Fate/GrandOrder_藤丸と立香   作:部屋ノ 隅

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第一の夢 逢瀬 その一

幕間の物語 英霊問答 ラーマ編 その①

 

 

「ふむ……いやしかし「どのような」と聞かれてもな……」

 

 美しい夕焼けをそのままトレースしたかのような長髪とルビーのような瞳をした青年は、藤丸立香の問いに対して腕を組んで首を捻りながら、それでもなんとか適切な答えを出そうと頭を回転させる。

 

 古代インドにおける大長編二大叙情詩の一つ「ラーマーヤナ」における主人公。悪辣極まる猿王ヴァーリン、そして魔王ラーヴァナを討ち果たしたコサラの王「ラーマ」その人と、2016年に生きるただの高校生である藤丸立香は、二人で焚き火を挟んで話をしていた。

 ここはレイシフト先の――2016年現在から見て過去のアメリカで、場所はシエラネバダにあるジャイアント・セコイア(大森林)。時刻はもう深夜二時を過ぎている。

 

 過去や異空間に現われた特異点の発見及びそれの修復や、各々の霊基を強化するに当たって特定の条件を満たすためにレイシフトを行う事自体は何度かあったが、マシュを含め他のみんなと離ればなれと言うのは本当に久しぶりだ。

 必然、今現在側にいる英霊は、こうして眠れない自分の話し相手になろうとしてくれているラーマ一人のみ。

 

「ううむ……こういう事は余なぞよりも後生の作家達……そうだ。シェイクスピアやアンデルセンなどの方が、遙かに表現するに易い才を持っていると思うのだがなぁ」

 

 静かだ。虫のざわめきも、ふくろうの鳴き声も、風の音すらも聞こえない。二人の会話とバチバチと焚き火から火花が散る音だけが、月明かりも無い真っ暗な森の中に響き渡っている。

 ……ラーマからの返答は暫くの間無かった。やはりいきなり、それも不躾な質問だっただろうと謝罪し、頭を下げる。

 

「む? ああ、すまない。頭を上げてくれマスター、むしろ謝罪をせねばならんのは余の方だろう。「何でも聞いてくれ」と、確かにそう言ったというのに碌な返答をする事が出来ないとはな……おっと」

 

 ラーマはバツが悪そうな表情で焚き火から完全に炭屑となった白樺の枝を何本か取り出すと、取り出した量と同じだけの枝を焚き火へと放り込む。弱くなり続けていた火が、新たな燃料を糧として再び勢いを取り戻してゆく。

 新たな枝の位置などを大ざっぱに調整し終えた彼は、半ば苦し紛れに口を開いた。

 

「そうだな……戸惑わない、迷わない、顧みない……先人や後人達の言葉を借りれば幾らでも適切な……「それらしい答え」は出せるし、最初はそうしようかと思ったが、やはりダメだな」

 

 物思いに耽るように再び考え出す。自分から言い出した事だと言うのもあるが、マスターが……藤丸立香が真摯に悩み、考え、そして自分に問いかけてきた物だ。「ラーマならば答えられる」「ラーマの答えを聞いてみたい」そういう期待を込めて聞いてくれた物だ。

 ならばどんなに答えづらくて難しい問いでも、最低限誰かから借りた物では無く、自分の答えを言わなくては無礼に過ぎる。

 

 適切な言い回しと、伝わりやすい表現。自分の心情を言葉で表現するというのはここまで難しい事だっただろうか。やはりどう足掻いても「彼女」が関係する事だからか? それとも自分に学が無いからだろうか。いっそ歌や踊りで表現する事が出来たならば、頭ではなく心で理解してもらえただろうに。

 

「……マスター。質問を質問で返すようで悪いが、余の妻の……シータの事はどれぐらい知っている?」

 

 時間をおいてラーマから逆に返ってきた問いに、今度は藤丸立香が少しのあいだ無言になった。シータ……シータ……ダメだ。やはりどれだけ考えても自分の脳裏には某天空の城を目指す少年と出会った「空から女の子が!」の少女しか思い浮かばない。正確にはラーマの妻である「シータ」の事も知っているし、ほんの一時とはいえ会った事もあるのだが、悲しいかな今の時代の日本人には「シータと言えば彼女」のイメージが強すぎる。どう考えても彼女の名前の元ネタは「シータ」なのに。

 

 最終的に「あの特異点での事ならば全部覚えているけど、シータ個人の事についてはあまり知らない」と答えた。

 

「だろうな。今の時代、マスターの住む日本では「シータと言えば天空の城の彼女」というイメージの方が圧倒的に強かろう」

 

 ……心を覗かれた気分になった。「いやラーマがそれを言うの!?」と思わずツッコむ。というかなんで天空の城の事を知っているんだコサラの王。

 

「ああ、以前エドワード・ティーチに

 

『ラーマ殿に是非見てもらいたい映画があるでござる! ちょっとだけ! ちょっとだけでござるから!! 先っちょの方だけでござるから!!』

 

と迫真に迫った勢いで懇願されてな……暇つぶし程度のつもりだったのだが、とても面白くて最後まで見てしまったんだ。じゃぱにめーしょん、と言うんだったか? 日本のアニメやサブカルチャー文化は凄いなと感心したよ。他の作品もほぼ全てを網羅している」

 

 なぜか自慢げな顔をしているラーマに、藤丸立香は曖昧な返事しか返せなかった。

 古代インドの王が某スタジオ作品にドハマりさせられていた件について。っていうか何をしてるんだ黒髭は。ラーマにこんな質問をした自分が言える事じゃないし、微々たる可能性ではあるが、彼のトラウマを抉る可能性を考えなかったのか。あの作品、もろにラーマとシータの二人が元ネタな部分が多々あるのに。

 

 取りあえず黒髭に対する制裁(主に周回任務)を頭の片隅でいくつか考える藤丸立香に、ラーマは思い返すように微笑みながら、ラーマーヤナにおけるシータの事について、いくつか話してくれた。

 

 シータ。ラーマーヤナにおけるヒロインで、ラーマの妻となったお姫様。

 

 ミティラーの王、ジャナカの娘であり、ヴィシュヌ・ヴァーミトラのお供として国を訪れたラーマと結ばれるが、些細な諍いがキッカケで、羅刹の魔王ラーヴァナに攫われてしまう。

 それから紆余曲折あって……最終的に、ラーマは猿の軍勢と共に見事ラーヴァナを討ち果たし、愛する妻を取り戻す事となるのだが…………。

 

 そのあとが問題だった。ラーマが統治する王国で、ラーヴァナに囚われていたシータの貞操について疑う民衆の声が殺到してしまい、ラーマは民衆を落ち着かせる為「愛するシータを国外へ追放する」という酷く苦しい決断を迫られる事になる。

 

 物語のラストとして、シータは身の潔白を証明する為に大地の女神グラニーに自分が貞潔ならば迎え入れるよう訴え、それを聞き届けたグラニーと共に大地の中へと消えていった。ラーマは大いに嘆き悲しみ、そのごは後妻を娶る事もなく国の統治を続け、この世を去る。

 

「……と、まぁかなり端折ったが、後世に広く残されている記録と言い伝えはこの程度の物だろう。もっと知りたければ以前にも言ったが「ラーマーヤナ」を読んでくれ。余が言うのもなんだが、何しろ十字教の旧約聖書並みに話が長いのでな。細かい所まで話しては夜が明ける」

 

 自嘲半分呆れ半分といった具合に薄っすらと笑う彼は、それでもどこか誇らしげに見えた。

 

「しかし、これだけでは不十分だと余は思う。ああ、歴史家達の見解や研究について物申したい訳ではなくてな。むしろよくぞここまで過去の、それも神世の話について推察し、調べ上げた物だと心から感心しているほどだ」

 

 ラーマは腕を組んだまま、まさに感心したといった顔でうんうんと数度頷く。これは藤丸立香の勝手な推察でしかないが、彼は恐らく嬉しいのだ。ラーマだけに言える事ではないかもしれないが、今より過去を生きて、既に亡者となり果てた筈の自分達の事を今も覚えてくれている人がいる。知ろうとしてくれる人がいる。知ってくれている人がいる。残そうとしてくれている人がいる。

 

『私が死んでも、私の後に続く未来を生きる者達がいる。だから私は戦えるのです』

 

 かつて自国スパルタの戦士三百人と共に、十万ものペルシャ軍を相手に最期の最後まで防衛戦を繰り広げたスパルタの王レオニダス二世は、マシュを相手にこう言った。

 残るものがあるから、消えないものがあるから、僅かなりとも自分の事を覚えてくれている、未来に生きる人がいるからと、満足気に言う英霊は少なくない。

 

「……だから、ここからは余のみが知っている、余と他数名しか知らぬ事を、マスターに話そうと思う」

 

 その言葉を機に、ラーマから放たれる空気が変わった。

 

 歴戦の戦士のような迫真めいて。聖人のような微笑みを浮かべ。賢者みたいな聡い視線を向け。王の風格を漂わせながら。子供みたいに嬉しそうに――

 

「そうだな……まずは……」

 

 ――ラーマは、藤丸立香に語る。

 

 

 

 

 

「シータはな……ああ見えてかなりの甘えん坊なのだ」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の夢 逢瀬 その一

 

 

 

 

 

 

「ステラァアアアアアアア!」

「Aaaarrrthurrrrrr!!」

「これが開拓者魂だぁあああああああああ!!!!」

 

 ドッガァアアアアアアアアアアアアアアン!! と、鼓膜が破れるかのような大爆音が三回連続で響いた。とんでもない量の土煙が舞い上がって爆音の発生原因である三人の英霊を包み込むが、何故か彼らの側にいる筈の藤丸は土煙の影響を受けていない。

 

 土煙が舞い上がってから五秒ほど経っただろうか。唐突に、されど当然のように土煙が虚空へと消え去る。後に残ったのはガトリング砲を構える全身黒い甲冑で身を包んだ騎士と、どう見ても裸にオーバーオールを着ただけの金髪おかっぱ幼女に担がれる、軽装備をした黒髪の弓兵。そして、地面に散らばるキラキラと輝く宝石のような何か。

 もう何度も何度も、それこそ嫌になるくらい周回(繰り返)しているから今更確認するまでもないと分かってはいるのだが、一応、辺りに敵影が一体もいない事を確認すると、藤丸は三人に向き直って告げる。

 

 

「よし、今週の種火周回はここまで。お疲れ様、みんな」

 

 

 ここはカルデアの管制室にあるシミュレーションルーム。行われているのは、英霊の霊基をより強くする神秘の火の回収を兼ねた、ただの戦闘訓練だ。

 

 

 ――カルデア――管制室――

 

 

「え~、またなの? マスター」

 

 人の世をより永く、より強く発展させていく為の星の航海図。これを、魔術世界では「人理」と呼ぶ。

 

 その人理を継続、保証し続ける為にある組織。通称「人理継続保証機関――フィニス・カルデア」の管制室で、藤丸は先ほどまで一緒に戦闘シミュレーションをこなしていた一人の幼女に絡まれていた。

 

「ああ。ごめんな、バニヤン」

 

 ただ、この幼女を見て「何の変哲も無い」などとは、初見であれど誰もが思わないだろう。

 

 歳は、どう見繕っても十に届くか否かと言った感じで、服装は裸にオーバーオールをそのまま着ただけというなんとも危なっかしい、この歳だから許される物。

 大きな麦わら帽子を被り、戦闘の時は伐採用の大斧や巨大なチェーンソーをぶん回しまくるその小柄な女の子――アメリカの開拓伝説(偽)から生れた英霊「ポール・バニヤン」は、藤丸の返答に対してぷっくりと頬を膨らませて不満を露わにする。

 

「むむぅ……マスター、最近冷たくなった」

 

「いや、そもそも俺は最初から……」

 

 ぷんぷんという擬音が頭から出ている気さえするバニヤンを前に、藤丸は若干慌てながらもどういう返答をすれば彼女が納得するのかと真剣に頭を悩ませていた。バニヤンはかなり理性的で人と対話が出来る方だが、それでも理論的、理性的、倫理的な理屈などほぼ通じない。なにせ彼女は「子供」で、しかも「バーサーカー」だ。ただでさえふて腐れた子供というのは宥めるのにコツがいるのに、それに加えて狂化スキルで理性と思考がそぎ落とされている。

 

 故に、バニヤンの価値観や考えに沿って、上手く話をしなければならないのだが……。

 

「ん? どしたどした、何があった?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、同じく先ほどまで一緒に戦闘シミュレータールームにいた英霊――西アジアに今なお強くその名を残す大英雄「アーラシュ・カマンガー」がスタスタとこちらに歩いてくる。そう、先ほどシミュレーションルームで戦闘不能となりバニヤンに担がれていた、軽装備で黒髪の好青年だ。

 

「アーラシュ。いや、その……バニヤンとちょっと」

 

 ボスッ、っと自分の腹に頭を叩き付けてきたバニヤンの頭をよしよしと撫でると若干彼女の頬が緩んだような気もするが、すぐさま不満げなそれへと戻った。

 

 アーラシュはスッ、と極自然にしゃがんで、バニヤンと向き合う。子供と対話する時は、対等に会話してくれているという印象を持たれやすいように、子供の視線に合わせる事が重要だといつか本で読んだ事があるが、なるほど実にスマートだ。ヒーロー気質のゴールデンやカルデアのママと呼ばれている彼女同様、子供の対応に慣れている。

 

「んー? どうしたんだバニヤン。あんまマスターを困らせちゃダメだぞ?」

 

「……マスターが頑張ったご褒美をくれないんだもん」

 

「ご褒美? 今だってそうだが、ついさっき……種火周回が終わった後すぐに撫でてもらってたじゃないか。おやつとか、一緒に遊ぶだとか、そういう話か?」

 

 バニヤンはブンブンと首を横に振って否定した後「だって……」と小さく呟いて――あ、マズイ。

 

 その瞬間、藤丸の表情が一瞬で強張った。直感スキルなど無くても分かる、今ここで、このまま二人に会話を続けさせてはいけない――!!

 

「ちょっ、ちょっと待ったバニヤン! 話なら管制室を出てからゆっくり――――――――!!」

 

 慌てて止めに入るが、少しばかり遅かった。

 

 

 

 

「だって……最初は私が一緒に寝てってお願いしたらちゃんとベッドに入れてくれたじゃない!」

 

 

 

 

 ビシッ――と管制室の空気が凍り付いた音がした。絶対零度の世界にいきなり放り込まれたような、まるでカルデア全体がそうなってしまったかのような感覚に襲われる。……何故だろう、割とシャレにならない表現な気がしてならない。

 

「ジャックやナーサリーやアビーだってそう言ってたよ? 最近マスターが一緒に寝てくれない。ベットに入れてくれない。冷たくなったって!」

 

 バニヤン頼むから、お願いだから幼女組(その子たち)の名前を纏めて出さないでくれ。誤解を招くような事を大声で言わないでくれ。遠くから驚愕の眼でこっちをガン見しているマシュと、羨望の眼でガン見している獅子耳のアーチャーが凄く怖いんだから。

 そんな藤丸の心情など知らぬと言わんばかりに、バニヤンはギャンギャンと叫びながら藤丸に抗議と言う名の抱擁をし続ける。藤丸の体がミシミシと軋んで悲鳴を上げるが、彼女は手を緩めてくれそうにない。

 

「はははは! なーるほどな。うん、そうか。大体話は分かったぜ。んー、どうしたもんかな」

 

 事情の全てを察し、明るく笑いつつ解決策を考えてくれるアーラシュが頼もしすぎる。流石は西アジアに今なお強くその名を残す大英雄アーラシュ・カマンガー(弓の名手・アーラシュ)

 

 某アイルランドの光の御子と足柄山の金色童子が「兄貴」だとすれば、アーラシュは「お兄さん」と呼ぶに相応しいだろう。日本の放送協会で「歌のお兄さん」として活躍しているあの人達なんかと一緒だ。三者三様ともに頼りになるし優しいから、子供(の姿を形どって現界した英雄)に強く懐かれている。

 そんなカルデアのお兄さんであるアーラシュは少しの間考えるように眼を閉じると「よし」と頷いて、再びバニヤンと話し始めた。

 

「なぁ、バニヤン」

 

「……なに?」

 

「マスターの……藤丸の事は好きか?」

 

 アーラシュの問いに、バニヤンは一寸の迷いも無くコクりと頷いた。その気持ちは凄く嬉しいが、お願いだからそろそろ腕にこめる力を緩めてはくれないだろうか。

 

「そうだな。聖人も悪人も狂人も、ルーラーもアヴェンジャーもバーサーカーも……例え人じゃなくったって分け隔て無く接してくれるし、優しいもんな。だから俺も好きだよ」

 

「アーラシュも?」

 

「おう! というか、このカルデアにいる英霊で、マスターの事を憎からず思ってない奴なんていないんじゃないか? みんなこいつの事が好きなんだ」

 

 だからさ――と、アーラシュは一呼吸置いて

 

「ズルくないか? バニヤン達だけがマスターと寝たりしたらみんなきっと「俺(私)も藤丸と一緒に寝たい!」って言い出すぜ?」

 

「!?」

 

「藤丸だって、毎日毎日訓練や周回で疲れてるだろうし、基本的には一人でゆっくり寝たいだろう」

 

 盲点を突かれたのかハッ! っと驚愕の表情を浮かべるバニヤンを見てアーラシュはニヤリと笑うと、追撃の一手を放つ。

 

「なによりもしそうなったら……バニヤン達と一緒に遊ぶ時間が減るんじゃねぇか?」

 

「!!? そ、それは嫌!!」

 

「だよな! 藤丸はきっと、お前らの事を大切に思ってるから一緒に寝ないのさ。だから安心しな、お前さんらはマスターに嫌われてなんていねーよ」

 

 アーラシュはポンポン、とバニヤンの頭を撫でながら「な?」と藤丸に笑いかけた。「そうなの……?」と若干不安げに自分を見上げてくるバニヤンを見て、ようやく藤丸は彼女の意中を得る。

 そして、同時に情けなくなった。ああ――そうか、自分はこんな簡単な事にも気づけなかったのか。

 

「バニヤン……悪かった」

 

 バニヤンの目を見て、真剣に頭を下げる。

 

「え?」

 

「そんな不安な気持ちにさせて、本当に悪かった」

 

「マスター……」

 

「俺は、お前達の事が嫌いになったんじゃ絶対にないから。ただ……その……」

 

 言葉に、詰まる。「あのこと」はバニヤンは勿論、他の誰にも言う訳にはいかない。それを原因として他の誰かを傷つけるつもりは毛頭無い(既にバニヤン達が傷ついてしまっているが今は置いておく)が、あれは――あの事だけは。

 

「……ううん。もういいよ、マスター」

 

 藤丸の背中に回されていたバニヤンの両腕から力が抜ける。スルリと自分の体から離れていくバニヤンの表情は、負い目を感じているのか元気が無いが、暗くて不安げな物ではなくなっていた。

 

「私こそごめんなさい。マスターの気持ちを考えないで我が儘言ってた……嫌われたんじゃないかって、マスターの事疑った……最初に寝てくれた時も「今回は特別だからな」ってちゃんと言ってたのに……」

 

「バニヤン……」

 

 藤丸に謝罪する彼女の表情は、安堵に満ちている。

 ああ、良かったと。決してマスターに嫌われた訳じゃ無かったんだと。それを知り、憂いが晴れた晴れやかな物だ。

 

「……ナーサリーとジャック、それからアビーには私から言っておくね。本当にごめんなさい」

 

 一刻も早くこの事を三人に伝えたいのだろう。もう一度頭を下げて足早に管制室を出て行こうとするバニヤンの背中目掛けて、藤丸は大声で呼びかける。

 

「……おいバニヤン!」

 

「?」

 

「俺も一緒に行くから、管制室の外で待っててくれ。……お前だけじゃなくて、三人にも謝らないといけないしな」

 

 バニヤンの言っていた事が本当なら、自分は彼女だけではなく四人もの少女を不安にさせてしまっていたという事になる。ならばきちんと謝罪して、かつシッカリと誤解を解いておかなくてはならない。そして、それは他ならぬ藤丸自身がやらなければいけない事の筈だ。

 彼女は一瞬キョトンとしていたが、すぐに満面の笑顔を浮かべると「うん!」と頷いて今度こそ管制室から出て行った。それを見送ると、藤丸はアーラシュに向き直って真摯に頭を下げる。

 

「ありがとうアーラシュ。本当に助かった」

 

「なんの、このくらいどうって事ねぇよ! これでも子供の面倒なら見慣れてるんだぜ? 自慢じゃねぇが、俺は生前から子供達に人気があったからな!!」

 

 得意げに笑うアーラシュは、それに――と言葉を続けた。

 

 

 

 

「お前さん、貞操だとか倫理だとか……そういうのを差し置いて、他になにかあいつらと一緒に寝られない事情があるっぽかったしな」

 

「――――」

 

 

 

 

 その時、藤丸は本気で……本気の本気で、世界中の時が止まったような気がした。先ほどバニヤンが言い放った事で感じた絶対零度の比ではない。秘中の秘。誰にも知られたくない「自分達」の大切なそれに、指を引っかけられたような感覚。

 ドッッ、と高鳴りそうになる心臓を無理矢理押さえると、藤丸は何でもないかのように振る舞おうとした。

 

「夜中に誰かと密会でもしてんのか? 前に清姫の嬢ちゃんと頼光、それから静謐のハサンが何度も何度も無断でマイルームに忍び込んでくるって問題になったけどよ」

 

「それは……その……」

 

 無理だった。無理に決まっていた。言葉が出てこないどころか、表情もガチガチなそれになってしまっている気がする。自分でも不思議な事だが、なんで「みんなには内緒ね」という口約束一つが破られるかもしれないというだけでここまで不安になるのだろう。むしろ本気で互いの身の安全を考えるならば、即ダヴィンチちゃん辺りに相談するべきなのに。

 

 大英雄かつ観察眼が鋭い弓兵(アーチャー)クラスであるアーラシュが、そんな自分の様子に気付かない訳もなく更なる追求が――

 

「……ん、まぁ良いや」

 

 ――来なかった。安堵よりも先に疑問が来て、思わず「へ?」という素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「お前さんが何を隠してるのかは正直気になるけどよ。少なくとも「悪い事」じゃねぇだろうって確信してるしな」

 

「……アーラシュ」

 

「俺の予想が当たってようが外れてようが、真剣な事だろうが下らない事だろうが、ぶっちゃけどうでも良いんだ。少なくともお前は今それをみんなに隠したくて隠してるんだから、理由はどうあれそのままで良いんじゃねぇの? って俺は思ってる。マジでヤバい事だったり大切な事だったりしたら、マスターはもう誰かに相談してるだろう?」

 

 コクり、と自然に頷く。先ほどまで藤丸の中にあったはずの動揺と不安は、いつの間にか治まっていた。それはきっと、単に追求を逃れられたという事実から来た物ではなく、大英雄たる彼の気遣いと屈託の無い笑みによってもたらされた筈だ。

 ポンポン、とアーラシュは藤丸をより安心させるように頭を軽く撫でる。

 

「だからそんな不安な顔すんな。もし本当に女の子を部屋に呼んでその……なんだ。「そういう事」になってるってんなら、さり気なくみんなを誘導しといてやっからさ」

 

 ニシシ、と若干いたずらっぽく笑うアーラシュに藤丸は肩を竦めると、もう一度真剣に頭を下げて礼を言い、管制室の外で待つバニヤンの元へと歩き出した。

 

 

 





ちょっとぐだ♂×ぐだ♀の作品少なすぎません?(迫真)
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