リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
和花はため息をはく。
一服しようとしたとき、現れた彼女から書類を受け取った和花は
中身に目を通す。
するとそこには、信じられないことが書かれていた。
「……はあ」
教官たちの詰めるテントの影で、和花はため息をはく。
この森林地帯にネストが複数発生し、イクシスがうろつく事態が発生してからどれだけ日数が経過したか、彼女はハッキリ思い出せない。
「いつまで続くのかしら、この状況」
各指定防衛校から人員を派遣してもらって対処しているが、先の見えない状況に、生徒たちも疲労の色が隠せないでいる。
そういえば、ここ連日哨戒にむかった妹の恵那も、顔に疲れをにじませていた。
「大丈夫かしら……」
普段口にしなくても、彼女のことが気にかかる。
和花は頭を抱える。
今の任務のこと。
そして、古流高校で話題になっている彼女のことも。
「……これで、よかったのかしら」
彼女が自主退学を受け入れたのは、昨日のこと。
あっさり承諾したことに、和花は戸惑った。
彼女は、未世と夢を共有し、もう一度歩き出すことを決めたはずだった。
その彼女がこちらの要求を受け入れ、時期をこの任務が終わってからと指定したことも、その後満面の笑みを浮かべたことも意外だった。
何か、とんでもないものを隠しているような、そんな表情だった。
「……はあ」
頭を抱えることが多い和花は、ポケットから煙草を取り出し、一本口にくわえる。
そして使い捨てライターを取り出し、火をつけようとする。
生徒たちは言うまでもなく未成年なため、彼女たちの前では吸わないようにしている。でも、この頭を抱える案件の多い状況では、1本でも吸いたくなってしまう。
「あら?」
何度も繰り返すが、火が一向につく気配がない。
「……一服もできないのね」
そのとき、横から火がついたライターが差し出された。
彼女はタバコの先端を近づける。今度は、火がついた。
和花はタバコの煙を吸い、吐き出した。
「タバコ、吸うんですね」
和花は意外な人物に驚いた。
「……あなた」
そこには、渦中の生徒、風原凪がいた。
和花は、灰皿を取り出そうとする。
「安心してください。誰にもいいませんから」
「……本当に?」
「疑い深いですね。こう見えて、口は堅いほうなんですよ」
彼女は和花に近づく。
「自分に不利益しかないことでも、ね?」
和花はタバコを口にくわえる。
「なんでライターなんて持っているの?」
「サバイバルすることになったら、火は重要ですからね」
街中が戦場の指定防衛校の生徒には、珍しい考えだ。
「それで、何か用かしら?」
すると彼女は、紙の束を差し出した。
「この事態について情報を集めて、導き出した可能性についてまとめたものです。目を通してくれるなら、お渡しします」
「目を通す気がないなら?」
すると彼女はライターを取り出し、先ほどと同じように着火した。
「この場で、燃やします」
和花は急いで、彼女の手から紙の束を奪い取った。
「目を通しておきます。次の任務まで、待機していなさい」
「ありがとうございます」
彼女は礼をして、すぐ去っていった。
和花はテントに戻ると、設置されているパイプ椅子に腰かけ、凪から受け取った書類に目を通し始める。
通常、一学生の意見が重要視されることは少ない。
たとえ採用されるにしても、それは十分な物証があっての話で、物証が集め終わるころには、事態は収束している。
自衛隊という巨大な組織であり、指定防衛校はその下部機関にあたる。
それだけの巨大な歯車の集まる装置が、1つの声で動いては危険だ。
だが、この状況を終わらせられる可能性があるなら、彼女は縋りたい思いだった。
「イクシスの集団発生の裏にある、組織だった行動、統率者の存在の可能性……」
和花は、思いもしなかった内容に、先を読み進める。
その内容に、彼女の目が釘付けになる。
彼女の資料には、司令部に頼んで開示してもらった、ネストの発生個所とイクシスの遭遇地点が時間経過ごとに記載されていた。
それによると、イクシスたちやネストは、この山の中心を囲むように円状に防衛線を形成するように現れることが記載されている。
そしてあの日、彼女たちの班がイクシスに執拗なまでに追いかけられ、本部に逃げ帰ってきたあの時、彼女たちが踏み込んだ場所にイクシスは集中し、進入した彼女たちを排除しようと周囲の防御が緩むのも関わらず行動していた。
通常、彼女たちが相手にしているビースト型のK9やヴォイテクは、知能が低く組織だった行動ができない。
そういった個体が防衛網を敷くように現れ、その上一か所に集中し侵入者を排除するような行動をとることは考えにくい。
つまり彼女は、全体を見渡し、そこに戦力を集中させる指揮統率を行う、統率者の存在の可能性を疑った、と記載されている。
「統率者……」
和花は頭に、ユーラシア大陸に現れ、防衛線を崩壊させようとした人型イクシス、キュレーヴの存在がよぎる。
「でも、ここは日本。防衛線からは離れている」
キュレーヴが確認されているのは、現在ユーラシア大陸の前線だけ。
そこから離れた日本に、なぜそんな存在がいるのか。
そもそも、ネストという空間を跳躍するゲートの存在によって、距離は問題にはならない。
だが和花の頭には、ある可能性が浮かんでいた。
「あのときの……。でも、そんなこと」
少し迷った彼女だったが、和花は書類を読み進めていく。
「地上からの接近だとイクシスに察知されてしまう可能性が高いため、敵防衛線への一斉攻撃の後、ヘリで上空より進入し、山の中心付近を調査する必要があると考えられる」
彼女の書類は、最後にそう結ばれていた。
「どうしたものかしら……」
和花は悩んだ。
ただの学生の誇大妄想だと片付けてしまえば楽だろう。
「この日本にキュレーヴが、存在するわけがない。いるはずがない。……あってはならない」
彼女はつぶやく。自分に、言い聞かせるように。
「でなければ、私たちは……」
だが、凪の報告書の記載を否定する根拠を、彼女は持っていなかった。
彼女は報告書を手に取ると、ある場所へ電話をかけた。
「凪ちゃん、遅いですね~」
哨戒から帰ってきた未世たちはテントに戻り、ミリ飯もとい、缶めしに舌鼓を打っていた。
「食事中に話をしないで、せっかくの缶めしがまずくなるじゃない」
恵那は綻んだ顔をするも、味に集中したいのか話を振ってほしくないらしい。
「豊崎教官に用があるって、いったきりね」
西部先輩は、周囲を見渡し彼女の姿を探す。
「また、からまれてないといいけど……」
先日、1人きりの彼女を任務に連れて行こうとした上級生に絡まれていたのを思い出す。
「西部先輩」
すると、ミリ飯を食べ終わった恵那が分隊長に向きなおる。
「何かしら?」
「彼女に関する噂、聞いているでしょう?」
「噂?」
「……仲間を見殺しにした、とか。ねえさ、教官に殴り掛かろうとした、とか」
未世は表情を曇らせる。
校内でも、校外でも、凪はいいうわさがない。
「ええ、聞いています」
「なら、彼女をいつまで引き受けるつもりですか?」
愛は眉をひそめた。
凪にまつわる黒いうわさは広まり、一緒にいる彼女たちも、いい気はしない状況になっていた。
彼女を未世が弁護すれば、人殺しを庇うのか、などと言われる始末だった。
なので、いくら強いとはいえ、これ以上彼女を同じ分隊に置いておくのは考え直してほしい、と思うのは自然でもある。
「……いつまでっていっても、彼女を置いてって言ったのは、和花先生だもの。命令には逆らえないわ」
「……なら、教官に抗議すれないいんですね?」
「恵那ちゃん、そこまでしなくても……」
「だって、この間みたいなことがあれば、分隊全員に負荷がかかるのよ!」
先日、彼女のM4に武器管理委員会の生徒によって故意に作動不良が起こるよう細工がされていたことで、彼女は戦闘中にM4が使えなくなり、恵那たちが支援に回ることになった。
1人が戦闘不能になれば、実戦では数人の援護が必要になる。負傷や最悪死が待つイクシスとの闘いで、同じことがまた起これば、今度は大丈夫だという保証はない。
彼女が仲間に恨まれており、いつそんなことをされるかわからない不安要素を抱えたままでは、戦力として数えるのは難しい。
実戦における不安要素は少しでも減らしておきたい。そう考えるのは当たり前といえる。
「……言いたいことはわかる」
「凛ちゃん!」
「……でも、彼女がいたから、あの時私たちは全員で帰ってこれた」
「彼女が噂通り、私たちを見捨てたら?」
凛と恵那の間で目に見えない火花が散り、未世はおろおろする。
「2人とも、やめて」
見かねた愛が、両手をパンパンと叩いて、仲裁する。
「仲間を疑いだすときりがないわ」
「……ですが」
「噂はあくまで噂。彼女の行動が全てだと、私は思うわ」
「それに、聞きましたよね、彼女から真相を……」
「でも、それだって本当って証拠はないんでしょ?」
「豊崎さん?」
そういって、愛は笑顔を浮かべるが、目は全く笑っていない。そんな彼女の顔を見て、全員が表情をひきつらせた。
「ただいま戻りました」
すると噂の人物、凪が帰ってきた。
「おかえりなさい。和花先生への用は済んだの?」
「はい、問題なく」
彼女は未世の隣に腰かけた。
「……遅かった」
「ごめん……」
「……未世が心配していた」
「あ~、ごめんね、未世」
彼女は未世に頭を下げた。
「べ、別にそこまで」
「……理解者なら、未世を悲しませちゃだめ」
未世の言葉を遮り、凛は言い続ける。
「……はい、おっしゃる通りで」
「……私なら、いつも一緒にいて、未世を悲しませない」
「さすが、付き合いが長いだけありますね」
「……だてに幼馴染じゃない」
いつになく、攻撃的な凛に、未世は戸惑う。
「そうですね。凛さんがいれば、未世さんは安心ですね」
未世は凪の言葉に、一瞬背筋が寒くなった。
「……当然」
「未世さんのこと、お願いしますね」
「……いわれなくても」
だが、凛にその気配を感じ取った様子はない。
「あ、恵那さん」
彼女は、微笑みながら恵那に視線を向ける。
「心配しなくても、この任務が終わるころには、私はいなくなりますから」
未世は、また背筋が寒くなった。
「だから、あと少しだけの辛抱です」
「……そう」
ぶっきらぼうに恵那は答える。
和花に殴り掛かろうとした凪。
恵那は彼女に、決していい感情を抱いてはいない。
「1年から問題おこしていると、退学か、進級できても、ろくなところ紹介してもらえないわよ?」
「ああ、そうですね」
凪は、それがどうした、と言わんばかりにしれっと流した。
「ところで風原さんは、卒業したら、どうしたいの?」
少しでも場を明るくしようとしたのか、愛が将来の話題を口にする。
「さあ、どうしたいのか、特にないんです」
未世は違和感を抱いた。イクシスと共存の道を探す。
そう決めたはずなのに、彼女は特にない、と口にしたことに。
「強いんだから、自衛官はどう?」
「……自衛官には興味ないですし、第一、そこまで長生きしたくは、ないですし」
「おかしなこというのね。まだ十代後半や二十代の話よ」
凪は、やけに話をぼかしている。
興味がないといったことで、恵那は彼女にとびかかろうとしている犬のように殺意を向けている。
「そう、勿体ないわね」
「私がならなくても、ふさわしい人がなってくれますよ、絶対」
そんな彼女を、未世は凝視し、愛は鋭い目つきで、見つめていた。
「未世、どこいくの!?」
その後、就寝の時間だというのに、未世は無言で凪の手をつかみ、どこかへ連れていく。
「ちょっと、未世。先生たちに見つかったら、怒られるよ」
手を引く未世は無言のまま彼女を引きずっていく。
そして彼女は、テントから離れた森の奥で立ち止まる。
すると彼女は凪の両肩をつかみ、手近な木に押し付けた。
「……何を考えているんですか?」
いつもの元気そうな声色は鳴りをひそめ、未世の声は冷気のように冷たいものになっていた。
「な、なにを?」
「一体、何を、考えているんですか!?」
顔を上げた彼女の瞳からは、雫が流れていた。
「一体何ですか!?凛ちゃんに、私のことお願いしますとか、恵那ちゃんに自分はいなくなります、とか。西部先輩に、長生きしたくはない、とか!」
いつもの彼女からは想像もできない声や鋭い視線に、凪は体が震える。
「もう、もういなくなるから、最後の挨拶みたいな感じじゃないですか!私との約束はどうしたんですか!」
2人で、夢に向かって歩もう。そう、以前誓い合ったはず、だった。
でも、歩き始めてみれば、凪は結局未世と同じ方向を向けていない。
「また私との約束を破るんですか!また私を置いていくんですか!?」
彼女は泣き叫ぶ。
「ねえ、答えてくださいよ!」
凪は、小声で言う。
「……ごめん。私も、あなたと夢を追いたい」
「だったら!」
「……でも、やらなくちゃいけないことが、あるの……」
「……それは、私たちの夢よりも、ですか?」
彼女は、無言のままうなずいた。
未世は目を見開き、思わず右手を振り上げた。
「何事かしら?」
聞き覚えのある声の方向に、2人は同時に振り向いた。
「に……、西部」
「……分隊長」
愛はいつもの微笑ましい笑みを浮かべたまま、2人に近づいてくる。
母性を感じさせる笑みが、暗闇の中ということもあってか、数段冷たく2人には見えたことだろう。
「呼び出しがあったから探しに来てみれば、どういうことかしらね?」
わずかに開かれたまぶたから覗く温かさを全く感じさせない瞳に、2人はおびえる。
「まあ、何があったのかは、後でじっくり聞かせてもらいます」
そして彼女は分隊長としての顔に戻る。
「豊崎教官からの呼び出しよ」
「和花先生からの?」
「作戦説明、だそうよ」
やむなく、未世は凪を解放し、2人は分隊長のあとを追った。
その間、凪は背中に、射殺さんばかりに鋭い未世の視線を、受け続けた。