リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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最終話 重なる道

「ねえ、昨日の歩哨どうだった?」

 夕日の差し込む教室で、1人の生徒が友人に話しかける。

「ネストシード見つけちゃって、K9に襲いかかられた。4匹出てきたかな」

「倒したの?」

「ううん。先輩たちが応援に来て、助けてくれた」

「そっか。私も、まだ倒せてない」

 指定防衛校にいれば、大半は歩哨任務に出る。その戦果を自慢しあい、体験を話し合うことも、彼らの日常の一幕になっている。

「ねえ」

 1人の生徒が、手近にいたクラスメイトに視線を向ける。

「風原さんは、これまでにどれくらいイクシスを倒したの?」

 椅子から立ち上がった彼女は、包帯の巻かれている左腕ではなく、右腕で椅子を戻し、カバンを背負った。

「さあ。はっきりとは覚えてないかな」

 彼女の言葉に、彼らは唖然とした。

「それって、覚えてないほど沢山倒しているってことよね」

「流石ね」

 彼らの言葉や、憧れの念が込められた視線に、彼女は何も関心を示さない。

「そういえば、最近風原さんって、朝戸さんと一緒にいないね。少し前までよく2人一緒にいたのに」

「だって、朝戸さんって変なこというでしょ?イクシスと仲良く出来るかもしれない、なんて」

 凪は、歩きだそうとした脚を止めた。

「風原さんもそれがわかったから、彼女から離れたんでしょ?」

 彼女は彼らの方に向き直り、できるだけ笑みを浮かべる。

「どうかな。彼女の言っていることは、与太話ではないかもしれないよ」

 凪の返答を聞き、彼らは目を丸くする。

「与太話、変なこと。そう言い切れるほど、わたしたちはイクシスを知れてないのかもしれない」

「風原さん、それ、本気で言っているの?」

 1人がなんとか口を動かし、言葉を紡いだ。その彼女に、凪は満面の笑みを浮かべて言い放った。

「ええ。勿論」

 軽く手を振って、彼女は自分のクラスをあとにした。その背中を見送った生徒たちは、

「……朝戸さん、風原さんに何吹き込んだのかな?」

「でも、あの風原さんよ。学年で誰よりも戦果をあげて、頭も腕も良くて、教官たちだって期待している」

 と、驚きを隠せなかった。

「そんな彼女でも、怪我ってするのね。包帯の巻かれていた左腕、任務中に負傷したって噂よ」

「ええ……。信じられないけど」

「そんな怪我してまで、あの与太話を、なんで信じられるのかな?」

 彼らは首をかしげ、頭をひねるものの、何も答えは出ない。

「風原さんが言うと、なんか冗談に聞こえないよね」

 彼らは、一様に頷いたのだった。

 

 

 

 凪は一人階段を上っていく。いつも肩にかけていたM4は、先日の一件で壊されてしまったために今はない。新しいのを購買部に頼んだものの、入荷までは時間がかかるらしい。それまでは、腰にぶら下げているM9とナイフだけが手持ち武器になる。

 いずれにしても、左腕が完治するまで任務は勿論、座学以外の訓練も禁止なので、さして問題にはならない。

 

 先日の一件の後、意識を失った凪は、未世たちが司令部に連絡して駆けつけた救急によって病院に搬送された。見た目に反して怪我は意外に浅かったようで完治はするが、肌に少々跡が残るらしい。

 病室で目を覚まして間もなく、訪れた両親と未世たちは皆、涙を流した。生きていて良かったと。大げさに思えるかもしれないが、それを口にはできなかった。

 ちなみに、その後訪れた豊崎教官は、危うく卒倒しそうだったとか。

 数日の入院と検査を終え、一応座学は受けてもいいと許可を得たので、左腕に包帯を巻いた状態で登校した。その日のクラスメイトたちの反応を、彼女は忘れられない。

 任務中にイクシスに噛まれて負傷したと言ったものの、クラスの誰もが何の冗談かと、体を張った渾身のボケなのではないかと思い、信じてくれなかった。担任からの報告で、ようやく信じたほどだった。

 

「……やれやれ」

 凪は一人ため息を吐きながら、屋上へと続くドアを開けた。吹き抜けるそよ風が、彼女の前髪や制服の裾を揺らす。

「あ……」

 屋上には先客がいた。彼女は凪を視界に捉えると、腕を元気よく振ってくる。

「未世、待った?」

「同じクラスなんだから、わかっているでしょう?」

 彼女は扉を締め、未世に向かって歩を進める。2人は屋上のフェンスの前に立ち、眼下の景色を一瞥する。

「今日の部活はいいの?」

「先輩には先生に呼ばれているって、言ってあります」

「バレたら怖いんじゃないの?」

 体育会系の部活は、他校と同じで先輩たちは結構理不尽にあたる。もし嘘がバレようものならどうなるか、部活に属していない凪は想像もしたくない。

「大丈夫です。和花先生の名前を使いましたから」

 未世の言葉に、彼女は引きつった笑みを浮かべる。他校や先輩たちから、鬼と言われている教官。その鬼教官の名前を出されては、流石に強気の先輩たちも黙るしかない。

「それで、聞き取りは終わったんですか?」

 未世の問いに、凪は空を見上げる。

「終わった。長かったけど」

 あのK9の亜種のような、未知のイクシスを倒したために当時の状況を知りたいと、入院中から関係職員による聞き取りという名の取り調べが行われた。

「でも、怪我で訓練もできないんですから、丁度よかったじゃありませんか?休暇と思えば」

「……朝から晩まで質問攻めじゃあ、休まるものも休まらないよ」

 大きなため息を吐き出す凪に、未世はその状況を想像し苦笑を浮かべる。

「……学校からの処分はどうだったの?」

 2人しかいないと思っていた屋上に彼ら以外の声が聞こえ、2人は慌てて振り向いた。

「凛ちゃん、いつの間に?」

「……凪の後ろをつけていた」

 凛の気配を全く感じ取れなかったことに、凪は額に冷や汗をにじませる。

「……それで、どうだった?」

 彼女は大きく息を吐き出し、2人に言った。

「担任からは厳重注意だけだったけど、豊崎教官からはものすごく怒られた。ちょっと制裁もあったし」

 

 今回の一件で、彼女は個人的な行動でイクシスと戦った。それ自体は、帰宅途中に遭遇したための緊急対応、と少し苦しいが言えなくもない。だが問題は、イクシスが周囲にいることを事前に知りながら報告せず、求める教官にも事情を説明しなかった。

 このことが原因で、彼女は後日担任と豊崎教官に呼び出された。担任からは厳重注意されただけだったが、豊崎教官はそれだけでは済まなかった。

 

 教官からの命令の拒否、報告義務を怠った等の理由で、彼女は生徒指導室の硬く冷たい床で正座の上、鬼もとい、閻魔大王と化した豊崎教官によって数時間にわたって烈火のごとく怒られることになった。加えて、指定防衛校では珍しく、制裁もくだされることになった。

 

「……制裁って何されたの?」

「……できれば、聞かないで」

 その当時のことを思い出してか、彼女は体を震わせる。

「……指導室の前を通りかかった人が、みんな震えながら走っていった」

「そういえば、中から何かを叩くような音と、泣き叫ぶ声が聞こえたって」

 生徒指導室自体は、どこの学校にも存在する。だが、余程のことがないと呼び出されることはないし、制裁がくだされることもない。

 体罰禁止が叫ばれて久しいが、危険なものを扱う、命を奪えるものを扱う指定防衛校は、時として教官たちが手を出すことがある。何か事故でも起これば、笑い話では済まないためだ。

「……ちょっと、殴られただけだから」

 だが、保健室にいる甘いもの好きの優しい和花先生しか知らない未世は、どうも力を振るう豊崎教官の姿が想像できなかった。

 それに、怪我人の凪に、あまり荒っぽいことはできないだろう。

「……顔でも殴られたの?」

「でも、それならわかりますよね?」

 制裁といえば鉄拳制裁が連想されるが、年頃の彼女たちの顔を殴ると周囲にもそれがわかるため、通常は放課後に清掃作業や教官たちの手伝い等に従事することが多い。

 ここは新兵訓練場(ブートキャンプ)ではない。あくまで、指定防衛校なのだから。

「まあ、ちょっと痛い思いしたってだけで、いっ!」

 突如、凪は悲鳴をあげ、顔をしかめた。いつの間にか彼女の後ろには凛が回り込んでいて、丁度凪のスカートの後ろ、お尻のあたりに手を当てていた。

「い、いきなり何するの!」

 慌てて凛の手から離れた彼女は、非難がましい目をむける。そんな彼女の様子を見て凛は数回瞬きをした後、

「……そういうこと」

 と、自分だけ何かを見つけたような、得意げな笑みを浮かべて1人納得する。

 一方未世は首をかしげ、頭に疑問符を浮かべる。

「……でも、その程度で済んでよかったんじゃないの?」

「まあ……、それは、そうだけど」

 新兵訓練場とは違い、指定防衛校といっても、銃を扱える兵士の卵を育てていることには違いなく、教官たちは上官にあたる。

 彼らに歯向かって、謹慎や停学などにもならず、処分が説教と少しの体罰で済んだのなら、まだ軽い方と言えるかもしれない。

 制裁を受けた時のことを思い出して青ざめる凪の背中に、未世は飛びついた。彼女と親しかったときと、同じように。

「もう、そんな顔似合いませんよ、凪ちゃん」

 制服越しでも背中に感じるぬくもりに頬を赤らめ、凪は俯く。

「……朝戸さん、今は手加減して。怪我しているから」

「そうですね。それにこれからは、いつでもできるんですからね」

 また凪が一緒に夢を目指す間柄に戻るとわかった未世は、今度は逃がすものかと距離を縮めるべくスキンシップが激しくなってきている。

「……力は加減して、時と場所はわきまえてね」

 でなければ、彼女のそばにいる番犬に、いつ噛み付かれるかわかったものではない。今この瞬間にも両手を握り締め、瞳の奥で灼熱の炎を燃えたぎらせているのが、見なくても感じ取れた。

「と、いうわけで」

 未世は、凪の耳元に顔を近づけ、ささやくように言った。

「また、よろしくね、凪ちゃん」

 彼女は、自分のお腹あたりにまわされている未世の手に、自分の手を重ねる。

「よろしく、未世さん」

 

 責務や役割で、銃を手に取るんじゃない。自分が守りたいもののために、夢のために、これから先、彼女は引き金を引く。

 

 2人は手を取り、もう一度夢に向かって、一緒に歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……はあ」

 スーツの上に白衣を着た女性、豊崎教官は自分の城たる保健室で肘をつきながら青空を見上げ、1人ため息をはく。

「やりすぎたかしら……」

 彼女の頭を悩ませているのは、件の生徒のこと。

「……風原さん、大丈夫だったかしら」

 彼女は出向している現役自衛官とはいえ、学内では教官の1人として生徒たちの指導に当たる他、任務の引率も行う。

 先日、凪が1人未知のイクシスに立ち向かったことも、彼女が無線で報告を求める自分の声を拒絶したことも覚えている。

 自分の本業は忘れていなくても、この環境にいるとどちらが本業か次第に彼女はわからなくなっていった。

 出向とはいえ、彼らは自分が指導し、鍛えた生徒であるという気持ちは、彼女の中にある。凪も、その1人に違いない。

 そんな彼女が病院で左肩から肘までを包帯でぐるぐる巻きにされ、そばに血にまみれた制服が置かれていたのを見て、豊崎教官は足がすくんだ。

 自衛官でも、国家間の戦争がなくなった今、人が流血する光景を見る機会は少ない。だから彼女は、凪の様子に耐えられなかった、それが自分の担当する生徒なら、なおのこと。

 その後、豊崎教官は彼女が以後こんなことをしないようみっちり説教して、気が進まなかったが体に教え込む方法をとった。

「はあ、先生って難しいわね……」

 教官は未だに、彼女を叩いたときの感触が、右手に残っているように感じられるようだ。加えて、彼女が泣き叫ぶ声や、逃れようと暴れる様子が耳の奥や瞼の裏に焼きついている。

 だが、彼女がしたことは立派な処分の対象になるし、これを許せば同じことを繰り返すかもしれない。そうなれば、彼女は最悪命を落とす。だから、簡単に許すわけにはいかなかった。

 例え生徒に憎まれても、彼らが死なずにすむよう指導することが、自分の役割だとわかっている。でも、実際にその状況に遭遇すると、そうはうまく心の中で処理できなかった。彼らは、まだ本職の軍人ではなく、あくまで学生に過ぎない。

「にしても、イクシスも妙なものね」

 豊崎教官は、凪を後日呼び出し、職員とは別に聞き取りを行っていた。説教と制裁の件で彼女は相当怯えていたが、違うという旨を必死に伝え、なんとか落ち着いて話を聞くことができた。

「味方に歯向かってまで彼女をかばったK9、ねえ」

 彼女が豊崎教官のみに話したその内容は、にわかには信じがたいものだった。

 イクシスは敵、殺してしかるべき。そういう常識は、戦端が開かれてから20年近くが経過する現在も変わらない。

 イクシスは人類を倒そうと、獣のような動きしかできなかった中から、知能を備えたヒューマノイド型や、火器を備えた武装型を産み出し、組織だった行動によって防衛戦を崩壊させようとした。

 敵は確実に変化、いや、進化している。もっとも、イクシスを生み出している元は何か、なぜその姿をしているのか。何が目的なのか。人類が持っている情報は、あまりに少ない。

 彼女の今回の証言を聞く限り、イクシスも一枚岩ではない可能性がある。無論、彼女の証言を鵜呑みにはできないが、ただの偶然か、錯覚か、現場を彼女しか知らない以上、安易に結論を出すのは危険と判断した。

「でも、風原さんの言うことが事実なら、あの子たちの夢は十分な選択肢に入るわね」

 そのとき、教官のスマホが着信を知らせる。パネルには非通知と表示されているが、彼女はそれで察した。

「……もしもし」

 豊崎教官は背筋を伸ばし、名前も聞かず電話の向こうの主と話を進める。

「彼女のデータに、今回の証言ですね。今レポートをまとめ終えたところであります。後ほどお送りいたします」

 やり取りを終え、教官は電話を切った。

「なんにしても、朝戸さんだけと思っていたら、意外な収穫があったものね」

 豊崎教官は、書類をはさんだファイルの中から、あるページを開いた。それは、凪の素行や成績などを記載した、彼女の個人データのページだった。中には、先日の違反の件も記載されている。

 いくつもある欄の中で、豊崎教官は一番上の欄を見つめる。

「風原凪、ねえ」

 豊崎教官は、彼女の名前を反芻する。

「祈り、希望、運命。彼女の両親は何をもって、この名前をつけたのかしらね」

 凪の母親は、防衛産業に勤めている。そして父親は、海上自衛官で、護衛艦の艦長をしているという。今は、ユーラシア大陸への海路での人員、物資の輸送に従事している。海を身近にしているから、娘に凪という名をつけたのかもしれない。

 でも、彼女の名前を見て、豊崎教官はそこに込められた意味や願いを想像していた。

 

 

 イクシスという()の吹き荒れる、争いの絶えない世界という海()に、平穏な、()いだ海を、この子がいつか取り戻してくれることを、祈って。

 

 

 両親の願い、祈りが、彼女の名前には込められているのではないか。自分たちの世代にはできなかった、我が子に残せなかったもの。戦闘が身近な荒れる海原ではなく、平穏な海原を、平和な日常を後の世代に残してくれることを、祈ったのではないか。

 彼女は、そんな想像をしていた。

「もし彼女たちの夢が現実のものになれば、本当にその願いは実現されるかも、しれないわね」

 ただし、彼女は危なっかしい。

「しばらく、注意して見る必要があるわね。色んな意味で」

 言いながら、教官は一番下の欄に赤いボールペンで文字を書き加えた。

 

 

「重要観察対象」と。

 

 




 最終話となります。初めて挑んだ原作ネタだったので、おかしな点や違和感が多分にあったと思いますが、ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです。

 このシリーズに出たオリキャラは、元々原作小説を読んでいて、朝戸未世のありえたかもしれない可能性の一つ、を書いてみたいと思ったこと。道中で待ち構える可能性を知ってなお、彼女は真っ直ぐでいられるのか。そんな考えがこの物語を書くきっかけでした。

 こんな終わり方をしておいてなんですが、続けることなんて全く考えてなかったのでこのまま終わりか、また書くかわかりません。回収できなかった疑問もありますし…。

 また投稿する機会がありましたら、よろしくお願い致します。

 近日に、使わなかった話を短編として追加する予定ですが、これで一応は完結となります。ありがとうございました。
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