Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde- 作:黒井押切町
昼休みに、ナツナはリーナたちクラスメイトの誘いを断って、深雪のいる教室を目指した。しかし、その途中で会いたくなかった者を見てしまった。彼——壮太郎は複数人の女を侍らせていたが、その中にレミエルの姿は無かった。彼の方もナツナに気が付いたようで、侍らせていた女らを待たせて、にやにやして近寄ってきた。
「よォ遠薙妹。こんなとこで会うたァ、もしかしなくても姉ちゃん目当てだろ」
「まァ、そうだけど。ていうかあの子どうしたの」
「秘密の付き合いだから大っぴらにはしてないんだよ」
壮太郎がさらりと言ったその一言で、ナツナは彼を信じがたいものを見る目で見た。そのままナツナはしばらく言葉も出なかったが、やっと思いで絞り出せた。
「秘密の付き合いって、嘘でしょ? どこの世界に空き教室でセックスする秘密の付き合いがあんの?」
「ここの世界にあるだろ。安心しろって。お前以外にはバレてないからさ。俺は表では今は女選んでる真っ最中ってことになってるしな。俺にはレミエルしかいないんだがな、いやァ、モテる男はつらいぜ」
「それ本当? てか、あんたみたいなのがモテるって、青蘭学園の女は頭がパッパラパーなんじゃないの? あんたの顔と体以外に何の魅力があんの?」
「ひでェ言い草だなおい。こう見えてもとっても気さくで気が置けなくて文武両道で歴代最高のアルドラで風紀委員長もやってる美少年で、高等部男女混合ミスター&ミスコン二連覇の男だぞ。モテる要素しかねェだろうが」
ナツナは、様々な要素で開いた口が塞がらなかった。その様子を見た壮太郎は何を勘違いしたのか、だらしのない表情で頰を掻き始めた。
「今更俺の魅力に気づいたか? いやァ、照れるぜへっへっへ」
「やっぱり青蘭学園の連中ってパッパラパーだよ。あんたが風紀委員長とかあり得ないでしょ。何をどうしたらそんな采配になるの。空き教室でセックスする風紀委員長とか訳わかんないんだけど」
「あ、そこに注目するんだな。てかお前やけにセックスに拘るな。スケべか? スケベなのか?」
この言葉で、ナツナの苛立ちは頂点に達していた。この場で解体してやろうかという気にもなったが、先ほどまで壮太郎が侍らせていた女たちがヒソヒソ話しながらこちらを見ているのに気がつき、ナツナの心はひとまずクールダウンした。それで、もう彼と話すのはやめようと思った矢先、奥の方から歩いてきた深雪と目があった。
「あれ夏菜? 何で壮太郎君と一緒なの?」
「壮太郎、君? お姉ちゃん、もしかして昨日言ってた男友達ってこいつのこと?」
「え、まァ、そうだけど」
ナツナは深雪が肯定したのに愕然とした。これまで散々、壮太郎に近寄る女のことを軽蔑していたのに、その女たちに最愛の姉が含まれてしまった。知らなかったこととはいえ、この事実がナツナの心に付けた傷は深かった。軽く自己嫌悪に陥ってしまったナツナは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「あァ、最悪」
「そこまで嫌いかァ。ちょっとセンチになっちゃうゾ」
「いやマジでウザいんだけど。あんたホントなんなの」
「夏菜。壮太郎君は確かに凄く腹立つ時あるけど、そんなに悪い人じゃないよ。むしろ結構いい人だよ。凄く腹立つ時あるけど」
深雪の言葉で、ナツナは顔を上げた。何故二回も腹が立つと言うのか、と壮太郎が騒ぐが、ナツナは彼を無視して立ち上がった。
「そうなの? 信じていいの?」
「腹立つ人だけど大丈夫だよ。そのうち慣れるし」
「おい遠薙ィ。何だってそんなに腹立つことを強調するんだい。フォローする気あんのか」
壮太郎はわざとらしい涙声で訴えるが、深雪は笑顔で黙殺した。このような深雪の姿は、ナツナの瞳には珍しく映った。違和感はあったが、八年もすれば新たな一面が付け加えられてもおかしくはない。そのように考えると、むしろ彼女がどのような八年を過ごしたかを想像することを、楽しめる気がした。
「お姉ちゃん、割と毒も吐くんだね。意外だけど、ちょっと面白いかも」
「そうかな。でも、壮太郎君にだけだよ。これが正しい扱い方だってみんな言ってるし」
「なんだ。みんなアイツが馬鹿だって分かってるんだね。じゃあ、みんなアイツに魅力を感じてるんじゃなくてオモチャにしてるって感じ?」
「いや、そういうことじゃないよ。壮太郎君には壮太郎君の魅力があるし。魅力が無きゃ風紀委員長にはなれないからね」
その言葉を聞いて、ナツナはまた首をひねった。魅力などかけらもあるはずもないというのに、何を言っているのだろうかと思い、訝しんで壮太郎を見た。
「今俺様の魅力に気がついたとしても、お前の好きなセックスはできねえからな」
「死ね!」
少しでも彼に期待を持ってしまったがために、ナツナの口から一際強い言葉が飛び出した。しかし壮太郎はへらへらしている。ナツナの怒りは頂点に達しようとしていた。しかし、二人の間に深雪が割って入り、彼女も怒った様子で言う。
「ダメだよ壮太郎君。そんなことばかり言って夏菜を困らせないで」
「んぐ、それもそうだな。悪かった。すまん」
「お姉ちゃんに言われてからしか謝れないの、あんたは。ヘタれるんだったらセクハラし続けた方がましだよ」
ナツナは壮太郎を強く睨み付けた。彼は答えに詰まっている様子だった。彼の困り顔を見れたのは初めてだったので、ナツナは密かに優越感に浸っていた。しかし、次に彼の口から飛び出したのは、彼女の予想の斜め上の言葉だった。
「えーっと、それはお前にいくらセクハラしても問題ないってことか? やっぱスケベか?」
「死ね! ホント死ね! マジで死ね!」
「こうやってキャラ崩れるレベルで死ね死ね言うのも照れ隠しなんだな。なるほどなるほど」
壮太郎の表情は晴れやかだった。ナツナは、何を言っても無駄だとそれを見て悟った。がっくりと肩を落とした彼女は、彼から目を逸らして深雪の方に向いた。
「お姉ちゃん、ご飯ってもう食べた?」
「まだだけど、一緒に食べる?」
ナツナは頷き、深雪の制服の袖を引っ張って歩き出した。それから、壮太郎の方を振り向くことはなかった。
***
ナツナと深雪が食堂に着いてから最初に目が合ったのは、席に着いて今さっき食事を済ませたらしいルルーナとリーリヤであった。その二人を見て、ナツナは昨日の約束を思い出して、若干ながら青ざめた。それで慌てて彼女らに近づき、頭を下げた。
「昨日の約束をすっぽかしてしまって、ごめんなさい先輩」
「あ、いいよ別に。お姉さんと会えて浮かれてたんでしょ? そういうことなら問題ナッシング。今リーリヤに奢って貰えばいいんだし」
「結局私が奢るんですね。奢らなくて済んでラッキーだと思ってたのに」
笑顔なルルーナに対し、リーリヤの表情は暗かった。しかし、不機嫌そうに振る舞いつつも、彼女は財布を取り出しながら食券売り場の方に体を向けた。
「奢りますから、何がいいか早く言ってください。トオナギ少尉のお姉さんも」
「え、私も?」
三人の様子を特に何も言わずに見ていた深雪だったが、いきなり話しかけられたためか、素っ頓狂な声が出ていた。
「じゃあ、エビフライ定食でお願いするね」
「私はお姉ちゃんと一緒で」
深雪に続けてナツナは何気なくそのように言うと、リーリヤは泣きそうになりながら食券売り場の方に向かった。その背中を見つめる深雪はニコニコしていたが、ルルーナの方は苦笑いしていた。
「ナツナのお姉さん、鬼だね……」
「え、どういうことですか?」
「エビフライ定食って、地球系のメニューの中じゃ二番目に高いんだよ。ちなみに一番はステーキね。松坂牛とかいう牛を使ってたと思うけど」
「松坂!?」
ルルーナの言葉の中に現れたその単語が余りにも懐かしく、ナツナはつい大声を出してしまった。事情の分かる深雪は目を細めたが、ルルーナは目をぱちくりさせていた。
「あ、こほん。えっと、松坂っていう土地が、地球にいた時に住んでた所から近かったんですよ。汽車一本で行けて」
「そうそう。懐かしいね。たまにお父さんが帰ってきた時は、汽車で松坂に行って、松坂牛の牛丼とか食べに行ってたね」
深雪はうっとりした様子だった。ナツナも当時の記憶が蘇り、口の中に涎が溜まり始めた。対し、ルルーナは興味無さげに「ふうん」と相槌を打った。
「そう言えば、今日のナツナは微妙に機嫌悪そうだけど、何かあったの?」
ルルーナは話題を逸らしてきた。先ほどの松坂に対するナツナの反応が、地球に対する愛着が復活してきているものと判断されたらしい。そのようなことは天地がひっくり返ってもあり得ないのに、と彼女の心配のし過ぎに心の中で苦言しつつ、ナツナは先の壮太郎とのやり取りのことを話した。その話を聴き終えたルルーナは、ニヤニヤしながら口を開いた。
「あいつに関してはもう仕方ないかなって気がするね。私は嫌いじゃないけど、リーリヤはすっごく嫌ってるし。あのセクハラ大魔神っぷりは人選ぶよねェ。ま、嫌いなら嫌いで、関わりを避ければいいんじゃない?」
「いや、それがですね。私、風紀委員やってみようかなって思ってまして。でもそれやったら絶対アイツと関わる羽目になるじゃないですか」
「私だったら、アイツと関わるくらいなら風紀委員なんてやりませんけどね」
かなり不機嫌そうな顔つきで、リーリヤが戻ってきた。その両腕にはエビフライ定食の盆がそれぞれ載っており、ナツナと深雪がそれを受け取ると、どかっと豪快にルルーナの隣に座った。
「大体、命令でもないのにわざわざアイツに関わりにいく必要なんてありません。そんなことしたらレイプされるに決まってます」
リーリヤは感情的になってこのように言ったが、ナツナはこの意見には賛意を示さなかった。俺にはレミエルしかいないと言った時の壮太郎は、思い返してみれば態度こそチャラチャラしていたが、目は本気だった。空き教室でセックスするのも、裏を返せばそのくらいレミエルが好きだということだろう。そのように考えると、何だかんだで彼は義理堅い所や、人への配慮ができないだけで自制心もある男のように思えてきた。だからといってゲオルグと比べればあらゆる面で天と地ほどの差があるのには変わりなく、依然として、ナツナにとって彼は不愉快な存在であった。
「リーリヤさんも夏菜も壮太郎君のことすごく嫌ってるね。そんなに悪い人じゃないんだけどねェ。セクハラは勘弁して欲しいけど」
深雪は味噌汁をすすりながら言う。ナツナは深雪は壮太郎の何を気に入っているのかが分からなかった。義理堅さを評価しているとしても、落ち着いた雰囲気の深雪とうざったい壮太郎ではそりが合わないように思える。このようにして考えているうちに、ナツナの頭の中は、結局壮太郎のことで一杯になってしまうのだった