リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
任務を終えた彼女たちは風呂に入り、少しの憩いの時間を
過ごす。
分隊長の愛は、未世に頼んでいた凪の夏期共同演習についての
内容を聞く。
一方、和花は凪を司令部に呼び話をするが、どう見ても凪の
態度は和花を嫌っているようにしか見えなくて……。
森を抜け、人工物や灯りのある司令部にたどり着くと、未世は顔をほころばせる。
「はあ~、帰ってきましたね~」
全員が、一様にほっとした表情を浮かべる。どこから襲ってくるかわからない森の中に比べ、味方しかいない司令部はオアシスと呼べる場所だった。
「それじゃあ、私は司令部に報告にいってくるから……」
愛が分隊のメンバーを見回す。
「……とりあえず、お風呂に入って、着替えた方がいいわね」
苦笑しながら、愛はイクシスの体液で顔まで汚れている凪を見やる。スプラッター映画ほど血まみれではないが、暗闇で出くわしたら卒倒しそうなほどではあった。
「朝戸さん、テントに戻ったら、入浴へいってちょうだい。私もあとでいくから」
愛は未世に要件をつげ、中央の大きめのテントへと向かっていった。
そして指定されたテントへと向かう道すがら、未世はガンケースが積まれた上に、夜空に浮かぶ月を見上げる少女を見つけた。
「あ、六花先輩」
ぼ~っと空を見上げているのは、関東圏最強と名高い、城総女子の特殊戦科2年、椎名六花先輩。夏の共同演習の際、未世は彼女と戦い、判定負けになっているが、打倒した相手。
「こんばんは……」
六花は、ゆっくりと顔を未世に向ける。
「こ、こんばんは……」
戦闘時とそれ以外の違いに、未世は未だ戸惑いを感じている。
「あら、あなたたちも召集されていましたのね」
六花の傍にいた生徒、蓮星文奈が笑みを向けてくる。
「はい、先ほど哨戒を終えまして……」
「森の中は慣れなくて、大変だったんじゃありませんか?」
文奈の言葉に、未世たちは揃って苦笑を浮かべる。
「君は新顔だね」
いつの間にか、六花は立ち上がり、新たに加わったメンバー、凪の傍に立っていた。
「ええ、今回の任務から……」
「……名前は?」
「……私は」
「風原凪さん」
六花と凪の会話に、文奈が割って入った。
「古流高校、普通科1年。歩哨参加回数、イクシス討伐数ともに学年最多。因みに、夏の共同演習では、単独で相手チームを殲滅したらしいですわね」
文奈の言葉の後半に、未世たちは耳を疑った。
「……よくご存知で」
「あなた有名人ですもの」
「皮肉ですか?」
「そこは、褒め言葉として受け取ってくださいませんか?」
凪は警戒しているのか、文奈をジト目で見つめる。
「強いんだね、キミ」
「……先輩ほどじゃありません」
「できれば、素直に受け止めて」
六花はため息をはくと、彼女の現状を見つめる。
「血まみれだけど、怪我でもしたの?」
「K9の体液を浴びただけです」
六花は首をかしげる。
「でも、なんでそんなに?」
「K9に組み付かれたので、ナイフを突き刺したんです。その際に……」
小さく頷き、六花は納得したようだった。
「でも、君なら組み付かれる前に対処できたんじゃないの?」
「組み付かれたのは私じゃありません。味方を撃つわけにはいきませんし」
「そっか。まあ、気をつけてね」
そういうと、ガンケースの上に腰をおろし、スイッチが切れたようにぼ~っと月を眺め始めた。
「……行こう」
凪はテントへ歩き出した。未世たちも彼女を追って続こうとする。
「気をつけて」
六花の言葉に、未世は脚を止める。
「彼女の行動には、気をつけて」
彼女の言いたいことが分からず、未世は首をかしげる。
「彼女は強いと思う。でも、どこか不安定な感じがする」
「不安定?」
六花は僅かに頷く。
「人は、生きたいという方に、常に針が振れる。でも、彼女はそれが不安定そうに見える」
「……はい、気をつけます」
六花の言うところが理解できないまま、未世はその場からさった。
未世たちは、テントから必要なものを持ち、司令部近くに設置された屋外浴場で森の中でかいた汗や土埃を流した。
夏の演習の際恵那が興奮していた、野戦浴場2型である。
「あ~、いい気持ちです~」
湯船の中で、未世は顔をほころばせている。恵那も今は未世と同じ顔になっていた。
「あれ、西部先輩、凪ちゃんはどこにいったんでしょう?」
「彼女はK9の体液を浴びたから、隣りの浴場のはずよ」
現在まで、イクシスの体液が傷口から入って感染症が発症した、という事例は殆どないものの、相手の素性がわからないために、体液を浴びたものは隔離、もとい別の場所でそれらを洗い流すことになっている。
なので、凪は脱衣所に新しい制服等を置き、専用の通路を通って隣りのテント内に行ったのだった。
「ところで朝戸さん」
「なんですか、恵那ちゃん?」
未世は恵那のいる方に振り返る。
「聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう」
笑顔の未世に対して、恵那の表情は次第に怪訝なものに変わっていく。
「……朝戸さん」
「はい」
恵那は肩まで湯につかり、体を隠すように腕を回す。
「頼むから、一箇所を凝視し続けるのをやめて!」
恵那の視線はまっすぐ未世の顔を見る一方、未世の視線は恵那の顔ではなくその下にあるものに向けられていた。
「え~、いいじゃありませんか。減るものじゃないですし」
「気になるのよ!」
「いいじゃないですか、気にしなくて」
「……羨ましいです」
鞠亜も、渇望の眼差しを恵那に向ける。そんな彼女たちを見ながら、愛は苦笑し、凛は我関せずとばかりに浴槽の壁にもたれかかっている。
「未世さん、羨ましいですよね!?」
「そうですよね」
珍しく感情を表に出す鞠亜だが、未世は即座に賛同する。
「西部先輩は年数ありますから当然として、この格差社会は不公平ですよ!そう思いませんか!?」
「は、はい……」
少し違う方向に熱心なことに未世は戸惑う。
「凛さんもそう思いません!?」
鞠亜は、ある意味同士の凛にも意見を求める。
「……別に。むしろ大きいと匍匐するとき不便」
「凛ちゃん、気にするとこそこ?」
同士から賛同を得られず、鞠亜はうなだれる。
「それじゃあ風原さん……、ってここにはいないんでしたね」
凪にも賛同を得ようとしたのか、ここに彼女がいないことに思いいたったらしい。
「あ、でも凪ちゃんは結構ある方ですよ」
未世の発言に、鞠亜は驚き、凛は瞳の奥で灼熱の炎を燃え上がらせる。
「え、そうなんですか?」
「はい。胸は恵那ちゃんに一歩劣りますけど」
「私たちよりは!」
「あります、ね~」
言っていて悲しくなったのか、2人は俯く。
「……確かに、彼女の体つきはいい方」
「凛さん、知っているんですか?」
「……学校で、未世がよく彼女に飛びついては触っている。少なくとも、未世を誘惑する程度にはある」
「それって、どの程度って考えたらいいのかしら?」
愛は苦笑いするしかない。
「えっと……、胸は恵那ちゃんに一歩劣りますけど、お尻は上回りますよ」
指定防衛校の生徒は、多くはチェストリグ等をはじめ必要な装備を身につけているため体格が意外にわかりにくい。
恵那の所属する朝霧高校は予算の関係で古流等に比べ比較的軽装なのでわかりやすいが、そうでもない限りはわからない。
「……そうですか。風原さんは恵那さん側なんですね」
恵那の体つきの良さは、分隊結成当時、一緒にプールに行った際に全員が目撃している。
それに比べて、部分的に上回るというなら、決して貧相ではないことは容易に想像できる。
「大丈夫よ。みんなまだ先があるんだから、これからよ」
項垂れる未世たちを見かねてか、愛がまとめる。
「それより、豊崎さんは聞きたいことがあったんじゃないかしら?」
「……のぼせそうなので、テントに戻ってからにします」
のぼせる前に、全員がお湯から上がった。
「あ、凪ちゃん」
脱衣場に戻ると、そこには体液を流し終え、下着を身に付け、凪が着替えている最中だった。
「怪我とか大丈夫でした?」
「ええ。怪我はなし。体液も洗い流した」
話しながら、凪は学校指定のシャツを手に取る。そんな彼女を、未世たちは見つめる。
「あの、皆さん、何か?」
彼女たちの視線が気になってか、凪はシャツで体の前を隠すように覆う。
「未世さんから聞いたんです」
「……何を?」
「……あなたが、胸は恵那に一歩劣るけど、お尻は上回るいい体をしているって話」
「あんた何言ってくれてんの!?」
凪は悲鳴を上げながら、視線を未世に向ける。
「今更じゃないですか?」
「他人に言いふらさないでくださいよ!気にしているんですから!?」
「贅沢な悩みです……」
鞠亜がジト目で凪を見つめる。
「じゃあ、少し分けてくださいよ!」
「できるわけないでしょう!というか、凛さん!未世さんがセクハラしてきますよ!相棒として彼女を止めてくださいよ!」
すると、凛はぷいっと顔を背けた。
「……いっそ、未世に食べられてしまえ」
「だ、そうですよ。凪ちゃん」
未世の瞳が、獲物を前にした狩人のごとく鋭く光る。
一方、凪は子うさぎのように震える。
未世が一歩踏み出すと、凪は一歩さがった。
距離は一定だが、場所は狭い脱衣所。すぐにおわりがやってきた。
壁に突き当たり、それ以上下がれない凪に、未世は両手を構えて迫る。
「風原さん~、着替え終わったかしら?」
テントの幕を開けて入ってきたのは、上官たる豊崎教官だった。彼女は目の前の怯える凪と、迫る未世、苦笑する恵那たちを見て、首をかしげた。
「あの~、これは、一体どんな状況なのかしら?」
「……スキンシップ」
「そうです!裸の付き合いで、親睦を深めていたんです!」
「そ、そうなの?」
和花は、それ以上は突っ込まなかった。
「風原さん、着替え終わったら私のところに来てくれるかしら?」
凪は表情を一瞬険しくしたが、ため息を吐きだした。
「……了解」
和花がテントを出ていくのを見届けると、ようやく時計の針が動き始める。
凪は制服と最低限の装備を身に着け、和花先生を追う。
そして未世たちも着替えると、自分たちのテントへと戻っていった。
「それで恵那ちゃん、聞きたいことってなんですか?」
浴場で恵那が聞きそびれたことを、未世は思い出していた。
「……風原さんの、夏の共同演習の内容はどんなものだったの?」
「そういえば、私が調べてって2人に頼んだのよね?」
凪を分隊に加えて、と和花先生が頼んできて間もなく、彼女に関する信じがたいうわさを耳にした愛が、未世たちに調査を頼んだのだった。
「それが、ですね……」
未世は実里から聞いた当時の状況を話し始めた。
凪がいたチームは、同級生がクラスメイトの川瀬実里のみで、あとは2年生が2人、3年生が1人というチームで、彼女はポイントマンを務めていたという。
達成目的は、森に逃げ込んだイクシスの討伐。
凪を先頭に、分隊は一列になって森の中を進んでいた。その道中で、彼女はふと耳にポン、という音が届いたのを感じた。
その音が、グレネードランチャーの音だと気づいた彼女は、即座に散開するよう促した。
だが時は遅く、打ち出されたカートは彼女の分隊の真ん中で炸裂。内包する染料を周囲にまき散らした。
これにより、染料を多量に浴びた2,3年生は戦死判定となった。残されたのは、2年生の凪と相棒の実里の2人。
だがこのとき相棒は、足に染料が付着していた。サバイバルゲームと違い、演習では1発命中では戦死とはならない。
染料を浴びた箇所が急所であれば戦死判定となり、急所でなくても、その部位は使えない。
足が使えない相棒を彼女は担ぎ、森の奥へと逃げた彼女は、相棒を隠して単身で反撃。
敵チームのポイントマンと接近戦をし、シューターと撃ち合い、マークスマンと狙撃戦を繰り広げ、匍匐前進で林の中を進んで背後に回り込んで、ガナーと護衛のテールガンとをハチの巣にした。
結果、彼女は1人で相手チームをせん滅した。チームは歓喜に沸いたが、そうは問屋が卸してくれなかった。
まだ戦死判定になってなかった実里を隠し、1人戦ったことが仲間を見捨てたと判断され、判定負けとなった。
その際、結果を言い渡した和花は、こういったらしい。
「死亡判定の出ていないメンバーを放置し、1人で戦うなんて。敵を倒せれば、メンバーはどうなってもいいというの?味方を、仲間を見捨てるな。そう授業では教えているはずよ」
その言葉の直後のことだった。凪がこぶしを振り上げ、和花先生に向かって殴り掛かったのは。
「その場にいた先輩たちに取り押さえられて、未遂におわったそうですけど……」
「へえ~」
その場に、低い声が響いた。
「正論を言った姉さんに殴り掛かろうとした、ねえ~」
恵那が殺気を開放し、殺意に満ちた笑みを浮かべていた。
「あの、恵那ちゃん?なんで拳銃に弾を込めているんですか?ていうか、どこにいくんですか!」
拳銃片手に立ち上がろうとした恵那を、未世がしがみついて止める。
「止めないで朝戸さん。今姉さんはあの子と2人。もしかしたら、危機に陥っているかもしれないの」
「そんなことないですよ!というか、和花先生なら彼女1人なんとかできますよ!」
「そう思うわ。でも、隙をつかれたら危ないかもしれない。もしもの時は、この私が」
「私たちが人を撃ったら大問題ですよ!」
「大丈夫。姉さんを使えば、揉み消せる」
「さらっと恐ろしいこと言わないでくださいよ~!」
その後、未世たちは恵那を取り押さえ、説得するのに骨をおることになったのだった。
「幸い、ケガはなし。体液を浴びただけね」
「……ええ」
和花は、目の前の生徒、風原凪の診断結果を読み上げていた。
「仲間を守るためにとっさに判断できるのは、さすがね」
「……大したことはしていません」
彼女は静かに答える。
「それで、新しい分隊になじめているようで、安心したわ」
微笑む和花を、凪は冷めた視線で見つめる。
「でも……」
和花は、一瞬で表情を引き締める。
「いくら仲良くなっても、余計なことはしゃべらないこと」
「……勿論です」
「わかっているならいいわ」
和花は、結果の書かれた紙の束を置いた。
「あと、1つ聞かせてちょうだい」
「何か?」
「あなたは、私のいうことが信じられない?」
和花の視線が凪を射抜く。でも、それに動じることなく、彼女は答えた。
「信じるも信じないも、命令には従います。それが私たちの役割です」
「命令でなければ?」
テントの中が、静寂で満ちる。
「任務はこなします」
彼女は、それだけ答えた。
「……そう」
和花は表情を曇らせる。
「……もう、行っていいでしょうか?」
「ええ、ありがとう」
彼女は一礼すると、テントを出て行った。1人きりになったテントの中で、和花はため息を吐き出した。
「……嫌われたものね」
テント内を照らす電球を見つめながら、彼女は凪と出会ったときのことを思い出す。
彼女が入学間もないころは、彼女も普通の生徒だった。和花との仲は、普通だった。生徒と教官。それが正常なのだ。
そして、彼女はある日、自分の夢を和花に打ち明けた。
イクシスと仲良くするための方法はないのか?
その言葉に、和花は呆気にとられた。でも、その後彼女が話した経験などから本気だと察した。
その彼女に、まずは強くなること。そう助言をした。そして彼女はその言葉に従い、訓練に、任務に励み、腕を上げていった。
日々成長していく彼女を見ているのは、教官としては悪い気分ではなかった。
時折彼女は保健室にカウンセリングという相談に訪れては、一緒に甘いものに舌鼓を打ちながら、彼女の相談に和花はのった。
任務で無理をすればお説教をし、度が過ぎれば指導室に呼び出して制裁も加えた。
教え子の涙を見るのは胸の奥が痛んだが、それも大事な教え子に死んでほしくなかったから。
そうやって、和花は日々、凪と接していた。
でも、あの日を境に彼女との関係は悪化した。
夏季共同演習の、最後の演習結果を告げた直後、彼女は和花にこぶしを向けた。
奥歯を食いしばり、こぶしを握り締め、殺意を隠そうともしなかった彼女の様子は、今も忘れられなかった。
あの日以来、凪は和花がカウンセリングで呼び出すとき以外、保健室を訪れなくなったどころか、目を合わそうとも、まともに口をきこうともしてくれなくなった。
文字通り、教え子に憎まれ、嫌われている。
「結構、きついわね」
だが、彼女が自身を憎む原因を、和花は知っている。
でも、それを謝罪することは、許されなかった。
和花は内圧を下げるようにため息を吐き出すと、報告のまとめ作業にとりかかった。