リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
ハンヴィーから降りた凪は、車に揺られた感覚がぬけず少しふらつきながら、無線の送信ボタンを入れ、司令部に繋いだ。
「司令部、こちら、古流高校、普1年、風原。要請のあった現場に、到着」
『こちら司令部、了解。付近に民間人はいますか?』
凪は周囲を見渡す。夕刻で帰宅や買い物客で賑わう商業施設の正面口が並ぶ通りなのに、イクシス数体が現れただけで深夜の街のように閑散としていて、誰もいない。少し先に見える、制服を着た学生2人と、自分たちを除いては。
「いません」
『わかりました。ペアの安全確保及び、イクシスの排除を開始してください。只今より、武器使用自由』
「了解」
凪は通信を終え、M4A1のチャージングハンドルを引いて初弾を薬室に送り、セレクターを安全装置に入れる。銃口の向きに気をつけながら、豊崎教官の後ろを走って追う。
車両が止まった場所から20mほど先のところに、駅を兼ねた商業施設の正面出入り口が見える。そこから壁沿いに進んだ先にある曲がり角に隠れながら応戦する、凪と同じ制服を着た学生が1人と、地面に横たわっている学生が1人目に入る。
その2人を見て、彼女は息を飲んだ。
「……白根さん、朝戸さん」
先ほど、学校の屋上でひと悶着あった2人だった。だがそのことは、とりあえず脇におく。色々思うところがあっても、要請を受けた以上イクシスは排除しなければならないし、学友を見捨てることもできない。彼女は周辺を警戒しながら、彼らの場所まで走った。
「白根さん、状況は」
先に到着した豊崎教官が、地面に倒れている未世に駆け寄る。おでこの髪の生え際から、赤い血が僅かに流れている。目を覚ます様子もない。
「……K9に体当たりされて、倒れたときに頭をうった。他に外傷はないはず、です」
話しながらも、凛はK9への牽制射を続けている。でも、彼女の顔は引きつり、体小刻みに震え、銃口はぶれて狙いはデタラメで、弾がただ消費されていく。
何かの命を奪う。その行為に抵抗を感じているのが見て取れる。残りの弾は少ないようで、彼女の周りには空になった弾倉が散乱していて、未世のマグポーチからも何本か抜かれている。
「K9は?」
「……数は、多分9体。1体も、倒せていません」
「私は朝戸さんの手当てと衛生班を要請するから、白根さんは護衛を。風原さん」
「了解」
凪はM4を構え、右目でダットサイトを覗く。凛の隠れる角を、パイを切る要領で先を確認しながら曲がり、壁に沿って進んでいく。角を曲がった先は休憩スペースらしく、ベンチが脇に多数設置されている。民間人が他愛ない会話や、休むのに使われていたはずの場所は今誰もおらず、黒い影が数体確認できるのみだった。
狼や犬のように見えても、似ても似つかない闇のように黒い獣。本当に犬や狼であった場合、誤射してはいけないので出来る限り近づき、姿を確認する。近づくにつれ、彼らのもつ異質さが、徐々に目に入ってくる。
――――ビースト型イクシス、K9確認。数は、3体。
ビースト型イクシス、K9。狼や犬をルーツとしていると言われ、その姿は確かに似ており、黒い猟犬を思わせる。でも、体毛のようなものは一切なく、影のように黒い表面に、体の輪郭をなぞるように走る赤く光るラインが、不気味さを際立たせる。1対の目があるべき場所にはなく、口の中に歪に並んだ牙の奥で光る、丸く赤い球体が、狩るべき獲物の彼女を見据える。
「……用意」
凪は小声で呟き、M4のセレクターを単射に合わせ、引き金に指をかけた。
K9は顎からヨダレのようなものを垂れ流しながら、凪に鼻先を向ける。姿を捉えると、四肢の先に生える巨大な2本の爪で地面を捉え、駆け出した。同時に、凪はダットサイトのスクリーンの中心で光る赤い光点をK9に合わせ、引き金を引いた。
彼女のM4が吠え、ストックを当てている右腕の付け根に衝撃が伝わる。直後、ダットサイトの視界に、5.56×45mm弾がめり込み、体液を飛散させるK9が見えた。でも、1発くらいではK9はのけぞるだけで、足を止めはしない。続けて引き金を引いた。
短い間隔で放たれた弾丸が、K9の頭部、首の付け根、胴体を射抜く。その度にK9はのけぞり、体液が散り、生命力が削ぎ落とされていく。
4発撃ち込み、1体が倒れた。すぐに次の標的に照準を合わせ、彼女は流れ作業のように次々K9に銃弾を撃ち込んでいく。
3体のK9が、自身が流す体液の海に体を沈めるのを見た凪は、銃口を僅かに下げて視界を広げ、周囲を見渡す。
――――白根さんの話では9体はいるはず。残りは、少なくとも6体。
周囲を警戒する彼女の耳に、獣の唸り声のような音が届いた。左側の壁に沿って歩いた先の曲がり角から躍り出ると、左から3体並んで走ってくるのが見える。
セレクターをフルオートに切り替え、迫る3体に向かって銃弾の雨を降らせる。ペアで行動していれば、相方に牽制射をしてもらいつつ、自分が正確に仕留めていくという連携ができるが、今の凪はあいにく1人。弾がもったいないとか、出し惜しみしていられる状況ではない。
連続して放たれた弾がK9の体を次々貫通し、体液が散り、空薬莢が地面に転がり、硝煙の匂いが鼻をつき、発砲音が建物同士の間のスペースに反響する。凪に迫る前に、K9たちは穴だらけになって地面に倒れた。
反対の方向からまた2体が迫る。銃口を向け直し、引き金を引く。だが、すぐに銃撃が止んだ。弾倉内の弾がなくなり、ボルトが後退した状態で止まっていた。
彼女は迫るK9たちを見つめたまま、M4を少し左へ傾けてから右に勢いをつけて振り、空の弾倉を排出。即座に新しい弾倉をマグポーチから取り出して差し込み、ボルトロックを叩いて解除する。
薬室に弾を送り、すぐに銃撃を再開。指切りで連射を適度に切りながら、弾を撃ち込み、向かってきた2体のK9も血の海に沈めた。
「あと、1体」
周囲を警戒しつつ、ベンチの影や曲がり角などの死角、遮蔽物に注意を払い、凪は残敵を探す。だが、まだいるはずのK9の姿が見当たらない。すると、犬の鳴き声が耳に入った。彼女は声のした、凛たちがいる方向へと走る。彼女たちが身を隠す建物の隣りにある施設の正面出入り口に、黒い犬がいるのが目に入った。体には、イクシスであることを示す赤いラインが確認できる。
「見つけた」
距離は、約30m。
――――十分な距離ね。
彼女は狙いを定め、いつもと同じく引き金にかけた指に力を、
「風原さん、3時方向、上」
加えようとしたのを、豊崎教官の叫びで中断した。
すぐに彼女はダットサイトを視界から外し、右上を見上げた。そこには、跳躍し、口を大きく開け、いびつに並んだ牙と巨大な爪を閃かせ、彼女に迫るK9の姿があった。慌ててM4を向けるも、両者の間の距離は5mもない。それでも凪は銃口を向け、K9を狙って発砲した。
空中目標に当てるのは困難だった。放たれた銃弾はK9の胴体を、僅かにかすめた程度だった。進行方向を変えるには至らず、凪に襲いかかった。
左腕に痛みが走ったのを凪は感じ、顔が苦痛に歪む。K9の左前足の爪が、彼女の左腕を切り裂いた。彼女はバランスを崩し、地面に尻餅をつく。傷口から血が飛び散り、地面を赤く染める。凪の制服の袖にも、赤い染みが広がっていく。
K9は地面に着地し、再び攻撃をしかけるべく体の向きを変えようとする。直後、胴体にいくつもの弾痕が穿たれた。凪は、地面に横倒しになった状態でK9の方に体を向け、右腕だけでM4を持ち、ストックを腕の付け根と右頬で保持して、弾倉内の弾丸をありったけ叩き込んだ。弾が無くなるとすぐに立ち上がり、全身が穴だらけになったK9から離れ、次の標的を探す。
――――まだいるの。
もう報告にあった9体は倒したが、彼女の視界にはまだ2体いる。空になったM4の弾倉を地面に落とす。左腕は負傷していて使えない。M4を上下逆さまにし、ハンドガードを両足の膝の間に挟んで保持し、右手で弾倉を装填する。
――――距離は十分。順に仕留めれば、問題ないはず。
2体とも、距離は20m近く離れている。彼女はM4を構え、引き金を引いた。
「……え」
凪が声を漏らした。彼女の耳には、内部で部品が噛み合って発する、カチッ、という小さな金属音が聞こえただけだった。何度引き金を引いても、腕の付け根に衝撃が来ないし、火薬の炸裂音も鳴らない。M4を左に傾け、ボルトを確認する。
薬室は閉鎖できている。空薬莢が挟まっているわけでもない。
――――不発に当たった。
「こんなときに」
でも、イクシスは待ってくれない。
視界にいる2体のうちの1体が、すでに距離を詰めてきている。凪はM4を手放し、腰からM9を抜いた。
セイフティレバーを親指で跳ね上げ、即座に引き金を引く。こちらは弾が出た。手に衝撃が伝わり、スライドが後退して空薬莢が宙を舞う。距離が近い1体に向けて撃ち続け、沈黙させる。
迫っていた1体を仕留めると、拳銃は安全装置をかけてホルスターに押し込む。再びM4を引き寄せると、彼女は銃口をK9に向ける。
右膝で弾倉の底を蹴り上げ、差し込みなおす。次いで膝の間に挟み、チャージングハンドルを引いて薬室内の弾を強制排莢。次弾を装填し直し、構えた。
引き金を引く。今度は衝撃が伝わった。視界の中に映るイクシスが、体液を飛散させるのが見える。K9が動かなくなるまで、彼女は引き金を引き続けた。
「はあ、はあ……」
気がつけば、凪は荒い呼吸を繰り返していた。視界に写るK9が動かないのを確認し、彼女は周囲を調べ、残敵がいないか探す。凛の話では9体だったが、凪が駆除したのは11体。他にいないとは言い切れない。
曲がり角や路地裏、放置された車など死角になりやすい場所に注意を払い、残敵を探す。そうやって歩き回っていると、車の影に隠れて見えなかったネストが、彼女の目の前で消滅した。残敵もいない。
銃口を地面に向け、セレクターを安全装置に合わせ、無線を開いた。
「司令部、古流高校普1年、風原。ネストの消滅を確認。エリアカラーブルー」
『了解しました。負傷者は?』
「負傷者2名。1人は朝戸未世、豊崎教官が看ています。私はカスリ傷です」
『了解。衛生班が向かっています。お疲れ様』
司令部からの無線が切れたのを確認すると、彼女は大きく息を吐いた。直後、左腕に走った激痛に顔をしかめ、呻き声をもらした。
「そんな顔していて、何がカスリ傷なのかしら?」
凪の背後には、いつの間にか豊崎教官が立っていた。メガネの奥に潜む彼女の瞳は、険しい表情に似つかわしく、細められ、怒りの色をにじませている。
「手当するから、来なさい」
「で、でもこれくらいは自分で……」
指定防衛校の生徒は、看護科でなくても個数の差はあれエイドキットを持ち歩き、軽い応急手当の訓練を受けている。軽い怪我なら自分で済ませる場合もある。
「あなたに任せると、傷の度合いをごまかして報告するからダメ」
凪は言葉に詰まった。指定防衛校では、風邪でも時に完治するまで登校禁止を言い渡されることがある。使うものが簡単に人を殺せるためということもあるが、体調管理も大事な仕事であることを教えるためだと言う。
体調が優れない時に銃を手に訓練や任務に行き、怪我をするのが自分なら自業自得で済むが、それが他人や、まして民間人だったら笑い話にもならない。もし、自分に銃口を向けてしまったら、と考えると背筋が寒くなる。
「でも、これくらいなら……」
「何かいったかしら?」
途端に、豊崎教官が満面の笑みを浮かべる。普段なら微笑ましいその表情が、抗弁を許さない圧力をまとった笑みが、彼女を震わせる。
「……お願いします」
「よろしい」
豊崎教官は、凪が逃げないよう右手首をしっかり掴んで、未世たちのいる場所まで引っ張っていく。
彼女は以前、任務を休みたくないがために、負った怪我を軽めに報告したことがある。もっとも、結局は注視していた豊崎教官によって虚偽の報告がバレてしまい、教官の城たる保健室の硬く冷たい床で正座の上、数時間に渡って説教の嵐を浴びるハメになった。
「わかっていると思うけど、怪我が完治するまでは、座学を除く訓練と任務にでるのは禁止」
わかっていた事実を告げられ、彼女は俯く。
「もし破ったら、わかっているわね?」
豊崎教官の冷たい笑みに首をすくませ、凪は何度も頷くしかなかった。説教の嵐を浴びるのは、もう勘弁願いたかった。
凪の手を引きながら歩く豊崎教官は、周囲を見渡す。銃弾が何発も撃ち込まれ、生命を狩りとられたK9。転がる空の薬莢。硝煙の匂い。地面や建物の壁にめり込んだ銃弾の弾痕。これらを見ていると、彼女は時折ここが日本なのかどうか、疑いたくなるという。後ろを振り向き、手を引く少女、この風景を作り出した張本人を見やる。
「どうかしましたか?」
凪は首をかしげ、豊崎教官を見つめる。
「……なんでもない」
豊崎教官には、指定防衛校に通う年の離れた妹がいる。彼女や未世たちと同じ年の妹が。そのせいで、未世たちと接していると、時折妹と比べてしまうらしい。
―――同じ年なのに、なんでこんなに違うのかしら。
彼女は、先ほどの凪の戦闘の様子や、未世、凛、妹の戦果を思い出す。1年で3ヶ月程度しか経っていないなら、まだイクシスとの直接の戦闘を経験した生徒は、数える程しかいない。危険が予想される区域には、上級生が優先して割り当てられるためだ。
無論、イクシスとの遭遇を経験した1年生はいる。それでも、駆除までできた生徒はほとんどいない。それほどに、銃を使い、何かの命を摘み取るという行為は、彼らにとっては大きな精神的負荷を伴う。
凛は銃をイクシスに向けて撃てたものの、狙いはデタラメで当たらなかった。彼女の顔には、焦り、緊張、抵抗感のようなものが見て取れた。常に冷静沈着を旨とする特殊戦科に属する彼女でさえ、この有様。
未世にもまだ戦闘経験はない、そして、教官の妹も。彼らに限らず、それが、指定防衛校の1年では普通のはず、だった。
不発に当たった時以外、平然と、機械的にK9を撃ち殺していった凪を除いて。
教官として、生徒が戦果をあげているというのは、喜ぶべきかもしれない。でも、慣れすぎて抵抗を失えば、歯止めが効かなくなる。安全装置や引き金が壊れ、弾を撃ち続けるだけの銃は危険でしかない。だから豊崎教官は、1年では凪に注意を払っていた。
彼らは小さくても、敵を前にすれば、誰かを守るために銃弾を叩き込む武器庫であることには違いない。慣れなければ敵に殺されるだけだが、命を摘み取る行為に慣れすぎれば、銃口を向ける先を誤り、小さな武器庫が、危険な火薬庫に姿を変える。
――――彼女の手綱は、しっかり握っておく必要があるわ。
豊崎教官は、再び凪を見やる。入学してから3ヶ月少しで、彼女はある程度戦えるようになった。1年生の中でも、間違いなく場数を踏んでいる方だと言える。でも、彼女は急激に変わった。入学当時は、部屋の隅っこで震える可愛い子犬だったのに、今ではすっかり、獲物を狩る猟犬、と言えるほどに。
K9(猟犬)を狩る彼女(猟犬)。
「これじゃあ、どちらが猟犬よ……」
豊崎教官は、呟くように言った。
「教官?」
「なんでもないわ」
考えていたことを脇に追いやり、豊崎教官は凪を引っ張っていった。