Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

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黄昏②

 時はナツナたちが突入する少し前まで遡り——青蘭学園の司令室で、壮太郎は校内の監視カメラの映像をモニターで見ながら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。待機用員でなく、最初から出撃させている風紀委員のメンバーは壮太郎が選んだ実力者たちだが、特務隊になす術もなく蹂躙されている。軍属のリーナと、意外にも深雪などは奮戦しているが、彼女らが崩れるのも時間の問題だった。

 世界水晶の守りをしている美海たちから人を出すことも考えたが、それが狙いという可能性も十分に考えられるので、壮太郎はその考えを下げた。即座に待機要員を出撃させたものの、不安は色濃く残っていた。

 

「壮太郎君。今、みんなどうなってる?」

 

 美海が尋ねる。対して、壮太郎は黙っていた。美海が知るには辛い状況だからだ。しかし、隠しても仕方がないと思い直し、壮太郎は真剣な顔で美海に向いた。

 

「厳しい状況だ。αフィールドを使ってるから死んではいないが、どいつもこいつも重傷を負ってる。特に軍属以外の連中が厳しいな」

 

「そんな。助けに行かなきゃ!」

 

 美海は壮太郎の予想通りな答えを返した。そのまま世界水晶の部屋から出ようとした彼女の腕を、側で話を聞いていたソフィーナが掴んだ。

 

「待ちなさい、美海。私たちをここから動かすのが目的かもしれない。ここは我慢をするところよ」

 

 ソフィーナが嗜めると、美海は渋い表情で立ち止まった。そのやりとりを見ながら、壮太郎は考え込んだ。ここから誰かを動かすことは難しいが、このままでは全滅は必至である。求められるのは、最小限の戦力で、最大限の戦果を、最速で挙げられる者を出すことである。つまりは——

 

「俺が出るしかないな!」

 

 壮太郎はいきり立ち、壁に立てかけてあった軍刀を手にする。彼が気がつくと、その場の全員の視線が己に集中していた。その中で、ソフィーナが一番先に口を開いた。

 

「正気? 指揮官が持ち場を離れるなんて」

 

「その指揮官がこの中じゃ一番強いからしょうがねェだろ。それに、俺一人だけで出撃するなら、ここの守りが十から七くらいに落ちるだけだ。勝つ戦いはできないかもしれんが、負けない戦いならできるだろう。俺が戻れば勝てるしな」

 

 皆は顔を見合わせつつも、言葉を出せないでいた。無機質な部屋の壁と、青の世界水晶の淡い光が、不気味な静けさを演出し、壮太郎を苛つかせる。それに耐えかねて、彼は大きくため息をついてから口を開いた。

 

「サナギ姉。俺がいない間の指揮を頼めるか?」

 

了解(ヤー)

 

 アゲハは、嫌な顔をせずに返答する。それだけを見て、壮太郎は踵を返して駆け出した。世界水晶の部屋を出ると、脇目も振らずにエレベータに飛び込み、地上までの時間を黙想して過ごした。そして、地上階に辿り着く直前に窓から見えたのは、通路の先にいる特務隊の姿だった。

 

「ちきしょう、もうあそこまで来てんのかよ!」

 

 壮太郎が毒づく間にエレベータの扉が開いた。彼は万が一のことを考えて中にありったけの地雷を仕掛けておくと、すぐさま駆け出し、友軍の頭を飛び越えて銃弾の飛び交う中に飛び出した。しかし、壮太郎という新たな敵が突然現れても、特務隊は動じずに射撃を続ける。その冷静さに彼は感心しながら、全ての銃弾を躱して敵の前に立つ。

 

「おりゃああッ!」

 

 白刃一閃、特務隊員が倒れる。そのまま流れるようにして、壮太郎は次の敵に斬りかかる。その動きは舞うが如し。流れるような動作で、次々に斬り裂いてゆく。あっという間に特務隊員の分隊ひとつが無力化された。

 

(ここまで入り込んできた連中にしては歯応えが無いな。どういうことだ?)

 

 壮太郎が考えられる可能性はみっつだった。ひとつは自分が強過ぎた。ふたつは、味方が予想以上に弱過ぎた。そして最後は、罠だ。普段の彼ならひとつ目しか考えないところだが、この場では最悪のケースを考えるべきというのは分かっていた。それで、死体に近寄ってみると、その輪郭がおぼろげになっているのが分かった。

 

「しまった。こいつらは影か!」

 

 気が付けば、先ほどまで戦っていたはずの学園生も居なくなっていた。しかし、壮太郎が焦りを感じたのも束の間、エレベーターの方から心臓を鷲掴みにするような爆発音が響いてきた。彼らが罠に引っかかったのに安堵する壮太郎だったが、疑問が残った。いくら壮太郎が強いとはいえ、彼一人を出し抜くために罠を張るだろうかと。そこまで考えて、壮太郎はハッとした。

 

「もしかして、敵の目的は俺を釣り出すことだったのか? そしてさっきのは罠にかかったのではなく、俺を下と分断するためだとしたら」

 

 壮太郎は舌打ちをした。今、統合軍がどういう手段を打ったかは分からないが、間違いなく下が危なくなっていると悟ったからだ。しかし、今急いで下に戻ろうにも、遠回りで下に降りるしかなく、時間がかかることは間違いない。それならば、今地上で窮地に陥っている味方を助けることが先決だ。

 

「負けない戦いというのは時間稼ぎにしかならないからな。下の連中が統合軍を上手く疲弊させられればいいが」

 

 壮太郎は呟きながら、この作戦の中枢にナツナがいることを確信した。彼を標的にした作戦など、彼女の影響が無いとは考えにくいからだ。

 

「釣り出されたにせよ、俺の今の役目は皆を助けることだ。俺を嵌めたことを後悔させてやる」

 

 頬を叩き、壮太郎は気合を入れ直した。彼は軍刀を鞘に収めると、薄暗い廊下を走り出した。

 

        ***

 

 壮太郎を欠いた司令室は、微妙な空気に満ちていた。彼は多くの学園生から嫌われていた。より正確には、美海に同調する者からの評判が良くなかった。彼は対話の可能性を諦めている。と言うよりは、そもそもその可能性を考えていない節がある。しかし、美海には分かっていた。彼は立場を弁えているだけなのだと。彼は真面目で、自分の役割はしっかりと果たす。ただし、自分の立場に求められていることしかやらない。怠惰な訳でも臆病な訳でもなく、求められていないことは、それをするように求められる人がやるべきと考えているだけだ。だから、彼が対話を求められる立場になれば、対話するだろう。

 美海は他の者らと違い、彼とは少し反目しながらも、彼の生き様を否定しない。彼の歩む道が自分たちと違っているだけで、彼は何も間違っていない。それに、彼女は彼の生き様を誰も批判する資格はないとも考えていた。彼の父親は、日本の現防衛大臣だ。美海は知らなかったが、そのポストに就く前も伝説級の軍人として日本軍にその名を轟かせていたとのことだ。その息子として生きる彼が背負う重圧は、一般家庭の生まれの美海には計り知れない。

 彼がその重圧があったからこそ風紀委員をあそこまでまとめ上げたと考えたとき、彼が先ほどまで座っていた椅子を、美海はつい見てしまった。そこに彼の姿は無く、ひとつの椅子がポツリと佇むだけだった。

 美海が周りに気取られぬよう、ため息を噛み殺した時だった。いきなり、部屋の一角が爆発した。

 

「戦闘準備!」

 

 爆風の中、アゲハの凛とした声が響き渡る。美海も風のエネルギーを固めたレイピアを作り、敵に身構える。すると、爆風の中から銃弾が雨霰のように飛んできた。美海は咄嗟に大気の流れを変えて銃弾を全て無力化しながら、煙を剥がした。αドライバーが居なくとも、今の美海はこのくらいのことはできる。

 

「やはり統合軍。しかし一体どうやって」

 

 アゲハが呟くと、侵入してきた統合軍人たちの目の色が変わり、その視線がアゲハに集中した。怒りと憎しみに満ちたその目を見るだけで、実際に見られている訳でもないにも関わらず、美海は足を震わせた。

 

(心をしっかり持たなきゃ)

 

 美海は、自分を奮い立たせるように頬を叩いた。統合軍を止めるためには、勝つしかない。説得するにも、耳を傾けてくれるだけの力を示さねばならない。それは第一次ブルーフォールの時に理解した。

 美海は深呼吸をして前を向く。そのようにすると、敵の方も武器を構える。美海を前にしては通常の銃弾が無意味と見てか、全員が異能の武器を召喚していた。美海たちも各々が構え直し、お互いに火花を散らす。

 しかし、あわや激突、という瞬間だった。天井の向こうから、緑の稲光が統合軍と学園側の間に落ちたのだった。そして、その光の中から、長い緑の髪を靡かせて現れた少女が、威風堂々と仁王立ちしていた。

 

「両軍、戦いを中断して私の話を聞いてほしい」

 

 視線を釘付けにした彼女は、その場の全員をゆっくりと見渡しながら、落ち着いた声で言った。心の底に触れるような、透明な声だった。その声で、一体何を言うつもりなのか、その場の誰にも分からなかった。統合軍の屈強な軍人たちも、少女の放つプレッシャーに気圧されている様子だった。

 

「私の名はシルト。シルト・リーヴェリンゲン。緑の世界水晶の意志を成す者」

 

 その名を聞いて、美海は驚くほかなかった。彼女が知っているシルトは、幼子のような見た目だ。今目の前にいるような、自分らと同年代か年上に見える者ではない。しかし、顔つきやその髪色にシルトの面影は感じた。

 美海たちの疑問を肌で感じてか、シルトを名乗る少女は胸に手を軽く当てながら告げる。

 

「この姿は、私が最大限に力を振るうための姿。私は間違い無く、正真正銘の美海たちが知ってるシルトだよ」

 

 振り返りながら美海たちに向けた柔らかな笑顔は、紛れもなくシルトのものと美海は実感した。彼女だけでなく、他の人も同じようなことを考えたようで、その顔から疑問の色は無くなっていた。

 

「さて、話を戻すよ。単刀直入に言えば、統合軍のブルーフォールに意味は無い。何故なら、二年後の緑の世界水晶を観測できないのは自然の摂理だから」

 

 シルトがその言葉を告げた瞬間、統合軍の槍を構えた一人が飛び出してきた。しかし、シルトは動こうとしない。慌てて美海たちが助けようとしたところに、槍の兵の目の前にウインドウが浮かび上がった。そこには、長い赤髪の女の顔があった。

 

「ヴリューナ中尉。動きを止めなさい。彼女の話は聞く価値があるわ」

 

「ティルダイン中佐……。了解しました」

 

 槍の兵——ナタク・ヴリューナは渋々といった様子で槍を納めた。それを確認したシルトは、画面の女——スレイ・ティルダインに向いた。

 

「あなたが最高指揮官?」

 

「違うわ。私はしがない参謀長よ。それよりも、さっきの話はどういうことかしら」

 

「言った通り。ブルーフォールに意味は無い。青の世界水晶が緑の世界水晶と融合したとしても、それは二年後に起こる予定のことが、青と緑の世界に限って早く起きるだけのことだもの」

 

 シルトはそこまで言うと、美海の方に向いた。その透明で冷たい視線に、美海は思わず息を呑んだ。

 

「青の世界の有名な予言者、ノストラダムスの予言のひとつに、97年7の月に恐怖の大王が降ってくるというものがあるけど、知ってる?」

 

「聞いたことはあるよ。日本にいた時はテレビでやってたし」

 

 美海が恐る恐る答えると、シルトは再びスレイの目を見て、それから他の統合軍人、そしてソフィーナたちの顔を見回した。その場の誰もが、彼女のそうする時間を長く感じた。ようやくシルトの目の向きがスレイに戻ると、静かに、ずんと重い声で告げた。

 

「予言は当たる。二年後の1997年7月、恐怖の大王じゃないけど、大変動が起きる。全ての世界水晶がひとつになり、五世界は境界線を失うんだ」

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