リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
分隊長の愛は、彼女をつれて司令部に報告に向かうが、
その前にしばし休憩をとる。その時、愛は彼女に感じた
流れている噂との違いに違和感を抱き、そのことを彼女
に問いかける。
すると彼女は、ある任務のことをつぶやくように言った。
手にした水の入ったペットボトルを口に運び、内容量の半分近くを一気に飲み干すと、愛は一度飲むのをやめ、眼鏡を外した顔に水をかけた。
よく映画でやっている、あれである。
「はあ、冷たくておいしくて、気持ちいいわ」
「そうですね」
そして、愛の背中にもたれている生徒、風原凪も同様のことをした。
「染みわたりますね」
2人は、司令部の一角にある休憩スペースの長いすに、背中を向けて腰かけていた。
疲れていた2人は背もたれを欲したが、あいにくそんなものはない。
だったらお互いがもたれればいいのでは、とこのような状態になったという。
「悪いわね。休憩時間を削ることになってしまって」
イクシスの包囲を受け、現地から走って拠点に無事帰還できたが、まだ報告が残っている。
本来は分隊長の愛1人でいいのだが、彼女は後方の状況をほとんどしらない。
なので、ケガの治療を終えた凪に、報告に一緒に来てほしいと頼んだのだった。
「気にしないでください。未世たちを連れてくるわけにもいかないでしょう」
残りの未世たちは、体力を使い果たしたのか、テントで沈むように眠ってしまった。
もう今日の任務はないので、全員武器を出張してきた武器管理委員会に預けている。
それでも、凪はM9だけは腰にぶら下げている。
「……そうね」
ふと、愛はペットボトルを握り締め、背中合わせになっている彼女を一瞥してから、口を開いた。
「……風原さん」
声色が変わったのを悟ったのか、凪は黙って続きを促す。
「聞いていいかしら?」
「何を?」
「あなた、何者?」
はっきりと、愛はいった。
「……どういう意味ですか?私はただの指定防衛校の生徒ですが」
「……実力や仕草が、時折1年らしくないわ」
「そうですか?」
「出発前、弾倉からの給弾不良を減らすために、弾倉をたたいていたでしょう?」
出発前、凪はM4とM9の弾倉を手の平にたたきつけていた。あれは、昔は普通に行われていたもので、弾薬の並びを揃えることで、給弾不良を減らす目的があった。
今は弾倉の精度がよくなったために、必要はほとんどないが。
「1年で教わるものじゃないわ」
「本で読みました」
「拳銃やM4の弾倉を片手で交換する動作も?」
通常、指定防衛校の生徒には、そんな技術は必要にはならない。
イクシスの駆除は、いつも分隊、チームであたり、負傷したら下がらせる。
これが、通常の対処要領だからだ。
だが、凪は負傷しても継戦できることを念頭に置いた技術を身に着けている。
古流の普通科では、そんな方法は教えない。無論、他の指定防衛校も。
「それと、あなたにまつわる噂も」
凪は表情を曇らせ、少しうつむいた。
「はっきり言うわ。私、あなたが噂のような人物とは思えないわ」
「……なぜ、そう思うんですか?」
「あなたが仲間を見殺しにできるなら、なんでさっき拠点に逃げ帰る道中、1人逃げなかったの?」
「わかりませんよ。あなたたちにつけいるため、かもしれませんよ」
「はぐらかさないで」
確かな意志を込めた愛の言葉に、凪はごまかしがきかないことを察した。
「どうなの?」
しばし沈黙が2人の間に満ちる。
「西部先輩は、任務で、死ぬかもって思ったこと、あります?」
脈絡のない質問に聞こえるが、愛は答える。
「初めての任務でイクシスに遭遇したとき。そして、先の任務、かしらね」
「……そうですか」
また、凪は黙る。
「私もそうです。それに加えて、私が任務に参加するようになって、初めて遠出したときも、そうでした」
聞いたことのない話に、愛は耳を傾ける。
「ただの、森に逃げ込んだイクシスの駆除任務、のはず、でした」
「はず?」
はず、ということは、実際はそうはならなかった、ということだろうか。
「森に逃げ込んだイクシスを追ううち、いつの間にか私と、参加した2人の、私を指導してくれた先輩たちは、30体を越えるイクシスに、包囲されたんです」
愛は、顔を凪の方に少し向けた。
「私は救援を要請するため、衛星電話をもって、先輩たちに援護されながら崖に上った。でも、それを最後に、先輩たちと離れ離れになって……。結果、私だけが1人、イクシスの勢力圏内から、徒歩で帰ってきた」
「2人の先輩は、どうなったの?」
「……多分、亡くなりました。血まみれの装備を道中で見つけました。遺体はなかったですけど、目撃情報もないですから」
その任務のことが、その噂の火元なのだろうか。
「今でも思うんです。なんで、私だったのかな、って」
愛は無意識で、視線を細めた。
「なんで先輩たちが未帰還で、私が1人、かえってこれたのかって……」
「……生き残ったことを、後悔しているような言い方ね」
「……そうですね」
愛は、ペットボトルを持った右手に力を込めた。
「先輩たちは、みんなから頼りにされていた。期待もされていた。私より、生き残る価値が、間違いなくあった」
ペットボトルが、ひしゃげる。
「今でも思うんです。なんで先輩たちが帰ってこれて、死んだのが私じゃなかったのかなって……」
愛は奥歯に力を込めてかみしめる。
「できるなら、今からでもいいです。私1人と、彼ら2人を、交換してほしい」
「人1人の命と2人の命は交換できないんじゃないかしら?」
「……わかっています。でも、そう思えてならないんです」
愛は、ふと疑問に思ったことを彼女にぶつける。
「まさかと思うけど、あなたの任務参加回数が異常に多いのは……」
彼女は確信を込めていう。
「かえってこれなかった先輩たちの、代わりになるため……」
「……そうですね」
あっさりと、凪は肯定した。
「先輩たちを失ったことで、古流は以前に比べ、戦果が悪くなった。責任、とらないと」
愛は彼女に振り返り、胸倉をつかんで無理やり自分と顔を合わさせる。
「……西部先輩?」
「……やめなさい」
「何を?」
「やめなさい。これ以上過去にとらわれて、償いの名のもとに、自分を殺し続けるなんてこと」
愛の表情からは、いつもの温和さは消え、怒りが滲みだしていた。
「いくら責任をとるためっていっても、彼らの代わりになり続けることに、終わりはあるの?」
「私が死ねば、終わるんじゃないですかね?」
愛は彼女とおでこが触れるほど顔を近づける。
「あなた、自分が何言っているかわかっているの!」
「……仕方がないんですよ」
「何が仕方がないの……」
「他に、何もないんですよ!」
愛は、一瞬たじろいだ。
「他に、償える方法なんて、何もないんですよ。先輩たちに、できること、なんて」
愛は、言葉をなくした。
彼女に言える言葉を、今は持ち合わせておらず、2人の間に沈黙が訪れる。
「あの~、2人とも?」
そこに、困惑気味の表情を浮かべた豊崎教官が現れた。
「お疲れのところ申し訳ないんだけど、そろそろ話を聞きたいんだけど、いいかしら?」
「わかりました」
教官のあとを追って、凪が歩き出し、愛もそれに続く。
そして、愛はスカートのポケットに手を入れ、通話状態にしてあったスマートフォンの画面をタップして、通話を終了させた。
「凪ちゃん……」
テントの中には、少し重い空気が漂っていた。愛の通話相手は、未世だった。
彼女と、一緒にいる恵那たちは、先ほどの会話をすべて聞いていた。
「……さっきここに帰ってくる道中、彼女が冷静に対処できていたのは、そういう経験がすでにあったから」
「そう、だったんですね」
「イクシスに包囲され、先輩たちとはぐれ、自分ひとり、生還してきたの……」
彼女の言葉を信じるならば、そういうことだった。
「……でも、おかしい」
凛の疑問に、皆が首を担げる。
「……学校で流れている噂は、彼女が仲間を見殺しにしたというもの。彼女は、それを否定しなかった。なんで?」
確かに、事実と違うなら否定して真相を話せばいい。
だが、噂が広まっているということは、古流高校内では、すくなくとも凪は真相を口にしてはいないということ。
「……何より、その噂を流し始めたのは、だれ?」
「言われてみれば……」
未世たちは頭をフル回転させる。
事実と違うこの噂を流し始めたのはだれか。
少なくとも、凪本人でないのは確かだろう。
私は仲間を見殺しにしました、などと自分から広めるとは考えにくい。
なら、別のだれか。
「でも、そんな噂を広めて、何になるんでしょうか?」
鞠亜の疑問も最もだ。
事実と食い違う噂を広めて、なんの得があるのか。
「わからないことが多すぎるわ……」
凪がなぜ噂が事実と違うなら否定しないのか、その噂を広め始めたのはそもそも誰なのか、何が目的なのか。わからないことが多すぎる。
「調べる必要あり、ですね」
「……でも、とりあえず今は休みたい」
全員寝袋に入って休憩を取り始める。その中で未世は、ふと思っていた。
―――やっと、同じ夢を目指せる、と、思ったのに。
降りしきる雨の中、凪はK9を抱きながら、自身の想いを吐き出した。
またよろしく、とも言った。
だが実際は、また2人は、違う方向を見つめていた。
凪はまだ、死者に縛られていた。
「森の中って、迷いそうになりますね」
翌日、未世たちは再び任務で森の中へと入っていった。
「でも、初日に比べれば、みんな慣れてきたんじゃないかしら?」
市街地ばかりが戦場になる彼女たちにとって、森の中は不慣れな場所。任務の中で覚えていくしかない。
初日の引きつった表情に比べ、いつもの顔に戻りつつある未世たちを見て、愛は少し頬を緩める。
そして、そばを歩いている凪へと、視線を向ける。
「私が死ねば、終わるんじゃないですかね?」
昨日彼女が言い放った言葉を、愛は頭の中で反芻し、緩めていた表情を引き締める。
そんな言葉を言った彼女を、愛は警戒していた。
先日、ヴォイテク相手に身をさらしたのも、そのような自分を軽く考える心が根底にあるのではないか。
彼女はそう考え、目を光らせていた。
すると、先頭を警戒する白根凛が足をとめ、左手で止まるように合図した。
「白根さん?」
すると、彼女の進行方向の先の草むらが揺れる。
愛はすぐさま指示を出し、迎え撃つ準備を始める。
そして、草むらから見慣れたイクシス、K9が姿をあらわした。
「……K9、確認」
鞠亜を除く全員の銃口が、K9に向けられる。
「てっ!」
引き金を引き、少女たちの銃が咆哮を上げる、が……。
「……あれ?」
隊の右端に陣取った凪が、なぜか発砲しない。
セレクターやボルト周り、弾倉を確認。
チャージングハンドルを引き、引きがねを引く。
空になった薬莢が1発、宙を舞う。
すると、彼女は何度も引きがねを引く。
だが、銃弾は放たれず、1発ごとに排莢と装填を繰り返す。
「凪ちゃん、どうしたんですか!?」
彼女の様子に気づいた未世が問いかけるも、彼女はそれどころではない。
その様子を悟ったのか、K9たちの鼻先が、彼女に向けられる。
凪はM4をスリングで後ろへ回し、腰から拳銃を抜く。
えぐられたスライドから鈍い銀色の光沢をのぞかせる彼女のM9が、火を噴いた。
ダブルタップで銃弾を撃ち込み、彼女はK9を沈黙させていく。
銃身だけが銀色であるためか、刃物を振り回しているようにも見える。
「風原さん下がって!」
愛は彼女を下がらせると、指切りの間隔を変え、迫るK9を掃討していく。
「……排除完了。残敵なし」
凛と未世が駆除の完了を確認したところで、全員が安堵する。
そして、凪は拳銃の安全装置をかけてホルスターに押し込むと、その場で膝をつき、自身のM4の弾倉を抜き、薬室から弾を抜き取ると、ピンを抜いてレシーバー内の様子を手慣れた手つきで確認していく。
「あ……」
「何かわかった?」
愛が問いかけると、凪はM4のある場所をさした。彼女の指先を見ると、そこには白いものが見えた。
「何ですか?」
「……接着剤みたい」
「なんでそんなものが?」
未世に凛、恵那は首をかしげる。だが、愛は目を細めていく。
「風原さん……」
「何ですか?」
「あなた、手入れは自分でしたかしら?」
「……いえ、出張してきている武器管理委員会に……」
「……そう」
全員に寒気が走った。笑顔を浮かべていても、目の奥に刃のような鋭さを秘め、怒りのオーラを放っている分隊長を前に、空気が重さを増していくのを全員が感じている。
「司令部、こちら八野辺高校3年、西部愛」
『こち司令部、どうぞ』
「分隊の生徒の装備が不調につき、任務続行が困難と判断。これより帰還します」
『了解しました。変わりの分隊を派遣します』
淡々と、でも手早くやり取りを終えた愛は、未世たちに向きなおる。
「というわけで、風原さんの装備が不調のため、帰還します。今すぐ!」
「え、でも、私だけが帰れば……」
抗弁しかけた凪の口を、愛が左手で覆ってふさいだ。
「今のあなたを1人返すなんて、できるわけないでしょ?それに……」
愛は満面の笑みを浮かべていった。
「ちょっと武器管理委員会の人たちに、聞きたいことがあるから~」
聞きたいという言葉が、一瞬問い詰めたい、と未世たちには聞こえた。
抗弁を許さない圧力をまとった笑みを浮かべる分隊長の言葉に従い、未世たちは来た道を引き返していった。