リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
第1話 学友で、友達で、裏切り者
空を覆う黒い雲から、無数の雫が滴り落ちる。地に生い茂る緑の草木の葉を打ち、揺らし、独特の音色を奏でる。傘をさして帰宅する会社員、カバンを傘替わりにして走る学生。その人の群れから外れた森の中で、制服を着た3人の女子高生たちが傘もささず、ずぶ濡れになるもの気にせず向き合っている。
雨にうたれ、着ている制服が水気を吸って体に張り付く。普段なら不快で仕方がない感覚も、今の彼らには感じる余裕さえない。
「ど、どうして……」
冷たい雨によって体温を奪われていることに加え、目の前で繰り広げられている出来事に恐怖し、震える唇を動かして1人の少女が言葉を搾り出す。
「……未世さん。それはこっちのセリフです」
そう口にする少女が、虚構を見つめるように焦点のあってない瞳で、目の前の未世という名の少女を見つめる。自分の右手に握った、黒光りする金属のかたまりを向けながら。それは、おおよそ制服を着た女子高生が手にするものではない。彼女が握る黒光りするもの。それは戦争で使われる道具、拳銃だった。
その先端に開けられた銃口を、彼女は同じ制服を着た同胞に向ける。
「や、やめてください!」
未世が、悲鳴のような声をあげる。
「あなたは、自分の役割を放棄するの?」
「そんなことはありません!で、ですけど……」
指がかけられた引き金を数センチ引けば、いつでも相手の命を摘み取れる。小さくても、その1発が絶大な力をもつ存在を向けられ、未世は体が震える。
「……銃を捨てて!」
拳銃を向ける少女の背後で、未世の相棒の凛が同じく銃を構える。拳銃よりもはるかに強力なアサルトライフルの銃口を、彼女は未世の前の少女の背中に向ける。
「……さあ、早く!」
やめるよう促す凛の声が上ずり、震えが混ざる。それが構えている銃にも伝わり、銃口が上に下に、右へ左へと振れる。未世に拳銃を向ける少女は凛を一瞥する。それだけで特に何もなく、彼女はゆっくりと向き直った。
「未世、あきらめて」
「い、嫌です!」
「……そう」
静かに応えた彼女は、引き金にかけた指に力を込める。直後、雨音を払い、1発の銃声が森の中に児玉した。
壁ドン、というものをご存知だろうか?
建物に突入する際に、ドアノッカーを使ってドアをこじ開けること?
導爆線でドアを吹き飛ばすこと?
壁に爆薬で大穴を開けること?
建物ごと爆破して崩壊させること?
そんなわけない。そんな過激なものじゃない。
漫画やアニメ、小説等で描かれる、壁に追い詰めた相手の逃げ道を断つ際に手をつく、あれのことだ。
乙女心を抱く年頃の女子たちにしてみれば、想いを寄せる相手からして欲しい行為の1つであるとか、そんな話がある。
好きな相手の顔が、鼻先がふれそうなほどの距離に迫るため、恋愛ドラマや漫画などでしばしば使われることがある。
無論、好意を抱く者が迫らなければ意味がない。
「……えっと、あの~」
「……」
まばらに雲が流れるあかね色の空の下、学校の屋上で向かい合う制服姿の生徒が2人。1人は屋上出入り口がある塔屋の壁を背に追い詰められ、もう1人は相手を逃がすものかと壁に手をつき、念をいれて足の間に膝をついている。いわゆる、壁ドンの派生の1つである。
だが少なくとも、この2人を見てこの状況に憧れる者は、誰1人としていないだろう。追い込まれている生徒、追い込んでいる生徒、2人共が同じ制服を着ている。同性同士だからだ。
「ちょっと、何か……応えてくれない?」
「……」
壁を背にしている生徒は目の前の彼女に問いかけるも、先程から一言も言葉を発さず沈黙を貫いている。ただ、全身からあふれ出るような敵意と、射抜くような鋭い視線を投げかけてくるだけだった。
――――な、なんで、こんなことに……
追い詰められている生徒は脳内で悲鳴をあげるも、目の前の彼女はそんなこと知る由もない。
なぜこんな状況になったのか、事の始まりは数十分前に遡る。
「本日の授業はここまで」
担任の授業終了の声を聞き、部活にいく生徒や、帰宅する生徒たち。各々が席を立ち、それぞれの目的地へと足を向ける。彼女も帰宅するべく自分の荷物を持って席を立つ。連絡が入っていないか確認するため、スカートのポケットからスマートフォンを取り出し電源を入れる。
すると、メールの受信を告げる表示が出る。アイコンにタッチし、メールを開封する。表示された内容を見て、彼女は目を細めた。
「屋上で待ってる 一人で来て」
文面は、そんな簡素な内容で終わっていた。場所は屋上、1人で来いという内容だけ。いつの何時何分という記載もない。普通なら不審がるか無視する内容だが、彼女の場合は違った。こんなメールを送ってくる相手など、彼女の脳内には1人しか思い浮かばなかった。同時に、このメールを無視すれば後日どうなるのかも。
「やれやれ……」
彼女は帰宅の予定を変更し、学校の屋上に寄ることにする。
「ねえ、風原さん」
いつの間にか、クラスメイトの1人が立ち上がろうとする彼女を見下ろしていた。
「このあと、予定空いてない?空いているなら歩哨任務、一緒に来て欲しいんだけど……」
「……ごめんなさい、呼び出し受けているの」
誰から、は言わずに彼女は遠まわしに断る。
「そ、そうなんだ……」
目の前のクラスメイトは、明らかに落胆の色を顔ににじませる。その表情に胸が多少痛むが、メールの送り主を待たせる方が後々面倒なことになる。
「そんなわけだから、また今度」
「ねえ、呼び出しの要件って時間かかる?すぐ終わるなら、待っているわ」
相棒らしき生徒が横に現れ、再度彼女を誘う。
「……ごめん、わからなくて」
苦笑を浮かべ、頭をかきながら彼女は再び断りを入れる。
「ねえ、どうしても無理?」
「……うん」
「どうしても?」
「ええ」
「お願い、あなたにしか頼めないの!」
2人が両手を合わせてすがるように彼女に懇願する。なかなか引いてくれないクラスメイトを前に、彼女は頭を抱える。ここで良いといえば、彼らは喜ぶだろう。だが、あのメールの送り主を待たせば、後日嫌味を言われるか苦情や文句が間違いなくくる。
クラスメイトか、メールの送り主か。選択するのに時間はかからなかった。
「ごめん、また今度空いているときに、ね」
クラスメイトに拝み倒されても、彼女は首を縦に振らなかった。すると頬を膨らませ、見るからに不満を訴えてくる。
「それじゃあ」
なおも頬を膨らませる不満一杯の2人を残し、自分の荷物をもって彼女は屋上に足早に向かった。
自分のカバンと机の横に固定してあった、M4A1を手に。
女子高生に銃など、どこの創作や空想世界のことだと誰もが思うだろう。でも、これが創作の世界での出来事なら、どれほど良かったか。それが彼女たち、小さな武器庫と呼ばれた、指定防衛校生徒たちの日常の一幕であった。
ある日、人類と未知の敵との戦端は、突如開かれた。未知生物、通称イクシス。ユーラシア大陸中央部に現れた彼らは、宣戦布告もなく人類に襲いかかった。
この前代未聞の出来事に、世界各国は軍隊を派遣。国連の名のもとに多国籍軍を結成し、これに対処。防衛戦を構築し、一定の地域に封じ込めることに成功する。日本からも自衛隊が派遣され、国際社会の一員としての役割を担った。
だが間もなく、イクシスは空間と空間をつなぐ謎の穴、ネストをとおり、世界各国に姿を現すようになる。
この事態に日本は、最低限の規模しかない自衛隊だけでは国内警備に手が回せず、警察の武器では対処できない。そして先の大戦以降、戦いから離れすぎていたために、軍人が街中を闊歩することで生じる、国民への精神的負荷を懸念した。
そこで国は、民間武装警備会社を認めると共に、志願する未成年に教育を施し、地域防衛の一助とすることを思いついた。
武装した学生を育成する学校、指定防衛校が設立されることになり、銃を持った学生という空想の中にしか存在しえなかったものが現実となった。
様々な優遇策を使い、潜在的に使える戦力を、日常に溶け込ませる。そこにどんな思惑があっても、指定防衛校の生徒たちは銃を手に戦うことを選んだ。
かつてあったという、本当の日常、平穏というものを、取り戻すために。
という出来事があってから、20年近くが経過する。彼女のいる私立古流高校も指定防衛校の1つで、イクシスと戦うための術を学ぶ場所。そこに通う彼らにとっては、銃は相棒で、共にある身近な存在になっている。その相棒を手に彼女は、リボンでひと房に纏めた肩あたりまで伸びる髪を揺らしながら屋上へ向かった。
静かな階段を1人駆け上がり、屋上へつながる塔屋の金属ドアをゆっくり押し開ける。暗い塔屋の中から、開放的な屋上へと降りたつ。そこで彼女を待っていたのは、予想通り見知った顔。
肩の下あたりまで届く長さの結んでいない黒髪が、屋上に吹くそよ風に揺られ、フェンスに手をかけながら物憂げな表情で眼下の風景を眺める様は、とても絵になっている。儚げな美少女とはこういうものを言うのだろうか。
彼女の傍らに、Mk18Mod0という少々無骨な銃さえなければ。そんな関係ないことを考えながら、歩を進める。
呼び出した彼女に歩み寄り、言った。
「来たけど、何の用?」
すると、彼女を屋上に呼び出した生徒は、首を勢いよく回し、視界に彼女を捉えると途端に目を細めて表情を険しくする。獲物を見定めた猟犬のように、目つきは鋭く、敵意や殺意のようなオーラが全身から滲み出す。儚げな美少女などと評した雰囲気は彼方へ吹き飛び、無言のまま獲物に向かってにじり寄ってくる。
「あの、一体、どうし……」
目の前の生徒が一歩進むたびに、彼女も一歩下がる。急な豹変ぶりにただならぬものを感じた彼女の本能が、この場から即座に逃げるように脳内で警告音を激しく鳴らす。
気がつくと、出入り口のある塔屋に向かって追い詰められていた。背中に硬い感触が伝わり、もうこれ以上下がれないことを感じ取る。右方向に出入り口の扉が見える。そこに向かって駆け出そうとした。そのとき、行く手を壁につかれた腕に阻まれ、さらに足の間に膝がつかれ、完全に逃げ道を断たれてしまった。
「あの、ちょっと……」
それから時間が流れるも状況は変わらない。何度も問いかけるが、目の前の生徒は沈黙を貫いたまま。このままでは埓があかないし、視線は怖いし、足の間に感じる感触も不快で仕方がない。
「……そろそろ、私を呼んだ理由を教えてもらえない?」
射殺すような視線を向け続ける生徒の名前を、彼女は口にした。
「……白根さん」
「……胸に手を当てて、よく考えてみれば」
ようやく口を開いた凛は、目を三日月のように細めて目の前の生徒を睨みつける。
「……凪」
「だから、それがわからないから聞いて……」
「……胸に手をあてて考えてみて」
「だから、それが……」
「……」
凛の目つきが鋭さを増す。敵や仇を見るような視線を前に、胸に手を当てて考えてみることなどできない。無駄話や冗談をいうことは一切許さない。暗に、そう言っているように凪は感じた。
目の前の彼女の眼光に気押され、首筋にナイフの先を突きつけられているような錯覚に陥る。
彼女は口を真一文字に結んで視線をそらす。そんな彼女の様子を見て、凛はさらに目を細める。
「……わかっているんじゃないの?」
「……何が?」
「……私が、あなたをここに呼んだ理由」
凛の吐息が肌で感じられるほど、彼女は顔を近づけてくる。凪は頭を必死になって回転させ、この状況からどう抜け出せばいいか、彼女がここに自分を呼んだ理由を考える。
でも、いくら考えても答えがでない。少なくとも、愛の告白の類でないことは確かだ。同性同士である以上、ありえなくはないが、少なくとも今は除外される。が、それ以外での理由が思い浮かばない。
いや、1つだけある。おそらく、それが理由だろう。所属する科も、クラスも違い、普段の交流も少ない凛が、凪を呼び出した理由。それは、2人にとっての共通の知人に関することしかない。
それが分かっても、凪は口をつぐむ。なんとかこの状況から脱しようと、彼女は右足を少しずつあげ、凛の足から逃れようとする。でも、彼女の方が早かった。
凪の行動に気づいた凛は、壁についていた手を外して両手首を掴んで壁に押さえつけ、足の間についていた膝を少しあげた。
完全に動きを封じられた彼女に、凛は顔を近づける。
「……逃がすと思ったの?」
2人のおでこが触れ合い、凛の射抜くような視線が数センチ先に迫り、嫌でも目に入る。
「……逃げるつもりだったの?彼女から逃げた上に、私からも」
抑揚がなくても、ドスが効き、一言一言が体に響く。凛は彼女の耳元に口を近づけて言った。
「……裏切り者」
その言葉は、どんな刃物よりも鋭利で、どんな銃弾よりも確実に凪の心を貫いた。
「裏切り者って、私?」
「……他に誰がいるの?」
「私は、裏切ってなんか……」
手首を捕まえる凛の手に力が込められ、彼女は顔をしかめる。
「……自分は裏切ってない、そう言うの?」
凛の言葉に、凪は頷く。すると、彼女は静かに息を吸い込み始める。あまり大きくない胸が若干膨らみ、吸い終えたところで止まる。
「……あれが裏切り以外なんだっていうの!」
鼓膜を激しく揺さぶる大声が間近で響き、凪の肩がびくりと震える。凛は目を大きく見開き、彼女に顔を近づける。
「……あなたは私の相棒を、未世を裏切った!事情も話さず突然」
「そ、それは……」
凪は滑りそうになった口を閉じ、視線を彼女からそらした。
「……それは、何?」
顔を横に向ける凪の耳元で、凛は囁いた。彼女の声が冷気のように体にまとわりつき、凪は身震いする。震える口を動かし、彼女は言葉を搾り出す。
「私は、ただ、自分の責務を全うすることを、選んだだけ……、だから」
見開かれていた凛の目が、再び刀のように細められる。
「……だから自分は間違ってない、と?」
彼女は、黙って頷く。
「……間違っているのは、彼女の方だと?」
ためらいながらも、再び頷く。
「……あたしはそういうことを聞きたいんじゃない!」
凛がまた感情を爆発させ、発せられた大声に凪は首をすくませる。
「……言って」
「何を?」
「……あなたが裏切った、未世を見捨てた、本当の理由を」
「理由なんて、ない」
「……言って」
さらに手首を握る凛の力が増し、足の間の膝も上がってくる。
「……言うまで、絶対逃がさない」
手首に込められた力、眼前まで迫る凛の顔。それらの行動が、本気であることを物語っている。凪が口を開かない限り、夜になっても、雨が降っても、台風が来ようとも本当にこのまま離してくれない可能性が捨てきれない。試しに両手を振りほどこうとするも、力を緩めてくれる気配はない。
もっとも、彼女の意向がどうであれ、少なくともこの状態のままでいるのはまずい。誰かに見られれば、あらぬ誤解を招くことは想像に難くない。
口を開くべきか、やめるべきか。凪は視線を合わせ、逸らすのを繰り返す。そんな彼女を、凛は眉さえ動かさずにじっと見つめて待つ。
ふと、塔屋の扉が開く金属音がした。
「凛ちゃん?」
凪のものでも、凛のものでもない第3者の声が耳に届いた。2人は声のした方向に同時に振り向く。そこには、支給品のM4A1をスリングでぶら下げ、シュートボブの髪を揺らす生徒が1人立っていた。案の定、2人の予想した人物だった。
「……未世」
「あ、朝戸、さん」
未世は目を瞬かせ、目の前の状況を口を少し開けたまま見つめる。
「あ、あの、朝戸さん?」
凪が呼びかけるも、未世は銅像のように固まってしまっている。ふと、意識を取り戻したのか、まばたきを繰り返す。
「その、凛ちゃんが、今日歩哨当番なのに集合時間にこないから、何かあったのかなって……」
言いながら未世は、2人から後退っていく。彼女の目の前には、壁を背に追い詰められている見知った同級生と、両手首を捕まえ顔を近づけて迫る相棒。こんな状況を見て何を思うか、凪は瞬時に察した。
「あ、朝戸さん。これは、その……」
彼女が話しかけた瞬間、未世は急に微笑ましいものを見つめる、晴れ晴れとした満面の笑みを浮かべる。
「……2人って、そういう関係だったんですね。知りませんでした」
「朝戸さん盛大に誤解しているって!」
「凛ちゃん、いつも飄々としているのに、結構情熱的だったんですね。私も初めて見ました」
会話をしているようで噛み合っていない話に、凪は叫んだ。
「敵意を含んだ表情のどこが情熱的に見えるの!?」
叫ぶ彼女の声にまぎれ、カメラのシャッター音が屋上に児玉した。シャッター音は消してはいけないというルールに則った、申し訳程度の音。それでも、彼らのいる屋上全域に広がるほど、異様に大きくなって耳に響いた。
「凛ちゃんの以外な一面、凪ちゃんとの関係。これは、一大事です」
彼女はいつの間にかスマホのカメラを操作し、この決定的瞬間を内部のメモリーに収めてしまった。
まずい、非常にまずい。もう誤解だという凪の言葉は未世に届いていない。こんな瞬間を他の生徒にも知られたら、彼女のことだから言いふらすことはないとおもうが、校内であらぬ噂が一人歩きすることになる。
噂好きの女子高生の彼らにとっては、未世の撮った写真は格好の噂の種になる。凪の額に、冷や汗がにじむ。
今すぐにでも未世を捕まえ、スマホのメモリーから先程の写真を削除しなければならない。しかし、まだ凛に両手首を捕まえられているため、実行することはできない。彼女は、唯一自由に動く口を使って必死になって訴える。
「だから、朝戸さん。これは、違うんだって!」
「何が違うっていうんですか?」
クラス内では天然っ娘扱いされながらも、常に前向きで、周囲に振りまく微笑ましい彼女の笑みが、なぜかこのときは、処刑執行人の浮かべる悪魔の笑みに見えた。
「だから、私と白根さんは、今あなたが思っているような関係じゃないって」
「この状況でそんな言葉、誰が信じると思うんですか?」
否定できないこの状態を指摘され、彼女は言葉がでない。確かに、今の2人の様子を見れば、誰でも同じ考えを抱くだろう。
「そ、それはわかっているけど……。でも、違うの!」
「じゃあ、なんでそんな状況になっているんですか?」
後退りしていた未世が、今度は一歩一歩、ゆっくりと一定の足取りで近づいてくる。
「一語一句丁寧に、1から順に説明してもらえませんか?」
彼女の背後にどす黒いオーラを見ながら、凪は必死に言葉を探す。
「その、私がここに来たのは、白根さんに呼び出されたからで……」
相棒の名前が出てきたことで、彼女は視線を凪から凛に移した。幼馴染同士にしかわからない無言のやり取りがされたのか、凛は凪に向けていた敵意を引っ込めた。
「……凪を問い詰めていた」
「なんでですか?」
凛は一度凪に視線をちらつかせ、再び未世に向き直る。
「……彼女が、なんで未世を裏切ったのか。なんで、見捨てたのか。その理由を」
「だから、私は」
彼女は瞬時に表情を険しくし、凪を睨みつける。
「……凛ちゃん」
2人は未世を見つめる。彼女を見て凪は目を見開いた。今の彼女は笑みを浮かべてはいても、それは、何かをごまかそうとするような、何かをこらえているような、引きつったものだった。
「そのこと、私は気にしてないから。彼女を離してあげて」
「……でも」
なおも抗弁しようとする凛に、未世は無言で訴える。観念した凛は、凪の両手首を離し、足も引っ込めた。
「さ、歩哨の時間ですから、行きましょう」
未世は相棒を置いて1人階段を下りていく。ようやく自由になった凪は、自分のM4をスリングを掴んで引っ張り上げる。自分の装備を持って歩きだそうとしたとき、凛が出入り口で足をとめ、彼女を見つめていたことに気づいた。先ほどと同じ、射殺すような視線を向けて。
2人の間を風が吹き抜け、制服の裾を揺らした。そのとき、彼女は凪に向かって口を動かしていた。
何かを言い終わった凛は、足早に未世を追いかけていった。風の音でかき消されてしまったが、彼女の唇の動きから言葉の内容を察した。
「ユ、ル、サ、ナ、イ」
凛は確かに、そう言っていた。