リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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第7話 身近に潜む猛獣とその番犬

「すいません、遅れてしまって」

 肩で息をしながら、到着早々未世は謝罪の言葉を口にする。

「別に気にしなくていいですよ。任務じゃないですし」

「……2分しか遅れてない。時間は十分にある」

 週末の非番の日、未世は、街中にある駅の改札口を出たところで凛と、凪と待ち合わせていた。

 未世が悩みぬいた末に思いついた、凪を知り、距離を詰める方法。それは、一緒に遊びに行く、極力一緒に時間を過ごすということだった。

 一応友達という関係は続いているものの、クラス内では壁を作られるし、任務中は口を聞くのが難しい。結局、学校外でイクシスが絡まないことを考えると、この手しか思い浮かばなかったようだ。

 それに、友達という関係が続いているのならば、そこを最大限活用しない手はない。

当初未世は、凪と2人で行くつもりだったらしいが、心配だったのか凛も行くと言って聞かなかった。先日の一件があるだけに、未世を心配していたのかもしれない。

「それじゃあさっそく行きましょう。この先に、美味しいケーキ屋さんがあるんです」

 まだ正午まで時計の長針が文字盤を2周できるというのに、未世はいきなり食べ物屋へ向かうと宣言した。

「あの~朝戸さん、朝ごはんは?」

「勿論食べてきました。トースト2枚」

「その上ケーキ食べて、お昼は?」

「甘いものは別腹なんです」

「……太る」

「いいんです、その分動きますから」

 2人の言葉を、未世はことごとく受け流す。そんな未世を見て、凪は苦笑いを浮かべる。

「甘いもの、本当に好きなんですね」

 凪が呟くように「相変わらず」、と言葉を付け足したのを凛は聞き逃さなかった。

「……未世にとってはいつものこと」

「そうですね」

 未世が先導し、3人は目的地に向かって歩き出す。すると、凛は自分の右側を歩く凪に手を伸ばした。

「へ!?し、白根さん?」

 足を止める凪の左頬を、凛は右手で撫でる。先日、彼女が殴った場所を。

「……痛みはとれた?」

「……はい。もう、大丈夫です」

「……そう」

 彼女は正面に向き直る。

「……よかった」

 呟くように、消え入りそうな声で言った。

「あ、凪ちゃん!」

 思い出したように未世は声をあげ、凪に迫った。

「今日は、朝戸さん、白根さん、と呼ぶのは禁止。未世、凛でいいですからね」

 凛の了承を得ることなく、彼女は凪に向かって言った。凛には、特に気にした様子はない。

「えっと……。未世さんと、凛さん、でもいいですか?」

 頬をかきながら彼女は言った。未世は、渋々承諾した。

 3人とも非番の日とあってか、みんな私服姿だ。未世は私服を着られる貴重な日とあってか、日頃から買い集めた服の中から悩みに悩んだ末、夏が近づき蒸し暑さが日に日に増すこの季節、流行りのワンピースに、サンダルを選択。

 久しぶりのおしゃれに気分が高揚する未世だったが、それが遅刻の原因だったというのは2人には無論秘密である。

 凛は袖のないポロシャツに、デニム生地のショートパンツという格好に、スニーカーを履いている。

 凪はといえば、半袖の水色のポロシャツに、紺色のプリーツスカートの組み合わせ。黒色の靴下に、凛と同じくスニーカーという、どこかの学校の部活帰りといっても通用しそうな格好であった。

 あいにく、この2人は未世ほどおしゃれに気を使わないようだ。

 

 

 未世の目的地の店に到着すると、彼女は新作のケーキを迷うことなく注文。凛はチョコケーキを、凪はチーズケーキを注文した。

 運ばれてくるまで3人は飲み物で適度に喉を潤しながら、談笑に花を咲かせる。授業のこと、クラスメイトのこと、先生たちの秘話など。

「和花先生の噂は本当でしたよ」

「……保健室に、甘いものが備蓄されているって話?」

「本当だったんですね、あの噂」

「はい。それと、見ている限り優しい和花先生、にしか見えないんですけど。本当に鬼なんでしょうか?」

「……訓練では鬼って先輩たちが言っていた」

「訓練以外でも、鬼だと思います……」

 イクシスが絡まない限り、凪はかつてと変わらぬ様子でいるようで話が進み、凛も敵意を向けたりしない。そんな中、彼女がふと疑問を口にした。

「……そういえば、凪は水色が好きなの?」

「いきなり脈絡のない質問ですね。何か企みでも?」

 知っている仲なのに、どこか壁を作るような、警戒する彼女の口調に、未世は表情を曇らせる。

 そんな彼女を見て、凪は応える。

「……まあ、水色が好きというか、青系の色は好きですよ」

「そうなんですね。名前が凪ですから、きっと海を連想させるからかもしれないですね」

 凪というのは、風が治まった、平穏な海のことを言う。海といえば、青色。名前が海に関する言葉だから青色が好き。未世はそう考えたのかもしれない。

「……そっか。外も中も青色だから、きっと好きだと思った」

 凛の言葉に、凪はどこか引っかかるようなものを感じた。

「外も、中も?」

 凪は首をかしげ、その言葉の意味をさぐろうと頭を捻る。今彼女の格好は、シャツもスカートも青系の色。でも、中とはどういうことか。疑問に頭を捻る彼女に、凛は言い放った。

「……下着の色、水色だった」

 途端、凪は顔を赤くし、胸を隠すように片腕を回し、もう一方の手でスカートの裾を押さえた。

「な、なんで知っているんですか!」

「……何も今日とは言ってない」

 凛の指摘に、凪は即座に反応してしまった自分を恨んだ。

「……今日もそうなんだ」

 当たっているのか答えに窮したのか、彼女は否定せず、楽しそうにニヤつく凛を恨みがましい目で睨むも、どこ吹く風。

「……なんで知っているんですか?」

「……先日の応援要請をしたときに見えた」

「あの時?でも、いくら戦闘中だからって」

 未世たち指定防衛校の生徒は、自衛隊の下部組織ということになっているものの、国の抱える兵士ではなく、民間防衛組織の一員にあたる。国の了承を得て武器を保有し持ち歩くため、どこの組織の所属なのかを明らかにする目的で、制服を全員が着ている。

 指定防衛校のイメージアップや生徒獲得のため、可愛い制服を採用する学校も珍しくない。もっとも、どんな制服であれ、それは同時に彼らの戦闘服でもある。なのだが、それが時として少々問題にもなる。

 凪のように戦闘中に動き回ったせいで、スカートがめくれ上がって中を見られた、という話は珍しいことではない。

「……走ったり、地面に横倒しの体勢になったり、あれだけ色々動けば当然」

 丈自体は校則で決まっているが、所属する学科によっては任務に支障が出ることがある。そのため、生徒会が主導して丈の長さの変更を交渉している学校もあるという。

 ちなみに、未世も凛も、もう少し短めがいいと言っている。だが、可愛さを求める未世に対し、凛は動きにくいからと理由はまるで違う。もっとも、今の丈でも戦闘時に走って動き回ればどうなるかは既に実証されている。

「でも、あの時私はあなたたちからは距離をとっていたのに」

「……あなたが、弾倉を蹴り上げたとき」

 凪は、ハッとした。

 不発弾にあたった時、彼女は弾倉を挿し直そうと痛む左腕ではなく、右膝で底部を蹴り上げた。お腹より上の位置に保持していた銃の弾倉を、膝で蹴り上げればスカートはどうなるか。結果は容易に想像できる。それだけでなく、尻餅をついた後、地面に横倒しの体勢で銃を撃ちもした。凛たちの近くで。

 狙撃手ならまだいいが、未世たちのように動き回る立ち位置だと、丈が長すぎれば脚の動きを妨げるし、短すぎれば恥ずかしい思いをすることになる。

 無論、イクシスという敵を前にすれば、そんなことに構ってはいられない。その時は羞恥心を捨てなければならない。

「わ、忘れてください忘れてください!記憶の奥底に封印して、二重、三重に鍵をかけてください!」

 でも、思い出して赤面する生徒は多い。例え同性同士で班を組んでも、目撃者のイクシスを殺しても、だ。

 いくら戦うための訓練を受けているとはいえ、彼らも年頃の女子高生。本職の兵士ほどは徹しきれない。

 だったら中に何かを履けという意見が出そうだが、羞恥に負けてイクシスと戦えないようでは意味がないため、中に短パンなどを履くことは少ない。

 作戦上必要な場合を除いては。

「……今更遅い」

「残念です、私も見たかったです」

「残念がらなくていいですから!」

「あ、でも体育の授業で着替えるとき、私何度か見ていますよ。確か……」

「思い出そうとしなくていいですから!」

 今更ながらに指摘された凪は、2人が話題を続けないよう両手を振って話をやめるように必死になって意思表示する。

 そんな彼女を見て、向かいに座る未世はクスクスと笑う。久しぶりに見ることができた彼女の笑みや恥ずかしがる様子、記憶にある仕草を、懐かしさと、嬉しさの入り混じった表情で眺める。イクシスさえ絡まなければ、今も彼女と友達のような関係ではいられる。

――――でも、やっぱり……。

 かつての彼女を知っているだけに、未世はそれだけで満足しない。彼女は、もっと踏み込む。

 

「そんなに恥ずかしがらなくても、少し前はよく抱き合った仲だったじゃないですか?」

 

 場の気温が一瞬にして氷点下にまで下がって空気が氷結し、ピシッとヒビが入った音がしたのは、気のせいではないだろう。

「……未世さん、その言い方は色々誤解を招くと思います」

 凪は、首の後ろがチリチリ焼かれる、殺気や敵意を向けられたときに感じる感覚を、今、平穏なケーキ屋の中で感じていた。

 その発生源、未世の隣りに座る人物に、恐る恐る視線を向ける。彼女の横で、細められた瞳の奥で、灼熱の炎を燃えたぎらせている凛を見て、首をすくませる。

「誤解も何も本当のことじゃないですか?」

 火に油を注ぐ未世の言葉に、凪は肩を震わせる。

「あ、あの、凛、さん?」

「……何」

「あの、怒っていますか?」

「……怒ってない」

 凛の手にしているジュースのグラスが小刻みに揺れ、水面には波紋がたっている。

「ぜ、絶対怒っていますよ!」

「……怒ってない!」

 同じ声色で、若干語気を強め、凛は言った。

「……特殊戦科は常に冷静沈着。この程度のことでは怒らない」

「そうですよ、凪ちゃん。凛ちゃんは優しくて、心が広いですから」

「……全身から殺気や敵意を放っていて、信じると思いますか?」

 凪は、未世の天然ぶりが発揮されているのか、わざと気づかないフリをしているのか、どちらなのかわからなかった。彼女は落ち着いて訂正を口にする。

「正しくは、未世さんが私に後ろから飛びついてきていた、でしょう?ついでに、私のお腹や胸のあたりとか足をよく触っていましたよね?」

「だって触り心地よかったですから」

 未世と凛は、服装越しでも存在感を放つ凪の胸元にあるものと、スカートの裾から覗くそれらを、未世は渇望の眼差しで、凛は相棒を誘惑する妬みの対象として見つめる。

 目的の違う2つの視線に耐え切れず、彼女は両腕で隠した。

「何を警戒しているんですか?」

「……なんだか、身の危険を感じまして」

「いやですねぇ凪ちゃん。こんな公衆の面前で破廉恥な事しませんから、安心してください」

「……学校では平然としていた癖に」

「あれはスキンシップですよ」

「セクハラという言葉を未世さんは知っていますか?警務に通報しますよ」

 未世は初対面の人間であろうとも、それが自然というところまで、一気に間合いを詰めてくる。

 だれとでも仲良くなろうとするのは彼女の長所だが、時にスキンシップが激しく、少しずつ関係を熟成させようとする人間から見れば、間合いを一気に詰めて獲物を狩る猛獣のように見えなくもない。

「できるんですか?凪ちゃんに」

 一瞬、未世の瞳が細められ、獲物を前にした獣のように光ったのを、凪は見逃さなかった。

 彼女はわかっている。口では何を言っても、実際には凪が未世のことを告げ口できないことを。

「……未世は強かだから」

「欲望に忠実なだけなのでは?」

「……そうともいう」

 3人がそうこうじゃれている間に、ようやく注文したケーキが運ばれてきた。その後3人は、一緒に写真を撮ったり、昼食を食べたり、ボーリングやカラオケなど、久しぶりの非番を満喫したのだった。

 同時に未世は、凪が少し前の彼女に戻ったようで、嬉しさを感じていた。

 

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