思いつきのアイデアながら試行錯誤しながら書き上げたんだけど、どうかな?いい感じ?
コツ、コツ、コツと静かな廊下に床を靴裏が叩く音だけが響いている。
冬場の暖房特有の生暖かい空気を切って私は待ち合わせの会議室へと向かっていた。
現在の時刻は午前2時から数分程。
非常口の目に優しくない緑色だけが唯一真っ暗な廊下を照らしている。
昼間は活気のあるこの病棟もこの時間はすっかり寝静まっていた。
外は季節も相まって真っ白な雪が絶え間なく空から地面へと降り注いでいる。そういえば他の看護師が休憩時間中に天気予報で今夜は積もるらしいと話していたような気がする。
もしこの記憶が正しければきっと私の車は今頃外で巨大は雪だるまと化しているだろう。
ともすれば、やはり私は今夜も家には帰れそうにない。まぁ元より今日もここに泊まるつもりだったのだから別に問題は無いのだが。そもそもこんな時間に家に帰ったところで出来ることなんてシャワーを浴びてしばらく使っていない埃を被っているであろうベッドで眠るくらいだ。
それならこの病院でシャワーを浴びて仮眠室で睡眠を取ることとそう変わりないないではないか。むしろ埃まみれになるより使い慣れた仮眠室のベッドの方が寝心地が良いとすら言えよう。
きっと同僚にそう言えば仮眠室のベッドを使い慣れているという時点で問題があるとまたお小言を貰ってしまいそうであるが。
私だって今の勤務状況が外聞的には大変よろしくないことぐらい理解している。だが、私は強制的にこうさせられているのではなく好きでこうしているのだから勝手にさせて欲しいものだ。
私がやりたいことも、私がやるべきことも今いるこの病院を含めた各地の患者が存在しうる場所にあるのであって断じて物寂しい我が家などにはない。
軽く頭を振って未だ尾を引く思考を振り払い、小さく息を吐く。
今向かっている会議室ではある男が待っていることになっている。最後に会った時の記憶は例の事件直後に意気消沈する彼をぶん殴ったものなので、正直言って足取りはすこぶる重い。
あの後どうにか復活して輝かしい栄光を手にし、平和の象徴などと呼ばれるまでになったということは知っているが、それでも喜び勇んで顔を合わせるような気分にはなれなかった。
あのとき私は最善だと信じて躊躇なく彼の右頬に拳を叩き込んだが、客観的に見れば彼を更に追い込んだことになるだろう。
あの時は私もまだ若かったというか、少し勢いに任せすぎた所があったことは否めない。
その点を加味して一応初めに謝罪からーーいや、今同じ事になってもきっと私はあのときと同じく彼の顔面に拳を叩き込むと断言できる。
むしろ今の良い歳をしたおっさんがうじうじ悩んでいる所などを目撃してしまえば殊更躊躇は無くなるに違いない。
「……いつまでも私一人で考えていても仕方がありませんね」
結局の所私一人で問答し続けて居ても答えは永久に出ない。答えを返してくれるのは当人である彼だけだ。私が自分でどれだけ思考を積み重ねたとしても終着など訪れない。
彼が今日、こんな時間に訪ねてきたのには当然訳があるはずだ。
先日の電話では「君に頼みたいことがある。要件は会って直接話したい」とだけ伝えられている。多忙な身でありながらひっそりとお忍びで来た彼の頼みとは一体何なのか。
まずはその要件というのがどのようなものなのかを聞いてからだ。
彼の人脈なら大抵の問題など簡単に解決してしまいそうだがーー。
そこまで考えた所で遂に件の会議室へと到着した。
中からは明かりが漏れており、人の気配がする。
四回のノックの後に「どうぞ」と声が掛けられたのを確認してから扉を開けた。
部屋の中に入ると、声の主である彼が態々律儀にも下座のソファに腰掛けてこちらを振り向いていた。
「久しぶり。君は変わらないね、フローレンス」
「そう言う貴方は随分変わりましたね、俊典」
目元は大きく窪み、まるで骸骨のようで、全身骨と皮だけで出来ているといっても過言ではないこの男こそ、私と同期で彼の雄英高校を卒業した世界的トップヒーロー『オールマイト』である。
備え付けられたコーヒーセットで二人分のコーヒーを入れ、彼の分を机に置いてから自身もソファに腰掛ける。
お互い静かに一口コーヒーに口を付けてから、視線を交える。
やや間があってから彼の方から話を切り出した。
「今日はこんな時間にすまないね」
「いえ、気にする必要はありません。元より今日は家に帰るつもりはありませんでしたから」
「はは、あまり無理をするものではないよ。君のことだ、きっと今日だけじゃないんだろう?」
「私の体調について貴方が気にする必要はありません。それに無理といえば貴方の方でしょう。その体でここまで来るのは相当にこたえたのでは?」
「そうだね……。日本国内には居ないだろうとは思っていたけれど、まさかアメリカの、それもこの時期のワシントンに居るとは思ってもみなかったよ。正しく骨身にしみる寒さ、というやつだね」
そう言いながらHAHAHA!と、大げさな身振りと共に八木俊典は笑うが、実際問題今の彼の体で今回の遠出は相当に体への負担になったはずだ。
要件があるならこちらを呼びつければ良いものを、彼は自分自身の個人的な要件だからと自身がこちらに訪れることを頑なに譲らなかった。
果たしてこれはいい意味で変わっていないと喜べば良いのか、それとも悪い意味で変わっていないと嘆けばいいのか……。
今の彼では最悪雪で埋もれている開かれた状態の側溝にうっかり足を乗せてしまえばすっぽり全身を雪で覆われて埋もれてしまう可能性だって無きにしもあらずなのだ。
世界的ヒーローの最期が遠路はるばるやってきた地で雪に埋もれて窒息死などでは笑えない。
その後も二、三当たり障りのない話題について会話をするが、会話が途切れるごとに何かを言い出そうとしては言い辛そうな顔で視線を泳がせる。
普段ヒーローとして活動している際はああも胸を張って堂々としているというのに、こういう場面でもたもたと足踏みをしてしまうのは相変わらずらしい。
これは私の方から多少強引に引き出さなくては比喩表現抜きで夜が明けてしまいそうだ。
「世間話をしに来たわけではないのでしょう。本題に入りなさい。貴方も私もそう暇な時間が多い人間ではない」
「……ああ、その通りだね」
これまでの朗らかな雰囲気は鳴りを潜め、神妙な雰囲気が会議室を包む。
ようやく覚悟が決まったのか、今一度佇まいを直し真剣な眼差しでこちらを見つめる彼は、数秒瞑目した後に口を開いた。
「これから先の三年間、君を私の専属として雇いたい」