リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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第6話 それでも、あなたと、もう一度……

 翌日の放課後、未世は保健室を訪れていた。特に怪我をしたわけではなく、カウンセリングという名の、相談のために。

「それで、何の相談かしら?」

 目の前に緑茶の入った湯呑と、どら焼きをおいてくれた白衣の女性は、微笑みながら話しかけてくれる。養護教論の、豊崎和花教官。

 以前、未世は幼い頃に人懐っこいK9の幼体に会った経験や夢の話をしているので、相談できそうなのは事情を知っている彼女しか思い浮かばなかった。

「その、何というか……」

 豊崎教官は、黙って未世の言葉を待ってくれる。

「自分の夢に、少し自信が持てなくなって、しまいまして」

「どうして?」

 彼女の問いかけに、未世はなかなか答えようとしない。

「だって、まだ朝戸さんは夢のための努力をしている段階でしょ?とにかく、まずは強くならないといけないって」

 初めて教官の城たる保健室を訪れたとき、未世は夢を諦めようかどうか悩んでいた。当時は、歩哨で初めてK9に遭遇し、何もできず襲われそうになった中を、関東圏最強と名高い椎名六花先輩に助けられたのに加え、凪に見捨てられた直後ということもあって、彼女は沈んでいた時期。

 そんな未世に、夢を追うにはまずは努力し、自分を、相棒を、民間人を守れるくらい強くなるようにと励ましてくれたのは、豊崎教官だった。

「そう思っていました。でも、夢を一番理解してくれていた人から、諦めるように言われてしまって……」

 一瞬、教官の目が細められた。

「心配してくれているとか、指定防衛校の生徒の責務というものは、勿論わかっていますし、彼女のいうことも最もだと思います。でも……」

「諦めたくない?」

 未世は、曇った表情のまま頷いた。

「その理解者っていうのは、もしかして風原さんのこと?」

 彼女は顔を勢いよくあげ、豊崎教官を見つめた。

「以前、彼女も相談に来たのよ」

 あなたと同じように、そう付け加える。

「そう、彼女とひと悶着あったの。どおりで」

 意味が理解できず、未世は首をかしげる。

「たまたま廊下を歩いているときに、見えたのよ」

 未世は豊崎教官が言っていることを察し、息をのんだ。

「あなたと、白根さんと、敵対するように向き合う風原さんをね」

 思えば、未世たちがいた校舎の屋上は、他の棟から見えなくもない。目撃者がいないとは言い切れない。加えて、結構大声で叫んだので、声を聞かれた可能性も高い。

「言い合うくらいならいいけど、修羅場になって暴力沙汰や刀傷沙汰には発展させないでね。そこまで行ってしまったら、流石に教官として介入しないわけにはいかなくなるから」

「は、はい……」

 本当は、既に凛が凪を殴っているため遅いのだが、ここでいうことは憚られた。

「で、どうなの?」

「……そうです。凪ちゃ、風原さんは、私の夢を応援してくれていました」

「でも、今は違う?」

 彼女の疑問に、未世は頷く。

「何があったのか、話してくれる?」

 未世は、以前凪が変わった日のこと、夢を否定した日に言った言葉、彼女が、かつて親しかったK9と再会を果たしたのに、殺したことなどを話し始めた。

 

 

 凪が意見を変えた日のことを、未世はよく覚えている。夢のことを話していたのに突如、彼女はイクシスと仲良くなるなんて、やっぱり無理だと答えた。そのとき、未世は彼女の言っていることを理解していくにつれ、悲しさが全身に染み渡った。

 人類同士でさえ争いの火種が消えない中、未知の存在であるイクシスと仲良くなるなんて、とても無理だ。彼女は、そう言った。

 

 

 歴史を紐解けば、人類の歴史は、常に争いが絶えない。未世たちが生まれるより前に、この世界であった、いくつもの国が参加し、世界を舞台にした2つの世界大戦。

 その大戦の終結からまもなく起こった、かつて同盟国だった2つの国がいがみ合い、世界を東西に分割し、核戦争寸前にまで緊張が走った、東西冷戦。

 戦いのたびに、かつての味方は敵になり、かつての敵が味方になった。

 それが終結すれば、今度は国と、国ではない武装集団、テロとの戦いに世界は突入していった。他にも、たとえ目に見えなくても、新しいものができれば、必ずといっていいほど、それは戦いの道具にされた。

 船ができれば海が戦場になり、飛行機ができれば空が戦いの場になり、ロケットができれば宇宙開発が戦いの場になった。

 通信技術が発達してネットワーク回線が戦いの場になり、国際化が進めば、食料、資源、経済、情報、科学技術、エネルギー。身近なありとあらゆるものが戦いの道具になり、全面戦争がないだけで、いつも形をかえ、戦いは起こっている。

 人類は有史以来、1つになったことなど、ただの1度もない。この星の生態系の頂点にいる人類の敵は、常に人類だった。

 今はイクシスの出現によって、人類とイクシスという構図ができたことで、表向き協調しているように見えるが、それでも戦いの継続を望むもの、国土奪回を望むもの。色んな思惑が交錯し、協調路線をとることが依然難しい状態にあるという。

 人類同士でさえこの有様なのに、条約などを締結しているわけでも、話し合いが通じるかどうかさえもわからないイクシスと仲良くするなど、到底無理だと。

 それが、凪が未世に言い放った、彼女の考えだった。

 

 

「なるほどね」

 未世の話を聴き終え、豊崎教官は湯呑に急須でお茶を注ぎ、口に含んで喉を潤す。

「確かに、彼女の言っていることは間違ってはいないわ。事実だもの」

 豊崎教官に言われ、未世はうつむいてしまう。彼らは、歴史の授業で教わるだけで、国家間の戦争というと、どうもイメージがわかない。彼らが生まれたときには、すでにイクシスとの戦端が開かれていたためだ。

「じゃあ、やっぱり、私の夢は……」

「待って、そんなに結論を急がないの。唯一の理解者を失って、辛いと思うけど」

 未世の言葉を、教官が制した。

「風原さんの言っていることは、事実だから否定の余地はないわ。でも、イクシスの部分については、そうとは言えない」

 彼女は意味がすぐには理解できず、頭に疑問符を浮かべる。

「そもそも、彼らがなんで人類に戦いを挑んだのか、何が目的なのか、どこから来たのか、何者なのか、意思疎通が可能なのか。何もわかってないもの」

 豊崎教官の言うとおり、人類がイクシスについて知っていることは、あまりに少ない。彼らが知るのは、ネストから現れ、人類に敵意を向けてくる。この地球上の一部の生物の姿を、部分的に模していること等だけ。なぜあの姿をしているのか、なにが目的なのか。わからない部分が圧倒的に多い。

「人類がそんな状態だから、イクシスもきっと同じだ、上手くいかない。そんなのは、思考を停止して考えもしない人間の理屈と同じよ」

 人は考える生き物だというが、どこにもその頭を使わず追従するだけの人間というのは、必ず一定数存在する。

「風原さんの場合、あなたの夢を応援しなくなったのは、やっぱりそのK9の件が直接の原因でしょうね。理論というのは後付けで」

 未世は考えた。再会を望んでいた友と、戦場で出会い、銃口を向けあわなければならないなら、それが自分にできるか。でも、どれだけ考えても、やっぱり答えは出ない。

「それで、朝戸さんは夢を追いたいの?それとも、諦める?」

「……追いかけたいです」

「そのために、彼女にどうなって欲しいの?」

 俯きながら、表情を曇らせ、彼女は言った。

 

「……また、一緒に夢を追いかける仲に、戻りたいです」

 

 それが、未世の想いだった。初めて得た理解者を、彼女は失いたくなかった。周囲と違う道を行くというのは、どんな時代、どんな場所でも厳しい。その中得られた大事な人を、このまま失ってしまいたくない。

「でも、それはもう無理かもしれません」

「どうしてそう思うの?」

「だって、彼女は夢を捨てて、役割を果たすことを選びました。再会したいと願った相手の命を、奪ってまで。それで役割に背を向けたら、あの子の死が無駄になってしまうって」

 命を踏み台にしてまで、凪は役割に徹した。その彼女の心を変えることなど、おおよそできないだろうと、未世は諦めかけている。

「そうかしら?」

 でも、豊崎教官の様子は特に変わらない。

「例えば、そうね。朝戸さんが、任務中味方を誤射してしまったとするわね」

 焦る未世に、あくまで例え話だと、彼女は念を推す。

「その撃たれた相手はそれで、死ななかったけど軽傷を、カスリ傷を負ったとするわね。その結果をうけて、あなたは今後どうする?」

 突拍子もないように聞こえて、ないとは否定しきれない例えに、未世は戸惑いながらも頭を唸らせて悩む。

「えっと、誤射しないように、訓練をやり直すと思います」

「どうして?」

「だって、誤射したのは、私の腕の問題だと思うので、また訓練して、状況を見極められれば、解決できると思うからです」

「でも中には、それがきっかけで銃を手に取りたくないって人も、出てくると思うわ」

豊崎教官はお茶をすすり、どら焼きを一口かじった。

「つまり、道は1つじゃないの」

「そう、なんですか?」

「周囲が、イクシスとの戦いを終わらせるために、滅すべきって考えている中、朝戸さんみたいに、仲良くできる。もっと進めば、対話で戦いを終わらせる。そういう可能性だって、きっとあるって考える人がいるのと同じね」

 

 同じ経験をしても、皆が同じ道を選ぶとは限らない。

 同じ場所で過ごしていても、目的が同じとは限らない。

 

 自衛隊創設時、多くは旧軍の軍人だったというが、中には誘われながらも、自身の考えのもと自衛隊に入らなかったものもいた。

 先の大戦後、自身の作った兵器や技術を後の世に残そうと、メディアの前に姿を現し、本にまとめて残した兵器技術者がいる。

 一方、自分の作ったもので戦い、散った人々を思い、口をつぐんで、二度とその業界にかかわらなかった者もいた。

 似た経験を有していても、同じ道を進むとは限らない。同じ場所にいても、目的が同じとは限らない。指定防衛校だって、自衛官になるため、将来の待遇や優遇のため、大事な人を守るためなど、同じ場所で日々過ごしていても、同じ道でも目指す目的は違う。

「じゃあ、凪ちゃんも……」

「そうね。再会したいと願った相手を殺したことで、あの子は夢を諦めた。でも、友好的な個体がいることは、彼女も理解しているでしょう?」

 未世は、教官の言葉に頷く。

「そういった個体に、今後も会わないとは限らない。だったら、次そういう個体に会ったとき、どうすればいいか考えることができる。もうこんな思いをしたくないから、傷つけあうことをこれ以上続けないために、それこそ、仲良くできる道を探したい。そういう道を選ぶことだって、できたはずでしょう?」

 敵意を向け、襲いかかってくるイクシスは迎え撃たなければならないし、今は駆除以外に方法がない。

 でも、初めから未世も凪も、それをわかっていて別の道も探したいという考えでいた。K9の一件があったとは言え、教官の言うように、夢を諦めずに仲良くなる可能性を追う道を選ぶことだって、彼女はできたはず。

 彼女が、なぜ他の道を完全に否定し、義務や責務と言った言葉で、自分を型にはめ込むようになったのか。何かがまだ欠けているように、未世には感じられた。

「じゃあ、彼女がそうなった理由が、まだあるはずってことですよね?」

「かもしれない。もっとも、どちらの道を選んでも、間違ってはいないわ」

 責務を果たすことも、そんな経験をしたからこそ他の道を探したいと考えるのも、どちらも間違ってはいない。だからこそ、考えを変えろとは簡単に言えない。

「どうすれば、いいんでしょうか?」

「やっぱり、戻って欲しい?」

 未世は頷いた。

「たった3ヶ月少しでしたけど、凪ちゃんと過ごした時間は、かけがえのない時間でした。夢のために、一緒に努力して、励まし合って、仲良く過ごした、あの時間は……」

 未世は彼女に、少し前の彼女に戻って欲しいと望んだ。

「彼女の考えを変えるのは、難しいと思います。私のわがままだっていうのも、わかっています。ですけど……」

 彼女は両手を握り締め、搾り出すような声で言った。

 

「……それでも、もう一度、彼女と、夢を目指したいです」

 

 先日、凛は凪に、もう未世に近づくなと言い放ったが、凪は未世から完全に離れたわけではなかった。話しかければ普通に応えてくれるし、一応友達としての関係は続いているように見える。でも、そのやりとりが未世には、どこか空虚なものに思えてならなかった。

 初めて考えを理解し合い、一緒に目指そうと誓い合った仲。一緒に過ごした間の出来事を、すべて無かったことにして、このままただの馴れ合い、仲のいいように見えるだけの友達になってしまうなど、未世はしたくなかった。

「朝戸さんは、彼女のことをどれくらい知っているの?」

「えっと……」

 未世は言葉に詰まった。思えば、彼女は凪が同じ考えを抱いているということを知っていても、あとは世間話くらいしか話した記憶がない。

「そうね。まずは、彼女のことをもう一度知る必要があるかもしれないわね。ただ頭ごなしに、以前のあなたに戻って、っていうだけじゃ反発しか生まないもの」

「そうですね」

 未世は両手を握りしめて拳をつくる。

「やっぱり、距離を詰めて、隙を見せたら一気に食らいつく。それしかありませんよね!」

「……朝戸さん、これは友達の話よね?狩りの話じゃなくて」

 苦笑する豊崎教官を無視し、未世は先ほどまで沈んでいた様子が嘘のように燃えていた。

「先生、なんだか、やれそうな気がしてきました」

「そう……。それはよかったわ」

 未世はどら焼きを噛み砕き、お茶に舌を火傷しながら飲み干した。

「和花先生、ありがとうございます。あと、ご馳走様でした」

 言うがいなや、未世は嵐のように駆け足で保健室を去っていった、

「……闇に沈む友人の心を救うために、あがく、か。青春しているわね~」

 1人部屋に残された豊崎教官は、お茶をすする。

「朝戸さん。私も、あなたが風原さんと同じ鐵を踏まないことを祈るわ。そして……」

 静かな保健室の中で、誰にでもなく、彼女は静かにつぶやいた。

「前向きなあなたなら、風原さんを救えるかもしれないわね」

 

 

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