リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
彼女は驚くと同時に因縁のようなものを感じ、血が沸き立つ。
しかし、その間にも彼女の悪評は広まり、両親や学校の校長さえ
噂をうのみにしている。
その状況の中、彼女は静かに決意を固める。
「……これは」
パソコンの画面を見つめながら凪は、唖然とした。
その画面に映し出された写真の画像と思われるもの。
それは、彼女が銃に取り付けたカメラで映したものだった。
その中の写真の一枚に、信じられないものが写っていた。
「……これが、運命、なのかな」
体の奥底から、彼女は湧き上がってくるものを感じ取る。
「今は神様に、感謝したいかな」
もう巡ってこないと思ってきた機会が、目の前に転がっている。
そのことに彼女は気づき、血がたぎる。
一方、このことは、やはり自身が持ち帰った情報が揉み消された、ということを物語っていた。
「先生たちが動かないなら、私が……」
彼女は、机に置いている写真を見つめながら言う。
「今度は、逃がさない」
ふと、電話がなる。彼女は、ベッドに置いてあるスマホの画面を見る。
すると、彼女の表情は、どんどん雲が増えるように曇っていく。
「……もしもし」
しばらく悩んだのち、彼女は電話に出た。
「……凪、か?」
「……どちら様ですか?」
わかるのだが、彼女はあえて聞き返した。
「冷たいな。君の父親に決まっているじゃないか?」
彼女は無言だった。
電話の主は、風原恭介。正真正銘、彼女の父親である。
今は海上自衛官で、輸送船の艦長をしている。
「……なんの用?」
「もう少し嬉しそうにしてくれても」
「……で、要件は?」
彼女は、本題にさっさと入れ、と促す。凪は、両親のことが好きではなかった。
父親は、海上自衛官。しかも艦艇勤務ということもあって海の上にいることが多く、家に帰ってくることは少ない。
でもかえってこればまだいい方で、この父親は、帰ってきても凪と接することはほとんどなかった。
今まで、一度も誕生日さえ祝ってもらった記憶が、凪にはない。
何度手紙を送っても、返事1つよこしてくれたことがない。
彼女の両親は仕事が恋人、というほど仕事熱心で、ゆえに彼女は昔からほぼ家に1人でいることが多かった。
お仕事だから仕方がない。そう思っていた彼女も、年が重なるにつれ、ただ寂しさが積もっていくだけになった。
「……学校では、ちゃんとしているか?何やら、命令違反をしたとか、仲間を見捨てたとか、噂で聞いたんだが」
彼女は眉をひそめた。
指定防衛校の教官たちは、現役の自衛官が多い上に、行政という閉ざされた狭い世界。学校での不祥事は、すぐ広まりやすい。
「聞いているなら、その通りだけど」
「そうか……」
おそらく、間違いであってほしかったのかもしれない。父親は黙り込んだ。
「学生とはいえ、君も武力を行使する組織の一員。教官たちの命令は絶対だ。それに、仲間を見捨てるなど、あってはならないことだ」
父親としての顔から、幹部の顔になったのか、口調が上官然としたものに変わる。
子供が指定防衛校に属している自衛官は、子供の評判に敏感になる。
子供の素行が悪ければ、噂のネタにされ続けるし、出世にも響きかねない。
「いいな?」
凪はしばらく黙り込む。
「1つ、聞かせて」
「……なんだ?」
「もし、国家のためというなら、命令は絶対というなら、あなたは、味方を見殺しにすることも、情報を隠蔽することも、厭わない?」
「……何を言っているんだ?」
「答えて」
電話の向こうで、しばらく沈黙が続く。
「……私は、ただの船を預かる艦長だ。それは、上の決めることだし、上がそういうなら、私は辛くても、従わなければならない」
「……それが、この国の掲げる正義?」
「……私たちは、国の持つ刃。その使い方を決めるのは、首相なんだ」
予想通りの答えに、彼女は淡々と答える。
艦長といえど、国を守る自衛隊という巨大な装置の歯車であり、端末の1つでしかない。
もとより、相手の命を奪う行為を許された数少ない組織なのだ。
それが、正しい在り方である。
「……ありがとう、恭介さん」
彼女は、父親を父や、お父さん、と呼んだことがない。そう、思いたくないからだ。
「な、凪。今のは……」
父親の声を無視し、彼女は電話を切った。
と思えば、また電話の着信が鳴り響く。父親かと思えば、今度は母親の名が表示されている。その表示に、彼女は露骨に嫌そうな顔をする。
「……もしもし?」
「凪、どういうこと!?」
開口一番に、大声がスマホから放たれる。
「営業中に聞いたわよ。あなた、仲間を見殺しにしたり、演習中教官に殴り掛かろうとしたんですって!?」
「……それが?」
「防衛省は、うちの大切なお客さんなんだから、失礼なことはやめて頂戴」
母親は、小火器等を扱う大手の防衛産業の商社に勤めている。
かつては日陰の部門と言われた防衛産業だが、イクシス出現以降足りない火器を緊急輸入することになり、その際防衛産業は大きな成長をとげ、今は国の成長産業の1つになっている。
商社もその流れにのって、高い火器でも国が糸目をつけずに買ったため、大きな利益を上げた。
「聞いているの!?」
「……わかっている、静音さん」
「頼むわよ」
それだけいって母親は電話を切った。
「……どいつも、こいつも」
彼女は、机に置いてある写真たてを手に取り、中に入れられている幼いころに撮ったたった1枚の家族写真を取り出す。
彼女はそれを庭の端に放置されていた一斗缶に入れるとマッチを取り出し、擦って火をつけ、写真の上に放り投げた。
マッチの火はたちまち写真に燃え移り、思い出の瞬間を、ただの灰へと変えていく。
「……やるしか、ない」
彼女は自分の部屋に戻るとパソコンのキーボードをたたき、何かの書類の作成に取り掛かった。
「伽鳥先輩~、M4ちゃんの整備終わりましたか?」
「だから、私がやるって言っているだろ?」
「必要な部品は手に入りましたから、自分でやれます。命を預ける銃を、他人に触らせたくないです」
「……その中に、私も含まれているのか?」
「……私にかかわると、いい顔されないですよ?人殺しを庇うのかって」
「そんなの無視だ、無視」
「それに、そのM4は家にあります。かえってパーツ交換すれば終わりです」
「……」
「……」
入っていきなり不穏な空気を感じ取った未世は、即座に回れ右をしようとした。
「まて朝戸」
伽鳥先輩に呼び止められ、彼女は足を止める。
「M4の手入れは終わっている。そこにあるから、もっていけ」
先輩は凪から目を離さず、場所だけ指さしている。
「は、はあ……」
M4の入っているケースを回収し、未世はその場を去ろうとするが、2人のことが気になり、足を止める。
「あの~、何があったんですか?」
「……風原が、私を信用しねえから」
「いえ、信用はしてます。でも、関わらない方がいいって言っているだけで」
「それはできねえっつってんだろ!」
どうやら、先日のM4の整備不良の件が尾を引いているようだ。
伽鳥先輩からすれば、後輩を想っているだけなのだが、凪からすれば仲間の信用に影を落とす出来事。
あのとき未世たちがいなければ、どうなっていたか。
「……とにかく、この件が収まるまでは、自分でしますから。じゃ!」
いうなり、彼女は武器管理委員会から出ていった。
「……あいつ」
伽鳥先輩は、見るからに沈んだ表情になった。彼女を追って、未世も部屋を出た。
「凪ちゃん!」
未世は走って、彼女の手をつかんだ。
「……何?」
走ってきたため呼吸を整えながら、彼女は口を開いた。
「先日の件があったのはわかります。でも、先輩は信用しても、大丈夫じゃないですか?」
だが彼女は暗い表情で、言った。
「未世も、あまり私に近づかない方が、いいよ」
彼女は言葉を失った。
「今日さ、幼馴染の実里。周囲から言われたんだよ。人殺しを庇うのかって」
「人、殺、し?」
「死んだ先輩、校内でも期待の星だったんだ。その彼らを助けられなかったから、人殺し」
「でもそれは、あなたのせいじゃ……」
彼女は首を振った。
「違わない。たとえどうであれ、私が先輩たちを助けられなかったのは、事実だから」
彼女はもう、抗議の声どころか、現状を受け入れていた。
「風原さん」
沈黙が2人の間に流れる中、聞き覚えのある声が耳に入る。
「和花、先生?」
凪は、あからさまに嫌そうな顔になる。
「ちょっと、いいかしら?」
「……はい」
未世の手を離し、彼女は和花先生と一緒にどこへ行ってしまった。
未世は感じていた。もう事態は、手に負えないところまで来ているのではないか、と。
「なぜよばれたのか、わかりますね?」
室内にコの字型に配置された長テーブル。
その中に裁判の被告人のごとく立つ凪の正面には、和花先生ともう1人、老齢の女性が座っている。
老齢の女性は、この古流高校の頂点、校長だ。そんな人物に呼び出されるなど、穏やかな内容でないのは、誰にでも察しがつく。
「夏期演習ではチームのメンバーを見捨て、判定負けを言い渡した教官に殴り掛かろうとした」
「……はい」
「何より、ある任務で、この学校の期待の星だった2人を、見殺しにした」
「おっしゃる通りです」
「……いくら戦果を挙げているとはいえ、流石に私も、あなたを庇うことが難しくなってきました」
「……そうですか」
彼女はのれんに腕押しのように、ただ淡々と答える。
「校内では、あなたに対して憎しみを抱く生徒が少なくなく、それによってとばっちりを受けた生徒もいるとか」
「そうですね。……それで、本題は?」
さっさと本題を切り出せ、彼女はそう促す。
「……私たちは、あなたが数か月の間に、自主的にここを去ってくれることを、望んでいます」
本題といっても、ぼかしたいい方に彼女はため息をはく。要するに、数か月以内に、自主的に退学しろ、そう言っているのだ。
「……わかりました」
彼女があっさり承諾したことに、2人は目を見開いた。
「ただ時期は、今当たっている任務が完了したころと、させてください」
「……そんなに急がなくても」
「ここをされ、といったのはそちらでしょう?早いにこしたことはありませんよね?」
場違いなほど満面の笑みを浮かべる彼女に、2人は顔を見合わせる。
「要件はそれだけですか?」
学長が頷くのを確認すると、彼女は部屋を出た。そして、帰路についた。
「この任務が終わるころには、全てが片付いている」
彼女は1人つぶやいた。静かだが、確かに意志を込めて。
「終わらせないと……。全部」