リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
入院しているはずの彼女が現れた。負傷しても引かない彼女の目的。
それは、かつての過ちを正すため。
仕留め損ねた個体と、彼女は最後の戦いに挑む。
目の前にいるキュレーヴ目掛けて、凪は発砲を続ける。
いつもなら単射で発砲することが多いが、今は先の戦闘で撃たれた傷が痛み、反動を押さえつつ立っているのがやっとだ。
彼女は奥歯をかみしめながら、M4の引き金を引き続ける。
目の前のキュレーヴの頬には、何かに切り裂かれたような傷跡がある。
先ほど、仕留め損ねた個体だ。
でも、彼女にとってはそれだけではない。
目の前の個体は、かつて討伐命令を受けた際、1人撤退する際中に遭遇し、倒せなかった個体に間違いない。
先輩たちの命を奪い、自分を追い詰めた指揮官。
あのとき、凪がこのキュレーヴを殺していれば、今回の件は起きなかった。
あのときの過ちが、わずかな距離の引き金が引けなかったばかりに、事態が大きくなり、学友や多くの人々に迷惑をかけた。
だから、過ちは正さなくてはいけない。
何より、先輩たちを殺した群れの指揮官を、逃がすわけにはいかない。
彼女はその憎しみで痛みをたえ、発砲を続ける。
弾切れになり、発砲が止んだ。
彼女はM4を左へ振ると同時にマガジンキャッチをおし、弾倉を飛ばす。
左手を予備弾倉に伸ばした。
直後、左肩に激痛が走った。
キュレーヴが発砲した銃弾が、彼女を撃ち抜いたのだ。
彼女は撃たれた衝撃でその場に尻餅をついたが、即座に岩陰に隠れる。彼女は岩陰に隠れながらその場に座る。
膝裏でM4を挟み込んで固定。
動く右腕で弾倉を装填すると、チャージングレバーを引いて薬室に弾薬を装填。
右手で持ち、肩と頬で固定しながら発砲する。
キュレーヴが発砲。次の瞬間、M4が弾き飛ばされた。
スリングをかけていたので落としこそしないが、腰の後ろに回ってしまう。
それに、機関部付近に命中していたから、もうつかいものにならない。
彼女は右手を腰に伸ばし、拳銃のグリップをつかむ。
素早く抜き、親指で安全装置のレバーを下げる。
いつも持ち歩いているM9じゃない。かつて先輩たちとおそろいで使っていた45口径、M1911のカスタムモデルが、咆哮を上げた。
片手で45ACP弾の生み出す大きな反動をコントロールしながら、キュレーヴとの距離を詰める。
かつてはできなかったが、今度は発砲できた。
弾薬はキュレーヴに命中し、赤黒い血液を銃創から流させる。
だが、向こうも負けじと発砲。
凪の腕や足、わき腹に命中し、赤い血液が飛ぶ。
たまらず、彼女はその場に膝をついた。
直後、首を掴まれて引っ張り上げられる。
人間のような体温を感じさせない手につかまれて引っ張り上げられた先には、こちらを見つめるキュレーヴの顔が間近にあった。
その表情から、感情を読み取ることはできない。
あのときと同じ。
かつてはこの後、ナイフを抜いて左頬を切りつけ、がけ下の川へ放り込まれた。
でも、今度はしくじらない。
案の定、キュレーヴは右手に持っている銃の銃口を押し付けてきた。
咄嗟に凪は首を動かし、キュレーヴの額に力いっぱいの頭突きをかました。
イクシスも痛みを感じるらしく、キュレーヴの表情が苦悶でゆがむ。
首から手が離れると、拳銃を構え、発砲。
キュレーヴの右腕、右肩を撃ち抜く。
キュレーヴの右腕が、だらんと垂れ下がったのを確認した彼女は、胸部に狙いを定める。
引き金を引こうとした瞬間、左肩に激痛が走った。
顔を動かすと、K9の顔が真横にあり、牙が彼女に食い込んでいく。
自身の危機を察し、キュレーヴが指示を出したのだろう。
視線を戻すと、キュレーヴが背中を向け逃げようとしている。
彼女は痛みをこらえつつ、銃口を向ける。
この機会を、逃すわけにはいかない。
彼女は冷静に引き金を引き、キュレーヴの両足を撃ち抜いた。
悲鳴と共に倒れ込む。それでも地面を這いつくばり、この場から逃げようとする。
ふと、かみついているK9の牙が食い込み、痛みに意識が飛びそうになる。
早く終わらせなければ。
彼女は距離をつめ、キュレーヴに背後からのしかかった。
ナイフを抜き、キュレーヴの左腕に突き刺す。
そして、腰のバックパックから丸いものを取り出すと、その天辺にある輪っかに指をかけて引き抜く。
それは、指定防衛校の生徒は滅多に使わないもの、手りゅう弾だ。
彼女はそれをキュレーヴの口に押し込み、地面に顔を押し付けた。
爆発するまで数秒。
彼女が手を放した瞬間、耳をつんざくような音が空気を裂いた。
「……うう」
咄嗟に両腕を顔の前に交差させ、爆風や手りゅう弾の破片から身を守った。
この期に及んでまだ生に執着を持つ自分に辟易するが、それはまだ仕事を終えていないからだ。
古流の制服の半そでシャツから伸びる自分の腕には、手りゅう弾の破片が刺さっている。
多少痛むが、それは無視し目の前の風景を眺める。
目の前には、首から上が無くなっているキュレーヴの遺体があった。
流石に素性のしれないイクシスでも、こうなれば動けはしない。
「は、ははは……。やった……」
彼女は、腹の底から嬉しさが込み上げてきた。
―――先輩、私、やりましたよ。
―――先輩たちの仇を、取りましたよ。
「……あと、少し」
彼女はキュレーヴの遺体に近づくと、痛む体にむち打ち、そばにある崖まで引きずっている。
すると、バックパックから缶を取り出し、中身をキュレーヴにかける。
灯油のにおいのする液体をかけ終えると、ライターで火をつける。
キュレーヴの遺体が黒くなり、灰へと変わっていく。
これは、残してはいけないものだから。
「……あとは」
彼女は、腰のホルスターに押し込んだ拳銃を抜く。
10連弾倉を抜くと、弾は残っていない。
スライドを引くと、弾薬の真鍮部分が確認できた。
「1発残っていてよかった」
彼女はスライドを閉鎖すると、グリップをいつもとは逆に握り、口をあけて銃口周辺を咥えた。
―――これで、終わり。
―――先輩たち、待っていてくれるかな。
―――褒めて、くれるかな。
生命の本能か、自身を殺そうとする行動に体が震え、歯がスライドに当たってガチガチと音を立てる。
彼女は、親指を引き金にかける。
いつもイクシスにしているようにすればいい。ただ、標的が自分であるだけ。
そして、引き金を押し込んだ。
はずだった。
引き金を押し込んだはずなのに、銃声がならない。
もしくは、もうここはあの世なのかもしれない。
そう思って目をあけたとき、信じられない光景が飛び込んできた。
M1911のハンマーを、誰かの親指が押さえている。
その手は彼女の口から銃口を抜くと、銃を手から引きはがす。
そして銃口を上空に向け、引き金を引いた。
銃声が鳴り響き、スライドから薬莢が排莢された。
すると、その人物はM1911を遠くへ放り投げた。
そして、ものすごい形相で凪を睨みつけた。
「杏奈、先輩……」
杏奈は、見たこともないほど怖い形相を浮かべていた。
次の瞬間、凪は左頬に衝撃をうけ吹っ飛ばされた。
それが杏奈の右こぶしであると悟ったときには、地面に倒れていた。
杏奈が凪のベルトのロックを解除すると、予備弾倉やナイフ等、彼女の装備を外し同じく遠くへ投げ捨てた。
「ぐはっ!」
凪のお腹に馬乗りになり、彼女を握りこぶしで殴り始めた。
「てめえ!一体何考えてんだ!」
容赦なく、杏奈は凪の顔を殴り続ける。
何かを言おうとしても、凪は何も言えない。
そんな杏奈を、後ろからしがみついて止めるものがいた。
「伽鳥さん!やめて!」
分隊長の愛だった。
「西部!離せ!こいつは!こいつは!」
「……なんで、止めたんですか?」
凪がつぶやくように言う。
「なんだと!」
杏奈は殴りかかろうとするが、愛に止められる。
「せっかく、もう少しで、終わったのに……」
「なんでこんなことすんだよ!」
杏奈は愛の腕を振りほどき、凪の胸倉をつかんで上半身を少し起こさせた。
「貴様!自分が何をしたかわかってんのか!?」
「……ええ、わかってますよ」
こともなげに言う凪に、杏奈は右手を振り上げ、左頬を、右頬をはたいた。
「何が!わかっています、だ!」
「これが、一番、なんです、よ」
「何がだ!」
「これが、ある人々にとって、一番、望ましいんですよ」
「誰がこんなこと望むっていうんだ!」
手を握りしめ、拳で殴りかかろうとしたとき、愛がまたも腕にしがみついてとめる。
「伽鳥さん!」
凪の首が力なくさがった。気を失ったようだ。
「言いたいことはあと!それより応急処置を」
愛は救急キットを取り出し、止血作業に入る。
「和花先生!緊急搬送の用意を!」
杏奈が叫ぶが、和花はなぜかこの光景から目をそらし、震える手を抑えている。
「和花先生!」
杏奈の叫びにようやく現実に引き戻されたように、和花は顔を上げる。
「緊急搬送の用意を!」
「え、ええ……」
和花は震える手で無線機を取り出す。
そのとき、上からけたたましい音と強風が吹き付ける。
視線を上げると、そこには見慣れたヘリコプターの姿があった。
全体が灰色で塗装された特殊作戦用のヘリコプター、UH-60ブラックホークの改良型、HH-60ぺイヴホーク。
胴体側面には、見慣れた星マークの中心に頭文字であるHが書かれた校章、八野辺高校所属機であることがわかる。
ぺイヴホークは彼らから少し離れた位置に着陸すると、側面のドアがあき、1人の女性と担架を持った2人の隊員が下りてきた。
「重傷者は?」
「1人です」
愛が答える。
「近い病院まで運びます。あとは任せてください」
おくれてきた女性が指示を出すと、手早く凪を担架に乗せ、ヘリへと戻っていく。
そしてローターの回転数が上がる甲高い音が聞こえると、彼女を乗せたヘリは近くの病院へと飛んで行った。
「支援作戦まで考えてこそ、作戦と言えます」
その女性は笑顔で振り向く。
「ありがとうございます、プレストン教官」
愛が頭を下げた。
金髪の女性は、クレア・F・プレストン。
現役の米軍の軍人であり、八野辺高校の教官。
和花の友人でもある。
彼女は和花に歩み寄っていく。
「……ありがとう、クレア」
和花の表情は晴れない。
「和花~、どうしたんですか?可愛い生徒がけがをしたにしては、随分手際が悪かったですよ?」
「そんなこと……」
「それとも、自衛隊は、支援作戦は不要なのですか?」
「いえ……」
「まあ、いいです。あの子はちゃんと助かります。……仲間を見捨てない。それが米軍ですからね」
クレアはそれだけ言うと、1人歩いて行った。
「……ここの捜索は危険だわ。隊員をよこしてもらうから、到着したら交代して、あなたたちは帰りなさい」
和花のいつもと違う雰囲気に、全員黙ってうなずくしかなかった。