Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

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決別の日②

 G・Sの宣戦布告の直後、D・Eから帰還命令が出されたが、それに応じる者はいなかった。それはD・E代表代行として学園にいるソフィーナも同様だった。国の命令よりも、仲間を守りたいと考えた彼女は、壮太郎にその意思を直接伝えようと思い立った。しかし、ソフィーナが部屋から出ようとした瞬間、目の前にジュリアが瞬間移動してきた。

 

「ソフィーナ。他の連中が命令を無視するのは構わないけど、あなたは戻りなさい。代表代行のあなたがここで統合軍と戦えば、それが国の意思と取られるでしょうが」

 

「なら、代表代行の座を降りるわ。それなら文句は無いでしょう」

 

「馬鹿。大有りよ。自分がD・Eの重鎮という事実を思い出しなさい! 力さえあれば、ある程度のワガママが許された先代の治世とは違うのよ!」

 

 ジュリアは、耳が裂けるような大声で怒鳴った。普段怒る時も余裕を忘れないジュリアが、本気で怒っている。彼女はしばらく身を震わせていたが、やがて大きく息を吐くと、ソフィーナを哀れむような目で見つめた。

 

「その目は何なの」

 

「——学園に来てから、ソフィーナは何か、ここが変だと思ったことはなかった?」

 

 先ほどとは打って変わって、ジュリアは落ち着いた声色で語りかけてきた。ソフィーナはその変わりように戸惑いつつも、彼女に答える。

 

「変だと思ったことといえば、あなたと話している時に何かを思い出そうとしたら頭痛がして、何を思い出そうとしてたのかも忘れてしまったことくらいよ」

 

「なるほどね」

 

 ジュリアはそれだけ言って黙り込んでしまった。空気が重く、ソフィーナは秋だというのに汗を滲ませた。彼女があまりに長く黙り込んでいるように思えたので、ソフィーナは居心地悪く感じて声をかけようとした。しかし、その前に彼女がソフィーナに目を向けた。

 

「ソフィーナ。あなたの望み、叶えてもいいわ。条件付きだけど」

 

「条件って?」

 

「D・E代表代行を降りるだけじゃなくて、D・E国籍を放棄し、二度とD・Eの土を踏まぬと誓うこと」

 

 ソフィーナは絶句した。それではまるで大罪人だと悲嘆したが、無理からぬこととも分かっていた。他の庶民ならともかく、ソフィーナはジュリアの言う通り、D・Eの重鎮だ。寧ろこの場で殺されないことをありがたく思うべきとも言える。

 

「分かったわ。その条件、飲むわ」

 

 ソフィーナがこう答えた時、ジュリアは一瞬、もの悲しげな表情を見せた。その顔を見た時、ソフィーナは何か取り返しのつかないことをしてしまったように感じた。しかし、今の彼女に、青蘭島を助けに行く以外の選択肢は存在しない。

 

「口約束だと反故にされるかもしれないからね。悪いけど刻印を埋めさせてもらうわよ」

 

 不意にジュリアがそのように告げ、有無を言わせずにソフィーナの腹に手を当てた。その後、電撃が走ったような感じがし、服をめくってみると腹部に幾何学模様の紋章が刻まれていた。

 

「これで、あなたはこの刻印が消えない限り、黒の世界に立ち入れないわ。無理に立ち入ろうとすれば、あなたは死ぬ」

 

 彼女の言葉に、ソフィーナは一呼吸置いてから頷いた。祖国よりも青蘭島を選んだのだから、信用を失っているのは当然のことだと言えた。

 

「じゃあね、ソフィーナ。最後にひとつだけ言うわ。ミルも私も、あなたには期待していたのよ」

 

 ジュリアはそれを捨て台詞にして、ソフィーナの前から姿を消した。彼女の声は震えていた。気丈で滅多に素の感情を出さぬ彼女をそうさせたのはソフィーナだ。ここでようやく、ソフィーナは己が取り返しのつかないことをしてしまったことを自覚し、一人慟哭した。

 

        ***

 

 学園の会議室に、壮太郎とリーナ、そして歩けるようにはなったアゲハが集まった。今から、世界水晶防衛の最高指揮官となった壮太郎を中心に、作戦会議を行うのだ。

 

「これから作戦を立てるが、T・R・AとS=W=Eが外での戦闘をやってくれるそうだから俺たちは学園の建物の防衛を第一に考えよう。とは言え、敵がどんな作戦を立ててくるのか分からないのに奴らに挑むわけにもいかん。つーわけで、サナギ姉。敵の参謀は誰だと思ってる?」

 

「今回の作戦は特務隊主導とのことだから、スレイ・ティルダイン中佐が参謀の中心でしょう。しかし、特務隊の任務は、本来は裏工作や暗殺で、時々一般部隊に混じって任務を行うこともあるけど、私が持っていた権限では具体的なティルダイン中佐の戦歴は分からなかったわ」

 

 アゲハの話を聞いて、壮太郎はうーんと唸った。敵の具体的な手法が分からないとなると、ナツナを介して壮太郎たちを知っている統合軍に対して大きく不利を被ることとなる。

 

「何か知ってること無いか? そのスレイとかいうやつの性格とか私生活とか」

 

「そういうことなら、彼女の家はトオナギ少尉の保護者だったはずよ。確か、彼女の弟がトオナギ少尉の婚約者だとか」

 

「ならば、そのスレイのナツナさんに対する信頼は厚いと考えていいですね。つまり、考えられる可能性はふたつでしょう」

 

「遠薙妹が重要な役割を担うか、もしくは安全な場所にいるか、だな」

 

 リーナの言葉に続けて、壮太郎は呟いた。リーナが頷いたのを見ると、同じことを考えていたらしい。改めて、壮太郎は二人を見回して告げる。

 

「遠薙妹が前線に現れたなら、それが鍵だな。戦闘中は、常にアイツを意識するようにしよう。それ以外はまァ、スレイのことが分からんからセオリー通りにゲリラ戦をやるか。連中が学園にいた期間があっても、学園のことなら俺らが百倍よく分かってる。そしてこれが、部隊の割り振りと配置だ。意見があったら言ってくれ」

 

 壮太郎は懐からレジュメを取り出し、机の上に置いた。リーナとアゲハがそれに食いつく。やがて、見終わったらしい二人が、同時に顔を上げて壮太郎の顔を見た。

 

「私には、粗があるようには見えませんでした。完璧ですよ」

 

「天才ね、あなた。でも、こんなのいつの間に作ってたの?」

 

「第一次のブルーフォールの直後だ。絶対二回目があると思ったからな。でもそんなに凄いかァ。へへへ」

 

 鼻を伸ばしながら、壮太郎はアゲハに答えた。しかしその時、慌てた様子の美海が、書類の束を抱えて飛び込んできた。彼女が机の上に置いたそれを覗き込むと、それらが風紀委員会への申込書だと分かり、壮太郎はめまいがした。

 

「壮太郎君! 学園のために戦いたいって人がこんなにも!」

 

「嘘だろオイ。時間無いってのに仕事増やすんかい。しかもせっかく作ったこれが全部パーじゃねェか」

 

 壮太郎は頭を抱えた。学園のために戦いたいという彼らの気持ちを無碍には出来ないが、かと言って全員が役に立つとは限らず、全員に十分な訓練を施す余裕も無い。それに、戦闘中に誰か一人でも逃げ出せば、それが楔となって戦線が瓦解することも考えられる。

 

「はァ、しょうがねェ。日向、そいつらを講堂に集めてくれ。俺が直々に選別してやる」

 

「選別? みんなと一緒に戦うんじゃないの?」

 

「アホ。俺たちは戦争をするんだ。いつ死んでもおかしくない所に放り込まれるんだ。何となく志願したヤツなんか邪魔なだけだよ」

 

 壮太郎が告げると、美海の表情が固くなった。壮太郎と美海はこのような点で全く気が合わなかった。彼女は素直すぎ、理想を重視する。人としては良いが、上に立つ者として相応しい性格ではない。一方で、壮太郎は猜疑心が強く、重視するのは現実だ。壮太郎の考えでは、人の上に立つ者として最も重要な能力は現実を見られる目である。理想しか見られない者たちは、決まって暴走し、迷走の果てにあらゆるものを犠牲にして潰れていくと相場が決まっている。猜疑心の強さは策略家として必要だ。そのどちらも持っていない美海を、壮太郎は重用したくないのだが、彼女が持つカリスマは何者にも代えがたいものだ。志願してきた者も、壮太郎の人徳ではなく美海の人徳に引き寄せられた者の方が多いような気さえする。風鬼委員長として、壮太郎自身も人徳があると自負しているが、美海のそれは彼のを凌駕する。壮太郎はそれが悔しいのだが、不用意に妬むことはなく、利用するだけ利用することにしている。

 

「とにかく集めといてくれよ」

 

 壮太郎はそれを捨て台詞にして、会議室を去って講堂に向かった。すると、その道中でレミエルと遭遇した。彼女は壮太郎と目を合わせると、すぐに近寄ってきた。周りには人もいるというのにそうした彼女を見て、壮太郎は目を丸くした。

 

「お前、人前だけどいいのか」

 

「ナツナさんと、そのお姉さん、でしたっけ。とにかく二人に知られたと考えたら、どうでもいい拘りだったと思いまして」

 

 壮太郎はまたも驚いた。レミエルの口からこのような言葉が出てくるとは思いもよらなかった。彼女の目は相変わらず濁っているが、以前と比べたらだいぶ澄んだ目をしている。壮太郎の知らぬ間に、彼女は変化を遂げたらしい。

 

「そうか。俺は今から志願してきた連中の選別に行くけど、お前も付いてくるか?」

 

「講堂でしょう? 袖から見守りますよ。ところで、私が志願したかどうかは聞かないんですね」

 

「お前がするわけないだろ?」

 

 壮太郎が問い返すと、レミエルはふっと笑った。そして、彼女は壮太郎の左腕を取り、それを彼女の胸に当ててきた。その控えめながらも独特の柔らかな感触に、壮太郎はつい顔をだらしなく歪ませた。

 

「さすが壮太郎さん。でも、壮太郎さんがピンチになったら駆けつけますね。私が命を懸けてでも守りたいのは、壮太郎さんだけなのですから」

 

「くくく、嬉しいこと言うなァ。レミエルはやっぱり最高だよ」

 

 壮太郎は空いている方の手で、レミエルの頭を搔き撫でた。彼女の柔らかな金髪が心地よい。彼女も喜んでくれているようで、恍惚とした表情を浮かべている。

 講堂までの道の半分くらいまで来たところで、志願した人は講堂に集まるように、という美海の声がスピーカーから流れてきた。それに伴って、周囲の人々の何人かが慌てた様子で講堂に向かって走り出した。

 

「やる気はあるみたいだな」

 

「そうみたいですね。学園の何を守りたくてここまでやるのか、私には理解できませんけど」

 

 レミエルは冷めた目で、忙しく動く生徒たちを眺めていた。やがてその目から冷たさが消えると、それは壮太郎の方に向けられた。

 

「そういえば、壮太郎さんは何で戦うんですか?」

 

「青蘭島防衛の最高指揮官という役職が背負う義務に俺は命を懸けたんだ。俺の将来は日本の陸軍元帥だからな。この若いうちからキャリアを積めるなんて、滅多にないチャンスだ」

 

「えらく個人的な理由ですね。壮太郎さんらしいといえば壮太郎さんらしいですが、それで人が付いてくるんですか?」

 

「お前にしか明かさねェよ、こんなこと。まァ、実を言うと、そういうことにしとかないと、俺のやる気が出ないんだ」

 

 壮太郎がそのように言うと、レミエルは足を止めた。彼女は訳のわからないと言った顔をしている。

 

「ちょっと来い」

 

 壮太郎はその理由が、人に聞かれてはいけないように思えたので、レミエルの手を引っ張って、空き教室に連れ込んだ。そしてその部屋の鍵をかけると、机に腰掛けて小声で告げる。

 

「実は、今のこの状況が不可解なことが多すぎて納得できてねェんだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「そもそも、優秀なプログレスが沢山いるとはいえ、高校生にプロの軍人の相手をさせるって神経が理解できん。それに、世界水晶が奪われたら、地球が滅ぶって言われてんのに、地球の他の国家は何も援助しない。つか、世界水晶がある部屋は異常に頑丈だから、島民全員を避難させて、この島に核爆弾打ち込みまくれば世界水晶は守れるし統合軍も全滅だ。これは極論かもしれんが、世界の危機な訳だしそれくらいしてもおかしくないだろ。でもやらない。上の連中は、俺に指揮しろと言って放りっぱなしだ。D・Eの不参戦も考慮に入れると、本当は世界水晶を取られても特に問題無いんじゃないかとさえ思える。前はこんなこと考えなかったんだが、いざやるとなるとこんだけ疑念が噴出する。納得できると思うか?」

 

 壮太郎はまくし立てる中で、頭の中が整理されて、ますます青蘭島の上層部に対する不信感が増大した。しかし、今はそのようなことはあまり考えていられなかった。壮太郎は世界水晶防衛の指揮を任された立場だ。その彼がこの戦いに対する疑念を抱けば、それは下にも伝播する。そのようになれば、当然士気は落ち、いたずらに人を死なせることになりかねない。それは避けねばならない。

 この壮太郎の葛藤を悟ったのか、レミエルは少しの沈黙の後、彼に一歩寄り、真摯な目で彼を射抜いて告げる。

 

「壮太郎さん。その調査、私に任せてくれませんか? 私が調査すれば、壮太郎さんは防衛任務に集中できるでしょう?」

 

「まァ、そうなんだけど。何で俺の考えてること分かったんだ? エスパーかお前は」

 

「以心伝心というやつですよ」

 

 レミエルは明るく笑ってみせた。その笑顔は明るく、見ている壮太郎も晴れ晴れとしてきた。彼女がこのような顔を見せるのは初めてのことで、壮太郎はつい涙ぐんでしまった。

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