リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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第8話 標準装備と改修品と高級品

「では、今日も何もないことを祈って、歩哨に行きましょう!」

 古流高校の正門脇で、未世は両手を握り、元気よく言う。

「あさ……未世さん。そういうことはあまり言わないほうが……」

 朝戸さん、と言いかけたところを、凪は未世のジト目に威圧されて言い直した。

「そうですか?任務だからこそ、士気を保つためにも、勢いはある程度は大事だと思うんです!」

「……でも映画とかではその後必ず事件が起こる」

「それは、話の進行上やむをえないから、らしいですけど……」

 フィクションでは、短い時間の間に、日常的に事件や事故が起こるのが当たり前となっている。でも、考えてもみよう。

 何の変哲もない、変化の乏しい淡々とした映像を見せられ続けて、楽しいのかどうかを。

 逆に、ドラマばりの事件や事故に日々遭遇するような外を、出歩けるのかどうかを。

 フィクションで起こることは、あくまでフィクションの中だけでいい。

たとえイクシスを殺すことが役目でも、何も起こらないに越したことはない。結局は、平穏が一番という答え行き着く。

「とにかく、準備が出来次第、出発しましょう」

「「は~い」」

 1人意気込む未世に、凪はいつもの通りに、凛は気だるそうに返事をする。先日一緒に遊びにいってからというもの、未世は凪と距離を詰めるべく、歩哨に一緒に行くことを凛に提案した。

 未世が話を持ちかけた時、凛は気の進まない表情をしたが相棒のお願いを無下にもできず、渋々承諾したのだった。いつもの凛との2人ペアに凪を加えるため、未世は豊崎教官に頼んで、少し手をまわしてもらったらしい。

 彼らは正門の脇に置かれたベンチに腰掛け、それぞれの装備を手に歩哨任務に向かう準備を始める。マグポーチやチェストリグ、プレートアーマー等を身に付け、個人が使用する弾を携行し、銃の状態を確認。任務に向けて実弾を装填する。

 

 準備を進める中、ふと未世は凪を見やる。正確には、彼女の手にしているM4A1を。

「そういえば、凪ちゃんのM4って私たちのと少し違いますよね?」

 凛も、未世と同じく視線を向ける。

「……確かに」

 古流高校は装備選択の幅が広く、代表的なARシリーズから、AUG等西側兵器は勿論、AKM等東側兵器まで使用者がいる。それでも学校がまとめて仕入れる都合で、選択肢に一定の幅はあるが。

 その選択肢の一つは、未世も使っているM4A1。校内にも使用者は多く、指定防衛校全体で見ても、派生まで含めて普及率は一番高いと思われる。

 その大部分が、未世や凛が使っているもののように、ハンドガードに4面レイルが配置されている。

 凛の所属する特殊戦科など一部の科は、任務の性質や創設に関わった部隊の性格から、派生を採用している場合もある。彼女の使うMk18mod0は、その一例になる。だが、凪のものはそのどちらとも違う。

「といっても、ただハンドガードとグリップ、それにストックを変えてあるだけですよ」

「わざわざ変えるってことは、いちこちゃんみたいにカスタム好きとか?」

 未世の言ういちことは、彼らのクラスメイトで、無類のカスタム好きの新井いちこのことである。

「いやいや、彼女みたいなカスタム好きじゃないです。それに、あれは完全に趣味の領域ですよ」

 いちこのカスタムされたM4は、全て盛った、と言えるほどにレイル上にスコープやサイト、フォアグリップ等のオプションが隙間なく敷き詰められている。

 カスタム好きがこうじて銃器の整備を請け負う武器管理員会に所属し、日々色んな武器を目にしては、独特の匂いのするあの空間を満喫しているという。

「まあ、そうですよね」

 彼女のカスタム好きは未世も無論知っていて、苦笑を浮かべる。

「でも、レイルがないと不便じゃありませんか?」

 指定防衛校の生徒の活動時間は、常に昼間とは限らない。夜間に招集がかかることもあり、その際には銃に取り付けるウエポンライトが必須になる。

 使用頻度は低くても、レーザーディバイズやスコープ、ドットサイトやフォアグリップなどを個人の考えで装着することもある。どれも今は20mmレイル対応が一般的なので、ないのは不便ではないかと思うのが普通かもしれない。

「これはM―LOKっていって、必要な部分にだけレイルを取り付けるんです」

「エム、ロック?」

 聞きなれないのか、未世は首をかしげる。

 凪のM4には、M―LOK対応の樹脂製のハンドガードが取り付けられている。左面の前方と、下部にのみレイルが取り付けられ、下部はレイルを介してアングルフォアグリップが取り付けられている。

 凛や未世のようにレイルが正方形のように配置されているタイプではなく、正面から見れば上に向かってすぼまる台形のようで、平らな斜面になっている左右の面に対し、下面と上面は少し丸みを帯びている。

 軍ではレイル装備が一般化しているが、常に全てを使うわけではない。使用しない部分は握り心地が少々悪く、カバーを取り付けないとぶつけたり、落とした時に破損することがある。

 一方M-Lokは、必要な部分にだけレイルを取り付けるためにハンドガードの握り心地が損なわれない。

「そんなパーツもあるんですね」

「まあ、まだ軍ではあまり浸透していませんけど」

 現在、民間だけでなく、軍の装備でも部分的に採用されてきてはいるものの、あくまで部分的であって広がっているとは言い難い。

 どんな作戦に従事するかわからない以上、いつでも、どんな装備にでも変えられる固定されたレイルの方が、やはり都合がいい。

「そうなんですか」

 少々無骨な印象のある未世たちのM4に対し、凪のものは余分な凹凸が削ぎ落とされ、少々細身に見える。ハンドガートを含め3箇所しかパーツが違わないのに、印象は大きく異なっている。

 彼女はM4を脇におき、腰から拳銃をぬいた。

「凪ちゃんは、グロックを選択しなかったんですね」

「私はM9を選んだんです。米軍の払い下げ品ですが、私物」

 凪の拳銃は、かつて米軍正式採用品だった全金属製の拳銃M9。これもM4同様改修品なのか、スライドストップが若干延長され、ハンマーがスケルトンハンマーに交換されている。加えて、トリガーガードを介してレイルを取り付け、夜間、室内戦闘で必須のウエポンライトが固定されている。

「なんで、グロックを選ばなかったんですか?」

「私は古流高校に入って初めて銃を握ったので、基礎から覚えるにはマニュアルセイフティがついている銃の方が、いいと思って」

「……まるで米軍の言い分」

 指定防衛校の生徒の多くが、ここに来て初めて銃を手にする。その生徒たちの多くが選ぶのが、未世も使っているセイフアクションという独自のシステムを有するグロックである。

 引き金を引くときしか安全装置が外れないという単純な操作性で、高い安全性を誇る。

 何より、金属とプラスチック部品の組み合わせによって重量は軽くなり、値段も安い。弾を装填した状態でも、弾の入っていない凪のM9より軽い。それらの理由から人気が高く、クラスでグロック以外を使っているのは、彼女1人だけだった。

 確かに、マニュアルセイフティがある方が精神的には安心なのかもしれないが、それでもグロックは高い安全性と簡単な操作性を両立させ、多弾数に加え安価。

 それがわかっていても、あえてM9を選んだあたり、凪にはこだわりがあるのかもしれない。

 生徒の間で全金属製の拳銃を使うのは、特殊戦科など一部の科、45口径信者を除けば、何かしらこだわりを持つ生徒しかいない。

「……拳銃なら、SIGでしょ?」

「凛ちゃんのは特殊戦科特権でしょ!」

「まあそんな高級品、そうそう手にできないですよね」

 凛は、特殊戦科支給のP226に弾倉を差し込み、スライドを引くとデコッキングレバーを下げ、撃鉄を安全位置まで倒した。

 P226自体、非常に優れている銃なのは疑う余地がない。泥の中につけても問題なく作動したと言われるほどの信頼性に加え、高い命中精度を誇り、少数ずつでも世界各国の軍や警察の特殊部隊等で採用され、プロ御用達の一品となっている。

 だが、未世のグロック17や凪のM9の1.5倍から2倍以上にもなるという高い価格や、マニュアルセイフティを排したことが災いし、かつて米軍の正式採用トライアルでM9に敗北した。以後、軍、法執行機関、映画に登場する銃の多くはM9の元になった銃、M92FSが席巻することなる。

 それでも老舗メーカーが提供する信頼性というものは、戦場では大きな支えになるし、数ドル~数百ドルの違いが生死を分けるなら、誰もが高くてもいいものを使いたがる。そのため、P226やその派生は、M9が採用された年代に登場し、ポリマーフレームオートが席巻する現在にあっても、常に一定の支持を集めている。

 指定防衛校も例外ではなく、特殊戦科に該当する科はほぼ拳銃にこのP226を選んでいるという。

「でも、結局は最初に手にしたものが馴染んでしまって、変えづらくなってしまうんですけど」

 凪は、M9のスライドを引いて薬室が空であることを確認する。弾倉を装填し、スライドを少し引いて前進させ初弾を送り込むと、スライド後端のセイフティレバーを下げ、撃鉄を凛と同じく安全位置まで倒した。

「そうですね。でも、私はグロックを推します」

「……私はSIG」

「グロックはともかく、手の出ない高級品を薦められても……」

 未世の使用しているグロックの登場により、法執行機関の大部分や映像作品からM92FSは次第に姿を消していった。さらに近年、米軍の正式採用トライアルで、かつてM9に敗れたP226を開発したSIGの新型拳銃、P320が勝利したことで、M9の時代は終焉を迎えてしまった。

 指定防衛校の生徒たちの間でも、ポリマーフレームオートの使用者が大部分を占めている昨今、SIGのような高級品は別としても、M92FSが姿を消す日が来るのは、そう遠くないのかもしれない。

 そんな話をしながらでも、彼らは準備の手を止めない。

 ふと、凪は凛が三日月のように目を細め、視線を向けてきていることに気がついた。

「……なら、あなたも、特殊戦科に入れば良かったのに」

 気のせいでなければ、彼女の声はいつもに比べて、少しばかり低めに凪には聞こえた。

「入れば、って。そもそも、特殊戦科は適性が認められて、選抜されないといけませんし……」

 古流高校は、特殊戦科設立後から戦果をあげて注目されるようになった。少人数で行動し作戦を完遂させる特殊戦科は、日々の訓練が最も厳しいものの、使用する装備は他校の特殊戦科と同様高級品が支給される。それは、標準品の未世、改修品を使う凪と、凛を比べても明らかだ。

 だが本人の志望では入れず、入学試験時の適性によって判断される。

「本人の希望でどうにかなる問題じゃ、ありませんし」

 凪の言葉を聞いた凛の目が、さらに細められた。

「……知らないとでも思った?」

 彼女は、凪に向かって1歩足を踏み出す。ただならぬものを感じた凪は、一歩後退る。

「……あなたが試験の結果、特殊戦科に選抜されたことは知っている。それを辞退したことも」

「そうなんですか?」

 凛の刺すような視線を前に、未世の疑問に応える余裕はない。

「……折角学校があなたに選択肢をくれたのに、あなたはそれを断った。卒業後のことにも関わるのに」

 指定防衛校を卒業すると、卒業生は就職や各種制度で一定の優遇がされる。その際には戦果や学校成績も加味される。そして、卒業した学科によっても差異が生じてくる。特殊戦科は、その代表例になる。所属人数が少なく、入学難易度も高いためだ。

「でも、私べつに優遇とかが目的で入ったわけじゃ、ないですし……」

 凪がここに来た理由は、イクシス、ハルと再会するため。そのために、任務に出てイクシスと接触する機会を増やしたい。

 でもそれは、もう叶うことのない、自分で打ち砕いてしまった夢。未世を見捨てた理由。

 それを口にすれば、間違いなく凛の怒りを買うことは明白。

 ふと、彼女の中に疑問が浮かぶ。

 ―――じゃあ、私は何がしたいの?

 なぜ自分は、今もここにいるのか?未世と夢を追うわけでもない。優遇制度に興味がなく、守りたいものがあるわけでもない。

 そんな疑問に足を僅かな間止めた凪だったが、その間にも凛は距離を詰めてくる。

「……じゃあ、何が理由?」

 問い詰めるように、彼女の表情は険しい。

「……なんで断って普通科に入ったの?」

「えっと、至極、個人的な理由で……」

「……言って」

「えっと、訓練時間に拘束されたくなかったから……」

「……放課後自主トレに邁進していた人がどの口でいうの?」

「いえ、それは任務に早く出たかったからで。それに、特殊戦科は授業についていくの、大変ですし」

「……座学の学年上位が何言っているの?」

 なぜそのことを知っているのか。そんなことを疑問に思う暇は、今の彼女にはない。

「……ふざけた理由だったら許さない」

「凛さん、何で怒っているんですか?」

「……怒ってない!」

 にじり寄ってくる凛。後退る凪。どこかで見たような状況だが、それも突如終わりが訪れる。

 凪は背中に硬い感触を感じた。学校の正門脇の塀が進路を阻む。彼女には、これと似た状況が思い浮かぶ。そして間もなく、それは現実になった。

 凛が目前にせまり、壁に手をつかれ、足の間に膝を突かれて逃げ道を絶たれてしまった。

「……あの、凛、さん?」

 引きつった笑みを浮かべ、追い詰められた凪。険しい表情で彼女を壁際に追い詰めた凛。その2人を唖然とした表情で見つめる未世。あの屋上の時と、同じ状況であった。

 だが、今回は場所が悪い。歩哨に行くために、集合場所に指定されたここは正門脇。色んな生徒や関係者が行き来する場所。凪は、周囲に目を向ける。

 

 顔を向け、彼らを横目で眺めては去っていく部活中の生徒や帰宅する生徒たち

 足を止め、成り行きを見守っている興味深々の生徒たち

 この状況を写真にしっかり収める未世

 

 ――――やめて!こっちを見ないで!さっさとここを離れて~。

 ――――って、未世さん!何写真撮っているんですか!

 

 まずい。非常にまずい。先日の件の目撃者は未世だけだったが、今回はそんな規模ではない。頭の中で凪は悲鳴を上げるも、こんな状況にあっても凛に気にした様子はない。

「……今からでも遅くないから、転科して」

「なんで、そんなにこだわるんですか?」

 静かな怒りを向けてくる凛に、彼女は問いかける。凛の瞳が、また細められた。

「……教官たちに、日々愚痴を聞かされる身にもなって」

「……は?」

 何のことか理解できず、凪は首をかしげる。

「……普通科のあなたが学年上位にいるせいで、訓練のレベルが引き上げられている」

「あの、凛さん……」

「……普通科の生徒に特殊戦科の生徒が負けるとは何事かと、あなたを打倒するために教官たちが課す訓練が、厳しくなっている」

「それはとばっちりですね。凛ちゃんたちは……」

 学年上位を占めるのは、大体が特殊戦科と決まっている。自然にそうなるのだが、未世たちの学年では凪が座学や実技、イクシスの排除数でも上位にいる。適性で選ばれ、厳しい訓練に明け暮れる特殊戦科が普通科の生徒に、学内とはいえ敗北したとあっては、生徒にとっても、教官たちにとっても面白くないのかもしれない。

 そしてその生徒を打ち倒すために、教官たちは生徒を鍛える。属する生徒たちにしてみれば、完全にとばっちりだ。

「でも、それって私のせいじゃない……」

「……あなたが転科してこれば、全ては解決する」

「嫌ですよ、そんな面倒なこと」

 凛の細められた瞳が、凪を射抜く。体が、金縛りに会ったように動かなくなる。

 そして、凛は次第に顔を近づけてきて、

「2人って、やっぱり、そういう関係なんですか?」

 未世の誤解を招いた。

「だから、未世さん。違うって!」

 未世の声に、彼女は意識が現実に引き戻され、即座に否定する。そして、その後未世の説得で凛は凪を解放し、3人はようやく任務に向かったのであった。

 


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