リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
薬品臭い部屋の中で医師の説明をうけ、凪は部屋のドアをあけ、一礼して去る。
「……どうだった?」
「引っかき傷や擦り傷の類だけ」
「よかったですね」
安心した未世が凪に抱きつく。でも、イクシスの体液で制服が汚れるからと、凛の視線が怖いので彼女を離した。
「にしても案の定、回収班には嫌味を言われましたね」
病院の廊下を歩きながら、凪が切り出した。通常、銃を携帯しての寄り道は任務でもない限り禁止なのだが、病院だけは例外とされている。
「……本当にただの嫌味だった」
そのときの様子を思い出してか、凛の言葉に未世も苦笑を浮かべる。
先ほど彼らが倒したイクシスは、亜種や新種の可能性があるからと回収班が来たのだが、あまりに銃弾を撃ち込みすぎたために、
「損傷がひどすぎる」
「もう少し上手くやれなかったのか」
「貴重なサンプルが……」
等と苦情がついたのだった。
「……私たちは、そんなことにかまってられないのに」
未世たちは、イクシスを駆除することが役目。たとえ、どれだけ遺体の損傷がひどくなろうとも、だ。
一方回収班は、その後分析で多くのデータを得るために、できるだけ綺麗な状態が望ましいと考える。
目的や立ち位置で、人は言うことを変える。未世たちは、あの対処は間違っていないという考えを崩さない。でなければ、危うく殺されていたかもしれない。
「まあ、気にしないのが一番。あくまで、私たちの役割をこなしただけ」
夢を捨て、役割に徹する友人を、未世は虚ろな目で見つめる。
「それじゃああなたは、なにもできない」
先程の彼女の言葉が、未世の脳裏をよぎる。椎名先輩にも言われた。順番を間違えてはいけない、と。
「あ、凪~」
静かな廊下に、ふと聞き覚えのない声が響き、3人は足を止めた。間もなく、凪の背中に何かが飛びつき、彼女は「ぐえっ」と声を漏らした。
「もう、今日来てくれるなら連絡くれればよかったのに~」
「……今日は任務後に医者にいけって言われただけ」
「でも、会えて嬉しいよ~」
彼女に飛びついた少女は、背中に何度も頬ずりをする。
「イクシスの体液がつくから離れて」
凪は背中に飛びついてきた少女を、両手を掴んで引きはがす。離された少女は、頬を膨らませ、ジト目で見つめる。
「……凪がつれない」
彼女は頭の左右に結ったツインテールを揺らし、不満を訴える。
「それより、寝てなくていいの?」
「怪我は治ったし、来週には退院できるよ。体動かせないから退屈だし、銃だって撃ちたいし」
「急に色々はダメ」
「凪は過保護すぎだって」
「あなたに何かあったら、ご両親になんて言えばいいか……」
「だから心配しすぎだって」
未世と凛を無視し、凪と現れた少女は2人の世界に入ってしまう。
「あの~」
そろそろ止めないといけないと悟った未世が、2人に声をかける。すると、凪とじゃれていた少女は未世を見るなり、表情を険しくした。
「あ、あなたは!」
「はい?」
「現れたわね、泥棒猫!」
「……はい?」
ひどい言われように、未世は首をかしげ、笑みを引きつらせた。
「ちょっと、実里。その言い方は失礼でしょ」
「なに!凪は彼女の肩持つの!私を捨てて!」
「誤解を招く言い方をしないで」
「誤解も何も事実でしょう!つい先日まで、私の凪に抱きついたり、ハグしたり。私の、幼馴染の特権だったのに!」
地団駄を踏む少女をなだめようと、凪は四苦八苦する。
「あの、泥棒猫って?」
恐る恐る挙手をして問うと、彼女はまた鋭い視線を未世に向ける。
「あなたのことですよ、朝戸さん!イクシスに対する考えが一致した、唯一の理解者だからって、少し前まで私の凪と、色々と……」
「……それをいうなら凪も泥棒猫」
「え!私も!?」
疑問の声を上げる凪に、凛は少女と同じ視線を向ける。
「……あなたも、私の未世に色々した。私の、相棒と、色々と」
何でこう誤解を招く言い方をするかな、と凪は嘆くも、凛の瞳の奥で炎がメラメラ燃えているように見えたことで首をすくめる。
「ですよね、泥棒猫はムカつきますよね」
「……そう」
その少女と凛は向かい合い、熱い握手を交わす。泥棒猫と言われた2人を置き去りにして。
その後、凪は彼女を病室まで送り、3人は今度こそ帰路についた。
「未世さんごめんなさい、彼女が失礼なことを言って。彼女、ちょっと嫉妬深いところがあって」
病院を出るなり、妹の粗相を詫びる姉のように平謝りする凪に、未世は頭を上げてと何度も頼むことになった。
「ところで、彼女は誰ですか?幼馴染って言っていましたけど」
「あれ?クラスメイトですよ」
でも未世には印象に残ってないのか、頭を唸らせて考え込んでいる。
「彼女は、
「じゃあ、凪ちゃんは普段彼女と組んでいるんですか?」
「幼馴染なんです。未世さんと凛さんみたいに」
「……どちらかというと姉妹に見えた」
「そうですね。凪ちゃんがしっかりもののお姉さんで、実里ちゃんがお姉ちゃん大好きな妹って感じですね」
未世の表現に思い当たる節があるのか、凪は苦笑を浮かべる。
「まあ、心配性の彼女の両親に、彼女のことをお願いって昔から頼まれることが多かったので、自然と、そうなったというか……」
「……でも入院していた。なんで?」
凛の問いに、凪は表情を曇らせる。夕日がさしているせいもあるのか、彼女の顔が一層暗く見える。
「彼女、負傷したんです。私をかばって」
無理に笑みを浮かべようとしている凪の表情が、かえって彼女の心中を表しているように、未世と凛は感じた。
先ほどの任務から、2人は凪が庇われる様が、おおよそ想像できなかった。
凪によると、ことの起こりは約3週間前。歩哨任務に出ていた凪と実里は、いつもと同じように決められたルートの警戒にあたっていた。ネストシードを発見し、彼女らが対処に当たった。
だが、凪はいつも通りではなかった。彼女はその数日前、件の任務でK9「ハル」と再会を果たしたものの、その命を奪ってしまい、頭の中を様々な考えや想いが渦巻いていた。
本来なら任務を断り、落ち着いて区切りをつけるべきだったのかもしれないが、彼女はそれを相棒に隠し、いつもの通りに振舞っていた。
それが、相棒を危険にさらすことになった。
彼女は、ネストから現れたK9に銃口を向けたとき、ハルを撃ったときの記憶がちらつき、判断が鈍り、狙いがデタラメで、K9の接近を許した。
K9の牙や爪が彼女につきたてられようとしたそのとき、実里が間に割って入った。彼女はK9に、右腕と左足と腹部左側を噛まれ負傷した。このとき彼らが接敵したK9の中には、先ほど遭遇した大きな種もいたという。
凪は相棒が噛まれているのを見て、ナイフを抜いてK9に無我夢中で突き刺した。大きな種は彼女から引き離し、先ほどと同じように動かなくなるまで弾を撃ち込み続けた。
結果として大型種を含むK9は撃退できたものの、相棒は負傷し、3週間少々に渡る検査を兼ねた入院を余儀なくされることになった。
「あのとき、私がためらいなく引き金を引けていたら、彼女は怪我をしなくて済んだ」
夕刻、人の少ない公園のベンチで、未世と凛は凪の話に耳を傾ける。
「私は夢を捨てるのか、追いかけ続けるのか、はっきりさせられなかった。でも、引き金を引かないと、相棒が今度は殺されるかもしれない」
イクシスとの戦闘で死亡した指定防衛校の生徒はまだいないが、負傷者は珍しくない。よく現れるK9でさえ、身体能力では人間を凌駕している。そんな相手を敵にしている以上、いつまでも負傷者で済む状態が続くとは限らない。
「夢は大事ですけど、相棒を犠牲にしてまで追うことはできない。私は、夢よりも、傍にいてくれる実里の方が、大事だから」
彼女のもつジュースのアルミ缶が、少し凹む。
「……だから、責務とか義務とか、そういう言葉を急に言い始めたの?」
凛の問いに、彼女は頷く。
未世は、欠けていたピースがはまったように感じた。凪が自分を見捨てた、共に夢を追うことを諦めたのは、再会を望んだ個体を殺しただけではない。
その事実を受け入れられず、区切りもつけられず、人間を守るためでも、夢を追いかけるわけでもない。どれに身を置くわけでもなく、彼女は彷徨った。その優柔不断さが、相棒に傷を負わせた。
相棒を失わないためにも、あの個体を撃った意味をなくさないためにも、彼女は夢を否定し、自分を型にはめ込んだ。そうでなければ迷いが生じ、引き金が引けず、仲間どころか相棒を、自分さえも守れない。
それが、彼女の答えだった。
「なるほどね。そんなことが」
翌日、保健室の和花先生の元を訪れた未世は、昨日までの件を全て話した。
家に帰ってからも、未世は凪の話のことで頭が一杯だった。昨日の歩哨の際、未世が向かってきたK9に発砲できなかったのは、実戦慣れしていないせいもあるが、彼女が言った通りK9の幼体の記憶がちらついたせいだった。
初めてネストシードを発見したときは、駆けつけた椎名先輩たちによって守られ、以降も発砲できていない。
先日は凪がいたおかげで事なきを得た。あのとき彼女を誘ってなければ、もしかしたらあの記憶のせいで凛が自分をかばって負傷していたか、実里さんのように、未世が凛をかばって傷ついていたか、どちらかだろう。
凛が傷つけば、未世は立ち直れず後悔し続け、逆に未世が負傷すれば、凛が悲しみ続ける。どちらに転んでも、いい結末ではない。
「やっぱり、諦めた方がいいんでしょうか……」
未世の頭には、諦めの文字が浮かぶ。あの幼体との記憶のせいで、夢のせいで引き金が引けなくなるなら、凪と同じように諦めるという選択肢は、現実的な判断となる。
「朝戸さん、何度も言うけど結論を急ぐべきではないわ。結論を出す前に強くなること。そういったでしょう?」
「ですけど、強くなっている凪ちゃんでさえ、そういう結論を出しているんですよ」
迫り来る数多のK9や巨大種を、彼女は凛の支援を受けながらでも、ほぼ1人で倒している。元々特殊戦科に選抜されるだけの素質を持った彼女が経験を積み、確実に強くなっている。椎名先輩には届かないまでも、1年生の中ではかなり上位にいるのは違いない。
その彼女でさえ、夢を諦めて責務を全うする道を選んだ。未世より現時点で強く、同じ経験、同じ想いをかつて持ち、同じ場で学ぶ彼女でさえ。
「……じゃあ、朝戸さん。1つ教えてちょうだい」
和花先生の声がしまったものになり、未世は無意識に背筋を伸ばす。
「あなたは、今の夢を抱くきっかけになったその幼いK9との記憶を、忘れられる?」
質問の意図がわからず、彼女は首をかしげて悩む。
「じゃあ言い方を変えるわ。その記憶に蓋をして、無かったことにして、この先生きていける?」
「で、できません!」
言い方を変えた途端、未世は立ち上がって叫んだ。
「あら、どうして?」
「だ、だって……」
焦る未世を、とりあえず和花先生は落ち着けようと椅子に座らせ、お茶を勧める。
「だって、大事な思い出だからです」
「そんなに?」
「あの子との出会いがあったから、私はここにいるんです。あの子にまた会いたいから、イクシスと接点が持てるこの場に来たんです」
「でも、あなたは諦めようと考えているんでしょ?」
和花先生の言葉に、未世は黙る。夢を捨てたくないと考える一方、凪の言葉も理解できるだけに、諦めという可能性は捨てきれてない。
和花先生は湯呑を静かに置いた。
「朝戸さん、何で人は、夢や目標を追いかけると思う?」
突然変わった話題に、未世は切り替えがうまくできないながらも、頭を捻って考える。
「えっと、実現させたいから、じゃないでしょうか……」
「そうね。でも、なんで実現させたいと思う?」
そこまではわからないのか、未世は俯いて黙り込んでしまう。
「なら朝戸さんは、なんでイクシスと仲良くしたいと考えたの?常識に歯向かってまで」
思想の自由が認められているこの国ではあるが、常識や空気、暗黙の了解等が幅をきかせている。そんな環境では、常識に歯向かってまで事を成し遂げるのは難しい。
「それは、やっぱりあのK9との出会いが、あったからです」
「なんでそのK9との出会いで、そう思ったの?」
和花先生の問いは、1つのことを深くまで掘り起こしていく。
「あの子がK9だって知ったのは、だいぶ経ってからのことです。でも、敵でも、分かり合える個体がいることは、本当です」
この点を周囲は信じず、時に嘘つき呼ばわりも未世はされた。だが、彼女だけでなく、後に凪も同様の経験をしたことがわかっているため、和花も否定はできない。
「あの時、あの子からは敵意が感じられませんでした。怯える姿は、可愛い、守ってあげたいって思えたんです。あの時はその場から引き剥がされて、あの子がどうなったのかはわかりません。でも、敵意を向けてくる相手がいても、そうでない個体は確かにいます」
和花は先を促す。
「もう一度、あの子に会いたいんです。会って、あの子の頭を撫でてあげたい。戦うだけじゃない。人間と分かりあうことだってできるって、知ってほしいんです。そのためには、殲滅してはダメなんです。それをしたら、もうあの子と会うことは、二度とできません」
あのK9に会うためには、あくまでイクシスが殲滅されない状態で戦いを終えなければならない。あるいは、その個体と出会い、意思疎通を試すか。
「戦いを終わらせたい、なんて大きな考えはありません。でも、せめて、あの個体とだけでもいいですから、意思疎通を、対話ができたらと。それだけが、望みです」
望みを叶えるには、イクシスと意思疎通が可能であることを証明しなければならない。あの幼体が、殺される前に。
それには、今の、イクシスを殲滅するという考えでは、実現できない。他の道を探すことが、必要になる。
「それに、やっぱり思い出のあるあの子と戦うなんて、私は嫌です……」
「でもあなたの歩みの先に、風原さんのような結末が待っているかもしれないわよ」
未世は言葉につまり、視線が少し下をむく。
「もし意思疎通ができて、イクシスと対話ができて、あわよくば戦いが終わっても、そのK9を殺した後だったとしたら?その個体と、戦わなければいけなくなったら?それでも、あなたは夢を追いかけたいの?」
「でも、諦めてしまったら、そこですべてが終わってしまいます」
「あなたは諦めようとしていたんじゃないの?」
未世は、再び黙り込む。
「ごめんなさい。少し意地悪だったわね」
和花先生は、険しい表情からいつもの優しい和花先生に戻る。
「つまり、あなたはあのK9との再会のために、イクシスと仲良くできる道を探したい。敵意を向けてこない個体がいることを、わかっているから」
未世は頷く。
「それは、そのK9との思い出に蓋をして生きたくない。その時感じた自分の感情や想いを諦めたくないから、でしょ?」
すぐには理解できなかったものの、未世は「はい」と答える。
「私はね、人が夢や目標を目指すのは、自分の思い出や記憶、憧れといった自分が感じた、形にしたいと感じるほどの強い想いを、諦めきれないせいだと、考えているの」
「……どういうことですか?」
「例えば、野球選手に憧れて、目指したいと考えた子供がいるとするでしょ?でも、プロになれる確率は、宝くじを引く確率に等しいわ」
畑違いのことに詳しくない未世は、とりあえず頷く。
「なれる確率なんて低いのは、最初からわかりきっている。それでも、人は目指す。それは、自分が感じた強い憧れや感じたもの。そういったものに蓋をして生きていくことを嫌がるから、そう考えているの。無かったことになんてできない。忘れて生きようとしても、自分の中で思い出に変わるまで、時間もかかる」
未世にも理解できた。彼女が古流高校を、指定防衛校を目指したのは、あのK9との出会いが、すべての始まり。
あのとき感じた感情、残った記憶。それに蓋をして、何事もなく過ごしていくことに、彼女は耐えられなかった。忘れたくない。流したくない。
「諦め、きれなかった……」
彼女の口から、言葉が漏れる。
「諦めるということは、その感じたものや記憶を封印して、死ぬまで後悔し続ける、ということよ」
未世は、今更ながらに自分が口にした言葉の重みを感じ、背筋が震えた。
「さっきのは私見だけど。中には形にできる人もいるけど、できない人もいる。でも、生き物は本質的に諦めが悪いの。だから違う道を目指すことに抵抗を感じるし、諦めたら諦めたで、後悔というものを一生抱えていくわ」
誰もが、なりたいもの、目指したいものを実現できるとは限らない。そこには、社会のシステムや人の思惑や競争者など、色んな要素が絡み合う。
「人間の脳は忘れることができるけど、そううまくはできてない。大事な記憶や思い出、後悔したことは、やっぱり老いても必ず残るの」
未世の脳裏に、ある光景が浮かび上がる。その光景が、ある可能性を示した。
「……凪ちゃんも、後悔しているんでしょうか?」
和花先生は、湯呑を持ち上げお茶を少しすする。
「かもしれないわね。でなければ、責務や役割といった言葉で、自分を規定する必要はないもの」
彼女は口では夢は諦めたと言っていたが、やはり諦めきれていないのかもしれない。
未世の脳裏に浮かんだのは、凪の虚ろな瞳。
あの屋上での一件の時、彼女は責務に徹すること、そして再会を望んだK9を殺したことを口にしたとき、濁った、焦点の合ってない、虚構を見つめるような瞳をしていた。あきらかに、いつもの彼女の様子ではなかった。
かつては口にしなかった言葉を使っているのは、本心では違うということかもしれない。
「なら、まだ引き戻せる可能性はあるってことですね!」
和花は、未世に微笑む。
「できるだけ彼女といることね。離れてしまっては、その機会は本当に巡ってこなくなるわ」
「はい!そうします」
意気込む未世は、足早に保健室を去っていった。