Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

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黄昏①

 決戦当日のG・Sの朝は快晴であった。空気は澄み渡り、ひとつ息を吸えば正のエネルギーが体に満ちる。ナツナは、神が自分たちの応援をしているようにも感じた。そして今から、神では無いが、王族で一部隊を率いるラン・S・グリューネによる訓示が始まる。まだナツナのひとつ年上という若さにも関わらず、彼女の風体は威風堂々としている。彼女の目の前の屈強な軍人に訓示をするということに対しても、全く緊張した様子が見られない。

 

「勇敢なる兵たちよ。そなたたちはこの世界を救う勇者として、王の名の下に選ばれた精鋭中の精鋭です。その肩には、この世界に存在する全てのモノの想いが重くのしかかっていることでしょう。しかし、その重みをものともしない力強さで、困難に打ち勝つことを信じています。さァ、行きましょう! 私たちのこの手で、明日を勝ち取るのです!」

 

 ランの言葉に応じ、兵が一丸となって咆哮する。その声は天を衝くほどに激しく、これほどまでに士気の高まった統合軍を、ナツナは見たことがなかった。ランの訓示のおかげというよりは、今回の作戦の大義名分によるものなのは疑いようもないが、わかっていてもナツナは驚くほかなかった。もちろん、ナツナ本人の士気も、かつてないほどに高まっている。しかし冷静でもあった。あまりに高い士気は、時に正気を失わせ、兵を狂気に走らせる。失敗の許されないこの作戦では、その狂気は発現させてはならない。昂ぶる心を抑えるため、ナツナは深呼吸を繰り返す。

 そのようにしているうちに、いよいよ出撃の時間となった。強襲空挺に自分の武器と、馬型魔導駆動式空戦機——通称「木馬」を積み、流れるように乗り込む。全員が乗り終えると、空挺は(ハイロゥ)に向けて出発した。その時ナツナは、窓から見えたG・Sの荒野に、緑が蘇る幻影を見た。

 

        ***

 

 青蘭学園世界水晶室併設臨時司令室にて、全員が配置についたとの報告を受けた壮太郎は、一旦咳払いをしたのち、全校放送で話し始める。

 

「おいテメェら! 今ここにいることを後悔してるやつもいるかもしれねェが、ここまで来たんだ。腹をくくれ! いいか! 悪いが、俺たちは統合軍には遠く及ばねェ。技術も、協調も、練度も、アイツらとは月とスッポンだ。だがな、学園のことを一番よく知ってるのは俺たちだ! どんだけ調べ上げて、何人ここで過ごさせたとしても、学園のことだけは俺たちの方が一億倍よく知ってる! つまり地の利は我らにあり! 総合的には五分五分だ。そうなったら勝負を分けるのはヘソだ! 俺らがどんだけヘソに気ィ入れられたかが、勝負の鍵だ! さァ、気合い入れろ!」

 

 壮太郎が発破をかける。地下にいる彼には、生徒らがこれで気合が入ったかどうかはわからない。しかし、気合が入ったと考えねばならない。そのようにならなければ、彼らは犬死にしかねない。野戦はT・R・Aの戦乙女隊とS=W=Eのアンドロイド部隊が受け持ってくれるが、統合軍は策を弄して学園に侵入してくると壮太郎は確信している。しかし、T・R・AとS=W=Eの顔を立てるためにそのことは言えなかった。彼は、誰もがこの考えに至るとは思っているが、万が一、二国が守るから安心、などという考えを持っている者がいれば、統合軍が侵入した途端にパニックになりかねない。そのための発破だった。

 風紀委員の配置は、大きく分けてふたつに分かれる。ひとつは、リーナが指揮をとる校舎内の部隊で、もうひとつは壮太郎が指揮をとる世界水晶の防衛部隊だ。前者は志願者を四人ずつに分け、彼ら彼女らを風紀委員の中でも統率能力に優れた一人に率いさせた小隊を集めて構成されており、後者は風紀委員の中から個人としての能力が高い者を選りすぐった精鋭部隊である。その上で、リーナの手にも負えない敵が来れば、壮太郎がアゲハに指揮を任せて出撃する。

 

(勝つ見込みはほぼゼロ。だけど、今の練度じゃこれが限界だ。あとは、奇跡が起こることを賭けるしかない)

 

 美海が周囲の者に必勝を説く中で、壮太郎は眉間にしわを寄せていた。彼が自信家であるのは常に自分と相手の分析を怠らない現実主義からであり、それ故に今の力で勝てぬと分かり、逆に自信を無くしてしまったのだ。しかし、それをそのまま周りに知られるわけにもいかず、美海に対して彼は無言でいた。

 やがて、時はきた。0800の時報が鳴ると同時に、司令室のモニターに、緑の(ハイロゥ)をくぐる空挺が映し出されたのだった。

 

        ***

 

 空挺の総司令席に座るランは、早速空挺に装備されている魔導弾で、木馬部隊の進路上に展開しているT・R・Aの戦乙女の部隊を追い払わせた。そして、部下全員が出撃し、陣形を組めたことを確認すると、フィーリアの乗る空挺から出撃した部隊とシンメトリーになるように自分の部隊を蛇行させる。

 ランの指揮下にある他の空挺からも木馬部隊が出撃していき、戦乙女・アンドロイド隊と混戦の様相を見せ始めた。白兵戦が主体となる戦いを指揮するのは初めてであり、記録映像以外で見たことすら無かったが、スレイの要望通りに戦いを進められている。要望とはできるだけT・R・AとS=W=Eの部隊を空挺と木馬部隊に集中させ、別動隊が動きやすくなるようにすることだが、白兵戦の指揮に不慣れなランでも容易にそれを達成できたのは、この戦いの条件にあった。G・Sと地球を結ぶ道は門のみで、今統合軍はその至近にある。地球側の攻撃が激しくなるのは必然だった。

 

「予定を早めます。作戦を第二段階へ移行しなさい」

 

 戦闘開始から数十分後、参謀本部から以上の内容の暗号文が送られてきた。ランはそれを認めると、手筈通りに特務隊の乗った空挺を最前線へ送った。それとほぼ同時に、ナツナとリーリヤ、ルルーナの乗った空挺も、フィーリアの軍団から最前線に出た。それらはすぐに攻撃され、爆破炎上するが、そのことこそが狙いであった。爆炎に紛れ、特務隊とナツナたちが即座に校舎近くへ飛ぶ。地球側は、これに対する反応が完全に遅れていた。追っ手を出した時にはすでに、彼女らは校舎に取り付いていた。

 

        ***

 

 校舎の東側から特務隊が突入してから数分後、追っ手が迫っていることもあって、予定よりも早くナツナら三人は西側の校舎の壁を破壊し、内部に侵入した。これまた予定とは違い、二階からの侵入になった。すると、異変に気がついた学園の生徒がやってくる足音が聞こえた。

 

「手筈通りにいきましょう。派手にカマしますよ! ルルーナは私たちの背中を守ってください!」

 

 リーリヤは異能で召喚武器のランス、ヴィヒター・リッタを召喚し、やってきた生徒らの方に投擲した。それと同時に、リーリヤは彼らの方へ走り出す。ナツナはその後ろについた。

 投げたヴィヒター・リッタは避けられたが、リーリヤたちの狙いはそれだった。狭い廊下で出来る動きは限られる。特にヴィヒター・リッタのような巨大なランスを避ければ、その回避行動そのものが隙となる。それを突いて、ナツナとルルーナは一人を除いて彼らを小銃で射殺した。出来るだけ凄惨な現場にするため、脳漿やはらわたを撒き散らさせるようにした。すると、ナツナたちの思惑通りに残った一人は恐怖に駆られて逃げ出した。

 

「よし、とりあえずは予定通りだね。周りに人の気配が無いってことは、特務の人たちの対処に人が割かれたってことかな」

 

 逃げた彼の背中を眺めながら、ルルーナが呟く。この内容は壮太郎にも聞かれているかもしれないが、聞かれた方が好都合なのでナツナもリーリヤも黙らせるようなことはなかった。

 

「以前は罠などは仕掛けられていませんでしたが、アイツのことです。地雷とかが色々と仕掛けてるかもしれません」

 

 ナツナは辺りを見回しながら言った。透視の魔術なども使ってみたが、言ったような罠は見当たらなかった。しかし、T・R・ΑにはG・Sで使える魔術より断然に強力な魔術がいくらでもある。ゆえに、ナツナの魔術で見えないということが罠が全くないということと同等ではない。

 

「透視魔術では見つかりませんでしたが、だからといって歩みを止めるわけにもいきません。行きましょう。打ち合わせ通り、ここからは私が先導を務めます」

 

 前を見たまま、ナツナは告げた。二人の返事が聞こえてから、ナツナは歩み出す。やがて、最も近い階段の1段目を踏んだ時であった。そこだけ、踏んだ感覚が先ほどまでと異なっていたのだった。

 

「離れて!」

 

 ナツナは咄嗟に叫び、自身は前方に跳んだ。その直後、先ほど踏んでいた点を中心として魔法陣が出現し、更にそこから黒い壁が現れ、ルルーナとリーリヤの二人とナツナを分断した。

 

「ルルーナ中尉! リーリヤ中尉!」

 

 ナツナが呼びかけるも、返事がない。不審に思い、ナツナは壁そのものには危険がないことを確認してから、それに耳を当てた。すると、不気味なことに向こう側からの音が全く聞こえなかった。それではと、ナツナは着ているロングコートの中から無線機を取り出し、コンタクトを図った。しかし、これも反応が無い。魔術による遠隔交信も同様だった。

 ナツナは考えた。このまま一人で進むべきか、迂回して合流すべきか、この壁の破壊を試みるか。みっつ目については既にリーリヤが行なっているに違いない。しかし、彼女のランスで何度も突いて今の状況なら、すぐの破壊はナツナの力では不可能である。このまま待っていても、風紀委員の何人かがここまで来ることは予測できる。流石のナツナも、逃げ場のない場所で大人数を捌ける自信はなかった。試しに踊り場の窓を割ろうとしたが、結界でも張っているのかビクともしなかった。

 ふたつ目についても、得策かは怪しい案であった。どの階段にも同じような仕掛けがあることは容易に想像がつく。そもそも、壁の性質からして障害物以上の機能がない。つまりこの罠は分断が目的ということだろう。

 

(ならば先に進むのみ!)

 

 ナツナは思い切ると、全力で階段の残りを駆け下りた。そして、一階に降り立った瞬間、強い殺気を左手側から感じた。彼女は咄嗟に壁に身を隠し、殺気の出所に目を向ける。するとそこにいたのは、S=W=E軍のレーザーガンを携えたリーナであった。二人の距離を考えれば、交戦は避けられぬ運命にあった。

 先手必勝——ナツナは心の中でそう叫び、手榴弾をリーナの方に放った。その直後、それはレーザーに貫かれる。それによってリーナの位置を把握したナツナは、煙の立つ中、即座に小銃でリーナの手の位置と予測される所を狙撃した。そして、槓桿を引いている間に何かが落ちた音がして、ナツナはそれをリーナがレーザーガンを落とした音だと確信し、壁から出て銃を構えた。

 しかし、それと同時に、ナイフを持ったリーナが飛び込んで来て、一気にナツナの懐に入ってきた。ナツナは咄嗟に蹴りを彼女に入れ、吹っ飛ばして弾を放つ。しかし、その弾は当たったものの、リーナの着るパイロットスーツに弾かれてしまった。

 

(防弾か!)

 

 ナツナは近接戦闘を決断し、間も無くまだ熱の残る銃口に銃剣を取り付け、リーナの方へ駆け出した。立ち上がる彼女にナツナはひと突きするが、リーナはナイフの腹で銃剣を受け止め、そのまま刃に滑り込ませ、銃剣を通じてナツナの態勢を崩しにかかった。そして、彼女は空いた手を握り、腰を落として振りかぶる。その拳はそのままではナツナに届かないが、嫌な予感がしたナツナはすぐさまリーナから離れ、小銃を盾にするように横にして前に突き出し、更にその前に防御の魔法陣を幾重にも重ねた。しかし、それを見てもリーナは迷わず拳を突き出した。

 

「召喚、ジャッジメンティス!」

 

 リーナが叫ぶと、彼女の突き出した拳のあたりの空間に穴が開き、そこから廊下を埋めるほど巨大な機械の拳が姿を現した。それを見た瞬間、ナツナは死を覚悟したが、それが一番先の魔法陣と接触する刹那、その拳と天井の間に人一人が横になれるくらいの隙間があることに気がついた。そして、その隙間からは、リーナがナツナの行動を見ることはできないのは明らかだった。

 

「一か八か、やるしかない!」

 

 ナツナは決心し、小銃を床に突き立ててそれを足がかりに天井に跳んだ。宙に浮いている間に異能で召喚武器の剣、エンドブレイザーを召喚し、それを天井に刺した。そして、更にそれを分割して伸張させ、自らの体に巻きつけることで、体を天井に密着させた。その直後、まさしく紙一重の差で、機械の拳がナツナの下の空間を突き抜けた。しかし、その衝撃波は凄まじかった。彼女は何重にも結界を張ることでそれを防いだが、廊下の壁はひどく抉られ、拳の通った後には塵芥が舞っていた。

 その様子を見て、ナツナはこの攻撃に二度目はないと確信した。これだけ破壊力のある攻撃なら、乱発していたらいつか校舎が崩壊することは間違いない。それならば、もちろんナツナを見つけたとして、真上に打つこともないと予測して、ナツナは息を潜めた。リーナがこちらに向かってきていたからだ。

 

「手応えがなさ過ぎるような気がしましたが、衝撃波で跡形もなく吹き飛んだということでしょうか」

 

 リーナは顎に手を当てて考え込んでいる。ナツナは今この瞬間が好機と踏み、自らの体を刀身から解放し、その剣でリーナを斬ろうとした。しかし、その直前——一迅の風が、二人の間に舞った。

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