わし、背を向けあって歩き出した。この時ナツナは、自分が学園の敵となったことを心の底から実感した。しかし彼女に悲しみはない。あるのは、G・Sへの美しき忠誠心と、野獣のように激しい闘争心だけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。