Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde- 作:黒井押切町
レミエルを舞台袖に置き、壮太郎は講堂の舞台に立った。眼前には、不安げに壮太郎を見つめる生徒の面々がいた。壮太郎はふんと鼻を鳴らすと、マイクを持って彼らに向かって話し始める。
「おいテメェら。ここにいるってことは、全員命を落とす覚悟があるってことでいいな? そういう訳で、俺はここにいる連中で決死隊を作ろうと思う。決死隊の意味は分かるな? 志願者は、今俺がいる壇上まで、今すぐ来い」
壮太郎の呼びかけに応じたのは沈黙だった。誰もが顔を見合わせるばかりで、一向に動く気配が無い。その様子に、壮太郎はわざと大きくため息をつき、ふざけた調子で言う。
「誰も来ないけど、遠慮してんのかなァ。来ないなら俺がくじで決めちゃおっかなァ。大した志は無いけど周りに感化されて来ちゃったやつが当たったら気の毒だけど、仕方ないよなァ」
壮太郎がそう言い終えた直後、一人、また一人と足を進める者が現れた。やがてそれは、時間が経つにつれて大きな動きと化してゆく。最初の一人が動いてから数十秒後、壮太郎は大きく息を吸い込んだ。
「止まれ!」
壮太郎の大声で、全員がぴたりと停止した。その後、彼は舞台から飛び降り、講堂の一方の壁伝いに何メートルか歩いた。
「よし、俺がいる位置から舞台側にいるやつだけ残れ。他は足手纏いだから、とっとと帰って、志願したことは忘れてシェルターにでもこもってろ」
帰れと言われた者から敵意を持った目を向けられたが、壮太郎は彼ら彼女らを威圧し返して、更に刀の柄に手をかけた。すると、敵意はたちまち消え去り、彼らは失意の表情で講堂を去った。壮太郎は去れと指示した者全員が居なくなったのを確認すると、舞台に戻って、残った者の顔を順に見た。その中には深雪の姿もあった。彼女が居るのは意外だったが、ナツナとの会話の後に心境が変化したと考えると、不思議でもなかった。
「さて、お前らは真の勇敢さを持っている。だが、実力に見合わない勇敢さは無謀に過ぎん。そういうわけで、今日から風紀委員の訓練に参加してもらう。更に、あと一週間でモノにしなきゃならんから、体を壊さん程度に超ハードにしてやる」
壮太郎の言葉に、残った者たちは特に動揺は示さなかった。流石だと感心した彼は、深雪を残して他の者たちも帰らせた。
「遠薙。ここでお前の姿を見るまで、ちょいと説教してやろうと思ってたが、ここにいるってことはその必要は無いか?」
「夏菜から何か聞いたんだね。あの子が統合軍として攻めるって分かった時はショックだったけど、あの子が去ってから考えて、分かったの。あの子が言ったことは少しもおかしくない。私の方が変なこと言ってたって。だから私は、私の守りたいもののために、夏菜と、統合軍と戦うの」
「言っとくが、俺たちと統合軍の戦いは、ブルーミングバトルじゃない。正真正銘の殺し合いだ。お前も妹と殺し合う可能性も出てくる。アイツはお前を殺しにかかるだろうが、お前に妹を殺す覚悟はあるか?」
壮太郎が問うと、深雪はこくりと頷いた。彼には、その動きは固かったが、迷いは無いように見えた。
「あの子の覚悟は本物だから。殺したくなんかないけど、あの子が殺そうとするなら、私はその覚悟に応えられるだけの気迫で戦いたい」
揺らぎない目で、深雪は答える。ナツナから聞いていた話とは大きく違う彼女の雰囲気に、壮太郎はかくも短時間で変われるものかと思ったが、それだけ深雪の中のナツナか大きいということで納得した。
その後、深雪を帰らせ、レミエルと別れた壮太郎は、会議室に戻った。するとそこに、見知らぬ緑髪の、小学生ほどに見える少女がいた。彼女からただならぬ気配を感じた壮太郎は、即座に佩いている軍刀の鞘に手を添え、柄に手をかけた。しかし、いざ抜き放とうとした時、彼と彼女の間に美海が割って入ってきた。
「ダメだよ壮太郎君! シルトちゃんは敵じゃないよ!」
「いいや! 俺の勘が、コイツはやべェって言ってんだ。そもそも俺の知らねェヤツがここにいる時点で、俺にはコイツを斬る理由になる!」
「やっぱり、みんながみんな美海みたいな子じゃないんだね。そこのリーナも、私がここに入ってきた時同じこと言ってたよ」
シルトはおもむろに椅子から立つと、壮太郎に歩み寄ってきた。壮太郎は気を緩めず、すぐに抜刀できるように構え続ける。
「初めまして。私はシルト・リーヴェリンゲン。緑の世界水晶の意志そのもの」
彼女が名乗った瞬間、壮太郎は彼女に居合斬りを仕掛けた。彼女は咄嗟に避けたものの、壮太郎の斬撃の方が早く、右腕から下が斬り落とされた。壮太郎は仕留め損なったと分かった瞬間、抜き放った刀を両手持ちにして、シルトの左袈裟を狙う。しかし、突然間に美海が割って入り、壮太郎の体を抱き締めて止めた。
「ダメだよ壮太郎君! 刀を納めて!」
「離せ日向! 何が敵じゃないだ! こんなやつが味方な訳ないだろうが!」
「まァ、普通はそう考えるよね。リーナも私が名乗るなりいきなり銃で撃ってきたし」
シルトは涼しい顔で呟き、斬り落とされた腕を拾い上げて、それを元の位置にくっ付けた。彼女はそれから、右手を握って開いてを繰り返してから、壮太郎の方に向いた。
「私は言った通り、緑の世界水晶の意志。だから、私は緑の世界の真実を知っている」
「ほう。そりゃ大層な真実なんだろうな」
壮太郎の煽るような物言いに、シルトは眉をひそめた。そして大きなため息をついて、壮太郎の真横についた。
「今は遠慮するよ。話を聞かれたくない人が学園にいるし、それにあなたは最初から信じる気がなさそうだしね。じゃあ、健闘を祈るよ」
それだけ言って、シルトは文字通り姿を消した。その直後、ドアをノックする音が聞こえた。壮太郎は苛立ちを治められぬまま、ドアを開けた。そこにいたのはソフィーナで、壮太郎はまた負の感情が綯い交ぜになった。
「D・Eは参戦しねェのに何でテメェがまだ居んだよ」
「これは私個人の意思よ。国は関係無いわ」
「他の連中はともかく、お前は許可降りたんかよ」
壮太郎の問いに、ソフィーナは沈黙した。その沈黙の意味するところは、無許可か、もしくは人には言えぬ代償を背負ったかのどちらかだろうと壮太郎は考えた。どちらにせよ、今の彼女の態度は、壮太郎には受け入れがたかった。
「何考えてんだか知らんが、テメェには失望したよ。貴重な戦力だから使うが、信用があると思うなよ」
壮太郎が、ナツナやレミエルには甘く、ソフィーナにはこのように強く当たるのには根拠がある。前者二人はそこまで大きな責任を負ってはいない。しかし、ソフィーナは黒の世界の重鎮の一人である。その彼女が私情を優先してこの戦いに参加するというのは、全く感心できない行動であった。
「とにかく、志願者の中から絞ってきたから、人員配置を今から考え直すぞ。日向とソフィーナは帰れ。邪魔だ」
壮太郎は二人を威圧して会議室から追い出すと、彼とリーナ、アゲハの三人で合議を始める。その時には既に、彼の頭の中に美海とソフィーナは居なかった。
***
追い出されてしまった美海とソフィーナは、項垂れて会議室の扉の前で突っ立っていた。誰かが往来することもなく、二人の間には、重苦しい沈黙の空気が漂っている。それを引き裂いたのは、互いに廊下の反対側からやってきた二人だった。一人はシルトで、もう一人はレミエルだった。
「気配を追っていたのですが、そちらから姿を見せてくれるとはありがたいですね、シルト・リーヴェリンゲンさん」
「あなたがレミエル。なるほど、話に聞いた通り、確かにミカエルにそっくりだ」
二人は美海とソフィーナを無視して、その間に火花を散らした。ソフィーナは隙を伺っている様子だったが、美海は動くことができなかった。二人の間には、ブルーミングバトルとは全く異質の緊張感が迸っている。それが、戦争をブルーミングバトルの延長だと無意識のうちに捉えていた彼女を、戦慄させた。
「壮太郎さんからは怪しい動きを見せたら殺せと言われました。しかし、すぐにそうする気はありません。あなたの知っている全てを聞かせてください」
「殺気を発しながら言う言葉かな、それは。あと、彼にも言ったけどこの学園には話を聞かれたくない人がいるからね。口を割る気は無いよ」
「そうですか。ならば致し方ありませんね」
レミエルが呟き、彼女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には彼女はシルトの目の前に居た。その時、彼女の翼の無かった左肩から黄金の翼が生えていた。
「煉獄の炎で焼き尽くす!」
レミエルが叫んだ直後、彼女の左腕から、廊下全てを焼き尽くしそうなほどの炎が吹き出した。シルトはそれをまともに食らったが、平然として突っ立っていた。流石のレミエルも驚いたらしく、炎を消してその場に留まった。
「無意識なのか意識してなのかどうか知らないけど、
「何が言いたいんですか」
「あなたには、真実を知る資格がまだ無いってことだよ」
それを捨て台詞にして、シルトはいずこかへ消えてしまった。更にその直後にはレミエルも歩き去ってしまった。残された美海とソフィーナはしばらく言葉を失っていたが、やがて美海が苦笑いを浮かべて、ソフィーナに話しかけた。
「は、はは。なんだか、凄いことになってたね」
「そんな呑気にしてていいのかしらね。レミエルが戦うのを見るのは初めてだったけど、あんな炎、炎魔法が得意な私にも到底出せるもんじゃないわ。それに、シルトがミカエルとか言ってたのも気になるし」
「何か知ってるの?」
美海は何気なく尋ねたが、ソフィーナは返事もせずに黙り込んだ。彼女はやがて大きくため息をついて、首を横に振った。
「分からないわ。知ってた気がしたけど、気のせいだったみたい」
そのように答えるソフィーナの顔は、納得がいっていないようであった。彼女のその様子は、美海に嫌な予感を抱かせた。彼女のことだけではない。レミエルとシルトの言葉、壮太郎の普段とあまりに違いすぎる態度が、美海の体をぶるっと震わせた。