リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
彼女を問い詰める。
和花は彼女を心配しているんだというも、彼女はその言葉を信じようと
しない。
かつては良好な仲だったはずなのに、2人の間の亀裂は広がるばかりで……。
背中には壁、左にも壁、右には人間の腕、正面には豊崎教官。逃げ場を絶たれ、追い詰められた状態でも、凪は表情一つ変えない。
一方、目の前の豊崎教官は笑みを浮かべてはいるが、眉間に皺がよっている。
「風原さん、どういうつもりかしら?」
「何がですか?」
「いったわよね?任務に行く回数を減らしなさいって」
「……そうですね」
あくまで淡々と話す凪だが、豊崎教官の眉間の皺は深みを増していく。
「そう言った直後に、なぜ歩哨に出ているのかしら?」
任務に行く回数を減らせ、西部先輩たち以外と行くことは許さない。そう彼女が言ったのは昨日のこと。
それから数分後に、早速お願いを断ったのだから、怒るのも無理からぬと言える。
「……頼まれましたから、仕方なく」
「私のお願いは無視して?」
「……命令じゃありませんから」
笑みが次第に崩れ、豊崎教官の視線がだんだん鋭さを増していく。
「それに戦果をあげることは、学校だって望むことでしょう?」
豊崎教官の眉間によった皺が、深さを増していく。
「結果さえ出せば、勝手が許されるとでも?」
「……仕方がないんです」
「何が仕方がないのかしら?」
「誰かが、穴を埋めないと、いけませんから」
豊崎教官の表情が、一瞬緩んだ、が、すぐ元の表情に戻った。
「あなた……」
和花先生は、彼女の両肩をつかみ、壁に彼女を押し付けた。
「あなた、いつまでこんなこと続けるつもり?」
「……」
凪は黙って沈黙を貫く。
「もうやめなさい。私は、あなたを心配して……」
生徒の心配をするのも、教官の仕事。和花はそう思っている。だが、凪は視線を鋭くして、和花を睨みつけた。
「……白々しい」
トーンの下がった声に、和花は身構える。
「……どの口が、そんなことを言うんですか?」
普段の彼女が絶対に見せないほど、冷たく、抜き身のナイフのように鋭い声が、和花を凍りつかせた。
「夏期演習のときもそうです。どの口が、あんなことを言えるんですか!」
凪は怒りをにじませ、和花を見返す。
「ああするしかなかった、仕方がなかった。同じことを言っても、私は責められ、あなたたちは責められなかった。そりゃあそうですよね。私は変えの効く駒で、あなたは教官なんですから!」
「そんなこと……」
「カウンセリングと称して、私を見張っているつもりですか?」
「それは……」
「申し訳ありませんでしたね。帰ってきたのが、彼らじゃなくて、私なんかで……」
和花は目を見開いた。
「それ以前に、生に執着して、役目を果たせず逃げ帰ってきて、申し訳ありませんでしたね」
「……やめて」
「私がここにいては、あなたたちにとって都合が悪いことはわかっています」
「や、めて」
「ですから、こんな私のこと心配する必要なんてないんです。おとなしく戦死するのを待っていれば……」
和花は、無意識に右手を振り上げていた。
乾いた音が、室内に響き渡った。
気がつけば、彼女は右手を振り下ろしていた。しびれる自分の右手のひら、頬を赤く染めている彼女を前に、和花は自分が何をしたのか悟った。
「か、風原さん……。その……」
和花の手を振り払い、彼女は走って保健室を出て行ってしまった。一人残された和花は、彼女を追うこともできず、うなだれた。
「……どうすれば、いいの」
彼女は一人、静かに呟いた。
崖のうえで、彼女は衛星電話に向かって叫ぶ。
「司令部、こちら古流高校、普1、風原凪」
『こちら司令部』
「現在、イクシスの包囲を受けています。数は、40体以上」
崖にヴォイテクのグレネードが命中し、砕けた岩の破片が雨のように降り注ぎ、彼女のいる場所が激しく揺さぶられる。
「至急救援を!繰り返します!至急救援を」
今度は、ロケットらしきものが着弾し、地面が大きくえぐれ、岩や塵が舞う。
「司令部、こちら風原。至急救援を要請します!全滅の可能性あり!救助をお願いします!」
『了解、落ち着きなさい!現在位置を伝えて」
「現在位置は……」
凪は、地図を見ながら、現在の座標を伝える。
『わかったわ。回収ポイントをまた連絡するから、一度通信を終わるわ』
「急いで下さい!」
衛星電話が切れたのを確認すると、今度は無線で分隊長に通信を繋ぐ。
「こちら風原。司令部に連絡完了です」
『救助は来るの!?』
「回収ポイントが決まったら、また連絡すると」
先輩たちが押し黙った。無理もない。向こうはどこで回収するか、どこのヘリを向かわせるか、出動の法的根拠等、今頃蜂の巣をつついたような騒ぎだろう。だが、彼らはいつ全滅してもおかしくない状況にある。
「このままじゃ……。私も、合流します」
『いえ、あなたはそこから援護をお願い』
「でも……」
『そこから狙撃で、私たちを援護して』
今、凪はイクシスたちを見下ろす崖の上にいる。標的は狙い放題である。
「了解」
彼女はM4を持ち、伏射の姿勢をとる。4倍率スコープを覗きこみ、標的と味方の位置関係を確認し、狙いを定める。
ふと、視界の中に信じられないものを見つけ、彼女は目を見開いた。
「まさか、そんな……」
だが、すぐに表情を引き締める。
「あいつを倒せば……」
事態が好転するかもしれない。そう信じ、彼女は目標にレティクルをあわせる。だが、引き金にかけた指が、コンクリで固められたように動かなかった。
「くっ!」
強引に指を引き、発砲した、が、狙いが外れた。放たれた銃弾は、標的の頭部ではなく、片腕をかすり、地面にめり込んだ。
「……しまった」
もう一度狙いを定める。すると、無線から悲鳴が響いた。
『凪、逃げなさい!』
彼女は、スコープの視界の中に、自分に砲口を向けるヴィテクを捉えた。
彼女は、慌てて飛び退いた。
直後、先程まで彼女のいた位置が炎に包まれ、彼女は爆風で吹き飛ばされた。
「失礼しま~す」
ショートボブの髪型を揺らす生徒、朝戸未世は放課後、武器管理委員会の部屋のドアをあけた。
「朝戸、もう少し静かに開けられねえのか?」
すると中で作業をしていた生徒が、少々不満そうに言う。伽鳥杏奈。武器整備が得意で名のしられている、古流高校の3年生。
「ごめんなさい、今後気をつけます~」
申し訳なさがかけらも見られない、元気のいい明るい声で言う未世に、杏奈はため息を吐くと、机に置かれたガンケースを指差した。
「M4なら仕上がっている。持って行ってくれ」
「ありがとうございます~」
未世は笑顔でガンケースを手にとった。
「それでは~」
すぐさま部屋を出ようと、扉に手をかける。
「……まて」
トーンの下がった伽鳥先輩の声に、未世は思わず足を止めた。
「聞きたいことがある」
聞いたことのないほど威圧感を含んだ彼女の声に、未世はさびた砲塔のように首を回した。
「な、なんでしょう?」
引きつった笑みを浮かべる未世を見ながら、杏奈は言った。
「たしか、おめえの学年に、風原凪って生徒、いるよな?」
「え?は、はい。凪ちゃんですか?クラスメイトですよ」
「あいつ、最近どうしている?」
「……へ?」
未世は首をかしげた。
「あの、何で伽鳥先輩が、凪ちゃんのことを?」
すると、杏奈は整備中の銃を置き、両手についた油をふきんで拭き取った。
「あいつ、一時期ここに居たんだ」
「ここって、武器管理委員会ですか?」
杏奈は黙って頷いた。
「仕事の覚えが早くて、実際腕も良かった。短期間しかいなかったがな」
杏奈は天井を見上げながら、何かを懐かしむような顔で言った。
「あいつを指導していた先輩たちが、指導の一環だからって、仕事を教えてほしいって頼みに来たんだ」
思い返せば、未世は凪が自分のM4を武器管理委員会に持ち込んでいる様子を見たことがなかった。
「じゃあ、凪ちゃんは整備が自分でできるんですか?」
「ああ、みっちり教え込んだからな」
杏奈は、窓から見える夕焼けを、さみしそうな顔で見つめる。
「できれば、ここにいて欲しかったよ……」
未世が知らない、意外な彼女の一面がわかった。
「あいつのことで、最近悪い噂が流れているだろ?」
「……はい」
仲間を見捨てる冷血女、助けない臆病者等。杏奈先輩も聞いているようだった。
「朝戸、噂なんてものに流されず、あいつを支えてやってほしい」
「あの!」
杏奈先輩は未世の上げた声に驚いたのか、目を見開いた。
「伽鳥先輩は、彼女の噂のこと、どう思っているんですか?」
すると、彼女は表情を曇らせ、しばし黙り込んだ。
「和花先生に殴りかかろうとしたことは、事実だって聞いた。信じがたいけどな……」
未世も信じたくはなかった。
「1つ言えることは、噂のあいつじゃなく、目の前のあいつを、しっかり見ることだ」
「そ、そうですよね」
「あいつに会ったら、たまにはここに顔だすように、って伝えてくれ」
「はい、わかりました」
ガンケースをかかえ、未世は武器管理委員会をあとにした。
「ううっ……」
鉛のように重い体を起こし、仰向けに寝転がる。背中に感じる堅い岩肌に、なぜ自分がここにいるのか、彼女の頭に疑問が生じる。
「ここは……」
彼女は上半身を起こし、周りの風景を眺めた。両手で小石や砂利を落としつつ、登った崖の下を眺める。眼下には、赤い体液でできた池に沈む、おびただしい数の黒い犬の遺体が転がっていた。それを見て、彼女は直前までの記憶が蘇った。
「そうだ、先輩たちは……」
付近に人影は見当たらない。彼女は無線のスイッチを押し、呼びかけた。
「こちら風原。海野先輩、深山先輩、聞こえますか」
凪は、任務に同伴している上級生2人を呼び出す。
聴覚を研ぎすまし、無線に全意識を集中させるも、聞こえてくるのは雑音だけ。
「こちら風原。海野先輩、深山先輩、聞こえますか」
何度も確認するが、雑音しか聞こえない。
「先輩!こちら風原!聞こえないんですか!?答えてください!」
彼女は叫んだ。それでも、2人の声は聞こえてこない。ふと、衛星電話の呼び出し音が聞こえた。
彼女はすぐに出る。
「はい、風原」
『こちら司令部。状況を知らせて』
「現在、特殊戦科2年、海野蒼衣、深山志乃が行方不明。通信もつながりません。私、風原の現在位置は、先と変わらず」
『イクシスは?』
「イクシスは……」
彼女は付近を見回した。姿は見えない。だが、K9の威嚇する声、ヴォイテクの咆哮が、森の木々を揺らしている。
「目視できませんが、まだ付近にいます」
『了解。回収ポイントを指定するから、そこへ向かって。そこであなたをピックアップするわ』
彼女は地図をバックパックから引っ張り出し、指定された座標を確認する。
「今の場所から4km……」
回収予定ポイントは、森をここから4km進んだ平地とされた。
「もっと近い場所は、無理なんですか?」
『そのあたりは斜面が多いから、回収するのに不都合なの。そこまでお願い』
凪は奥歯を噛み締める。4kmといえば、平地では楽かもしれない。でも、今彼女がいるのは山の中。おまけに、付近をイクシスがうろついている。敵の追跡をかわしながら4km進むのは簡単じゃない。
だが、地図上でしか分からず、安全な司令部にいる彼らと押し問答をしても時間の無駄にしかならない。
「わかりました。それで、海野さんと深山さんと、連絡がつかないんですが……」
彼らにも、回収ポイントの座標を伝える必要がある。
『こちらから連絡しておくわ。あなたは、回収地点まで急いで』
「……了解、終わり」
凪は衛星電話を切り、目的地をもう一度確認する。
「……行くしかない」
彼女はM4の薬室に弾が入っていることを確認し、目的地へ向かって駆け出した。
「あっ……」
保健室へ向かうべく角を曲がろうとしたところで、未世は凪に出くわした。
「……未世、さん」
「凪、ちゃん?」
凪の視線は宙を泳いでいる。そして未世の視線は、彼女の左頬に注がれている。
「どうしたんですか、それ?」
未世は、凪の左頬に手を伸ばした。
「な、なんでもない!」
凪は、思わず彼女の手を弾いた。廊下に、乾いた音がこだました。
「……あ」
彼女は、呆然としている未世を見つめる。
「あ、その、これは……」
彼女は、俯きながら言った。
「本当に、大丈夫、だから……」
すると未世は、彼女の背後を見る。角を曲がった先にあるのは、保健室。彼女は、凪の右手首を掴んだ。
「ちょっと来てください」
「え、ちょ!」
未世は、どこかへ凪を引きずっていく。
「ちょ、未世さん!」
力をこめれば振り払えるが、不思議とそうしようという考えは起こらない。
そのまま、凪は未世に引きずられていってしまった。
「で、どうなんですか?」
「何が?」
「その腫れたほっぺたです」
屋上に着くなり、凪は未世に屋上のベンチに座らされ、ジト目を向けられている。
「ちょっと、私が命令違反したから、指導が入ったってだけで……」
「どんな違反したんですか?」
「……ちょっと、任務に出過ぎちゃって」
未世は変わらず彼女を見つめる。
「何で、和花先生のいうことを聞かないんですか?」
「え?」
「先生だって、あなたを心配しているから、注意したんじゃないんですか?」
凪の表情が曇る。
「というか、凪ちゃん。最近和花先生と仲悪くないですか?」
「そんなこと……、ない、よ」
「……今の間は何ですか?」
いつになく、未世は疑り深かった。
「凪ちゃんは、和花先生に夢のこと、相談したんですよね?」
彼女は無言で頷いた。
イクシスと、仲良くできる道だって、きっとある。
未世と凪を繋ぐ、共通の夢。それを巡って先日言い合いをしたり銃口を向けられたりしたものの、色々あって2人は同じ目標に向かっていくと、また手を取り合った。
「和花先生とはそういうことも話せる仲のはずなのに、なんでですか?」
「別に、特別仲いいわけじゃないし……、あくまで教師と生徒、だし」
「じゃあ、なんで演習結果を告げた和花先生に、殴りかかろうとしたんですか?」
凪は固まった。
「だれから、聞いたの?」
「結構噂になっていますよ。実里さんにも聞きましたし」
彼女は頭をボリボリかいている。
「まあ、結果に納得ができなくて……」
「だからって、なんで拳を振り上げるまで怒ったんですか?」
彼女は沈黙した。
「何か、演習結果だけではないように思えるんですけど?」
未世は妙に鋭いときがある。
「別に、結果は出しているんだから……」
「和花先生の心配を無視して、ですか?」
凪は両手を握り締める。
「あの人は、心配なんてしてない!」
屋上に彼女の声が響いた。叫んで、彼女はハッとした。隣りに座っている未世は、唖然としている。
「何で、そんなこというんですか?」
「……どう言い繕っても、私たち指定防衛校の生徒たちは駒で、和花先生たちはそれを使う上官。駒の心配をする人なんて、いないよ」
「そんなこと!」
「未世も、気をつけた方がいい」
凪の表情は、何かを諦めたような、嘲笑と付き物が取れたような、冷たい表情をしていた。
「どんなに親しくしていても、困っているときこそ、その人の本性がわかるから」
その時、未世のスカートのポケットから電子音が鳴った。彼女はポケット内の音源、スマホを取り出して表示を見つめる。
「西部先輩?」
未世は受話器のボタンをおした。
「もしもし?」
『朝戸さん、緊急招集よ』
愛の声に、未世は体に緊張が走った。
「でも、先輩とのチームは夏期演習だけじゃ?」
『司令部からの指定なの。それから、風原さんはそこにいる?』
「はい」
『ちょうどいいわ。彼女も招集って伝えて。集合場所を送ったから、確認して』
「分かりました。すぐ向かいます」
愛からの連絡が切れると、未世のスマホにメールが届く。集合場所の地図が表示されていた。
「凪ちゃん、緊急招集です。行きましょう!」
彼女は表情を引き締め、無言で頷く。2人は鞄とそれぞれのM4を手に、階段を駆け下りていった。