麻帆良学園、それが俺の通っている学校だ。
自由な校風、ノリの良い生徒たち、多少やりすぎることはあるがまるで青春を体現するかのようなこの学校を俺は気に入っている。
そんな学び舎の中、俺は図書館島を目指し歩いていた。今日の授業でわからないことがありその事柄について調べるためだ。
最初は教員に質問しようと思ったのだが、あいにく職員会議らしく聞くことができなかった。ならば自分で調べてみようと思いたったわけだ。
ちなみに図書館島とは麻帆良が誇るとてつもない大きさの図書館のことである。その全容を知るものがいないらしく、秘密を解明するための部活まであるらしい。
その図書館島までの道中のことである。
「あぶないなあ」
視界に大量の本を抱えた少女を捉える。図書委員か何かであろうか、その身の丈に合わないほどの本を持っている。
あれじゃ前が見えないのではないか?転んだりしないのだろうか?
少女はそのまま階段を降りようとする。
そして俺の危惧していたことが的中してしまう。
「まずい!」
そう思った時にはすでに遅かった。
少女は階段で足を踏み外してしまった。
本とともにその身は空中へ投げ出される。このままでは地面と衝突してしまう。死ぬようなことはないかもしれないが、怪我はしてしまうだろうし、女の子なのだから傷が残りでもしたら一大事だろう。
俺は走り出したが、助けようにも俺と少女までの距離は遠く、とてもじゃないが間に合うはずもない。
無情にも少女の身体が地面に叩きつけられる、そう思った瞬間、不思議なことが起こった。
ふわり。
一陣の風が吹く。
少女は重力に逆らったかのように持ちあがる。
まさに神風。
だが、まだ届かない。
神風、そう呼ばれるであろうものが味方してくれたのにもかかわらず。
瞬間、音が消える。まるでいつかの強盗の時のように。少女が空中で静止する。
守護霊が時を止めてくれたのだ、その奇妙な力を使って。
原理はわからないが俺と守護霊だけがこの時間が止まっている世界で動くことができる。
これなら間に合う。
現実時間では刹那も経っていないが、体感時間で二秒ほど、時が再び動き出した。
俺はさながら野球の外野手が浅いフライを捕球する時のように、その少女の下へ飛び込んだ。
腕に衝撃が走る。
少女の年頃の女の子にしては軽いのではないか、という重みを両腕に感じ内心で安堵する。助けることができて良かった。
「大丈夫ですか?」
そこでまだ声変わりをしていないと確信できるような高い少年の声が上から降って来た。
少年は長い木の棒、ゲームで魔法使いが持っている杖のようなものをたずさえていた。
ん?魔法使い?
「俺は大丈夫だよ。」
少女を抱えたまま立ち上がる。俺に怪我はない。少女は大丈夫だろうか。
まだ俺の手の中に抱えている彼女をゆっくりと降ろし、怪我の有無を確認しようとしたその瞬間…横にいた少年が消えた。
正確には連れ去られた。助けた少女と同じ制服を身に纏っているまた別の見知らぬ少女に。ツインテール、茶色がかった髪の毛、残響する鈴の音、電光石火のその出来事に俺は茫然と見送ることしかできなかった。
彼女はいったい誰だったのだろうか?なぜ少年を連れ去ったのだろうか?通報した方が良いか?などと考える。
少年は大丈夫なのか。
しかし、昼間の往来でこんなにも堂々と誘拐する人はそうはいないだろう。ましてや、少女は麻帆良の制服を着ていた。身内か何かだろう。
そう思い直し、目の前の少女に目を向ける。
「大丈夫?怪我はない?」
「ひゃいっ、だ…大丈夫です…。」
少女は緊張しているのか、少し噛んだが怪我はないようだ。良かった。ほっとする。
「なんでこんなにたくさんの本を抱えていたんだい?危ないよ。前が見えないだろう。」
俺は周囲に散乱した本を拾い集めながら、注意する。このままではまた同じことが起こりかねない。
「ご…ごめんなさい。全部図書館島に運ばなければいけなくて…。」
「図書館島に?」
にしても、一人でこの量を運ぶのは大変だろう。文庫本ならまだしもハードカバーだ。誰か手伝ってくれる人はいなかったのだろうか。
しかし、ここでこのまま一人で行かせて同じことをしでかしても困る。
しょうがない。
「なら手伝うよ。俺が半分持とう。女の子一人では大変でしょ?」
「え…。で……でもそんな…悪いですし…。」
「一人で運んでまた同じことを起こす方が悪いよ。それに俺も図書館島に行く途中だったんだ。ついでだよ。」
そういうことなら、と少女はためらいながらも了承してくれた。
拾い終えた本を半分持ち、歩き出す。全部俺が持ってしまったら、彼女に気を使わせすぎてしまうかもしれないから。
彼女は俺の斜め後ろ、三歩ほど離れた位置を保ちついてくる。
道中はお互いに無言である。俺は女の子とどんな話をすれば良いのかなど見当もつかなかったからだ。生まれてこのかた女性と交際したことなどなく、女友達も数えるほどすらいない。少女も男の俺を警戒しているのか距離を空けて歩いている。
きまずい。
そんなきまずい時間を続けていると、やがて目的の地にたどりついた。
「じゃあ俺は探しものがあるのでこれで。」
本を机の上に置き、お役御免とばかりに彼女に別れを述べる。
「あの、あ…ありがとうございました。」
「礼には及ばないよ。」
たいしたことはしていない。ただ荷物が少し増えただけのこと。礼を言われるほどのことではないと思い、そう告げ、歩き出す。
いや、今のは階段から落ちた際に助けたことへの感謝も含まれていたのかもしれない。だが、それもたいしたことではないだろう。守護霊がいなければ助けられなかった。さらに突風がふいていなければ。
それにしてもあの突風はなんだったのだろうか。自然に吹いたものとは考えづらい。突然、しかも下からだ。まるで魔法の様だな。
そういえばあの連れて行かれた少年、彼はどうなったのだろうか。魔法使いのような杖を持っていた少年。魔法使い……?いや、まさか…な。
もしかしたら俺みたいに守護霊が憑いているのかもしれない。今度会ったら聞いてみても良いかもしれないな。
ちなみにお目当ての本は貸出中だった。
肩を落としとぼとぼと帰路につく俺の姿がそこにはあった。
読んでいただきありがとうございました。