Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

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決別の日④

 G・S統合軍の首都基地内では、今回の作戦にあたってのブリーフィングが開かれていた。これまで殆どの者には極秘で進められていた作戦だったが、ここに来て、満を持して作戦参加者に情報が公開される。聴く者には、当然ナツナもいる。

 作戦の説明をするのは、今回の作戦の立案者であり、臨時参謀長を務めるスレイだ。彼女はスクリーンに青蘭島のあらゆる角度からの見取り図を映し、指示棒を片手に説明を始める。

 

「まず、この作戦において重要なことがふたつあるわ。ひとつは、この作戦が、我々が初めて経験するプログレス同士の戦争になるということよ。今主流な戦いとは違って、個の武もかなり重要になる、つまり古代の戦争に近い性格がある。そしてもうひとつが、地理。私たちは(ハイロゥ)を通って攻めるしかない。当然、敵もそれを分かっているから待ち伏せされるだろうし、敵としては私たちを門付近に留まらせておきたいはず。何せ、そこを突破されたら学園は目と鼻の位置だもの。そして、通り道がひとつしかなく、目標が至近にあるということは、長期戦は絶対に不可能ということになるわ。このふたつを加味して私たち特務隊参謀が出した結論が、奇策による一撃必殺」

 

 スレイはそこまで言うと、青蘭島の断面図に一本の線を表示させた。その線は学園の裏山から、世界水晶の部屋まで伸びている。

 

「奇策とは穴攻よ。そしてこれを成功させるのは、四重の陽動。そのうちひとつは既に済んでいる宣戦布告と青蘭島からの撤収命令。これにより、学園の殆どの者に、島には統合軍がいないと思わせられたはずよ。しかし実際は、穴攻隊は今島に居り、しかも穴を既に掘り終えて、あとは作戦時に壁を崩すだけにしているわ。そしてふたつ目は正面からの攻撃。私たちが使えるのは陸軍第一師団第一大隊のみだけど、これをふたつに分けるわ。一方はフィーリア・グレンハルト中佐が率いて、もう一方はラン王女殿下が率いるわ。学園側にサナギ姉妹がついているから、この二隊が主力だと彼らは判断するでしょうね」

 

 次に、スレイは島を斜めから写した図に味方部隊の位置を合わせたものをスクリーンに映した。その部隊の両端から、彼女は指示棒でそれぞれ一本ずつ線を伸ばす。

 

「第三、第四の陽動は、このふたつの別働隊。一方はジェミナス中尉を隊長とした特務隊の精鋭部隊。そしてもう片方は、トオナギ少尉とザクシード中尉、ゼンティア中尉の三人よ。さっきも言った通り、プログレス同士の戦いでは個の武が重要になるわ。そこで、この三人は我が統合軍の中でも特に優れたそれを持っているというのが参謀部の判断よ」

 

 視線は動かないものの、場の人間の意識が、少しナツナたち三人に向いた。ナツナは、背中がむず痒くなった。意識を向けられたからということもあるが、大きな原因は、軍にそのように評価されているという事実であった。しかしそれよりも、昔から慕ってきたスレイからその言葉が聞けたという至上の喜びが大きかった。

 その後は作戦の詳細についての話になった。まず先鋒を務めるフィーリアとランの部隊から、少し目立つようにしてユニの部隊を切り離し、東側から学園の建物に直接侵入する。それに隠れて、ナツナ、リーリヤ、ルルーナの三人が完全に気配を消して学園に西側から突入し、それぞれの部隊で世界水晶の部屋を目指す。そして、ふたつの別働隊で敵をある程度釣り出したところで、待機している穴攻隊が突入し、世界水晶を確保する。スレイの話を要約するとこのようになる。

 作戦の説明が終わってから、ナツナはリーリヤとルルーナと落ち合い、喫煙所に入って三人で一服した。

 

「いやァ、ティルダイン中佐も思い切ったことするねェ。宣戦布告も作戦のうちとは、驚いた驚いた」

 

 からからと笑いながら、ルルーナが呟く。別働隊の話はするつもりがない様子であった。周りにナツナたち三人しかいないわけではないから、これは当然だ。

 

「向こうからすれば卑怯でしょうが、我々には手段を選んでいる余裕はありませんからね。しかし、向こうには篠谷壮太郎がいますからね。あの切れ者を相手に、どこまで騙せるか」

 

「いやァ、大丈夫だと思いますよ、リーリヤ先輩」

 

 リーリヤの懸念を、ナツナは即座に否定した。ナツナは一服し、葉巻タバコの火を付けたまま、その理由を語り始める。

 

「アイツの価値を本当に分かってるのはリーナと、多分アゲハ・サナギの二人だけですから。アイツって割とキレやすいし横柄ですから意外と人望がないんですよ。もしアイツが私たちの作戦に気付いたとしても、周りの人間の殆どは本気で信じない。だから、アイツのオツムにはそこまで警戒しなくてもいいでしょう。アイツを警戒するとしたら、その実力の方です」

 

「ナツナはこの中じゃ一番アイツに近かったし、ナツナが言うならそうなんだろうね。でも、アイツはアルドラでしょ? 確かにいつも刀を佩いてたけど、実力あるのかな」

 

「アイツの戦う姿は見たことがないのでよく分かりませんが、アイツからは確かに強者の雰囲気は感じましたね」

 

 ルルーナの疑問に、ナツナは無難な言い方で答えた。ルルーナが「ふうん」と相槌を打って、一旦会話が途切れたがすぐに世間話が始まった。その裏で、ナツナは作戦のことを思い出していた。恐らくそれは成功する。穴攻隊を率いるナタク・ヴリューナは武勇と統率力を兼ね備えた名将だ。退路が無いも同然とはいえ、今まで人を殺したことすらない者たちに遅れを取るようなことはない。しかし、ナツナは嫌な予感がした。D・Eの不参戦の理由をもっと深く考えるべきではないかと思う。D・Eが参戦しないということは、ブルーフォールの結果がどうなるにせよ、D・Eにはダメージがないということか、もしくは参戦した時のリスクが不参戦のリスクを上回るかということだ。ではその根拠は何なのか。それだけは、ナツナはいくら考えても分からなかった。ナツナはD・Eの詳しい内情は殆ど知らない。故に、結論が出るはずもなかった。やがてこの思考は不毛だと断じて、彼女は一旦D・Eのことを忘れることにした。

 

        ***

 

 戦闘前夜、ナツナは兵舎の自室から電話を掛ける。今の彼女の胸は、明日の戦闘ではなくこの電話に対する緊張でいっぱいになっていた。

 

「もしもし、ゲオルグさん?」

 

「うん、俺だよ。こんばんは、ナツナ」

 

 電話の相手、ゲオルグの爽やかな声が、ナツナの耳朶を打つ。久しぶりにその声が聞けたということだけで、ナツナは歓喜に震え、頰を一筋の涙で濡らした。

 

「ナツナ?」

 

「大丈夫だよ。あなたと久しぶりに話せて、感極まっちゃっただけだから」

 

「あァ、そうなんだ。良かった。嗚咽が聞こえたからさ、心配になって」

 

「相変わらず心配性だね」

 

「泣いてるのかなって思ったら、心配性じゃなくても心配するよ」

 

 ゲオルグの言葉を聞いて、ナツナの心の光がより明るくなった。ありきたりな言葉だが、それだけに彼の優しさが直接的に伝わってくる。

 

「ゲオルグさん、心配しなくていいからね、本当に。絶対にあなたのいるこの世界を救ってみせるから」

 

「強いな、ナツナは。俺だったらきっと、情がわいて戦えなくなる」

 

 ゲオルグは自虐するように呟いた。ナツナは一呼吸置いてから、その呟きに答える。

 

「ゲオルグさんは優しいね。その優しさを持ったままでいてね。冷徹でいるのは、私たち軍人だけでいいんだから」

 

「うん、分かった」

 

 それから暫く、二人で世間話をした。大それた中身もない、何気ない会話だったが、だからこそナツナの心は浄化された。明日には血に染まる心だが、今、この瞬間は真っ白にしておきたかった。例え冷徹であっても、ゲオルグの前では血に濡れた心を晒したくないというのが、ナツナの願いだ。

 一度話が途切れると、ゲオルグは少し沈黙してから、次のように切り出した。

 

「そういえばさ、ナツナ。あまり作戦前に言うのも気が散るかなって思ってたんだけどさ」

 

「うん? なァに?」

 

「式のこと。ナツナはずっと頑張ってきたから、ご褒美的な意味も込めて盛大にやろうと思ってんだ。だから、その」

 

「生きて帰って来てってことでしょ。大丈夫だよ。これまで死んでもおかしくない任務から生還してきたんだもの。だから安心して待ってて」

 

 ナツナは口ではこのように言ったが、内心では違っていた。失敗したら自害しようという気持ちは、今も全く変わっていない。もし作戦が失敗すれば、ナツナが生きて帰るというゲオルグの願いは叶わない。しかし、それはすなわち成功すれば何の問題も無いということでもある。ナツナの見立てでは、何かしらのイレギュラーが無ければ勝てる。つまり勝てば良いのだ。それに、作戦が始まる前から失敗のことを考えるのは縁起が悪い。

 

「もう消灯時間になるから、切るね。おやすみなさい、ゲオルグさん」

 

「うん。おやすみ、ナツナ」

 

 ナツナはその声を聞いて、惜しみながら電話を切った。彼女はそのまま歯を磨くために洗面台の前に立ち、ふと鏡で自分の顔を見ると、そこには修羅の面があった。


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