リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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第5話 それでも彼女は諦めない

「凪ちゃん、こんにちは」

 黄昏色に染まる屋上で1人物思いにふける凪に、馴染みのある声がかけられた。

「……朝戸さん?」

「未世でいいですよ」

 未世は凪に歩み寄り、いつもの明るい笑みを浮かべる。クラスのムードメーカーといわれる彼女らしい、微笑ましい笑みだった。

「できれば前みたいに、気軽に呼んで欲しいです」

 でも、この時の彼女の笑みには、どこか影がさし、寂しさや悲しさが滲んでいた。

「……何か用?」

 凪は未世の言葉を流し、先を促した。

「昨日は、ありがとう。私は気絶していて、何も覚えていないですけど」

 未世のおでこ、髪の生え際には、大きめの絆創膏が貼られている。K9に体当たりされた際に、どこかにぶつけたらしい。病院での検査の結果は、幸い異常なしだった。

「凪ちゃんが助けに来てくれたって、凛ちゃんから聞きました。でも、あなたも、その……」

 未世は、凪の制服の袖からのぞく、左腕に巻かれている包帯を見つめる。

「気にしないで。あれは要請に応えただけだし、イクシスとやりあっていれば、このくらいは日常的だから」

「流石、1年でも場数を踏んでいるだけありますね」

「……私はただ、役割を果たして、責務を全うしているだけ」

 凪は未世を見ず、フェンスに向かって呟くように言った。途端、彼女の表情が曇った。

「……変わりましたね、凪ちゃんは」

 凪は、ゆっくりと未世の方に向き直る。

「つい3週間くらい前までは、責務とか役割とか、口にしなかったのに」

 未世もフェンスの方を向き、眼下の風景を見つめる。

「出会った頃は、一緒に授業で体動かしたり、銃を撃ったり、非番の日に出かけたり、夢のこと話したり……」

「……色々あったね」

「でも、どこか遠い昔のことのように、思ってしまうんです」

 彼女は顔をあげ、沈み行く太陽を見つめる。

「私、嬉しかったんですよ。あなたに出会えて」

 凪は何も応えず、1人話をする未世を見つめる。

「私の夢を、初めて真剣に聞いてくれて、初めて応援してくれた。一緒に頑張ろうって、言ってくれた。やっと、そういう人に出会えたんだって」

 周囲と違う考えを持つ人間は、時として周囲から奇異の目で見られ、夢を諦める。たとえそれを貫こうとしても、待っているのは誰にも理解されない、孤独で、険しい茨の道。特に、この国は少数派に厳しい。

 正しいか、正しくないかの問題ではない。同調しなければ、空気を乱せば異端者や変人とレッテルを貼られ、迫害される末路が待っている。

 次第に未世は俯き、彼女が手をかけた目の前のフェンスが、ギシギシと軋む音をたてる。

「……だから、凪ちゃんが私から離れていって、すごく寂しくなって」

「朝戸さんは1人じゃない。白根さんがいる」

「違います!」

 語気を強め、未世は叫んだ。

「凛ちゃんは、あなたの代わりじゃない!凪ちゃんの代わりなんて、居ませんよ!」

 凪に向き直った彼女の目には雫がたまり、今にもこぼれ落ちそうだった。

「教えてください。何で、何で私たちの夢を、突然否定したんですか?私、何かしました?」

 あくまで原因を自身に求める未世に、凪は胸の奥が痛む。感情が高ぶっている未世に、彼女は静かに応えた。

「朝戸さんは、何もしてない。私の、自分の問題だから」

「あなたの?でも、なんで突然」

「夢がどうであれ、私たちの役割は、敵であるイクシスを殺すこと。それに人は、経験や立ち位置で、いうことをいくらでも変える。ただ、それだけ」

 イクシスと仲良くできればと夢を抱く一方、その方法が見つからない間は駆除するしかない。それしか、方法がない。

 自然との共存、動物愛護が叫ばれて久しいが、人里に降りてきた野生動物が人間に害を何度ももたらすなら、害獣とみなされる。例え可愛くても、どれだけ可哀想でも、最後は殺処分しなければならない。あくまで、人間に害を及ぼすなら、敵でしかない。他に手がないなら、殺すしかない。

「じゃあ、どんな経験が、凪ちゃんを変えたんですか?」

 いつの間にか、鼻先が触れそうなほど迫っていた未世の真っ直ぐな視線が、凪を貫く。彼女は、顔を横に向けた。

「ねえ、話してください」

「……話したく、ない」

 未世は一瞬目を見開いたが、すぐにもとの表情に戻り、次第に俯いていく。

「……どうして」

 消えてしまいそうな小さな声で、未世は言った。かつて彼女は、凪と色んなことを話した。訓練のこと、授業のこと、イクシスのこと、甘いもののこと、夢のこと。

 でも、今の2人の間には、見えない分厚い壁があるように、凪は未世の問いを拒む。彼女は大きく息を吐き、未世を見据える。

「朝戸さん、現実は理想のようにいかない。今なら、まだ、傷つかなくてすむから」

「……何を言っているんですか?」

「だから、何も考えず、勉強や部活、訓練に、任務に励む日々を送って。でないと……」

 彼女は一度言葉を切る。

「今のままだと、いつか絶対後悔することになる。だから……」

 凪は、そこから先が言えなかった。

 夢を抱いて突き進んでも、彼らの、指定防衛校の生徒の役割は、地域の安全の確保。どうあがいても、イクシスを殺すことからは逃れられない。

 たとえそれが、友好的な相手であろうとも。

「それは、夢を諦めろって、意味ですか?」

 言いよどんだ凪から察したのか、未世は問いかけた。彼女は黙って頷いた。未世の顔が驚きの色に染まり、目が見開かれ、両手で作った握りこぶしが震える。

 このまま未世が突き進めば、かつて凪が経験した事態に、彼女も遭遇しないとは言い切れない。あんな経験を、凪は未世にして欲しくなかった。

 2人は、無言で見つめ合う。そんな中、凪は突如胸倉を捕まれ、左頬に衝撃が加えられ、屋上の床に倒れこんだ。痛みが徐々に浸透してくる頬を押さえながら、彼女は重い瞼を持ち上げる。

 2人の間に、同じくらいの背丈、同じ制服の、長い髪の生徒が1人割って入っていた。その生徒は、殺意や敵意を隠そうともせず、手のひらで作った拳を硬く握りしめ、鋭い視線で彼女を見下ろす。

「……白根、さん」

 どこに隠れていたのか、未世が呼んだのか、通りすがりかはこの際どうでもいい。凪は若干ふらつく頭や脚を押さえ、体を起こした。口の中に、鉄の味がにじむ。

「いきなり、何?」

 イクシスに向けるような、敵意を含んだ視線で凪を見つめながら、凛は言う。

「……あなたはもう、未世に近づかないで」

 何かを言おうとした未世を、凛は片手で制する。

「……あなたは、未世の夢を否定して、見捨てた。一度は分かり合えたのに、一緒に歩んだのに、あなたは何の理由も告げず、未世を見捨てた!」

 いつもの感情の起伏が少なく、飄々とした態度はなりを潜め、感情的になる凛。

「……彼女との夢を捨てて、逃げたあなたに、未世に口出しする資格はもうない!あなたが未世を見捨てたあの日、彼女が、どれだけ悲しんだか!」

 凛の言葉の一つ一つが鋭い刃になって、凪の心に突き刺さる。彼女は言い返さなかった。否定できなかった。動けない凪に近寄り、凛は胸倉を掴んで引き寄せた。

「……言って。なんで、なんで未世を裏切った!」

 屋上に凛の大声が児玉し、目と鼻の先にいる凪の耳の鼓膜を激しく揺さぶる。彼女は凛から視線を外し、向こうにいる未世を見る。

「朝戸さん、1つ教えてくれる?」

 凪は、静かに問いかける。

「もし、幼いころに出会ったK9にまた会えたら、あなたはどうする?」

 未世は少し考え込む仕草をするが、間もなく両手を握り締め、はっきりと言った。

「その時は、また会えたねって、腕の中に、ギュッと抱きしめて、頭を撫でてあげたいです。怖くないんだよ、仲良くできるんだよって、知ってほしいです」

 そう自分の意思をはっきり口にする未世が、今の彼女には眩しかった。かつては、自分もこの輝きを持っていたのだろうか。そんなことを、ふと思う。

「私もそうだった。あなたと、同じだった」

「じゃあ……なんで、どうして!」

 未世の声が、悲鳴のように聞こえた。

「……私は、幼いころに会ったK9に、少し前に再会したの」

 未世は口をあけたまま固まり、凛は殺意や敵意を収め、険しい表情を緩めた。

「でも、感動の再会にはならなかった」

 凪は空を見上げ、あの時の状況を話し始めた。

「街中に現れたK9討伐のため、私も派遣された。そのとき、私は右前脚に、白い布切れをまいていたK9に向けて、銃弾を撃ち込んだ」

「……まさか」

 未世の言葉に、凪は頷いた。

「それが、幼い頃に出会ったK9。ハルって名前をつけた、あの子だった」

 その場の空気が重さを増し、未世と凛の肩にのしかかる。

「向かってくるK9を、いつものとおり駆除していただけだった。でも、その中にあの子がいた。あの子だって気づいた時には、もう遅かった」

 凪は空を見つめるのを止め、凛の手を剥がし、未世に向き直る。

「朝戸さん。私たちの役割は、イクシスを駆除すること。それはわかっているよね?」

 彼女はただ頷く。

「私は自分の役目と、あなたとの夢。どちらかしか選べない状況で、結局、夢を選ばなかった」

「……だから、未世を見捨てたの?彼女を捨てて、役割や責務に徹したの?」

 凛の問いに、彼女はすぐ応えない。凪は虚構を見つめるように虚ろな目で、呟くように言った。

「でないと、何のために、夢を選ばなかったのか、わからなくなってしまう」

 次第に凪の声は小さくなり、顔はうつむいていく。

「あの子の命を奪った意味が、なくなってしまう」

 再会したいと願った友の命を奪ってまで、凪は役目を果たした。再会の機会を、自分で壊した。そこまでして選んだ役目に背くことは、あの子を殺した意味を、なくしてしまう。だから、彼女は責務を全うすることを選んだ。

 未世と、対立することになっても。

「悪いことはいわない。諦めるなら、今のうちだよ」

「……凪、ちゃん」

 かつて応援してくれた最大の理解者に、諦めるよう促される。そんな残酷なことがあるだろうか。凛でさえ、全面的には否定してないのに。

「……それでも」

 未世は顔をあげ、表情を引き締める。

「それでも、私はこの想いは捨てません。どれだけ低くても、可能性があるなら、私は……」

 校舎中に響くほどの声で、彼女は言い切った。

「私は、諦めません!」

 未世の声に、凪はたじろぐ。でも、すぐにいつもの表情に戻った。

「……そう」

 凪は落としたM4のスリングをつかみ、肩に担ぎ上げる。そして、未世たちの横を通り過ぎようとする。凛が、2人の間に入る。

「でも、その夢を抱いたまま進むなら、私と同じ事態にいつか遭遇するかもしれない」

 凪は凛の向こうにいる未世を見つめる。

「本当にそうなったら、その時どうするのか決めておかないと、待ち構えているのは、私と同じ結末だけ。最悪、相棒や自分を殺すことになる」

 未世は、何も応えない。凪は微笑んだ。笑みの中に、悲しみをにじませて。

「あなたが、私と同じ鐵を踏まないことを、祈っているから」

 それだけ言い残し、凪は屋上を去っていった。残された2人は、しばらく屋上から動けなかった。

 

 

 

 

 

 自室で1人、未世はベッドに仰向けに寝転がり、何の変哲もない天井を見上げる。夕食を済ませ、アイスを食べ、お風呂を済ませ、またアイスを食べた。そしてベッドの上で、本日3本目を口に咥える。

 でも、大好きな甘いもののはずなのに、いつもに比べて味気なく感じるようで、彼女の顔は晴れない。

 未世の頭から、凪に言われた言葉が離れなかった。

 

「もし、幼いころに出会ったK9にまた会えたら、あなたはどうする?」

「私は自分の役目と、あなたとの夢。どちらかしか選べない状況で、結局、夢を選ばなかった」

「でないと、何のために、夢を選ばなかったのか、わからなくなってしまう」

「あの子の命を奪った意味が、なくなってしまう」

 

「……むうううう~」

 未世は意味なく手脚をばたつかせた。考えれば考えるほど、未世にとっては、凪の意見が正しいように思えてならない。

 指定防衛校に身を置いている以上、彼女のいうようにイクシスを駆除することが、彼らの責務なのには違いない。

 夢を諦めその役目を全うした彼女は、褒められこそすれ、非難されるいわれはない。でも、未世は頭でそれを理解していても、納得はできていない。

 凪に出会った時から3ヶ月少し。その間、彼女は自分の夢を応援してくれた。一緒に歩もうと初めて言ってくれた、かけがえのない、たった1人の理解者。でも、今は……。

「再会できたら、どうする、か……」

 あの場で、未世は凪に向かって諦めないと言い放った。だが、未世だって心のどこかで、彼女の選択が賢明であることはわかっている。もっとも、そんな選択肢が初めから選べるなら、夢を抱いて古流高校に入学していないし、指定防衛校も目指さなかっただろう。彼女に夢を捨てるつもりは、毛頭ない。

「どうすれば、いいんでしょう……」

 凪が心配してくれている。自分と同じ道を歩んで、悲しい思いをして欲しくないという気遣いも、わかっている。だからといって、それを受け入れてしまえば、指定防衛校に進学した意味を、自分が今の場所にいる理由を失ってしまう。

「……むうううう~」

 今度は頭を抱え、右へ左へ転がる。

 もし、あの幼体と再会できたら、自分は本当に手を差し伸べることができるだろうか?それとも、凪のように引き金を引いてしまうだろうか?未世の頭の中を、いくつもの疑問が渦巻く。でも、いくら考えても実際にはわからない。

 戦場で、もし、れば、という仮定は意味をなさない。そのとき、その場所、その瞬間に何ができたか。ただそれだけしかない。

 考えれば考えるほど、未世は頭の中で糸が絡み合うようにわからなくなってくる。彼女は、明日ある人物の元を訪れようと決め、布団を頭までかぶった。

 

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