Pseudépigrapha D'Ange Vierge-Au Nouveau Monde-   作:黒井押切町

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青蘭学園④

 夜の八時、ナツナは壮太郎の言う通りに第七闘技場に来た。それは縦に長い廊下のような室内闘技場で、通常のブルーミングバトルの授業では使われない、ほぼ風紀委員の訓練専用の闘技場である。

 その闘技場で待っていたのは壮太郎と、栗色の髪をツインテールに纏めた少女だった。その名をナツナは資料で知っている。日向美海——高等部二年のプログレスの中では中心的な存在の女子生徒だ。

 

「来たな遠薙妹。こいつ、日向がお前の相手だ。別に勝たなくても問題無いけど頑張れよ。日向は今んとこブルーミングバトルの校内ランキング暫定一位だからな。でも校内で一番強いのは俺だから、校内二番手の実力者ってとこだな」

 

「そんなに実力に自信があるなら、あんたが私とやればいいんじゃないの」

 

 ナツナは、やたらと自信に満ち溢れた壮太郎の言葉にムッとなって、唇を尖らせた。しかし、まるでその言葉を待っていたかのように、壮太郎はふふんと鼻を鳴らした。

 

「無理だね。俺はプログレスじゃないから、俺と戦うってなったら互いにブルーミングバトルフィールドは使えねェ。で、俺は加減が出来ないからお前を殺しかねない。つーわけで無理だ」

 

「あァ、そう。その自信の証拠を見てみたいものだけど、今何言ってもダメそうだし、諦めるよ」

 

 ナツナは呆れながらに言って、壮太郎と入れ替わりに、闘技場に入った。美海と二人きりになると、彼女は申し訳なさそうに苦笑した。

 

「ごめんね。うちの委員長、ああいう人だから」

 

「それはもう分かってますよ。それより、始めましょう。夜も遅いわけですし」

 

「そうだね。篠谷君、お願い」

 

「おう、勝負は一対一のブルーミングバトル。分かってると思うが、ブルーミングバトルでは傷を負うことは無い代わりに、一定のダメージを食らうと勝敗判定のブザーが鳴るからな。じゃ、始め」

 

 スピーカーから聞こえてきた壮太郎の合図で、先に動き始めたのは美海だった。彼女はどこからともなく出したレイピアを握り、空に飛び上がって、ナツナ目掛けて突進きた。ナツナはそれをフットワークのみで回避するが、美海は即座に方向転換してまたもや突いてきた。ナツナは再び回避するが、やはり美海はそれから数秒もしないうちに突いてくる。

 これを数回繰り返して、ナツナは、美海が大気を操る異能で飛び上がったり無理矢理方向転換したり、突進の勢いを強めてるのだと理解した。そして、彼女の剣は剣術を修めているものではなく、無い技巧を異能で補っているということも把握できた。

 

(この程度でランキング一位なんて笑っちゃうね。次の一回で、私の勝ちだ)

 

 ナツナは内心で勝利宣言する。その直後、美海の突きが正面から来た。ナツナはそれを紙一重で回避する。そして次に、ナツナは美海が真後ろから突こうとしているのを察知した。

 

(勝った!)

 

 ナツナは、美海の背後からの突きを右に移動して回避するとともに、彼女の額に本気の裏拳を叩き込んだ。確かな手応えとともに、ブザーが鳴る。念のためナツナは自分の体を確認するが、自分が当てられた攻撃は無い。ナツナは勝ったことを再確認した。それを裏付けるように、転んでいた美海が立ち上がって、額をさすりながら話しかけてきた。

 

「負けちゃったなァ。すごい裏拳だったね」

 

「偶然ですよ。次やったら上手くいくか分かりませんし」

 

 ナツナは社交辞令的な受け答えした。この裏では、何度戦っても負ける気がしないという気持ちがあったが、それは表に出さずにいた。

 

「お疲れ。日向は帰っていいぞ。俺は遠薙妹と少し話す」

 

 壮太郎がスピーカー越しに声をかける。美海は「はァい」と返事をして、ナツナに別れを告げて早足で帰って行った。ナツナが闘技場から出ると、そこで壮太郎が小さく拍手してきた。

 

「合格。あの裏拳、いい当たりだったな。多分ブルーミングバトルじゃなかったら日向は気絶してたな」

 

「ホントに、あの人が暫定一位なの? うちの統合軍にはあれより強い人なんていくらでもいるよ?」

 

 壮太郎の賞賛は無視して、ナツナは眉をひそめて尋ねる。すると、彼は少しびくりとして、誤魔化すように笑った。

 

「暫定一位ってのは本当なんだ。ただ、四ヶ月前の大会の結果だから、緑の世界の連中は参加してないし、途中敗退した連中の中でも日向に勝てる奴は何人かいる。それに、その大会にはアルドラも付いてたから、それも大きかったな」

 

「ふうん。でも、アルドラ抜きだと弱体化が著しいのはヤバくない?」

 

「弱体化ってか、戦いへの意識の違いだな。お前、あの裏拳に殺意めっちゃ込めてただろ。そういう戦いをしてないんだよ、あいつは。まずい傾向だが、風紀委員含めてこの学校はそんなんばっかだ。残念なことに今の風紀委員で殺意全開の戦いが出来るのは俺とリナーシタと、ソフィーナくらいしかいねェ」

 

 壮太郎は、顔をしかめて吐き捨てた。彼がそれを気にしているのは、ナツナにとっては危機感を募らせるのに十分で、昨日の「風紀委員と言えどぬるま湯に浸かっているもの」という認識を変えねばならかった。確かにそのような者も一定数いるようだが、警戒すべき人間が多い。彼女は、風紀委員に入って正解だったと心の底から感じた。昨日の油断を軍事行動中に持ち込んでいれば、戦死は免れないと思える。

 ナツナが考え込んでいると、壮太郎がどことなくソワソワし始めた。それが気になって、ナツナは思考を中断した。

 

「どうしたの?」

 

「ん、いや。お前、さっき異能使わなかったろ。緑の世界の連中の異能は武器を召喚するやつだろ。何で使わなかった?」

 

「別に使う必要も無かったから。あれ出すの疲れるから、あんまり出したくないんだよね」

 

 真の理由は手の内を晒さぬためだったが、流石に正直に答えるわけにはいかなかった。壮太郎が訝しげにナツナを見るが、彼女は澄まし顔で平然としていた。

 

「ふうん、まァいいや。わざわざ問い詰めることでもねーし。とりあえず、明日は帰りのホームルームが終わったらすぐ風紀委員会教室に来い。じゃあな」

 

 壮太郎は早口気味に告げると、踵を返して歩き去ってしまった。しかも、寮に近い昇降口に向かうには遠回りの方向に、である。彼がどこに行くのか不審に思いながら、ナツナは寮への帰路に着いた。

 

        ***

 

 壮太郎は暗い廊下を真っ直ぐに暫く歩いて、最初の階段が見えたところでその方に曲がった。すると、壁の陰に隠れるようにして、レミエルが縮こまっていた。その姿を認めるとすぐに、壮太郎は彼女を抱き締め、その頭を撫でた。

 

「待っててくれてありがとな。寒かったろう」

 

「いえ、壮太郎さんが来るって分かってたから大丈夫ですよ。それに今は、こんなに暖かい」

 

 レミエルも、壮太郎の後ろに手を回す。小さな手ながらも、その力は強かった。この力がすなわちレミエルの壮太郎への想いの強さと言っても過言ではない。

 

「ねェ、壮太郎さん。こんな暗くて冷たい夜は、あの夜を思い出しますね。私と壮太郎さんの付き合いが始まった、あの夜のこと」

 

 壮太郎は、レミエルがその話を切り出してきたことに心底驚いて、思わず抱く力を緩めた。対照的に、レミエルはより抱く力を強める。

 

「あの夜のこと、辛い思い出だと思って、これまで口にして来なかったんだけど。もう大丈夫なのか?」

 

「確かに辛い夜です。ですが、それ以上に壮太郎さんという、信頼できる人を見つけられた夜でもあります。辛さよりも、そっちの喜びの方が大きかったですから、これまであれを辛い思い出だと思ったことは一度もありません」

 

「そっか」

 

 壮太郎は微笑み、レミエルから手を離した。それを受けてか、彼女の方も壮太郎から一歩離れた。それから、壮太郎は制服のベルトに佩いている軍刀を抜いて、僅かな光に照らされている刀身を見つめた。レミエルもそれを懐かしげに眺め、そのまま壮太郎に問いかける。

 

「その刀、あの日から振るったことはありますか?」

 

「振るったことは何度かある。だけど、この刀で誰かを殺したのは、あの夜のただ一度だけだ」

 

「でも、その刀で誰かを殺さないといけない時が来る。そうですよね」

 

「そうだ。正確なタイミングは分かんねェが、二度目のブルーフォール作戦は必ずある。そん時はこいつで統合軍の連中を斬り伏せるさ。あの時、アイツ——ガブリエラを殺した時の感覚はまだ残ってる。気分のいい感触じゃないけど、これが染みついているうちは、この刀で斬り殺すことに遠慮もためらいもない」

 

 壮太郎は、柄を握る力を強めた。青蘭島が独自に持ち得る最高の軍事力は風紀委員である。総勢150人程とはいえ、最もプログレスとして脂の乗っている15から18歳の少女と壮太郎を含めたαドライバーで構成されているのだから、力だけで見れば弱いはずがない。しかし、壮太郎からすれば危機感を覚えるほどに、風紀委員は精神的に脆弱だ。近いうちに敵になるのが目に見えているナツナをわざわざ引き入れたのは、彼女が入ることで統合軍の個人の強さを実感させ、風紀委員の意識改革をしようと考えたためだ。実際、ナツナは美海を裏拳の一撃だけで抑えた。彼女は手の内を明かさないようにしていたようだが、その意識がかえって壮太郎の目論見に手を貸す格好になった。

 

「ま、俺以外にも風紀委員全員がやれるといいんだけどな。アイツら、人を殺したら人格が変わるんじゃないかとも思ってんのかってくらいだし。別に修羅になれってんじゃないのにな」

 

「大変ですね、人を束ねるの」

 

「お前が入ってくれりゃ戦力的にも精神的にも楽なんだけどな」

 

「私以外の風紀委員を全員解雇するならいいですよ」

 

 レミエルは真顔で言った。いつものこととはいえ、このようなことを平然と言える彼女に、壮太郎はゾッとする。だからと言って彼女への愛が冷めるわけではないが、関係を結ぶ人は出来るだけ多い方がいいという壮太郎のポリシーとは対極にあるため、境遇をかんがえても受け入れられるものではない。しかし、直させる気も無い。それゆえ、壮太郎はこの手の彼女の言葉は軽く流すようにしている。

 

「そりゃ無理だ。ところでレミエル。今二人きりで、深夜巡回の風紀委員がここを通るまでにはあと30分はある」

 

「すごく強引に話変えてきましたね。つまりここでセックスしようって事ですか」

 

「超したい。実は、俺のバズーカ砲はもう暴発寸前で抑えられないんだ。このままだと俺のパンツがベトベトになってしまうかもしれない」

 

 壮太郎は刀を鞘に納め、体を反ってレミエルに股間の膨らみを見せつけた。すると彼女はため息をついて、パンツが丸見えになるよう制服のスカートをめくり上げて、壁に手をつき、壮太郎の方に尻を突き出した。

 

「するなら早く済ませてくださいね。もうバレたくありませんから」

 

「へいへい」

 

 壮太郎はふざけた調子で返事をする一方で、真っ赤になった彼女を愛おしく思いながら、彼女のパンツに手を掛けた。

 

        ***

 

 ナツナは昨日と同様に深雪の部屋で夕食を済ませてから帰ると、密かに対魔術・透過光線コーティングを施したカーテンを閉め、隠しカメラや盗聴器が仕掛けられていないかを厳重にチェックしてから、軍用の通信端末を取り出した。

 

「さてと、レポートレポート。義務にはなっていないし他の人がもう書いてるかもしれないけど、書くにこしたことはないね」

 

 ナツナは、今日一日で青蘭学園について分かったことの中で以前は全く知らなかったことと風紀委員に入ったこと、アインスが青蘭島の文化にかぶれてきていて、情緒が芽生えてきているかもしれないということをキーボードを叩いて文書にまとめた。それを送信すると、今度は授業で出された課題の数々を取り出して、シャープペンシルを手に取った。

 

「あァ、めんどくさい。もう既に学習した内容を、何でもう一度やらなきゃいけないんだろ」

 

 大きなため息をついて、ナツナは眠い目を擦る。どれだけこなすのが億劫でも、学生である以上はやらねばならぬことだ。近いうちに潰す学園の課題をやるということも、ナツナのやりたくない気持ちに拍車をかけた。やる気がなければ、分かっている内容でも当然手の動きは鈍くなる。結局、それらが片付いたのは、日が変わる直前のことだった。

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