リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
呼び出される。そこで彼女は、耳を疑う言葉を聞く。
彼女が話す、今回の事態の真相とは……。
「どういう、ことですか?」
静寂が満たす室内で、凪の声だけが響く。
イクシスの包囲網を抜け、無事生還できたが病院に数日入院することになった。
そして、当時の状況を聞きたいからと近場の地方防衛局へ出頭した凪は、驚きを隠せなかった。
「それはこちらのセリフだ」
目つきの鋭い女性職員が言う。自衛官と思われるが、それはどうでもよかった。
「風原生徒。山岳演習中に事故で2人の生徒を見捨てた挙句、イクシスに遭遇したという虚偽の報告を上げるとは、どういうつもりだ?」
凪は、相手が何を言っているのか、理解できなかった。
山岳演習?事故?2人を見捨てた?虚偽の報告?
「何のことですか?私は森に逃げ込んだイクシスの……」
「風原生徒、聞かれたことにだけ答えること。なぜ、演習中にイクシスに遭遇したという虚偽の報告をあげた?」
「虚偽って……。メモリーは渡しました。そこに遭遇したイクシスの写真が……」
「何も入ってなかったぞ」
凪は目を見開いた。そんなはずはない。
彼女は、先輩たちの銃のカメラの記憶メモリーを抜き、自分の端末にデータをコピーした。
ここに来る前に確認したが、キュレーヴが写っていたのを確認している。
「演習中、すぐキミが救助を要請しなかったから、2人の生徒の命が奪われ、あげく虚偽の報告で私たちを騙し、混乱させた。その罪は重いぞ」
凪は和花をみやった。だが彼女は視線をそらした。彼女は両手を握り締めた。
あれは山岳演習ではなく、イクシスの討伐任務だった。
2人は結局行方しれず。救助は要請したが、来てくれなかった。
凪は悟った。
おそらく、彼らはキュレーヴが写っていたのを確認している。
だが、国民を不安がらせてはいけない。だから、キュレーヴの存在をもみ消した。
そして、2人が死亡したことを、自分たちが支援体勢を敷くのを怠ったせいではなく、あくまで凪のせいにしようとしている。
だから、山岳演習、ということにしようとしているのだと。
そのためのストーリーは、きっともう出来上がっている。
目の前の者たち、全員が口裏を合わせて。
自分たちのメンツを守るために、彼らは、凪に全てを押し付けようとしている。
「処分は追って伝える。今回の件は他言無用だ。いいな?」
「……はい」
彼女は、そういうしかなかった。
凪はこのとき、和花は味方をしてくれなかったが、仕方がない。
変えの効かない国防組織のメンツを守るために仕方がなくやった。
凪のことを、心配してくれたのだと、彼女は思い、処分を受け、あの任務の件に口を閉ざし、そして死んだ先輩たちの穴を埋めるべく、日々任務に励んだ。
だが、あの夏期演習の最終演習で、結果を告げられたとき、彼女の堪忍袋の緒が切れた。
「死亡判定の出ていないメンバーを放置し、1人で戦うなんて。敵を倒せれば、メンバーはどうなってもいいというの?味方を、仲間を見捨てるな。そう授業では教えているはずよ」
その言葉に、凪は我を忘れ、和花に向かって拳を振り上げ、殴りかかろうとした。
―――味方を、仲間を見捨てるな?
―――私を見捨てたお前たちが、どの口でそんなこと言えるの!
実里たちに羽交い絞めにされ、未遂に終わったが、和花と凪の仲はこれ以降、日々激しく悪化していくことになった。
話し終えた凪を前に、皆が唖然としていた。
「これが事の真相です。あのキュレーヴは、私がかつて仕留め損ねた個体。……あの頬にあった傷は、私がつけたものです」
だからこそ、凪はあのキュレーヴにこだわったのだ。
「私があのとき、あのキュレーヴを仕留め損ねたりしなければ、今回のような事態は起こらなかった。今回の件は、私が犯した過ちなんです」
「でも、その後あなたの報告をもみ消した人たちだって」
「無関係ではいられないでしょうね。でも、たとえ手段はどうあれ、彼らはイクシスから国民を守った。指定防衛校の生徒をおとりに、イクシスを山奥へ誘導し、証拠が残らないようイクシスがその生徒を殺してくれることを願って救助をせず、帰ってきても報告をもみ消し、国民をこの国にはキュレーヴなどいないという、比較的安全と言える神話の中に閉じ込めることに成功している」
全員が和花先生を険しい顔で見た。
「……これが、この国の正義ですか?」
凪は笑みを浮かべながら、和花をみやる。
「生徒を見殺しにして、持って帰ってきた報告ももみ消して、すべての責任を教え子に押し付けて、国民を神話の中に閉じ込め、自分たちのメンツを守るために部下の嘘の悪評を振りまいて周囲を操作することが、この国の正義ですか?」
和花は何も応えない。
凪の悪評を否定しないあたり、出所は和花たちだったのだろう。
凪は気にした様子もない。そういう反応するだろうな、そう思っていたように。
「まあいいです。上官の仕事というのは、言ってみれば部下に死ねと命じることです。軍人でなくとも、指定防衛校の生徒も、死ぬことも任務のうち、ということですね」
「……そんな、こと」
「そうですよね?だって、あなたはこの日本という国のもつ刃、国の決意を、正義を実行する防衛組織。……この国の正義は、あなた方のやることは、簡単に否定できたり、あなた方が謝ることで許される程度の軽いものであるはずがないですよね?」
和花は押し黙る。
「この世界は、結果責任。努力したけど犠牲者が出ました、なんてことは許されない。ですがあのとき、民間人に被害者は出てませんし、今回だって、民間に被害はゼロ。おまけにキュレーヴを仕留めたんですよ?あなた方は、立派に役目を果たしているじゃありませんか」
それが賞賛の言葉でないことは、だれの目にも明らかだ。
「まあ、どうでもいいです。私が古流からいなくなれば、和花先生たちの懸念材料はもうないのですからね」
その言葉に、未世は即座に振り向いた。
「いなくなるって、どういうことですか!?」
「言葉通りです。今の私の、味方を見殺しにしたとか、教官に殴りかかろうとしたとか、いろんな悪評のせいで、迷惑していると学長から言われましてね。この任務が終わったら、古流高校を自主退学することになっているんです」
「そんな!」
その悪評は、和花先生たちが流したものだ。
失敗の結果を、犠牲者の出た責任を、彼女に押し付けるための。
「本当は、キュレーヴを殺したあと、自分に引き金を引いて終わるつもりだったのに……。予定が狂っちゃった」
「一緒に、夢を目指そうって約束はどうなるんですか!?」
「……ごめん。でも、もういいじゃないですか」
凪は、場違いなほどに明るい笑顔をうかべる。
「未世さんには、頼れる仲間がいっぱいいます。今回の任務でわかりました。私がいなくなっても、大丈夫です」
「そういう問題じゃありません!」
「未世……」
彼女は、未世の手をとった。
「あなたは、あきらめないで。……ちゃんと、目標を追い続けて」
未世は病室から出ていった。そのあとを、凛や恵那たちが追いかけていった。
「……要件は済んだでしょう」
彼女は、冷気のように冷たい声で言い放った。
「……かえって下さい」
彼女は布団をかぶった。
和花が、彼女のベッドに近づいていった。
「……風原さん、退学の件は取り消すよう働きかけるから、だから!」
「どうしろっていうんですか?またあの場所で、私に悪評に耐え続けろ、と?」
彼女は淡々と言い返す。
だが、言っていることは間違っていない。
たとえ退学の件が取り消されても、このままあの場所に戻れば、また陰口をたたかれ、死んだ2人の代わりだと任務に引きずられる日々に戻るだけだ。
「私があの一件の後でも古流に残り続けたのは、未世のこと。そして、先輩たち2人の分まで戦果を出さないといけない。あるはずだった戦果を求めて、私は日々任務に出た。でも、それは間違いだった。そんなのは私の描いた幻影で、2人の代わりなど、私にできるわけもない」
それは思えば、尊敬していた先輩たちを失ったことに対する負い目を感じていたからだ。
原因が和花たちにあるにせよ、生還できた凪は少しでもあの2人の分も戦わなければと思った。
でも、彼女がそう思っても、周囲はそんな彼女を都合よく利用していただけだ。
あの2人が生きていればあったはずの戦果を、死んだあの2人の幻影を、凪は追いかけた。
その果てには、何もなかった。
あったのは、嘘の悪評で陰口をたたかれ、責められ、ただ利用される日々。
2人を見殺しにしたという嘘の噂、悪評に踊らされた者たちによって。
「私の悪評を取り消すには、あの任務の件を公表するしかありません。でも、それでは都合の悪い人々がいる上に、今開示すれば隠ぺいしていたと追及されることになる。それは、今の体制にとってよくない。……あなた方に、そんなことできないということはわかっています」
「……ごめんなさい」
「いいですよ。あなたはこの国を守る自衛隊という巨大な装置の歯車の1つ。あなた1人の意志でどうにかできるものでないことはわかっていますし、一歯車に過ぎないあなたの謝罪など、なんの意味もないこともわかっています」
和花は表情を曇らせる。
「それに、言ったでしょう?この国の正義は、謝れば許される程度に軽いものなんですか?違いますよね?でなければ……」
彼女は、低い声で言い放った。
「何のために、先輩たちは犠牲になったんですか?」
早く任務に出て、イクシスと接触し、昔出会った個体、ハルと再会したい。
そう思って、入学間もない時期から、凪は日々鍛錬を積んだ。
そんな私を、面白そうといって指導をつけてくれたのは海野先輩と深山先輩だった。
『君、入学間もないのに、いい線いっているね』
軽いノリで話しかけてきた海野先輩。
『でも、焦りを感じる。戦いでは、頭は冷静でないと死ぬよ』
淡々と話しかけてきた深山先輩。
『ねえ、よければ私たちと訓練しよう?』
『いいんですか?』
『いいのいいの。なんか楽しそうだし!』
『後輩を指導するのも先輩の役目。大人しく指導されなさい』
よくわからない出会いだったが、あの2人のおかげで、今の自分がある。
尊敬していた先輩たちが、ただの不手際で死んだなど、凪にとっては耐えられない。
彼らは、イクシスから自分を逃がすために、人々を守るために犠牲になったのだと。
彼女は、せめてそう思いたかった。
「かえって下さい。歯車に過ぎない人が、何をいっても意味がない。これ以上ここにいても、私の機嫌が悪くなるだけですよ」
完全な拒絶だった。
「なあ、和花先生」
杏奈は和花に、言い放った。
「あんたらはさあ、一体、何を守ったんだ?」
和花はしばし沈黙したのち、言い放った。
「……イクシスの出現した地点の周囲に住む、平穏な暮らしをする人々よ」
「それは、すべての責任を教え子に押し付けてでも、守らなければならないのか?」
「……ええ」
杏奈は内圧を下げるように息を吐き出した。
「なら、今後授業で、仲間を見捨てるな、なんて教えてほしくない」
和花は目を見開いた。
「教え子を助けず、おとりに使った挙句、責任を押し付けて知らぬ存ぜぬを決め込む人に、そういわれも説得力がないからな」
「伽鳥先輩、和花先生をあまり責めないでください」
杏奈は振り向いた。
「先生たちは、あの状況下でできることをしただけです。国を守る国家の刃の自衛隊と、たかが1人の指定防衛校の生徒の名誉。どっちを優先すべきかは、考えるまでもないでしょう?」
「……この期に及んで豊崎を守る義理がお前にあるのか?」
「……あの一件についてであれば、私は和花先生たちを守るためのサンドバックみたいなものです。今更ですよ」
「……っち」
杏奈は1人病室を出ていった。
彼女についで分隊長の愛も、六花に文奈もみな出ていった。
和花も、逃げるように部屋を出ていった。
部屋を出る直前、凪は和花に言い放った。
「自分たちのしたこと、簡単に曲げようとなんて、しないでくださいね」