リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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第2話 だから相棒は彼女を許さない

「凛ちゃん、もうあんなことしないでくださいよ」

 歩哨任務のルートの道中、未世は先程の凛の行動をとがめた。

歩哨任務というのは、当番制で割り当てられた地域をパトロールする任務のこと。イクシスがいつ、どこから現れるかわからないため、曜日を問わず行われる。といっても、いつも戦闘に発展するわけではない。

 この任務は、イクシスが現れる空間と空間をつなぐ穴、ネスト、もしくはその前兆のネストシードの発見を目的とする。イクシスが現れた場合のみ、戦闘に発展する。

 なので、未世も凛もそれぞれ銃や予備弾倉等を身に着け市街地を歩いている。目標のものを見つけるために周囲に神経を張り巡らさなければならないのだが、先ほど屋上での一件を流すことは未世にはできなかったらしい。

「……でも、彼女は」

「でも、何ですか?」

 いつになく、未世の責めるような視線に、凛は首をすくめそうになる。

「……彼女は、突然未世を裏切った」

「だから凪ちゃんを許せず、事情を問い詰めようとしたんですか?」

 彼女は無言で頷いた。

「だから、もうあの件はいいですって」

「……未世は平気なの?」

 凛の問いかけに、未世は足を止めた。

「……だって、凪は、未世の夢を理解してくれていた」

 応えない未世に構わず、彼女は話を続ける。

「……なのに、ある日突然責務だ、義務だという言葉で逃げて、未世を見捨てた。それまで、そんなこと口にしなかったのに」

 凛は、足を止めた彼女の前に回り込んだ。

「……なんで許せるの?なんで平気なの?」

 凛の言葉が、未世に突き刺さる。未世の言葉を、彼女はじっと待つ。任務中とはいえ、必要なことは解消しておかなければ支障が出る。この話題は、解決しなければならないことだった。

「だって、それが普通だと、思うから」

 未世は、無理に笑顔を作りながら答える。

「イクシスと仲良くなれる道だって、あるかもしれない。そんなこと、普通のみんなは流すか、まともに聞いてくれない。それが、普通だから」

 凛は、無理に元気を装う幼馴染の姿に、胸の奥が痛む。

「おかげで、クラスではすっかり天然っ娘扱いだもん。もう慣れたし、それが普通だから」

「……未世」

 未世の笑みは次第に沈んでいき、顔も俯いていく。

「でも、凪ちゃんだけは、流さず聞いてくれた。理解も、応援もしてくれた。一緒に、目指そうって、初めて、言ってくれて……」

 未世の声に、次第に震えが混ざる。

「何で、だろうね。突然、話かけてくれなくなったし、私たちの夢だって、否定するようになって。私、彼女に嫌われるようなこと、したかな?何で、かな……」

 何で、何でと、未世は繰り返す。周りには与太話として流された、彼女の夢。

 

 敵であっても、イクシスと、仲良くできる道だってきっとある

 

 という理想、夢を、未世は抱いている。

 彼女は幼い頃、ビースト型イクシス、K9の幼体と接触していた。日々出会う殺意や敵意を向けてくる個体ではなく、人懐っこい個体と。

 未世たちが生まれるより以前からイクシスとの戦争は始まっていて、身内や故郷を奪われた人々は当然いた。学校でも世間でも、イクシスは殺してしかるべき、という意見が常識になっている。

 その中にあって、未世は幼い頃にあったK9にまた会うために、仲良くなれる可能性を探すために、今の場所にいる。

 でも、彼女の意見は流されるか、嘘つき呼ばわりされるのが普通だった。幼馴染の凛でさえ、否定こそしないものの、同意できないでいる。あの個体だけが、特殊だったのかもしれない。それが、凛の答えだった。

 

 古流高校入学間もないある日、未世は突如理解者を得た。先ほど凛が問い詰めていた生徒、クラスメイトの風原凪が、そうだった。

「私も、そう考えているの。同じだね。じゃあ、一緒に頑張ろう」

 与太話として流されることに慣れていた未世は、目が点になった。凪が何を言っているのか、正気を疑ったほどだった。本気なのかふざけているのか、半信半疑だったものの、未世は彼女を信じてみることにした。

 彼女は本気だった。イクシスと最初の接触のことをお互い語り合い、日々夢のために努力を始め、仲を深めあっていった。同じ目標を目指す、同じクラスの学友。そんな存在に、未世は初めて出会えた。

 そんな彼女の存在は、出会ってたった3ヶ月程という期間であったにもかかわらず、凛とは比べるべくもないが、未世にとっては大きなものになっていった。

 

 凪が突如、義務や責務といった言葉で、未世を拒絶するまでは。

 

「イクシスは、1匹残らず殲滅しないといけない。それが私たちに与えられた役割で、全うしなければならない責務でしょ。そのために、私たちは存在する。仲良くなんて、やっぱり無理だよ」

 彼女が態度を翻した日、夕焼けの眩しい学校の屋上で、未世に向かって言い放った言葉が、凛の脳裏に浮かぶ。あの台詞を言われたときの未世の顔を、彼女は忘れられない。突如捨てられた子犬みたいに、悲しみに歪み、怯えた相棒の顔を。

 

「……未世は悪くない」

「そうかな。でも、彼女何も言ってくれないし、私が浮かれていただけで、本音は違ったのかも、しれないし」

 自身の心を守るために、過去を否定する未世。凛はMk18を握る手に力を込めた。樹脂製のグリップだけでなく、金属でできているはずのハンドガードさえもが、きしみをあげる。

 彼女は体の奥底から、何かがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。自分の言葉では、未世には届かない。あの、彼女の言葉しか。

 凛は無言のまま未世を見つめる一方で、その向こうにいるここにはいない彼女のことを思い浮かべた。

 幼馴染に、相棒にこんな顔をさせた凪を、凛は許すつもりは毛頭ない。いつか、絶対あの硬い口を開かせてやる。事情を問い詰め、洗いざらい白状させてやる。彼女は、そう決意していた。

 街中の商業施設に近い場所で、彼らは歩く周囲の人々の流れを無視し、向かい合う。

 

 そんな彼らに敵意を抱く猟犬の足音が、この時、確実に迫っていた。

 

 

 

 

「……はぁ」

 日が沈みかける中、凪は自宅への道を歩く。でもその足取りは重く、学校を出てから何度もため息を吐き続けている。その原因は、先ほどの屋上での出来事だった。

「裏切り者、か……」

 屋上で凛に詰め寄られ、言われた言葉。いつも飄々としている彼女の、あそこまで感情を表に出し、敵意や殺意を隠さない態度を凪は初めて見た。

「……でも、そうだよね」

 そう言われるのも仕方がないことだと、殺意や敵意を向けられるのも仕方のないことだと、彼女は分かっている。それでも、面と向かって言われると思いのほか堪える。

 もっとも、理解者に裏切られ、見捨てられた未世の心の痛みに比べれば、どうってことはないだろう。

 彼女は、凛に掴まれた両手首を交互になでた。手首には、赤い帯のような痕がついている。縄やワイヤーで縛られた痕ではなく、人間の手の力でついたもの。彼女の苛立ちや、敵意が込められているように凪には思えた。

 またため息を吐き出し、彼女は顔をあげて自宅を目指す。その道中、愛犬につけたリードを握りながら、一緒に散歩をしている老人が目に入った。その光景を見て、彼女の脳裏にある光景が呼び起こされた。

「……ばかばかしい」

 でも、頭を振ってそれを脇へ追いやる。

「あれは、何かの間違い。私の、勘違い……」

 凪は語気を強め、自身に言い聞かせるように、呪詛をはくように小声で呟く。ふと、彼女が身につけている無線が鳴る。受信を知らせるランプが点灯しているのに気づくと、気持ちを切り替え無線の受信ボタンを押す。

「はい、古流高校1年、風原」

『こちら司令部。エリアC2にて、K9が出現。対処にあたっているペアより応援要請。古流高校の風原凪は、そちらに向かっている車両と合流し、現場に急行してください』

 案の定、応援要請だった。歩哨当番にあたっていない日とはいえ、要請が入れば行かないわけにはいかない。

「了解しました」

 通信を終えた直後、彼女の右側に古流高校のマークの書かれているハンヴィーが1台急停車した。凪は後部座席の扉を開けて飛び乗る。

 彼女が乗った直後、運転手はアクセルを踏み込んだ。急回転する車両のタイヤが道路のアスファルトとの急な摩擦で甲高い音をあげ、ハンヴィーは目的地へと走り出した。

 

 

 道路にたつ標識に書かれた制限を超えたスピードで、ハンヴィーは車道を駆けていく。心配しなくても、緊急時に指定防衛校の車両は優先的に通行でき、スピード制限の枠から外れるため、警察に暴走車として捕まることはない。

「悪いわね、当番に当たってない日に」

 急な任務を詫びるより、運転の荒らさを気にして欲しいと思った凪だったが、緊急事態だから仕方がないと流した。

「……状況は?」

 後部座席に押し付けられた体を起こしながら、彼女は運転席に座る見知った教官に問いかける。

「せっかちなのね。心に余裕がないと、実戦でも危ないわよ」

「そうですけど、応援要請なんですから急ぐのが当然じゃありませんか、豊崎教官」

「まあ、それはそうね」

 凪は、ルームミラー越しに微笑む養護教官、豊崎和花(とよさき のどか)教官を見つめる。日頃は凪たち古流高校の生徒の精神ケアのためのカウンセリングや、授業に演習の監督を勤めている教官だが、任務のときの引率もこなす。

 現役の幹部自衛官で、凪たちの通う古流高校の卒業生なので離れた先輩にあたる。日頃は優しく甘いもの好きの和花先生で通っているらしいが、彼女はこの教官が笑みを浮かべてばかりいることに不審を抱いていた。底のしれない相手ほど、怖いものはない。

「それで……」

 凪は車両の中で任務の準備に掛かり始める。学校指定のアサルトライフルの1つで、一部に改修を加えたM4A1と、私物の米軍払い下げの拳銃M9のそれぞれに、マグポーチから抜いた弾倉を装填していく。歩哨当番の日ではなかったので、安全上の問題から銃に弾は入れていない。

 M4は弾倉を装填するだけにし、腰のM9は弾倉を装填してからスライドを引いて初弾を薬室に送る。そして、スライド後端のセイフティレバーを下げて撃鉄を倒し、腰のホルスターに戻す。

「司令部の言ったとおり、歩哨に当たっていた2人ペアがK9に遭遇。1人は負傷、もう1人は負傷した生徒を守りつつ、隠れて応戦を続けているそうよ」

「……芳しくないですね」

「ええ。少なくとも、確認されているK9は9体」

「他の応援の到着は?」

「あなただけよ」

 豊崎教官の答えに、凪は言葉を失った。

「他に応援に来られる生徒がいないの。いても遠すぎて時間がかかる。もうネストから出ている以上、今必要なのは人数ではなく、一刻も早い到着と駆除よ」

 歩哨任務は、ネストやその前兆となるネストシードの発見が主になり、ネストが開いた場合のみ戦闘に発展する。

 もう出現している以上、駆除するしか道はない。すぐに行わなければ住民に被害が出る場合がある。最悪イクシスを取り逃がしでもしたら、広い範囲を捜索しなければならなくなり、駆除の難易度は跳ね上がる。豊崎教官の言っていることは間違っていない。

ふと、教官の言葉から凪は察した。

「それってつまり、私1人で駆除しろと?」

「そうなるわね」

 豊崎教官は、笑みを浮かべて返した。要請をしてきたのが2人組み。1人が負傷している以上、応戦できるのは相方だけ。現場に到着すれば、教官は負傷している生徒の状況確認に当たらなければならず、その間の護衛が1人要る。護衛は、その場から動けない。

 結局、自由に動けて駆除に当たれるのは凪1人、ということになる。

「また無茶を言って……」

「上官とは、理不尽なものなのよ、風原さん」

「……自分でいいますか?」

「それに、あなたなら問題ないでしょ?」

 ミラー越しに返される笑みに、彼女はため息を吐いた。

「……了解」

 最後にシューティンググラスをかけ、M4のレシーバー上に取り付けたダットサイトの前後の保護キャップを開け放つ。

 右手でM4のグリップを、左手でハンドガードとアングルフォアグリップを握り締める。

「到着よ!」

 豊崎教官の言葉と同時に急ブレーキが踏まれ、耳をつんざくような甲高い音が鼓膜に突き刺さる。前の座席に頭を打ち付けそうになるのを、凪は左腕を突っ張って寸でのところで回避した。

「急いで」

 停車してすぐにベルトを外してドアを開け放つ豊崎教官を、凪は少しふらつきながら追ったのだった。

 

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