リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~ 作:魚鷹0822
封筒を取り出す。
そこに書かれていたのは、あの任務ですべてを終えるつもりだった、彼女の真意だった。
彼女の真意を知った和花は……。
古流高校の保健室に戻ると、和花は机の引き出しをあける。
そして、あの任務の直前、凪から預かった封筒を取り出した。
豊崎和花教官へ
この手紙を読んでいるということは、私は重傷を負って目が覚めないか、あるいは、もう死んでいるということですね。ごめんなさい、言葉では伝えられないので、手紙にまとめたんです。だって、口で言えば、先生は絶対止めると思ったから。
でも、これはあの任務で、一人遺された、この事態を引き起こした私が、果たさなければならない責任。正さなくてはいけない、過ちだったんです。
あの森に逃げ込んだイクシスの討伐任務のとき、想定外のことがおこり、私たちは危機に陥りました。でも、先生のいた司令部は、別の件で騒ぎになったんですよね?
作戦失敗の責任を、誰がとるのか
碌に支援体勢を整えない中、指定防衛校の生徒を送り、もし全滅したことが世間に知れ渡れば、今の体勢が、先生たちの地位が危なくなる。だから、回収地点の変更といって私を森の奥へ誘導し、イクシスたちを街から引き離したんですよね?
森の奥へ移動する中、私は人型イクシス、キュレーヴに遭遇しました。でも、あの時は倒せなかった、引き金が引けなかった。
結局、敵の指揮官を倒す機会を、みすみす逃してしまった。
あのとき、私が死んでいれば、山岳演習中の事故、として処理出来たのかもしれません。でも、私が還ってきたことで、先生たちは事態の収拾をどうつけるべきか迷った。だから、私が2人を見捨てたと、責任をかぶせた。箝口令を敷いて、機密にも指定した。
そしてカウンセリングと称して、私を監視し続けた。
わかっていたんです。
あなたたちが、私が帰ってくることを望んでいなかったこと。
それは間違ってなかった。
私が帰ってきたせいで、両親は私のことで中傷された。
私が帰ってきたせいで、先生の仕事や負担が増えた。
私が帰ってきたせいで、私に関わった人々が周囲からよく思われなかった。
私が帰ってきたせいで、古流高校の雰囲気は悪い方向へ向かっていった。
私のせいで、あの2人は死んだ。
私が引き金を引けていたら、こんな事態にならなかった。
皆を巻き込まずに済んだ。犠牲が出ることもなかった。
私は、もう、ここにいてはいけない。任務から帰ってきたときは安堵しましたけど、私は、あの任務で先輩たちと共に死ぬべきだった。
未世と夢を目指したかった。でも、私といれば、未世は周囲に傷つけられる。
私は、長生きしすぎてしまったようです。
だから、私は行きます。
そうすれば、先生の負担は減り、あの任務を知る当事者は居なくなる。先生たちの心配事は減る。あなたたちのメンツは守られる。
学校の雰囲気だって、憎しみの対象を失えば、沈静化するはず。
いいこと尽くめです。
でも、責任だけは果たします。この事態の中心、キュレーヴだけは、なんとしても倒します。先輩たちの、仇だけはとります。
例え、この命に変えてでも。
それが、あのとき遺された、私が生かされた、理由だと思いますから。
いえ、違いますね。これは、ただの意地です。
あの日一人、先輩たちを見殺しにして帰ってきた自分が、私は許せなかった。
この機会を逃せば、また犠牲者が増えるかもしれない。そうなれば、私はキュレーヴを殺しそこねた自分を、許せなくなる。
私は、こうすることでしか、今の自分と折り合いを付けることができない。
ただ一つ、未世との約束を果たせないことだけが、心残りです。でも、彼女は大丈夫です。彼女の周りには、彼女を支えてくれる仲間がいます。
私の役割は、もう終わったんです。
未世のこと、お願いします。
最後に、私のことは忘れて下さい。命令違反や、あなたに殴りかかろうとした生徒のことなんて、いつまでも覚えている必要はありません。
短い間でしたけど、あなたのもとで学べてよかった。私ができることは、自分の存在を消し去ること、これくらいです。
あいにく、私はこのまま汚名を着たまま生きることはできませんし、自分が存在するだけで迷惑をかける人々がいることに、耐えられません。
このままのうのうと生き続けては、私が、私を許せなくなります。
身勝手だと思うでしょう。統率から外れれば、ただの暴力と変わらない。
そのとおりです。
和花先生たちが、私にしたことは、間違っていません。変えの効かない組織の名誉を守るために、今の体勢を守るために、ああするしか、なかったのだと……。
あなた方は、国家の意思、国の正義を体現するための組織の一員。なら、私がいなくなったことくらいで、自分たちの正義を曲げるなんてことをしてはいけない。
一人の生徒の名誉と、国民の安全に責任を持たなければならない巨大な組織のメンツを、天秤にかけるわけにはいきません。
私が死んでも、自分のしたこと、正義に従ったことを、曲げてはいけません。
先生たちは、先生たちの責務を果たしただけ。恨みはありません。
だから私も、私の責務を果たします。
これだけは、私がやらなければならない、他人には、任せられない。
だから、私は、過ちを正にいきます。
今まで、お世話になりました。
古流高校 1年 普通科 風原凪
彼女の思いが綴られた便箋を握り締めながら、和花は俯き、堪えられなくなった雫が頬を伝わり、便箋に落ちてシミを作り、文字が滲んだ。
「……ばか」
彼女は俯き、小さく呟いた。
「ばか、ばか、バカ!あなたが責任を感じる必要なんて、本当はないのよ!」
和花は、両手で拳を握り、目の前の机に叩きつけた。
「なんで、なんで、こんなこと……」
和花は、一人泣いた。
彼女が手紙に書いていたことは、間違ってない。
彼女から救援要請が入ったとき、司令部は彼女たちの救助ではなく、作戦の失敗の責任
をだれが取るか、どう収拾をつければ今の体勢に影響が出ないか、それが争点になった。
あの事態を隠蔽するためにも、3人は死ぬことが望ましいと発言した者もいた。
だから、連絡のついた凪を森の奥へ、回収すると偽って誘導し、イクシスを引き付ける囮にした。
結果、3人中2人は死んだが、凪だけは生き残った。
彼女が帰ってきたとき、司令部の人間は騒然とした。彼女は、当時を知る証言者。口を開かれれば、自分たちの立場が危うくなる。
だから、彼女が持ち帰った情報を虚偽の報告として処理し、殉職者2人は彼女が見捨てたせいだとした。彼女に、和花たちは汚名をきせた。
そして箝口令を敷き、事実を話せなくし、カウンセリングとして見張っているぞ、と示しもした。
そして、あの2人が帰ってこなかったことに、周囲は疑念を抱き凪に悪感情を抱いた。夏の共同演習で、和花が口にした判定で、凪は感情を爆発させ、周囲は教官さえ彼女を否定したと、錦の御旗を手に入れたような気になったことだろう。
あの結果を告げた日を境に、凪は周囲から中傷され、道具のように任務に引っ張られることに拍車がかかった。
それは、司令部だった者たちにとっては都合がよかった。
彼女が、いつか戦死してくれることを願った。
でも、その予想に反して彼女は生き残り続けた。
だから、彼女に退学を言い渡すことにした。
一方で、彼女の持ち帰った情報をもとに、彼らは独自に調査をしていた。もっとも、必要最小限の数で行ったので、発見にはいたらなかった。大量動員によって、国民に不安を与えてはいけない。それが、何よりも優先された。
そして、凪が仕留めそこね、和花たちが発見できなかったキュレーヴが、今回の事態を引き起こした。
彼女だけの責任ではない。責任を子供に擦り付け、情報を生かせず、アリバイ作りの調査しかしなかった彼らの責任は決して小さくはない。
「こんな、こんなことって……」
和花は自衛官だ。だが、古流では教官。教え子が、帰らぬ覚悟で死地に向かわざるを得ないなど、教官としては耐えられるものではなかった。
自分の存在を消し去るために行く。
その心中がどのようなものであったか、和花たちは誰も想像が及ぶものではない。
国民を、国を守るために、今の職についた。でも、死ぬことは皆怖いのだ。
出発前の、彼女の清々しいまでの笑みが、自分がもっている全てを切り捨てたような表情が、脳裏をよぎった。
組織や自分たちを守るために、あのとき動いた和花たち。
この事態を終息させるために、一人立ち向かった凪。
どちらが防人であるかなど、考えるまでもない。
だが、彼女の言うとおり、あの不都合な任務の当事者がいなくなれば、自分たちの心配事が減るということも事実だった。
凪が今回のような行動を取らざるを得ないほど、彼女が追い込まれる環境を作ったのは、ほかならぬ和花たちだった。
周囲に歯向かって、機密を破って真相を告げていれば、彼女が瀕死の状態にならなくて済んだのだろうか。そんな考えが浮かぶも、和花はそれを打ち消した。
今更後悔したところで、そんな行動が自分に取れるわけもないことを、彼女はわかっていた。
彼女が苦しんでいたとき、和花たちは、手を差し伸べなかったのだから。
和花は、あの任務の中、深山志乃と海野蒼衣と最後に無線がつながったときの、彼らの言葉を思い出した。
『和花先生、お世話になりました。私たちは、ここまでです』
『凪は、彼女は、絶対生き残ります』
『『凪のこと、お願いします』』
それが、殉職した2人の、最後の言葉。自分たちの鍛えた後輩を頼む。そう言った。その言葉とおり、彼女は帰ってきた。
だが、結局和花は、凪に手を差し伸べなかった。どうすればいいのか、彼女はわからなかった。
組織の意向と、自信の想いに挟まれて。自衛官である以上、個人の想いを優先するわけにはいかない。
でもその結果、彼女は、彼らの最後の約束さえ、果たせそうにない状況になってしまった。
今にしてみれば言い訳だが、凪たちを救助しようにも、救助体勢を当時敷いてなかった。これは、森に逃げ込んだイクシスを1体狩れば済むので、そこまで必要とは考えてなかったためだ。
救援要請が入ったとき、自衛隊のヘリ部隊を使おうと考えたが、運悪く演習や急患空輸で出払っていた。ただ、彼女を救助するには、それ以前に大きな壁があった。
指定防衛校は、自衛隊の下部組織ではあるものの、国の抱える軍隊ではない。
当然、生徒は自衛官ではない。
なので、彼らが自衛隊と活動するときは、防衛局から指定防衛校へ、依頼、という形が取られている。
自衛官でない以上、自衛隊が救助を要請してきた味方を助け出すいつもの救難活動ができるわけではない。
できても、指定防衛校生徒の優先順位は低い。自衛官ではなく、民間人より自衛の手段があるためだ。
ならば、急患空輸のような形が取れるかと言えば、それもできない。
急患空輸や民間人の捜索には事前にせよ事後にせよ、知事からの要請がいる。
つまり、支援体勢を碌にしかないまま生徒たちを行かせた、ということが明るみになる。自分たちの不祥事がばれる。そうなれば、未成年を戦場に行かせることを、よく思わない人々から追求を受けることになる。今の体勢に影響が出かねない。
自衛隊は彼女を助け出すのには使えない。民間人と自衛官の間を埋める存在故に、どちらにもなれない。
なら、同じ指定防衛校の中で、飛行科を持っている丹下や城総に依頼をしようと考えたが、これも無理だった。
凪のいる状況は、敵勢力圏内から彼女を助け出すという、戦闘索敵救難に限りなく近い状況だった。飛行科の生徒たちは、ヘリを飛ばすことはできても、救難まではできないし、訓練もしていない。
戦闘索敵救難は、専門の部隊が成立するほど専門性が高い。指定防衛校の生徒にそこまではできないし、彼女一人に自学の生徒複数人を危険に晒せないという理由で、依頼は拒否された。
彼女を助け出す手段は、もはやなかった。必要だからという理由で設立された指定防衛校だが、不足の事態への議論は碌にされてなかった。
和花はふと思った。
自分達のしたことを、簡単に曲げてはいけない。
手紙の中にあったこの文面が、何を意味しているのか。それは、たとえどうであっても、あの任務をもみ消したことは、墓場まで持っていけということ。いまさら公表し、謝罪会見などして許されようなんてマネは許さない。
そんなことをすれば、凪が命を賭けてまでキュレーヴを仕留め、自身も消そうとした行為の意味を無くしてしまう。
それは単に、彼女は、和花たちを許さない。そう言っているようであった。
「なんなんでしょうね?」
「……行けばわかる」
あれから3日後、古流高校ではその日すべての授業が中止となり、全校生徒が体育館に集められた。
未世は、眠そうな目をしている凛とならび、体育館へ向かう。
体育館には、床に生徒たちが体育座りをし、2階にも生徒たちがひしめいている。
いつもと違うのは、ステージ上に映像を映すスクリーンがおかれていることだ。
全員が座り終えると、檀上に女性が現れた。
それが和花先生であると。未世はすぐにわかった。
和花はマイクの調整を終えると、教官としての口調で話し始めた。
「全員、静粛に」
ざわめき声が一瞬で収まり、体育館に静寂が満ちる。
「今日、授業を中止して全員を集めたのは、ほかでもありません。ある生徒に関するあなたたちの誤解を解くためです」
未世は、その人物がだれであるか瞬時に分かった。
「その生徒の名は、風原凪。1年普通科の生徒です。昨今では、人殺し、臆病者、仲間を見捨てる冷血なやつなど、いくつもの悪評がついています」
生徒たちがこそこそ話を始める。
「静粛に!」
話を中断し、全員が静まり返る。
「しかし、これらの噂は、すべて事実無根のものです。その証拠を、ここに映します。これを見れば、それがわかります。全員、最後まで見てください」
和花が合図を送ると、スクリーンに映像が映し出された。
「なお、この映像に関しては他校には口外しないこと。いいですね」
何か風景が映し出された。
映像に映るのは、2名の生徒。
「これは、ある任務中に亡くなった、特殊戦科の深山志乃、海野蒼衣の最後の姿です。これは、同行した風原さんが身に着けていたカメラの映像です」
直後、彼らの周囲で爆発が起こり、カメラが複数体のヴォイテクやK9の姿をとらえる。
深山先輩が指示を飛ばしながら、彼らは応戦する。
耳をつんざくような破裂音、鳴りやまない銃撃音、揺れる画面。
その戦闘の激しさに、次第に生徒たちの顔がこわばってきた。
気分が悪いからと、体育館を出ようとする生徒も出たが、教官たちが許さなかった。
「目をそらさず、しっかり見なさい。あなたたちも、こうならないとは限らないのよ」
次第に、生徒たちは肩を組んだり、抱き合ったりして、震える生徒たちも出始めた。
救助を要請するため、凪は崖に上り衛星電話で救助を要請。
その地点から狙撃で援護するも、ヴォイテクの砲撃で吹っ飛ばされる。
目が覚めた彼女は、たった一人でイクシスの追跡をかわしながら、合流ポイントへ走る。
救助ができないことを知った彼女は、たった一人、イクシスの勢力圏を抜けて帰還を目指す。
途中、彼女は同伴した先輩2人の血に濡れた装備を発見。
必要なものだけを回収。彼女は走った。
心もとない非常食の量に弾薬。夜もやまないイクシスの追跡に、彼女は疲弊していく。
ヴォイテクの砲撃、K9の追跡、新種の人型イクシスとの遭遇。
そして、キュレーヴとの戦闘。
カメラの間近に迫るキュレーヴの存在に、体育館内の誰もが震えた。
凪は、キュレーヴの顔をナイフで切りつける。
直後、崖から落とされ、濁流にのみこまれた。
川からあがった彼女が伽鳥先輩に出会ったところで、映像は終わった。
会場が明るくなると、和花はマイクを前にいった。
「これが、ことの真相です。これでも、彼女は臆病ものかしら?仲間を見捨てる冷血なやつかしら?人殺しかしら?」
だれもうんとはいえなかった。
イクシスの勢力圏から、単独で帰還するなど、3年生でさえ困難だ。
「彼女をそう呼ぶ資格があるのは、この映像と同等の、それ以上のことがこなせる人だけです。ですが、あなたたちが果たして、できるでしょうか?その自信があるなら、彼女のことを非難すればいい。それができないなら、彼女のことを悪く言うのは、許しません!」
それには、だれにも彼女を非難する資格はない。そう言っているに等しかった。
これまで、悪評にながされて彼女を責め続けたものたちは、凪に謝罪の手紙をかいた。
学長も、退学の件は取り消すとしたし、皆が彼女に帰ってきてほしいと、手紙を書いた。
しかし、凪から送られえてきた返事には、簡素な言葉が書かれていただけだった。
「手紙、ありがとう」
その一行だけだった。
彼女は、もう古流高校に戻る理由がなかった。
和花が公開した真相は、あくまで古流高校内だけの話であり、他校にまで広がった悪評を取り消すことはできない。
この機密に指定されている以上、古流高校内が、和花が公開できる範囲の限界だった。
悪評が消えない上に、目的のキュレーヴを倒し、先輩たちの仇をとった今、凪に戻る目的はない。
未世とともに歩もうと、そう誓った夢さえ、彼女を引き戻す理由にはならなかった。