リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
出来事。予想を上回る数のイクシスに包囲され、救援を呼ぶ最中、
先輩たちとはぐれてしまった彼女がとった行動とは……。
崖のうえで、彼女は衛星電話に向かって叫ぶ。
「司令部、こちら古流高校、普1、風原凪」
『こちら司令部』
「現在、イクシスの包囲を受けています。数は、40体以上」
崖にヴォイテクのグレネードが命中し、砕けた岩の破片が雨のように降り注ぎ、彼女のいる場所が激しく揺さぶられる。
「至急救援を!繰り返します!至急救援を」
今度は、ロケットらしきものが着弾し、地面が大きくえぐれ、岩や塵が舞う。
「司令部、こちら風原。至急救援を要請します!全滅の可能性あり!救助をお願いします!」
『了解、落ち着きなさい!現在位置を伝えて」
「現在位置は……」
凪は地図を見ながら、現在の座標を伝える。
『わかったわ。回収ポイントをまた連絡するから、一度通信を終わるわ』
「急いで下さい!」
衛星電話が切れたのを確認すると、今度は無線で分隊長に通信を繋ぐ。
「こちら風原。司令部に連絡完了です」
『救助は来るの!?』
「回収ポイントが決まったら、また連絡すると」
先輩たちが押し黙った。無理もない。
向こうはどこで回収するか、どこのヘリを向かわせるか、出動の法的根拠等、今頃蜂の巣をつついたような騒ぎだろう。
だが、彼らはいつ全滅してもおかしくない状況にある。
「このままじゃ……。私も、合流します」
『いえ、あなたはそこから援護をお願い』
「でも……」
『そこから狙撃で、私たちを援護して』
今、凪はイクシスたちを見下ろす崖の上にいる。標的は狙い放題である。
「了解」
彼女はM4を持ち、伏射の姿勢をとる。4倍率スコープを覗きこみ、標的と味方の位置関係を確認し、狙いを定める。ふと、視界の中に信じられないものを見つけ、彼女は目を見開いた。
「まさか、そんな……」
だが、すぐに表情を引き締める。
「あいつを倒せば……」
事態が好転するかもしれない。
そう信じ、彼女は目標にレティクルをあわせる。だが、引き金にかけた指が、コンクリで固められたように動かなかった。
「くっ!」
強引に指を引き、発砲した。が、狙いが外れた。
放たれた銃弾は、標的の頭部ではなく、片腕をかすり、地面にめり込んだ。
「……しまった」
もう一度狙いを定める。すると、無線から悲鳴が響いた。
『凪、逃げなさい!』
彼女は、スコープの視界の中に、自分に砲口を向けるヴィテクを捉えた。彼女は慌てて飛び退いた。
直後、先程まで彼女のいた位置が炎に包まれ、彼女は爆風で吹き飛ばされた。
「ううっ……」
鉛のように重い体を起こし、仰向けに寝転がる。背中に感じる堅い岩肌に、なぜ自分がここにいるのか、彼女の頭に疑問が生じる。
「ここは……」
彼女は上半身を起こし、周りの風景を眺めた。
両手で小石や砂利を落としつつ、登った崖の下を眺める。眼下には、赤い体液でできた池に沈む、おびただしい数の黒い犬の遺体が転がっていた。
それを見て、彼女は直前までの記憶が蘇った。
「そうだ、先輩たちは……」
付近に人影は見当たらない。
彼女は無線のスイッチを押し、呼びかけた。
「こちら風原。海野先輩、深山先輩、聞こえますか」
凪は、任務に同伴している上級生2人を呼び出す。
聴覚を研ぎすまし、無線に全意識を集中させるも、聞こえてくるのは雑音だけ。
「こちら風原。海野先輩、深山先輩、聞こえますか」
何度も確認するが、雑音しか聞こえない。
「先輩!こちら風原!聞こえないんですか!?答えてください!」
彼女は叫んだ。それでも、2人の声は聞こえてこない。
ふと、衛星電話の呼び出し音が聞こえた。
彼女はすぐに出る。
「はい、風原」
『こちら司令部。状況を知らせて』
「現在、特殊戦科2年、海野蒼衣、深山志乃が行方不明。通信もつながりません。私、風原の現在位置は、先と変わらず」
『イクシスは?』
「イクシスは……」
彼女は付近を見回した。姿は見えない。だが、K9の威嚇する声、ヴォイテクの咆哮が、森の木々を揺らしている。
「目視できませんが、まだ付近にいます」
『了解。回収ポイントを指定するから、そこへ向かって。そこであなたをピックアップするわ』
彼女は地図をバックパックから引っ張り出し、指定された座標を確認する。
「今の場所から4km……」
回収予定ポイントは、森をここから4km進んだ先の平地とされた。
「もっと近い場所は、無理なんですか?」
『そのあたりは斜面が多いから、回収するのに不都合なの。そこまでお願い』
凪は奥歯を噛み締める。
4kmといえば、平地では楽かもしれない。
でも、今彼女がいるのは山の中。おまけに、付近をイクシスがうろついている。
敵の追跡をかわしながら、4kmもの距離を進むのは簡単じゃない。
だが、地図上でしか分からず、安全な司令部にいる彼らと押し問答をしても時間を無駄に消費するだけだ。
「わかりました。それで、海野先輩、深山先輩に、連絡がつかないんですが……」
彼らにも、回収ポイントの座標を伝える必要がある。
『こちらから連絡しておくわ。あなたは、回収地点まで急いで』
「……了解、終わり」
凪は衛星電話を切り、目的地をもう一度確認する。
「……行くしかない」
彼女はM4の薬室に弾が入っていることを確認し、目的地へ向かって駆け出した。
「今、なんと……」
血の気が引いたように、顔面を蒼白に染めた凪は、無線から聞こえてきた言葉を、もう一度確かめる。正確には、その意味を理解しかねていた。
『もう一度言うわ』
声の主、司令部の人間は抑揚の無い声で、同じ言葉を淡々と言った。
『古流高校、風原凪、深山志野、海野蒼衣。あなたたちの回収はできない。以後、各自で判断して帰還せよ。以上』
その言葉を聞き、凪は地面に片手をついた。
「……どういうことですか?回収地点を10回も変更して、必ず助けるとおっしゃったのに、なんで……」
『ヘリが故障で、修理に何時間かかるかわからないの』
凪はそれが嘘であると察した。
この近隣には、空自や海自、陸自などのヘリ部隊の基地がいくつもある。イクシスの出現に際して、遠方へも行けるよう部隊が見直されたからだ。
それら全てが機体不調など、考えにくい。
「修理が終わるのを現在地で待ちますから、回収をお願いできませんか……」
『時間が予測できない。だから無理だといっているの』
彼女は奥歯をかみしめる。
「再三の回収地点の変更の結果が、これですか……」
『風原生徒、私たちの命令に落ち度があったと?』
最初の回収地点の指定から、再三に渡る変更。
そしていつしか日付が翌日になり、もう日が沈みそうな時間になって、回収できないから自分の足で帰ってこいなど、無能といわずになんというのか。
でも相手は上官。ここは黙った。
「……いえ」
『命令は以上よ』
無線が切れた。
凪は、隠れている木に背中を預ける。
見上げた空には、いくつもの星星が輝き始めている。
「……ははは」
なぜか笑いが漏れる。
ただの行軍演習だったら、休みつつ帰ればいい話。
でも、今彼女がいるのは、イクシスの勢力圏の中。
見下ろせば、闇の中に、ほんのり赤く光る、死を運ぶ異型の者たちの影が迫りつつある。
もう、ここで待っていても救助はこない。
でも、敵は迫りつつある。敵勢力圏内で、孤立無援の脱出劇。
昔見た映画のストーリーのようだった。
「これじゃあ、処刑宣告だよ……」
笑うしかなかった。
現実は映画のように、ハッピーエンドは待ち構えていない。
彼女は深呼吸すると、装備の確認をする。
水や非常食は、心もとない。
こんな状況になるなど、想定してなかった。できるだけ節約する必要がある。
M4の弾倉の残りは、今装填しているのを含めて4本。拳銃は、M1911。10連弾倉が、装填してあるのを含めて5本。
先輩たちの好みに合わせて45口径のM1911を持ってきたが、こんなことならいつも使っているM9に20連弾倉を持ってくるんだったと、彼女は後悔した。
「でも、やるしかない」
ここで諦めてしまっては、ただ死が待っているだけ。
でも、ここで殺されてやるつもりは、彼女には微塵もなかった。
同じ夢を持った同級生、未世との約束。
それを果たすためにも、帰らなくてはいけない。
そして、支援体勢もしかず自分たちを送り出した司令部の教官たちを、一発殴る、と処分されかねないので、嫌味の1つでも言わなければ気がすまない。
「よし!」
装備の確認を終え、銃のグリップを握り締め、彼女は元きた道を戻り始めた。
「はあ、はあ……」
舗装されていない、整備もされていない道なき道を、凪は歩く。
水筒はとうに空になり、食料も尽きていた。
もとより、こんな事態になるなど、予想していなかった。
イクシスの討伐に向かったはずが、逆に包囲され、救助を要請したのに、味方に見捨てられるなど。
空腹は、さきほど蛇を1匹捕まえて焼いて食べた。先輩からサバイバルの心得を教えてもらっておいてよかった。
でも、水がないのはどうしようもない。ふと、彼女は足を止めて、耳をすませた。
「水の流れる音!」
音のする方向へ走った。喉は乾き、潤いを求めている。
それを満たしてくれるものを、求めている。
そして、求めていたものがあった。
「あ!」
彼女の目の前には、水の流れる川があった。
彼女は駆け寄ると、両手に水をすくい、口に運んだ。
冷たくて、体の隅々まで染み渡るような気がした。
「……おいしい」
生きてきた中で、水が最も美味しいと感じられた瞬間だった。
彼女は川に顔をツッコミ、無我夢中で水を飲んだ。
それに満足すると、空の水筒に水を汲んだ。
「はあ……」
地図とコンパスをとり出し、彼女は方向を確認する。
「方向は間違っていない」
本当は休憩したい気分だった。昨夜も、イクシスの赤い光りに怯え、ろくに寝ることができなかった。
でも、足を止めてばかりいては、すぐ追いつかれてしまう。
川にそってしばらく歩いていくと、彼女は足を止めた。
「あれは……」
彼女は駆け出した。彼女の視線の先にあったのは、血にまみれた装備だった。チェストリグに、マグポーチ、ダンプポーチ等。どれも赤い血で汚れている。そして、近くには銃も転がっていた。
先輩たちが使っていた、HK416と、HK417。どちらも、弾は残っていない。
「……先輩」
彼女たちの装備が血にまみれた状態でここにある理由は、1つしか考えられない。でも、悲しみにくれている時間はない。
凪はポーチから十得ナイフを取り出し、その中からドライバーを引き出す。そして、先輩たちの銃のライフルスコープの側面についている小箱のネジを外し始めた。
先輩たちは、帰還後に反省会ができるようにと、小型のカメラを取り付けていた。何か記録されているかもしれない。
そのとき、地面が揺れた。
森の木々が揺れ、とまっていた鳥たちが一斉に飛び立っていく。
地面を揺らす震源、ヴォイテクが森からその巨体を表した。
周囲には、K9もいる。
「こんな時に!」
凪は無我夢中でネジを外した。
そして、中から記憶媒体の小型のメモリーカードを抜き出し、急いで防水バックに入れた。
M4を構え、K9に向かって発砲した。
5.56mm弾に撃ち抜かれ、K9たちが地面に倒れる。だが、ヴォイテクの砲塔が、凪に向かって旋回した。
ヴォイテクの砲塔が火を吹いた。
砲弾は凪の傍に着弾し、彼女の体を吹き飛ばした。
地面を何度も転がり、川岸にある岩に背中を打ち付けて止まった。
「くっ……」
痛みをこらえ、彼女は起き上がる。
そして、M4をイクシスに向ける。そのとき、彼女は目を見開いた。
スコープの視界の中に写りこんだものに、彼女は驚く。
「……にん、げん?」
スコープの中に映ったのは、人の姿。でも、明らかに人間ではない。
女性のような体格をしているが、一切衣服を身につけてない。
目は片方しかなく、右手には銃らしきものを握り、左手は、腕の延長線上が刃のようになっている。
足は、ヒールのようにまっすぐ伸びている。何より、体の表面を走る赤く発光する線が、イクシスであることを物語っている。
―――人型の新種?そんな、なんでここに!?
凪はレティクルを、人型の頭部にあわせる。
でも、右手人差指が、コンクリートで固められたように動かない。
イクシスは、もう何十体と葬ってきた。なのに、引き金が引けない。
人間は、同じ人の姿をしたものを殺したり、名誉を傷つけることに、最も抵抗を示すようにできている。
それは、太古の昔から遺伝子に刻み込まれてきた、受け継がれてきたプログラムだ。
かつて、第二次大戦時、各国の兵士で、敵軍に発砲できた兵士の割合は、全体のわずか1割程度だったという。残り9割は発砲さえできなかったのだ。
それほどに強力なプログラムを、凪は破る術を知らない。再び、ヴォイテクが発砲した。
「きゃあ!」
また、凪は吹き飛ばされた。
体勢を立て直し、ヴォイテクを牽制すべくM4の銃口を向けようとする、が、できなかった。
「……え」
彼女のM4は、レシーバーがひしゃげ、変な方向に曲がっていた。先程の砲撃でやられてしまったのだ。
彼女はM4を捨て、腰から拳銃、M1911を抜くと、一目散に走り出した。
拳銃1丁では勝目はない。
ふと、後方で発砲音が聞こえた。
「いっ!」
人型のイクシスが放った銃弾が、凪の左腕をかすめた。
でも、足は打たれていない。物陰に隠れつつ、彼女はイクシスから逃げ出した。
「痛っ!」
エイドキットから止血包帯を取り出し、撃たれた傷口に巻きつけつつ、凪は痛みに顔を歪めた。
残る武器は拳銃とナイフだけ。イクシスの群れを相手にするには、心元ない装備。
弾も、たった50発だけ。
ふと、岩の上をなにかが歩いてくる音が聞こえ、彼女は拳銃を抜いた。
もう追いつかれた。足音が、彼女に迫る。そしてタイミングをみはからい、彼女は岩から出た。
「な!」
目の前に現れたものに、彼女は言葉を失った。
赤い目に、全身に走る赤い線。全身から出ているアンテナのような物体、ショーシャ機関銃のような半円状の弾倉をつけたアサルトライフルのような銃。
そして、特徴的なうさぎの耳のような装備。
「キュレーヴ……」
3年ほど前に突如姿を現し、優れた知能を使って統率のとれた動きによって、あわや前線を崩壊させそうにした、敵の司令官。
凪は拳銃の銃口をキュレーヴに向ける。何で敵の指揮官がここにいるか、思うところはあるが、後で考えればいい。
このキュレーヴは、先ほど彼女が先輩たちを援護するため、崖の上から狙撃した時、撃ち損じた個体だ。
それに、敵の指揮官を倒せば、追跡をかわせる可能性が高まる。装備の多くを失った今、彼女が生き残るには、この機会に賭けるしかない。
でも、また引き金にかけた指が動かない。わずか数ミリ、引けばいいのに、今の彼女にはその距離が途方もないもののように思えた。
手に衝撃が走り、拳銃が弾き飛ばされた。右手の甲が裂けて血が流れ出す。キュレーヴは持っている銃のようなものの銃口を凪に向け、引き金を引いた。
「あああああああああ!」
キュレーヴの放った銃弾は、彼女の両手両足を打ち抜いた。痛みで、凪はその場に倒れこんだ。
「うぐっ……」
痛みをこらえながら立ち上がろうとすると、首を掴まれ、持ち上げられた。
両足が地面を離れ、体重がかかって首を締め付けられる。気道が締まり、呼吸が苦しくなる。
口の端からよだれがたれ出す凪を、キュレーヴの赤い瞳はじっと見つめる。
―――このままじゃ……。
敵の指揮官の姿を見た以上、逃がしてくれるとは思えない。
―――でも……。
凪は痛みをこらえつつ、腰に手を伸ばした。最後の武器、M9銃剣を抜き、振り抜いた。銃剣の刃が、キュレーヴの腕と左頬を切り裂いた。
すると、キュレーヴは凪を投げとばした。
彼女は地面を転がり、そして、崖から落ちた。
崖から落ちた凪は勢いよく流れる濁流に飲み込まれ、押し流されていった。
目を開けると、冷たい水と、堅い石の感触が伝わった。
「痛っ!」
体に走った痛みが、ここがまだあの世ではないことを告げる。
残っている装備を確認するが、ほとんどない。
かろうじてエイドキットが残っていたので、止血処理をする。
痛む体を起こし、彼女はまた歩き出した。
確認したところ、装備はほとんど残っていない。
先輩たちの装備から回収したメモリーの入っているバックパックを含め、少しのポケットだけ。銃はおろか、無線もなくなっていた。
でも、彼女の視線の先には、住宅街が広がっていた。
もう少しで、人のいるところにでられる。
すると、向かいから人が走ってくるのが見えた。
「あ、あの……」
でも、喉が渇きすぎて、痛くて、発せられた声は言葉にならなかった。
足がもつれ、彼女はバランスを崩した。
だが、向かって来た人影が受け止めてくれた。
「……ら。かざはら、どうした!何があった!?」
「伽鳥、先輩……」
武器管理委員会で、武器整備を教えてくれた人だと、彼女はわかった。
そのことに安心したのか、凪は目を閉じた。
杏奈はスマホを取り出し、急いで救急へと連絡を入れた。
たった1人、イクシスの包囲網を抜け、凪はかろうじて、生還することができたのだった。