それはともかく、今回の話から特にFGOのバーサーカー的な部分は鳴りを潜めて治療行為以外に対しては理知的なナイチンゲールがよく出てきます。
あの狂気的な治療魔婦長をご所望な方々はもう少しお待ち下さい……
……具体的に言うと誰かが大怪我するまで。
春。
新たな生命の息吹がそこかしこに顔を見せ、可能性と期待と少しの不安を誰もが胸に抱く季節。
世間は浮足立ち、普段より多いヴィランによる事件のニュースにヒーロー達は大忙しだった。そんな最中私はというと、これから勤務することとなる新たな職場を訪れていた。
「フローレンス・ナイチンゲールです。根津校長から既に伝達があったかと思いますが、次年度から三年間オールマイトの補佐兼養護教諭としてお世話になります。まだ実際の赴任は暫く先となりますが、どうぞ宜しくお願いします」
久方ぶりのスーツに身を包み、パチパチとまばらな拍手を受けながら頭を下げる。
職員室特有のコーヒーと紙束の匂いが何十年も昔の学生時代の記憶を刺激した。
私は今日をもって、嘗ての母校である雄英高校に教師として足を踏み入れた。
「私を貴方の専属として、ですか」
「うん。受けて……くれるだろうか」
「…………」
私は彼の秘密を知っている。
在学中や日本に居た頃に彼を治療する過程で知ったソレは、彼の個性が『ワン・フォー・オール』と呼ばれる代を跨いで継承されていくことで力を増していく特殊な身体強化系であるということだ。
また、その個性の因縁によって五年ほど前に衝突した凶悪なヴィランとの戦いで今現在のような嘗ての筋骨隆々とした姿からは想像もできない見るも無残な姿になったということも人伝ではあったが彼の親しい人物から聞いていた。
今回の件も、恐らくそのことに関わりのある依頼なのだろう。
私はお世辞にも正面切ってヴィランと戦える人間ではない。
近接格闘術はもちろんのこと、銃の扱いやナイフによる戦闘術、出来ることは何でもやったが、あくまでそれは誰でも努力と時間さえ掛ければ習得できるものばかりで、個性という圧倒的不平等の前では小細工に過ぎない。
必要に迫られれば私とて一も二もなくヴィランに立ち向かうし、そのことについて恐怖感を感じるほど未熟な訳でもない。
しかし、今現在眼の前にいる男は世界中が認めるトップヒーローで、件のヴィランはそんな彼にここまでの深手を負わせる程の実力を持っている。
そんな化物を相手にするとなれば、私はただのお荷物でしか無い。他に形容することの出来ない程の足手まといだ。
だが、私にとってこの八木俊典という男は大恩ある人物である。彼自身は恐らく、というかまず間違いなく気がついていないだろうが、私はプロになってすぐに大きな借りを作っている。
それだけでも、具体的な話を聞く理由にはなり得るだろう。
「契約については具体的な内容によります。貴方は私に何を望むのですか?」
私がそう言うと、即答で断られなかったことがそんなに嬉しかったのか目を少し見開いて顔を綻ばせる。
……そんな反応をされる程私は彼を辛辣に扱った覚えはないのだが、何をそんなにビクビクしているのか。
そんなことではまた彼の師に蹴り飛ばされてしまうぞ。
「具体的な内容について話すにはまず前提として私の現在の体について詳しく説明する必要がある。私は五年前の傷を負ってから少しずつ活動時間、言わば個性を使って行動できる時間が少しずつ短くなって来ているんだ。このままでは直に満足に力を振るうことが出来なくなるだろう。その前になんとしても後継を見出し、この力を次の世代へ託さなくてはならない。だが、そう簡単に後継として相応しい人物が見つかるとは思えない。そこで君の力を借りたい」
「……なるほど、大まかですが理解しました」
私の個性は『癒やしの手』、もしくは『ヒーリング』と呼ばれている。
手で触れた箇所を正常な状態へ近づけるように働きかけ、主に影の治療や病の治療に使用している。
日本で有名なリカバリーガールの『治癒』と違うのはあちらが患者本人の自己再生能力を強化して治療を行うのに対し、こちらは完全に外的な力で治療を施す。
要するに消費されるエネルギーの負担は100%私持ちということだ。
デメリットとしては対称に私が触れ続けて居なければいけないということくらいで、エネルギー効率も大変良い。
発現した当初こそ転んで出来た擦り傷や青あざでさえ何時間も掛けてようやく治したものだが、今となっては一時間も触れ続けていれば複雑骨折位なら元通りにできる。
伊達に高校卒業以来世界各国を飛び回っているわけではない。個性という力は誰かを救い、守るよりも何かを破壊し、他者を害する事に使われるケースが圧倒的に多い。経験なら嫌というほど積むことが出来た。
まぁその効果の高さに対して運用コストの低さ故に乱用しすぎて同僚や友人には働きすぎだとよく小言を受けるのだが。
「これは私の我儘かもしれない。しかし、君が私に付いている間に救えたであろう命と同数とは行かないまでも、出来得る限り私も人々を救うために尽力するつもりだ。だから……お願いできないだろうか」
徐にソファから立ち上がり、これでもかと言わんばかりに頭を下げるオールマイト。
その両手は固く握りしめられて振るえていた。
……内容がどうあれ、私が彼の力になれるというのならこれもいい機会かもしれない。以前から返したいと思っていた負債を返す時が来たのだ。
「はぁ、まだ私の個性が貴方の症状に有効であるという確証も無いでしょうに。まぁ良いでしょう。貴方がこの依頼を我儘だと言うのならば、それを受けるのは私のけじめだと思ってください」
「ーーそれじゃあ!」
「ええ、貴方の依頼を受諾します」
というやり取りの後、雄英高校への赴任の件も含めて更に詳しく予定を詰めてからオールマイトは身辺整理のある私を置いて一足先に帰国。
そして私は先日ようやく諸々の手続きを終えて日本へやってきたと言う訳だ。
訳なのだが……。
「それで、後継が見つかったというのは本当なのですか?」
「あー、その、えー、そう、だね。正しく彼しか居ないという人物を見つけることができたよ」
雄英高校内にある会議室の一つ。
そこで私はコーヒーを片手にパイプ椅子に腰掛け、オールマイトと向き合っていた。
面倒な手続き作業は一体何だったのかと限られた時間で必死に作った引き継ぎ資料や中古で購入したものだったが今回の長期滞在を期に売りに出した愛車が脳裏を掠めるが、若干遠い目になりつつも意識はなんとか体に留める。
「……それで、依頼についてはどうするのですか?この間の話では私は後継者を見つけるまでのサポートとのことでしたが」
「実際の所この『ワン・フォー・オール』を譲渡しただけではあくまでも個性を身に宿しただけに過ぎない。今後私は彼の肉体面を鍛え上げ、来年の雄英の受験に挑んでもらおうと思っている。せっかく君の時間を三年間も、いや、今既にこうして日本に来てもらっているわけだからおよそ四年間だね。これだけの時間を貰えているわけだから、本音を言うと後継の育成についても協力してもらいたい。『ワン・フォー・オール』は個性を譲渡された後からが正しく本番だ。仮初の器では満足に力を振るうことも出来ない。訓練で怪我を負う危険性は他の個性より圧倒的に大きいだろう。それを鑑みれば君という治療のエキスパートが手元に居る状態でこれだけ早く後継を見つけることが出来たのは僥倖と言える」
トゥルーフォームのやせ細った体ながらも、頷きながら力強く拳を握ってみせるオールマイト。
その姿からはトップヒーローと呼ばれるに値する覇気を感じさせる。
しかしながら、どれだけヒーローとして成長しても計画性に関しては対して成長していないようだ。
私が若干呆れを含んだ視線でオールマイトを見つめていると、ついさっきまでの自信たっぷりの姿はどこへやら、視線は宙を泳ぎ、握っていた拳は開かれ所在なさげに空中であちらこちらと迷った挙げ句に後頭部へ行き着いた。
「しょ、正直勢いに任せて後継を決めてしまったのは早計だったと思っている。君に後継探しの補佐を頼んだのは私なのだから、君にも一言声を掛けるべきだったよね。ご、ごめんよ……」
「別にその点について攻めている訳ではありません。貴方の突発的に動く計画性の無さは
「うぐっ」
暗に『計画性は高校生の、それも周りより無かった頃と大して変わりませんね』と言ってやると、オールマイトは情けない呻き声を上げて苦虫を噛み潰したような顔で蹲った。
それを横目に見ながら腰掛けていた椅子から立ち上がり、空になったコーヒーカップを二つ纏めて持ち上げる。
「後継者の育成についての件は分かりました。乗りかかった船ですからこの際とことん付き合いましょう。なので、もう少し報連相というものを覚えてください。出来ることなら高校に教師として赴任する前に」
「き、肝に銘じます……」
項垂れるオールマイトの横を通り過ぎ、会議室を後にする。
学生時代も含めれば彼に注意を行った回数はそれなりにあるが、『考えるより先に体が動いていた』を地で行く彼のことだ。またこりもせず同じようなことを繰り返すだろう。
まぁ、それがアレの良い所でもあるのだが……。
これから先に待っているであろう後継者育成の長く険しい道程に、私は思わずため息を付いた。
しかしそれにしてもーーそれほどまでに彼が惹かれた少年というのは、一体どんな人物なのだろうか。
「へっくしゅん!あ、あれ?風邪かな……これからはオールマイトに特訓してもらうんだから、体調管理も気をつけないと……!」