うっかりです。考えます。
期末テストが終わり、一つ上の学年に移行した。
テストというのは、学業が本分である学生にとって最も重要と言えるイベントである。
麻帆良はエスカレーター式であるが、成績が良いに越したことはない。
だが、俺の成績は平均ほどである。可もなく不可もない、あんなに勉強したのに。
ちくせう。
いや、過ぎた話をしていても仕方がない。もう新学期が始まっているのだ。
と、頭を切り替え、帰路につく。
帰り道、桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。
桜通りだ。
桜通りといえば、最近おもしろい噂を耳にした。
満月の夜、桜通りに吸血鬼が現れる。という噂だ。
嘘か真かわからない、守護霊がいるのだから吸血鬼という存在がいてもおかしくはない。
だが、こんな身近にいるのだろうか。
吸血鬼というのは西洋の化け物である。日本という世界の極東までわざわざ来るなんて考え難い。
そこまで暇でもないはずだ。
だから、黒いマントを羽織り、黒い帽子を被り、金色で長い髪を携えた女の子が、細長い街灯の上に試験管を持ち悠然と立っていたとしても、それはただのアクロバットなコスプレ少女なのである。まったく、あんなところに登るなんて、危ないじゃないか。
絶対に吸血鬼などではない、絶対にだ。
なんかごにょごにょ呟いているし、お取り込み中みたいだ。
邪魔してはいけないな。
別に吸血鬼が怖いというわけではない。俺には守護霊だって憑いているんだ。今さら吸血鬼なんぞにビビってたまるか。うおっと、急に試験管叩きつけやがって、俺じゃなかったら泣いてるね。俺が怖いのは饅頭くらいのものだ。俺を怖がらせたらたいしたもんだ。ほら、なぜか守護霊がシャドーボクシングしている、俺を勇気づけてくれているのかな。頼もしいぜ。でもちょっと急に冷えてきたし、風邪ひくといけないから帰るわ。
俺は帰ろうと踵を返し足を一歩踏み出す。
その時-
「貴様、いま何をした!?」
錯乱していた俺に向かって、幼女はさらに錯乱する言葉を投げかけてきた。
いつの間にか街灯から降りている。
何を言っているんだろう。俺は何もしていない。ただ帰ろうとしているだけだ。もうこの場から去りたいのがわからないのだろうか。家に帰してくれ。そんな気持ちを込めて幼女に言った。
「何を言っている?わからないのか。」
「貴様、この私を馬鹿にしているのか?真祖の吸血鬼である、このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを。」
吸血鬼だった。
エヴァンジェリンという名前らしい。
真祖とは何なのかわからないがなんだかすごそうだ。
そして何故かキレていた。とてつもない威圧感を感じる。怖い。
これが殺気というものなのだろう。平和と称されている日本に住んでいて死の気配を感じることがあるなんて。足が震えそうになる。
しかし、馬鹿にした覚えなどない。なぜそんなに怒っているのだろうか。
馬鹿にしていないのに、闘う理由など存在しないのに、彼女はやる気満々である。
なんとか宥めなくては、血を吸われて殺されてしまう。
「何をそんなに怒っているんだ?俺とお前が闘う理由などないだろう?」
「闘う理由がない?何だ貴様、こちら側の人間か。だが、私は悪い魔法使い、しかも吸血鬼だぞ。貴様らの敵ではないか。闘う理由など腐るほどあるだろう。」
こちら側の人間?悪い魔法使い?意味がわからない。
だが敵だと言ってしまうと闘うはめになってしまいそうだ。
「それは違う。悪い魔法使いだから敵、吸血鬼だから敵、というわけではない。俺は君と敵対するつもりはない。むしろ仲間になりたいと思っている。誇り高き君と。」
「仲間だと?本気で言っているのか?」
「本気だ。」
やばい、反射的に仲間になると言ってしまった。吸血鬼の仲間というとやはり俺も吸血鬼にさせられるのだろうか。それだけは避けたい。
にんにくが食べられなくなるし、昼に外に出ることもできなくなる。そんな生活はさすがに嫌だ。
彼女はうつむき、右手を口にあて考えこんでいる。俺を吸血鬼化する算段だろうか。
いや、待てよ。
今なら逃げられるかもしれない。こちらに気が向いていない。
俺は少しずつ後ずさる。彼女に気づかれないように。さながら敵の城に潜入する忍者のごとく。
「今日はここまでにしよう。さらばだ。」
彼女が顔をあげようとした瞬間、そう言い残し走り出す。
そのまま茂みを飛び越え桜の木に身を隠しながら逃げる。
10m走という競技がオリンピックにあれば金メダルをとれるのではないかと自負できるほどの瞬発力だった。
全力疾走すること数分。
なんとか逃げ切れたようだ。
ふぅ、少し休もう。
隣にいる守護霊が心なしか笑っている気がする。表情からは読み取れないが何故かそう感じた。
暢気なものだ。そもそも守護霊なのだからあの吸血鬼をぶっ倒してくれれば良いのに。
少しいらっとしたので、ちっとも言うことを聞かないこいつを叩いてみる。
避けられる。
叩く。
避ける。
諦める。
なんだかじゃれ合っているみたいだ。
ほんの少し守護霊と仲良くなった気がした。
さて、そろそろ帰ろう。
ずいぶん遠まわりをしてしまった。本当に長い遠まわり。
吸血鬼に会わないようにしなくては。
などと考えながら歩きだす。
その瞬間-
俺の前を二人の子供が横切っていく。
それだけならほほえましいことかもしれない。
空を飛んでいなければ。
一人はさっき会ったエヴァンジェリンという名の吸血鬼だった。
やばい、と思い身構えたが俺には気づかなかったようでそのまま行ってしまった。
もう一人はいつかの少年である。あの時も持っていた杖にまたがり飛んでいる。まるで僕は魔法使いですと広めてまわっているかのようだ。
やはりあの風をおこしてくれたのは少年だったのだ。
魔法使いと吸血鬼がまるでカーチェイスをしているかのように空を駆け抜けていく。
その光景は異様で、非現実的だった。
どうしよう。
魔法使いと吸血鬼、どちらが強いのかはわからないがまだ彼は子供である。
それに比べ吸血鬼は老いがない。年齢不詳である。
助けに行ったほうが良いのだろうか。
だが、俺に助けることができるのか?
守護霊が力を貸してくれなければ何もできないのだ。
やめておこう、足手まといになるだけだ。
そう思い、帰ろうとする俺に声がかけられる。
「すみません、このあたりで大きな杖を持った子供を見ませんでしたか?」
声をかけてきたのは中等部の制服を着たツインテールの女の子であった。
この女の子はあの少年の姉か何かなのだろう。
エヴァンジェリンを追いかけている少年を心配してここまで来たのだと推測できる。
彼女も魔法使いで少年を助けに行くつもりなのだ。
ああ、俺はなんて愚かなのだろう。
俺より年下の、しかも女の子でさえも吸血鬼と闘おうとしているのに、おびえて帰ろうとしている。
ここで帰ってしまったら、俺は最低の人間になってしまう。
自分より小さい女の子を一人で行かすことなどできない。
「こっちだ。案内しよう。」
「え?あ…ありがとうございます。」
俺は彼らが向かった方向へ走った。
少女は後ろからついてくる。足が速い。
高校生のしかも男である俺が全力で走っているというのに、余裕でついてきている。
陸上部に所属でもしているのだろうか。
そのまま走り続けていると屋根の上に吸血鬼と少年の姿が見えた。
さすがに俺は飛ぶことができないので急いで階段を上っていく。
少女も飛べないのだろう、俺の後をついてきた。
屋上へたどりつく。
少年は少女達に捕えられている。
何故か少女が一人増えていた。エヴァンジェリンの協力をしているところを見るに、たぶん彼女の仲間なのだろう。
エヴァンジェリンはまさに吸血鬼のように少年の首筋に歯を突き立てていた。
やはり吸血行為はそういう方法なんだな、と感心する。
それを見たツインテールの少女が少年を助けようと動き出した。
俺も早く助けなければと考える。
その瞬間-
エヴァンジェリンがぶっとんでいった。
いや、正確には俺の守護霊がエヴァンジェリンとその仲間を殴り飛ばしていた、だ。
いままで沈黙を保っていた守護霊が急に動き出し、エヴァンジェリンにパンチを繰り出したのだ。
そして俺は前のめりに倒れ、守護霊に引きずられていた。
なんでだ。
俺は守護霊とあまり離れることができないようだ。
よって吸血鬼を殴りに行った守護霊に引っ張られ、前にこけてしまい引きずられたわけだ。
これはわかる。
だが、なぜ突然守護霊が動き出したのかがわからない。
少年を助けに行こうとしていた少女もぽかんとしてしまっている。
エヴァンジェリンとそのお仲間はきりもみ回転しながら吹き飛んでしまった。
赤いものが見えた。血だろうか。
申し訳ない。
だが、これはチャンスである。
「逃げるぞ。」
俺は少年と少女にそう言い放ち屋上から脱兎のごとく逃げ出した。
彼らもあわてて俺の後についてくる。
階段を滑るように降り、建物から脱け出す。
後ろを振り返る。
エヴァンジェリンは追ってきていないようだ。
念のためなるべく遠くへ移動することにする。
吸血鬼に見つからないように、全力でその建物から離れた。
「ここまでくれば大丈夫だろう。」
十分と言っていいほど離脱したと判断した俺は、振り返り、後ろをついてきているはずの少年に話しかける。
しかし、返事はなかった。
一緒に逃げていると思ったのにいつの間にかいなくなってしまっていた。
俺はひとり言を言っていたらしい。
これは恥ずかしい。
誰にも聞かれずによかった、と安堵する
いや誰にも聞かれなかったからひとり言なのか。
少年達は無事だろうか?
彼らの身を案じる。
いや、途中まで一緒に逃げていたし、吸血鬼も追っては来なかった、大丈夫だろう。
…帰ろう。
彼らももう帰っているはずだ。多分。
今日はもう疲れた。
吸血鬼に出会などという一生で一度あるかないか、いやほとんどないであろう経験をしたのだ。
その吸血鬼を俺の守護霊が殴り飛ばしてしまった。おそらく守護霊があの少年を助けようとしてくれたのだろう。ならば、時間を止めてくれればもっと楽に助けられたとも思わないでもないが、結果オーライだ。
守護霊に感謝する。
しかし、エヴァンジェリンを怒らせてしまっただろうな、と思う。
だが吸血鬼に会うことなど、もう二度とないな。
今日会えたことが奇跡なのだ。
そんな奇跡そうそう起こるまい。
…会わないよな?
読んでいただきありがとうございました。