リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
不慣れな森林の中での戦闘に不安を抱く未世たちだが、彼女は経験があるという。
何気なくそのときのことを聞いた未世たちだが、その結果は意外なものだった。
道中偶然通りかかった凛と合流し、未世たちは学校近くの集合場所へとやってきた。そこには、何台もの車輌が駐車していた。
カーキ色の車輌、3・1/2中型トラックが何台も駐車し、荷台に銃器を手に招集された指定防衛校の生徒たちが乗車していく。
多くは上級生のようで、未世たちのような1年生は少ない。なので、仲間の姿がすぐにわかった。
「あ、恵那ちゃんに、鞠亜ちゃん」
鞠亜が未世たちに気づいたようで、彼女は手を振っている。同時に、彼女の頭の左右のツインテールも揺れる。そうでなくとも、彼女の愛銃、M82バレットライフルの放つ強烈な存在感で気づけるものだが……。
2人は少し緊張した面持ちでいる。傍にいた分隊長の愛がメンバーを確認すると、彼らもトラックへと乗車する。
荷台が一杯になったところへ、1人の女性が乗車してきた。彼女を見て凪は、険しい表情をした。
「皆さん、急な招集で、緊張している子もいるでしょう」
和花先生が、クリップボード片手に説明を始める。
「これから向かう地点に、ネストシードが複数出現し、イクシスが大量に出現しているとのことです。しかも、広範囲にわたって」
生徒たちの顔がこわばった。ネストシードは、日々歩哨任務で対処されているが、何もなく平穏に終わる日もある。
無論対処するときもある。大きさで出現するイクシスの数や種類は変わるが、教官が複数、大量というからには、相当なのだろうと、皆が思った。
「なので、敵はまとまった数で襲ってくるはずです。くれぐれも、単独行動は避け、分隊での行動を心がけること。いいですね?」
「「「はい!」」」
全員が返事をし、教官が微笑む。
間もなくトラックが動き出し、目的地に向かって走っていった。
「ここ、ですか?」
到着したのは、山の中にあるサービスエリアの駐車場だった。そこにはすでに多くのテントがはられ、弾薬など必要な物資が持ち込まれ、司令部の様相を呈していた。
「各分隊長、集合!」
和花先生の声に、分隊長の愛が、いってくるわね、と言い残し駆け足で向かっていく。その背中を見送ると、未世は周囲を見渡す。日が沈みかけ、暗さが辺りを支配し始める。四方を見渡せば、森しかない。緑の海が、暗い海へと、姿を変え始める。
「まさか、今回は森に入るんですかね?」
「……かもしれない」
周囲は、どうみても市街地などない。今和花が愛たちに説明しているだろうが、ネストの出現が相次いでいるのは、森の中なのかもしれない。
「うう、私、森での戦闘って経験ないんですけど」
震えるうさぎのように、鞠亜が縮こまる。本来、指定防衛校の生徒、特に女子生徒は市街地での警備が主体なので、彼らは街での経験はあっても、森での戦闘経験はない。
「……一応訓練だけなら。でも、暗い森は苦手」
「何っているの?夏期演習で最後は暗い中あるいたでしょ?」
夏期演習の最後の演習で、未世たちは暗いトンネルの中をライトもつけずに歩いた。
「……整備されているトンネルと、自然の道は違う」
「森の中なら、恵那ちゃんは本領発揮ですね」
妙に楽しそうに言う未世に、恵那は違和感を抱いた。
「なんでよ?」
「だって、制服が迷彩模様ですから」
未世は、恵那をつま先から頭まで眺めながら言った。恵那の所属する指定防衛校、朝霧高校の制服は、特徴的な迷彩模様のスカートとリボンを採用している。検証されてはいないが、少なくとも、未世や鞠亜たちに比べれば、効果はあるだろう。
「そ、そりゃあ、陸自の迷彩だし、森の中なら多少の効果は……」
「……でも、シャツは迷彩じゃない」
「っぐ……」
「……それに、スカートの中は迷彩じゃない。むしろ白い」
恵那は顔を赤くし、咄嗟にスカートの裾を抑えた。
「な、なんで知っているのよ!」
「……何も今日とは言ってない」
かまをかけられたことに恵那は気づくも、もう遅い。非難がましい目で彼女は凛を睨むも、彼女はニタニタと楽しそうに恵那を見つめる。
というか、迷彩模様の下着などあるのだろうか、と未世は疑問に思う。夏期演習で、彼らは入浴をする際、全員の裸を目撃している。今更な話である。
「ところで、凪ちゃんは経験あるんですか?」
未世は、今回任務を共にする理解者に話を振った。
その声に、恵那も凛も、彼女を見つめる。
「そういえば、あなた、なんでもできるのよね?」
恵那は、少々不機嫌そうに凪に歩み寄る。姉の和花が以前言っていたことを気にしているようだった。
「だったら、森林での戦闘くらい、経験あるわよね?」
笑みを浮かべるものの、その言葉は明らかに喧嘩腰であった。そんな彼女を前に、凪は静かに言った。
「……何回か、実戦経験はあるけど」
「へえ~そうなのね~」
恵那の不自然な言葉の伸びに、未世は内心冷や汗を流す。
「それで、どんな任務の時だったの?」
「あ、それ私も知りたいです」
未世も興味を持ったのか恵那に便乗して質問する。だが、凪は不自然に視線を逸らした。
「……森に逃げ込んだ、イクシスの討伐」
「夏期演習でよくある内容ね~。で、勿論、完遂したのよね~」
凪の表情は、暗さを増していく。そして、彼女は意外な答えを口にした。
「……手に負えなくて、逃げ帰った」
「……え」
未世が言葉を失った。彼女だけでなく、凛も唖然としていた。
「そう。それで、そのとき仲間を見捨てたり、助けなかったから妙な噂がたったわけ?」
恵那がそう言った直後だった。
凪の目が、夜空に浮かぶ月のように細められる。
「……仕方がなかった」
「何が、仕方がないっていうの?仲間を見捨てるなって、授業で教えられるでしょう?」
凪の拳に力がこめられ、両手が震える。空気が不穏さを増していくのを、未世たちは感じ取った。
「……でも、できないことはある。理想と現実は違う」
「でも、ねえさ、豊崎教官はいったわ。あなた、なんでもできるって」
「あんな奴の言うことなんて、信じられない……」
凪が静かに言った。そのことに未世たちは目を丸くする。恵那もそうだったが、次第に彼女の表情が険しさを増していく。目は吊り上がり、眉間に皺がよっていく。
「……って、言ったの?」
恵那が、静かに言う。
「今、なんて言った!」
恵那は一気に凪に詰め寄り、彼女の胸倉をつかみあげた。
「あなた、ねえさんのこと、あんな奴って言ったの!?姉さんのいうことなんて、信じるなって言ったの!」
「聞こえてるじゃないですか……」
「どうなの!」
日頃ツンツンしているか、堅物な恵那しかしらない未世たちは、今の彼女の剣幕に驚く。
「……そうだけど」
こともなげに、凪は応える。
「取り消して……」
「何を?」
「取り消しなさい!姉さんへの侮辱を!」
感情を爆発させ、詰め寄る恵那に、未世たちは動けない。彼女が和花に憧れ、姉が大好きなのは言葉にしなくても分隊の皆が知っている。その姉を侮辱されれば、さすがに怒るだろう。
詰め寄る恵那に、凪は動じる様子もない。
「……断ります」
未世たちは目を見開いた。恵那は、右手で拳を作り、振り上げた。
「なんの騒ぎかしら?」
優しくも、有無を言わせぬ威圧感を含んだ声に、未世たちは動きを止めた。そして、ゆっくりと声のした方向に振り向く。
「に、西部、先輩……」
日頃は後輩たちを包み込むような、暖かい笑みを浮かべる愛の姿がそこにあった。
「説明が終わったから命令を伝えに帰って来てみれば、これはなんの騒ぎかしら?」
すぐさま未世たちは先輩の前に並んで整列する。
「朝戸さん、さっきの騒ぎはなにかしら?」
「えっと、その……」
「報告は簡潔に、ね?」
三日月のように細められた目から放たれる眼光に、彼らは震え上がる。ごまかしや虚偽は許さない。そんな言葉が含まれているようでならない。
「……凪の言葉に、恵那が逆上して、胸倉を掴んだ」
「そうなの?でもね白根さん、豊崎さんの手が拳を作っていて、殴りかかろうとしていたように見えたんだけど、気のせいかしら?」
流石分隊員に気を配る長。細かいところにも気がついていた、が。
「……気のせいです」
凛はしれっと言ってのけた。
「そう、でも理由はどうであれ、これから任務を共にする仲間と騒ぎを起こしたことは、見過ごせないわね」
すると、愛は恵那と凪の前にたつ。そして……。
「いだだだ!」
愛は、恵那と凪の頬をつねって引っ張り上げた。
「に、にしえせんはい!」
痛さに恵那は悲鳴をあげるが、凪は涼しい顔をしている。しばらく引っ張った後、愛は手を離した。
「二人共、今回はこれで見逃しますが、次もめたら……」
愛は、満面の笑みで言い放った。
「豊崎先生に報告します」
恵那の表情が、一瞬で青ざめる。
「そ、それはこまります!」
「じゃあ、もう問題を起こさないことね」
恵那は何度も頷く。
「それと、風原さん」
愛は凪に向き直る。
「例え人間関係がどうであれ、任務になれば教官たちは上官です。今のは聞かなかったことにしてあげるけど、今度また言ったら、わかっているわね?」
「……はい」
彼女は、静かに答えた。
「では、早速任務が言い渡されました。説明をするから、ついてきて」
先導する愛の後ろに、未世たちはついて歩いていく。凪はそんな彼らを少し見送ったのち、駆け足で追いついていった。
静寂と闇が満ちる森の中を、凛を先頭に未世たちは進んでいく。
「今回の任務は、森林内に潜むイクシスの討伐が主になるわ」
西部先輩を通じて伝えられた任務目標は、未世の予想した通りであった。
「みんな、市街地が主で森林地帯は慣れないと思うから、慎重に行きましょう」
「私、森林での戦闘経験、ないんですけど……」
「……演習しか、ない」
皆が口々に不安そうに声をあげる。
市街地と森林地帯では、勝手が違う。舗装されている市街地に対し、森林地帯は狭く、足場の悪い獣道を行くこともある。また、森の中は隠れる場所に事欠かない。
突発的な遭遇戦になることも多く、周囲の警戒は怠れない。
まして、今は日が沈みかけている時間。周囲を、闇が次第に包み始めている。視界が悪い。ライトで照らせる範囲もかぎりがある。
「なので、進路を見失わないように、今回は全分隊にナビが配布されます。分隊長にだけ、ど」
そんな説明があって司令部を出発して、はや30分。舗装されていない道を、どこまでも続く緑の海の中を、彼らは進む。
愛は、ナビとにらめっこしながら進む。なので、新たに加わった凪を傍につけ、護衛を任せている。
「なんで、森の中なんでしょうね?」
「なんでも、この森のそばの住宅地に、突如イクシスが現れたみたいなの」
愛が説明をはじめる。
今回は、森に逃げ込んだイクシスの討伐。
その発端になったのは昼間にあった、住宅街にK9の群れが現れたという通報だった。だが、その範囲は広く、数も多かった。
散歩中だった住民に負傷者も出る事態になった。
数の多さに、歩哨の人数では倒しきれず、殆どが森に逃げ込んでしまった。
もうネストから出ている以上、一刻も早い駆除を行う必要があるため、指定防衛校の生徒たちをあつめ、人海戦術でいくことになったらしい。
「理由はわかりますけど、森の中で隠れる訓練はしても、戦闘までは……」
M82を両手で抱えながら、鞠亜が不安げに言う。M82の短銃身モデルをもっているが、それでは即応できないと悟っているのかG19を右手に握っている。
「でも任務である以上、できることをやるしかないわ。私たちの後ろには、住民がいるんだもの」
「まあ、豊崎さんの言うとおりね。でも、みんなが経験不足なのは否めないから、無茶はしないように、ね」
皆が頷く。
今回は場所が森の中でかつ暗いので、1人につき1つ、銃に着けるライトかまたはヘッドライトが持っていない生徒には貸し出されることになった。
それでも、ライトが照らせる範囲は狭く、緑と闇の海の中では心もとない。
ふと未世は、愛の傍にいる凪を見やる。彼女は、さきほどから鋭い目つきで周囲を警戒している。ご主人様を守るため警戒する犬のような表情で。
「西部先輩、どこまで行くんですか?」
「えっと、ね……」
ナビの画面とにらめっこする愛。ふと、草木が揺れる音がした。全員に緊張が走り、体がこわばり、全身の筋肉に、無意識に力を入れる。
「全員、周辺を警戒して!」
未世たちは、音のした方向に一斉に銃口を向ける。また、揺れた。風もないのに。
彼らは銃の安全装置を外し、襲撃に備える。未世もM4A1のセレクターを安全から単射に90度回転させる。そしてレシーバー上に取り付けた4倍率スコープを覗く。
でも、スクリーン上に見えるのは暗闇。集光ファイバーが昼間は光りを集めるが、今は夜。代わりにトリチウムによってレティクルが光る。
また草むらが揺れる。
「誰かいるの!」
森の中に、愛の声が響く。指定防衛校の生徒は、イクシスにのみ引き金を引くことを許されている。それ以外に銃口は向けられない。
だから、姿の見えない相手を確認する。
「いるなら、姿を見せてください!指定防衛校のものです!」
相手は応えない。別の草むらがゆれる。銃口を向けなおす。また別の場所が揺れる。また向けなおす。
直後、未世は左側から衝撃を感じた。不意のことに、彼女は地面に倒れこんだ。目を開けると、そこにいたのは黒い狼のような犬のような姿をし、怪しく光る赤い線が全身を走っている物体。
ビースト型イクシス、K9。
「み、みん……」
K9は、目の前の未世に飛びかかった。咄嗟に顔を守るように、両手を前にだし、K9を受け止めた。だがK9の勢い全ては受け止めきれず、地面に倒された。
K9は、未世の喉もとに牙を突き立てるべく、口を大きくあける。彼女は腕を突っ張って口を遠ざけるも、K9は狂った犬のように何度も口をあけ、失敗して閉じるのを繰り返す。口からK9の体液がとび、独特の臭い口臭が未世の鼻をつく。
そして口の奥にいびつに並ぶ瞳らしきものが、獲物を捉えて離さない。
「……未世が!」
凛はMk18の銃口をK9に向ける。
「ダメよ!銃弾が貫通して朝戸さんにまで」
「……このままじゃ」
日頃なら、銃で駆除できる相手。でも、今は未世との距離が近すぎる。撃てばK9を突き抜け、未世にまで……。
誰も、引き金が引けず、訪れる結末に体が硬直する。未世に、K9の顎が迫る。
だが突如、K9の動きが止まった。代わりに、耳をつんざくような悲鳴のようなものをあげた。
未世がK9を眺めると、胴体側面に何か黒光りするものが生えている。いや、刺さっていて、そこから、赤黒い体液が吹き出している。
「動かないで!」
いつの間にか、凪がナイフを抜き、K9に突き刺していた。痛みで未世を襲うことを諦めたK9の首を掴むと、後方担当の恵那の向こうへ向かって遠くに放り投げる。
そして、K9が地面に着地するタイミングで、M4を単射で撃ち、頭部に正確に2発の5.56mm弾を撃ち込んだ。
銃弾を撃ち込まれたK9は、その場に倒れこんだ。
「な、凪ちゃん。ありが」
「くるよ!」
仲間が倒されたのを合図に、草むらからK9が現れる。凪は迷うことなく、引き金を引いた。
単射でK9の胴体、頭部に銃弾を数発打ち込んで沈黙させると、次の個体へ、また次の個体へと流れ作業のように片付けていく。
後方、正面、側面と襲撃を退けると、彼女の銃撃が止んだ。
弾の尽きた弾倉を地面に落とし、装填済のものを差し込んでんボルトストップを叩く。今度は彼女の傍の草むらからK9が飛び出した。
彼女はM4を手放し、組み付かれる寸前に左手でK9の首を掴んだ。そしてなれた手つきで腰から拳銃、M9を抜くとほぼゼロ距離で胴体に銃弾を3発撃ち込んだ。
K9が少しおとなしくなった直後、彼女はK9を放り投げ、さらに頭部に銃弾を1発撃ち込み、止めをさした。
周囲からは、物音がしなくなった。
「……はあ」
彼女はM9の銃口をK9から外すとセイフティレバーを下げる。
彼女のM9が月明かりに照らされ、スライドから露出したステンレス製の銃身が、刀の刀身のように鈍く輝く。
「未世、無事?」
凪の声に我にかえった未世は、「は、はい……」ととりあえずの返事を返す。
「……そう。よかった」
淡々とした声で返すと、彼女は地面に落としたM4の弾倉を拾い上げ、K9の遺体から突き刺したナイフを回収すべく歩き出した。
その彼女の背中を見つめる未世は、なぜか怯えた顔をしていた。
「朝戸さん、大丈夫?」
「……はい」
愛が差し出してくれた手をつかんで立ち上がり、スカートを叩いて砂を落とす。凛たちの心配に空返事を返しながら、未世は凪の背中を見つめる。
彼女には、自覚がないかもしれない。でも、未世には見えた。
K9の体液を浴びながら駆除していたときの凪は、無表情でも、怯えた表情でもない。
獲物を前にして血が騒ぐ猟犬のような、どこか楽しそうな顔をしていたことを。
結局、その後遭遇はなく、折り返し地点で彼らは帰路についた。