リトルアーモリー ~2つの道、彷徨う弾丸~   作:魚鷹0822

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第9話 今日も彼女は猛獣を狩る

 それぞれの銃を手に、歩哨ルートを3人は進む。大型トラックが交差できるほどの道幅があるが、一般歩行者の通行を妨げないよう片側に寄る。凛が先頭を行き、最後尾では凪が見落としを確認。未世は、2人の間を行く。

 時に通りすがりの小学生や親子連れに手を振られ、知り合いに会い、時に奇異の目を向けられる。色んな人たちとすれ違いながら、規定のルートを進んでいく。

「……未世、今どのあたり?」

「今、歩哨ルートの中間地点くらい。そこの突き当たりを右へ」

 事前に頭に入れたルートを、彼らは進んでいく。本職と違い、彼らの戦場の多くは地元であるため土地勘が働く。よほどのことがなければ、道に迷うことはない。

 心地よいそよ風が、彼らの髪を揺らす。背中の真ん中あたりまで届く凛の長い黒髪、未世のショートボブが僅かに風に流される。凪だけは末端でまとめているので、歩くたびに体の振動に揺られる。

 指定されたルートに従い、道の突き当たりを右へ曲がろうと歩を進める。角を曲がりきったところで、彼らは足を止めた。彼らは一様に、その先にあるものに視線が釘づけになった。

 曲がり角の少し先には、何もない空間に黒い染みが浮いているという、奇怪な現象が起こっていた。

「これ……」

 未世は、その光景に見覚えがあった。少し前に歩哨で初めて目にしたときの衝撃を、彼女は鮮明に覚えている。そして、凛も。

「……ネストシード」

 イクシスたちの現れる、空間と空間をつなぐ謎の穴。その前段階のネストシードが、彼らの目の前に現れる。ネストシードは、それ自体が生命を持っているように脈打ち、次第にそのペースを早めつつある。ネストが開く瞬間、孵化が迫っている可能性が高い。

「司令部、こちらDDA古流1年、風原。ネストシードを目視で確認。エリアB3の2」

 慣れた抑揚のない口調で、凪は司令部を呼び出す。

『こちら司令部、了解。ネストシードは脈動していますか?』

 落ち着き払った女性の声が、無線から響く。

「はい」

『了解、付近に外出禁止例を発令、付近の民間人の避難誘導を行ってください』

 未世たちはあたりを見回し、歩行者に退避を呼びかけ、近隣に叫ぶ。

「ネストシードが確認されました!近づかないでください!」

「ここから離れて、屋内に退避してください!危険です!」

 

 間もなくここが、戦場になる。

 

『落ち着いて、訓練通りの行動を心がけてください。只今より、武器使用自由』

 彼らはM4のチャージングハンドルを引いて、初弾を薬室に送り込み、銃口をネストシードに向ける。凪はダットサイトを覗きながら、左目で彼らの様子を伺う。凛と未世のグリップやフォアグリップを握る手、銃口が小刻みに震え、呼吸が少し荒くなっている。

 自分の手で、相手の命を摘み取るという行為に対する抵抗が、体に刻まれた殺しに対して抵抗を示すプログラムが、彼らから冷静さを奪う。

 本来生物は、自身と同じ種や近い種を殺すことに対して、抵抗を示すようにできている。たとえ未知の生命体のイクシスでも、その姿は犬、狼や熊、そして人。

 駆除することが役目と分かっていても、それをすんなりと受け入れ、実行することは難しい。

 震える彼らから視線を外し、凪は黙々と、目の前のネストシードに光点をあわせる。

 ネストシードの脈動が急に止まった。そして、黒い染みに亀裂が走る。

「……来る」

 小さな染みだったネストシードが、空間を飲みこもうとするように大きく口を開け、ネストに変化した。

 広がったネストの、先の見えない暗闇から、赤い目、赤いラインがほの暗く光る。鋭い牙や爪を備えた獣が飛び出し、アスファルトの地面に降り立ち、前足、後ろ足を地面に突き立てる。

「……ビースト型、K9確認、数、4」

 未世が、M4のレシーバーに取り付けた倍率スコープを覗き込みながら、静かに言う。距離は、およそ20m前後。目と鼻の先だ。

 引き金に指をかけ、いつでも発砲できる体勢に移る。ネストから現れたK9たちは、口の中にある歪に並んだ眼球らしき球体で未世たちを捉えると、荒い呼吸をしながら、口の中からよだれのようなものを垂れ流し、鼻先を彼らにむける。

「未世、撃って!」

 凛が叫ぶ。でも、彼女の声に反応したのはK9たちだった。K9たちは地面を蹴って、彼らに向かって駆けてくる。凪が左目で未世を見る。

 目が少し大きめに見開かれ、呼吸は荒くなり、時に歯を強く噛み締めている。未世が何を考えているか、彼女はありありと想像できた。だがそんな彼女の心中などお構いなく、K9たちは距離を詰めてきている。

 撃てない未世に焦れた凛が、引き金を引いた。彼女のMk18の銃口から、マズルフラッシュがほとばしった。

 でも放たれた銃弾は、いずれもK9たちをかすめはしても、進行を止めることはできていない。このままでは、3人揃って噛み付かれる未来しかない。

「未世さん、下がって」

 凪は未世の少し前に位置取り、ダットサイトの光点をK9に合わせ、引き金を引いた。

1発の銃声が鳴り、放たれた銃弾はK9の頭部に突き刺さり、胴体後部を突き抜けた。彼女は3、4発連続して引き金をひき、向かってくるK9をなぎ倒してく。いつも訓練でしている行動を、彼女はただ繰り返す。

 ネストから、新たに3体が現れる。そのとき、凛の銃撃が止んだ。間隔の安定しない指切りで連射を続けていたために、弾倉内の弾が瞬く間に尽きた。

 でも、彼女は引き金を引き続ける。表情はこわばり、目は大きく見開かれている。

「凛さん!弾切れてます!」

 K9に弾丸を撃ち込みながら、発砲音に負けない声で凪は叫んだ。その声に気づいたのか、凛は引き金から指を離し、空の弾倉を捨てて新しいのを差し込もうとするが、手が震えてうまくいってない。

「弾切れ!」

 凪は空の弾倉を地面に落とすのと入れ替わりに、フルロードの弾倉を装填してボルトロックを叩いて解除。銃撃を再開する。

 K9は銃弾を撃ち込まれ、その度に体内を循環する体液を散らせ、確実に生命力を削ぎ落とされていく。新たに現れた3体も、地面に倒れた。

 だが、ネストはまだ閉じてない。

「今のうちに補充を!」

 凛はようやく交換を終え、薬室に弾を送る。凪はまだ残弾のある弾倉を引き抜き、腰のダンプポーチに押し込む。新しい弾倉を装填し、ネストに銃口を向けて次の出現に備える。

 でも、彼らの前のネストは大きく開けていた口を閉じ、そのまま消えて見えなくなった。

 念のため、凛と凪は周辺を探り、残敵がいないことを確認する。それが終わったところで、無線を開いた。

「司令部、こちら古流1年、風原。ネストの消滅を確認。残敵なし、エリアカラーブルー」

 決まり決まった定型文を口にし、処理の終了を告げる。

『了解しました。清掃班を向かわせます。負傷者は?』

「いません」

『了解、残りのルートをお願いします』

 交信を終え、凪はM4のセレクターを安全装置に合わせ、固まっている未世の右側に立ち、彼女のM4を上からゆっくりと押して、銃口を地面にむけさせる。

「未世さん、終わったよ」

 ようやく気づいたのか、彼女は目を瞬かせる。そして、バツが悪そうに表情を曇らせ、俯いた。

「……ごめんなさい」

「まだ歩哨ルートは残っている。行こう」

 残りのルートを歩きだそうとした。そのとき、無線の受信を告げるランプが光り、音が鳴っていることに気づいた。

「はいこちら」

『こちら司令部、緊急連絡です!』

 無線越しに聞こえた司令部のオペレーターの大声に、凪はヘッドセットを外して耳から遠ざけた。オペレーターの声には、聞いたことがないほど焦りが滲んでいた。

『近くのチームが、K9を1体撃ち漏らしました。あなたたちのチームの方へ向かっています。極めて凶暴で、大型の種とのことです!警戒を!』

「……了解」

 ようやく声が治まったことを確認し、彼女はヘッドセットを着け直した。

「……何て?」

 落ち着いた表情の凛が、凪に無線の内容を問いかける。

「こっちに、大型で凶暴なK9らしき種が向かっているから警戒してって」

「……撃ち漏らし?」

 いくら複数人でチームを組んで歩哨で警戒を行っていても、イクシスを撃ち漏らすことは狩猟と同様にある。

 知能が低くても、生命の危機を感じれば本能的に逃げ出す個体もいる。もしそのイクシスが銃弾を受けて負傷、手負いの状態であるなら、凶暴さを増し、生き残るため周囲に構わず襲いかかることがある。一刻も早く駆除しなければ、住民が危ない。

「ええ、だから……」

 凪が、未世に視線を向けたときだった。彼女の後ろ20mほど先に、黒い獣が迫っていた。それを見た2人は、慌てて彼女に駆け寄る。

 

 

「……未世!逃げて!」

 凛の叫びに、未世はようやく異変に気づき、後ろを振り返った。その獣は、巨体に似合わない俊敏な動きと速さでもう10m先にまで迫っていた。胴体に被弾しているのか、走った軌跡を体液の飛沫がなぞる。

 それを目撃した未世は、咄嗟に頭を抱えてうずくまるが、恐怖でその場から動けない。凛は、彼女の襟首を掴んで急いで地面に引き倒す。そのイクシスは地面を蹴って跳躍し、2人に向かって口をあけ、牙を剥く。そのままいけば、間違いなく2人に襲いかかる。

 イクシスの跳躍した高さが放物線上の頂点に達し、落下の加速をつけて地面に向けて下降していく。凛と未世まで、のこり2mを切った。2人共、目の前の恐怖に動けないでいる。

 直後、イクシスは突如進路を変え、住宅の塀に体を打ち付けた。

 凪が、イクシスを押しのけるように左半身をぶつけ、イクシスの横っ面に体当たりしたのだった。

 彼女はイクシスと未世たちの間に立つと、すぐさまM4を構える。セレクターを180度回転させてフルオートに切り替え、3mもない距離から弾倉内の弾を全て撃ち込む。けたたましい火薬の炸裂音が連続で響き渡ると同時に、イクシスの頭から胴体後部、尾の付け根まで銃弾が撃ち込まれ穴が穿たれ、飛ぶ体液が彼女の制服とM4と、周囲を汚していく。

 凛は、未世を腕の中に抱え、その光景から目をそらさせる。間もなく弾倉内の弾がなくなり、凪の銃撃が止んだ。

 彼女の銃口の先にいるイクシスは、30個近くもの穴を全身に穿たれ、身じろぎ一つせず沈黙していた。ヴォイテクのようなタフな種でもない限り、これだけの銃撃に耐えられる種はいない。凪は、マグウェルを握っていた左手をずらし、空になった弾倉を抜き取る。握っていたマグウェル付近が、若干湿り気を帯びている。

「……仕留めた?」

「おそらくは、ね」

 凛も、これだけ撃ち込めばさすがにもう起きないだろうと思ったようだ。

「……どうする?」

 凪は新しい弾倉をM4に装填しながら、目の前のイクシスを眺める。全長が先ほど駆除したK9よりも大きく、顎に生えている牙は1対だけが異様に大きい。

「見た目、K9には見えない。新種か亜種の可能性が否定できないと思うから、司令部に連絡して回収班を」

 凪の言葉が途切れた。一瞬で身を起こしたそのイクシスは地面を蹴り、手近にいた凪に体当たりし、彼女を地面に押し倒した。

 イクシスは、K9より大きな胴体と鋭い爪で彼女を押さえつけ、口を大きくあけ、サーベルタイガーを思わせる異様に発達した1対の牙を剥く。凪は、咄嗟に左腕を伸ばしてそのイクシスの首のあたりをつかみ、腕を突っ張る。

 イクシスは、獲物を前にして狂った犬のように、何度も彼女に噛み付こうと口を開ける。

 

―――嘘でしょ。あれだけの銃弾を浴びて、この個体は動けるの!?

 

 彼女の鼻先で開かれた顎が閉じ、牙が空を切る音が鳴り、口の中から放たれる生臭い独特の臭気が鼻をつく。

 凪は右手に力を込める。だが彼女の右手も、空気を握っただけだった。先ほどまで持っていたはずのM4がない。体当たりされた際に手放してしまったのか。

「凛ちゃん、凪ちゃんが!」

「……ダメ、近すぎる!」

 イクシスの向こうでは、凛がMk18を、未世がM4の銃口を向けるが、凪とイクシスが密着しているせいで撃てない。イクシスを撃てば、彼女にまで銃弾が達してしまう可能性がある。かといって、このままでは凪もいつか力が限界に達し、喉笛か頭に1対の巨大な牙が突き立てられるのは想像に難くない。

 味方は動けず、成り行きを見守るしかない。

 イクシスの牙が間近に迫り、凪は思わず目を閉じた。次第に押されつつあった。垂れ流すよだれや傷口から流れる体液が、顔や首にもかかる。口を開けたときに見える、歪に並ぶ赤い球体が、獲物を見つめ、手足が捉えてはなさない。

 彼女は、右手で腰の右側をまさぐった。

 直後、イクシスの腹部あたりから銃声が鳴り、背中から何かが突き抜けて穴が穿たれ、体液が吹き出した。凪が、腰のホルスターからM9を抜き、ほぼゼロ距離で引き金を引いていた。

 立て続けに銃声が鳴り、どれもイクシスの腹部あたりを突き抜ける。イクシスが痛みで空に向かって苦痛の鳴き声をあげる。凪を押さえていた力が緩んだ。

 彼女は右足に履いたブーツの底をイクシスの腹部に押し付け、力一杯蹴飛ばした。イクシスは地面を転がり、また塀に体を打ち付ける。

 即座に立ち上がった凪は、M9を振って空になった弾倉を落とし、ポーチから取り出した20連弾倉を装填する。銃口をイクシスの頭部に向け、残弾を気にせず引き金を連続して引きしぼる。

 それを合図に、凛も銃弾の雨を浴びせる。空薬莢がいくつも宙を舞い、地面に転がり甲高い金属音を発する。弾倉内の銃弾が無くなるまで、イクシスの原型がわかりにくくなるまで、彼らは引き金を引き続けた。

 

 

 銃声がようやく止み、あたりに静寂が訪れる。彼らの銃口からは、細い硝煙が立ち上っている。

「もう、動かないです、よね?」

「……これで動いたら本当に化物」

「まだ終わりじゃない、なんてネタは勘弁して……」

 彼らの前に横たわるイクシスは、もうピクリとも動く気配はなく、体の輪郭を示すように走っていた赤いラインの発光も消えている。戦場ではゲームのように体力ゲージはないため、生死判定が難しいが、80発近くの銃弾の雨を浴びせられては流石に動く気配もない。

「司令部、こちら古流高校、風原。緊急連絡にあったと思しきイクシスを、駆除しました」

『こちら司令部。その個体はK9ですか?』

 目の前に転がるイクシスを、凪は今一度見つめる。

「K9に見えなくはありませんが、遭遇の多い個体の、1.5倍ほどの大きさがあります。他にも、外見上の違いがいくつも見られます」

『わかりました、回収班を向かわせます。歩哨は中止して、回収班が行くまで付近の確保をお願いします』

「了解」

『負傷者はいますか?』

「いえ、負傷者は」

 いない、と応えようとした凪の無線を、凛が奪い取った。

「……チームの1人がイクシスに肉薄され、負傷した可能性があります」

『重傷ですか?』

「……軽傷と思われますが、詳細は不明」

『わかりました。早く回収班を向かわせます。近くの病院に連絡しておきますので、回収班が到着次第行ってください』

「……了解」

 通信を終え、凛が無線を切った。

「あの、凛さん?」

 何かを言いかけた凪を凛は一睨みし、彼女は首をすくませる。

「……回収班が到着次第、病院へ。私と未世も同伴する。いい?」

 有無を言わせぬ凛の言葉に、凪は頷くしかなかった。

「……2人共、申し訳ないです」

 表情を曇らせた未世が、2人に向かって頭を下げる。

「気にしなくていいですよ。こうして今、全員無事なんですから」

「……でも」

 未世の視線は、イクシスの体液にまみれている凪に向けられている。すると、彼女は笑みを消して表情を引き締め、彼女に歩寄る。

「……確かに、イクシスと仲良くできれば。そういう道を探しているのに、殺さなければならない。あの個体と違うってわかっていても、引き金を引くのに抵抗があるのも、わかるよ」

 凪は未世の前に立ち、俯く彼女を見つめる。

 イクシスと仲良くできる道を探しているのに、この手で撃ち殺さなければならないという、相反する行動。

 無論、向かってくる敵を撃たなければ殺されるし、あのK9たちが、かつて接触した幼体と違うことも、未世はわかっているはず。

 それでも、わかっていても、人は簡単に割り切れるほど器用ではない。

「でもそれじゃあ、あなたは何もできない」

 トーンの落ちた声に、未世は顔をあげ、眼前に迫った凪と視線をあわせる。

「かつて会った個体と再会するまで生き残るどころか、民間人も、仲間も、相棒も、自分も、誰も守れない。どこかで決めないと」

 凪は未世の耳元で、囁くように言った。

 

「あなたは、殺される」

 

 冷気のようにつめたい凪の声に、未世は体の底から震えるようなものを感じた。

「腹を決めて。イクシスは考える時間をくれない。彼らは、いつでも襲ってくる」

 それだけ言い終えると、彼女は自身が落としたM4を拾い上げる。それから間もなく回収班が到着し、彼らは現場をあとにした。

 

 病院に向かう道中、凪はなぜか、何度も後ろを振り返えっていた。

 

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