幕間の物語 英霊問答 ラーマ編 その②
「それでな! 余が湖の淵に咲いていた花を摘み、シータに送った時など……そうだそうそう!! 花と言えばあれは余がシータと……」
ラーマがマシンガントークを始めてからどれぐらいの時が経っただろう。体感だと夜が明けるどころか、既に一日経った様にすら感じる藤丸は虚ろな目をしながら、ラーマの話を半ば右から左へ受け流すように聞き続け、時折焚き火に新たな薪を投入している。
「中でも一番印象に残っているのは今日のように静かな夜……」
最初は、懐かしそうに、嬉しそうに、笑いながら喋るラーマを見て自分まで楽しくなったから割とノリノリで話を聞きつつ時々茶化しを入れていた藤丸立香だったが
「……………………」
今やすっかり無言である。長い……本当に長い。一体どれだけ話せばタネが尽きるのやら。どこぞの英雄王の宝物庫でも無いだろうに、いくらなんでも貯蓄が充分すぎやしないだろうか。
……あれ? そういえばなんで俺はラーマの惚気話を聞く羽目になったんだっけ? 藤丸がそんな疑問を抱いた時だった。ようやっとと言うべきか、喋り続けていたラーマの口が止まる。
「……とまぁ、短く拙い話ではあったが、この辺りにしておくか」
……拙い? ……短い??? 声にこそ出さないが、顔は思いっきり「こいつは何を言ってるんだ」と言わんばかりのそれになっているだろう藤丸に対して、ラーマは若干残念そうな様子をしていた。この王、あれだけ話しておいてまだ足りないとでもいうのか。
「それでだマスターよ。余の話を聞いてどう思った?」
「どうって……」
言葉に詰まる。古代インドのコサラの王、ラーマーヤナの主人公。英霊ラーマから直々に語られる誰も知らない貴重な話とは言え、根も葉もない言い方をすれば、単なる惚気話(長い)に過ぎない。
そりゃあ下手すればラーマーヤナの文量を上回るかもしれない王直々の惚気話なんて叙情詩に載っている訳もなく、率直に感想を言うとーー
「『どうでもいい』と思っただろう?」
またも心境を言い当てられて気まずそうな顔をする藤丸立香を見て、ラーマはおかしくて仕方がない、と言いたげな表情を浮かべた。
「まさにその通りだよマスター。こんな一銭にもならんような惚気話など、未だ余やシータのレリーフや銅像が置いてある国々はおろか、王が余の名を継ぎ続けている本国の民草でさえ、聴き入ってくれるのは極一部だろう。いや、そもそも聴き入るような内容では無いのだからマスターのその反応が一般的であり、正しい物さ」
……確かに、今の話がラーマーヤナに書いてあったりしたら色々とアレだとは思うけど。そう返すと、ラーマは堪らずといった具合に吹き出した。
「ふはははははは! た、確かにそれは不味いな!! 中略したり詳細を省いているのならば兎も角、余が語った惚気話全文が乗っている叙情詩ときたか! 折角の物語が台無しという物だ!!」
そもそも、それを載せるようなスペースが物語の中に無いだろう。仮に載せたとすれば旧訳聖書の倍の厚さがある叙情詩(半分以上惚気話)が出来上がってしまうし、ラーマの言う通り、物語として台無しだ。
あの王道中の王道を行くようなストーリーとエピソードは、某天空の城を含めてきっと様々な作品で参考とされている筈で、一つの物語としてこれ以上無く完成されている。そこに――例え真実とはいえ、余分な物が入る余地など、もう微塵も無い。
――そうしてひとしきり笑った後、ラーマは少しの間だけ瞳を閉じた。
「……それでもな」
ゆっくりと瞳を開ける。夕焼けをそのままトレースしたような美しい瞳が、その微笑みが、藤丸立香を惹き付けて離さない。
「それでも――ボクにとっては「こっち」の方がより強い真実で、大切な
そう言うと、彼は本当に楽しそうに笑った。まるで、幼い頃に手に入れた何より大切な宝物を、久しぶりに見返した老人のように。
「旅の途中で出会った友や臣家などの思い出は例外だが……誰にどう思われようと、他人にとってどれだけ価値の無い、他愛の無く陳腐な物であろうとも、余にとって一番大切な
他人からしてみれば、聞くだけでウンザリするような長くつまらない、似たようなエピソードの繰り返し。しかし、ラーマにとってはそれこそが人生の黄金期。魔王すら屠る事が出来る程に彼を強くした、何より大切な叙情詩だ。
故に考えてしまう。そんな、何よりも大切な彼女を国から追放しなければならなかったラーマの嘆きは、一体どれほどの物だったのだろうかと。
「……と、まぁここまで話しても「なんとなく」程度にしか「感じて」は貰えまい。それはそうだろう。なにせ、こういうのは人に語って理解や共感はされるかもしれんが、真なる……同調、とでも言おうか。それに至る事はまず不可能なのだからな。例え魔力パスを通しているマスターとサーヴァントであれど、だ」
そこまで言い終えると、ラーマは唐突に頭を深く下げた。驚き、思わず固まる。
「……すまないマスター。これだけ語っておいて余はお主の問いに「それは、語って感じさせる事の出来る物ではない」という返事しか返せなかった。それを分からせる為とはいえ、少しばかり長く語り過ぎてしまっていたな」
ラーマのその言葉で、藤丸が気付いた事が二つあった。
一つ目は、ラーマのあの長ったらしい惚気話は、ワザとやっていたのだという事。
二つ目は、「それは、語って感じさせる事の出来る物ではない」という言葉への理解。
ラーマの語ったシータとの思い出話を聞いて、それを尊くて大切な物なのだと理解し、共感する事はなんとなくであれど出来たつもりだ。
けれど――藤丸にとっての最終的なその話の価値はやはり「どうでもいい」だ。話が面白いとか面白くないとか、そういう次元の話では無く、「藤丸立香という人間にとって、ラーマとシータという一組の男女の物語」に「それ以上のものを感じ取る事が出来ない」
よくよく考えてみれば、当然の事だった。藤丸立香はラーマでもシータでも、ましてや世界に認められて座に登録された英霊ですらありはしない。幾ら熱烈に語られた所で今を生きるただのしがない高校生が、叙情詩に関係ない部分とは言え大英雄たるラーマの「それ」に、同調など出来る筈がないではないか。
ラーマに対して愚かな質問をしたとは思わないが、考え無しだった事に間違いはなく、藤丸は大慌てでラーマに頭を上げるよう願い、俺こそすまなかったと謝罪する。
「いや、良いのさ。元はと言えば退屈凌ぎにと、余が自分で言い出した事だ。マスターの真摯かつ真剣な質問を前にして半端な返しをしては、英霊としても先人としても失格であろう」
まぁ、考えた末の返答がなんとも不甲斐ない物ではあるのだが……と自嘲気味に笑うラーマに「そんな事は無い、言葉で理解できないと分かったのは収穫だし、参考になった」と今度はお礼を言った。
「ははっ。そうか……マスターにそう思って貰えたのならば、語った甲斐があるという物だ。誰かに余とシータの事を……ラーマーヤナにも載っていないような他愛の無い話を誰かに聞いてもらうなど、生前を含めてついぞ無かった事だったからな。……礼を言わねばならんのはこちらもだよマスター。思い出話がよもやここまで楽しい事だとは思わなかった」
実に満足そうな笑みを浮かべるラーマを見て、藤丸は考える。「生前を含めてついぞ無かった」――それはつまり、彼は今の今まで胸に秘めてきた思いの丈を一部、藤丸に見せてくれたという事だ。大切な記憶を語ってくれたという事だ。
……思い上がりだと、それは彼の王たる度量と、自分に仕える英霊としての責務から語ってくれた物だと自分を戒めつつ、彼がそれだけの信を置いてくれていると言う事実を前に、藤丸は胸が熱くなるのを感じた。
「さて、どうでもいい長話を聞き続けて眠気も降りてきた頃合いだろう。明日こそマシュや他の皆と合流せねばならんのだ、そろそろ寝た方が良いぞ、マスター。自覚があったかどうかは分からないが、もう長いこと船を漕いでいたからな」
ラーマからの忠告に、素直に頷く。実のところ、もう大分前から頭がボーッとしだしていた。学校でいうところの「校長先生の(だいたいの場合つまらない)話」とは比べるべくもないが、自分にとって価値が薄くて長い話という物は、例えそれがどんな物であれど眠気を誘うらしい。
藤丸はマグカップにまだ残っているチャイをグイッと一気に飲み干し、ラーマにもう一度お礼を言って厚手の毛布に包ると横になり瞳を閉じる。
「なに、お主のような人間ならば何れあの頃の余と似たような感覚と心境に陥る事が必ずあろう。形も強弱も……何もかもが違う物になるのは当然だが、少なくとも「種類」としては同じ筈。一度でもそれを感じ取る機会に恵まれたのならば、誰に教えられずとも心が勝手に悟り、お主を動かすだろうさ」
夢の中に墜ちる瞬間。ラーマの綺麗で聡い声を、藤丸は聞いた気がした。
――カルデア――資料室――
カルデアの資料室にある小さな勉強スペース。殆ど藤丸の為だけに態々設置されたそこで今、カルデア唯一のマスターである彼と胡散臭い数学教授による、世界一どうでも良い舌戦が繰り広げられていた。
「
「ちょっと色々と何言ってるか分からねぇな! 落ち着けって!! 単に川の字になってあいつらと一緒に寝ただけだし、そもそも俺とフランは最初から最後まで姿勢的にも意識的にも起きてる上にみんなを挟んで横になってたからちゃんと離れた位置にいたし、他にあるとしてもただの女友達と普通に遊んだり飯食ったりしてるってだけだろうが!!」
「ただの女友達? 君フランの事をただの女友達って言ったかい!? カルデアで遊んだり食事をするだけならまだしも、レイシフト先で買い物やデート、あまつさえ一緒に昼寝までしておいて「ただの女友達」ィ!? あれだけの魅力と可愛さに溢れる天使のような我が娘を前にして、君はなんとも思わないと!?」
「俺からどういう言葉が欲しいんだよあんた!?」
もうやだこのアラフィフ超面倒臭い。フランとの事を話せば話すだけ不機嫌になるし、弁解すればするだけ話が拗れていく。何度も言ったけど買い物は俺とフランだけじゃなくてちびっ子達は勿論、マシュやエミヤだっていたし、デートだってカルデアに帰還する際にちょっとだけ時間があったから、微少特異点のすぐ近くでやっていたフラワーガーデンを二人で見に行ったというだけだ。
端から見ればなるほど確かに年頃の男女がするデートに見えたかもしれないが、そこには恋人としてあるべき相手を想う気持ちと心が伴っていない。第一、彼女が探している「フランケンシュタインの花婿」に自分が見合う……選ばれる筈がないではないか。
はぁ……とため息をついて、どちらかと言えばインテリアとして設置されている大きな壁掛け時計を見た。時刻はもう既に深夜一時を回っている。
(まずいなぁ……いや一日飛んだぐらいで何が起るって訳でもないんだけど……でもなぁ……)
「約束の時間」まで、あと一時間も無かった。あっちの方が遅れたり間に合わなかったりする分には一向に構わないのだが、自分が間に合わないのが原因というのは何となく嫌だ。すごく嫌だ。……いや一応今日の見回り当番は彼女だから、間に合わないということは多分無いとは思うのだが、それはそれで厄介な事になりそうで嫌だった。
約束の時間に遅れないように、なおかつ彼女が来るまでに資料室から脱出できるように、なんとかしてこの教授を説得しなくてはならないのだが……
無い知恵を絞り出そうと奮闘し続ける藤丸に、教授はハッ! と鼻を高く鳴らして
「いやぁ、分からないさ。私は心配だよ? マスターがフランに見合う男かどうかはさておき、年頃の――第二次成長末期というのは人生の中で一番重要……と、言うと語弊があるか。人生の中で一番色濃く、思い出深くなると言われる次期だ。いわゆる青春時代という奴だネ。体の成長はなりを潜めだし、精神は子供から大人のそれになり始める。数多の可能性と様々な希望に満ちた素晴らしい時代さ。……今の君の事だよ、理解してるかい?」
青春……青春か。ちょっと前まではそんな言葉を持ち出されてもまるで実感がわかなかった。精々仲の良い男友達連中とゲーセンやカラオケで遊び耽た事があるぐらいで、そんな物は漫画やアニメ、小説やドラマの中で繰り広げられる
今は、少し違う。これが青春と言える物なのかどうかは分からないが、毎日が充実している事は確かだろう。最低でも退屈なんてしている暇は無かったし、カルデアで過ごしている内に価値観や考えもちょっとずつ変わっていった。
……それに、ここ最近はまさに青春の一幕に相応しいと言える楽しみまで出来た。
「だが、それ故に脆くて危うい時代でもある。ほら、蝉は地上で脱皮した時が一番綺麗で美しく、そして危ないだろう? それと同じ事さ。ちょっとした事であっさりと外道に墜ちるし堕とされる。本当にツマラナイ事で心が傷つき、他者を拒絶するようになる」
まぁ、私はそんな蝉を狙って喰らう
「そしてそれは外道に墜ちたりしない場合でも同じでね。何かと危ういんだよ。そう――例えば――」
「正義」という極上の酒に酔っ払って後先考えずに突っ走った結果、助けたはずの周囲の人間に裏切られて処刑される事になったりするかもしれない。
「生存」を願って奔走した結果、仲間や友達、他人であれど敬愛するに価する人物を数多く殺める事になる事になるかもしれないし、死の運命に抗って肉に齧り付いたらそれは大切な誰かの心臓であり、結果的に自分が生きている事が原因で数多くの犠牲が出たりするかもしれない。
「恋」に盲目となって暴走した結果、それ以外の全てを虐げる外道に墜ちて、愛しいその人に殺される事になったりするかもしれない。
「……ってあれ? 最後のは外道に墜ちてるネ? しがないアラフィフの想像とは言え、今私の脳内で造り出した彼/彼女は元から外道だった方が似合う気もするし、これじゃ例えにならないか」
「……」
なんだろう、妙に説得力があり、スルリと情景が頭に浮かぶような例えだ。即興のそれにしては、些か準備が良すぎる気がする。偶然だろうが。
「まぁつまりだ。ちょっとした切っ掛けでどうとでも転んでしまえる……そんな時期なのさ。だからね――」
教授は力を溜めるように一息置いて――
「自分の娘が、知った顔とは言えそんな危険な時期まっただ中のboyと一緒にデートしたり添い寝したりしていると聞いて、黙っている父親がいると思うかい?」
娘を持つに相応しい、威厳のある父親としての顔と視線を持って、藤丸に問いかけた。知性の塊であり、愉悦めいた笑みを浮かべている邪悪の側面では無い。おちゃらけた雰囲気で他人をからかうような言動ばかりしている、オヤジ(ギャグ)めいた側面でも無い。正真正銘、フランの事を第一に考えている父親としての側面だ。
……一体どこで、何があって教授がフランに没頭するようになったのかは知らないし、興味も無い。重要なのは、この男はこの男なりに、フランの事を真剣に心配していたのだという事だ。
「……教授に一言も断りなくフランと過ごしたのは、悪いと思う。……ごめん」
ならば、藤丸は教授に謝罪しなくてはならない。小学生の時にもさんざんっぱら言われた事だが、遊びに行くなら行き先と帰宅時間くらいは、保護者たる人物に伝えておくべきなのだ。
どれだけ見てくれが大人に近づこうとも、自分はまだ高校生の子供でしかないのだから。
「ああいや、なんだ。そうまで真剣に頭を下げられるとだね……あんな事を言ったがほらアレだ。大人に内緒で素敵な悪徳を働いたり、若いが故の過ちを犯したり、情熱的な恋をしたりするのもまた、素晴らしい青春の過ごし方とも言えるから……それに私も本質的にはそっちの方が本懐に近いと言うか……」
頭を下げる藤丸に対して煮え切らない態度を取り、ぶつぶつと言葉を濁し続ける教授。真剣な謝罪で怒りが収まったとか、興が冷めたとか、そういう気配ではない。そもそも、教授が真剣な眼差しと想いを藤丸に向けてきたのは先の一瞬のみで、それ以外は本気で怒ってもいなければ、藤丸を責めてもいなかった。むしろ、おちゃらけたアラフィフオヤジ(親バカ)としての側面の方が色濃く出ていたのだ。
……無駄に色々と長話を聞かされたけど、これはつまり――
「えっと……教授、お前もしかして自分も誘って欲しかったとか?」
「…………」
藤丸がフランと一緒にいた事ではなく、自分一人だけ仲間外れにされた事を恨んでいるのではないだろうか。
「……だよ」
「?」
「ああそうだよ! クッソ羨ましいじゃないかこの野郎!!」
バン! と両手で勢いよく机を叩いて彼は立ち上がる。その衝撃で、机の上に乱雑に置かれていたレポートがばさばさと床に落ちた。
「ちょっ!?」
「なに? 子供達と一緒にお昼寝? 買い物に、花園でデートだって!? そんな事、私だってまだ一度もしてもらった事なんて無いのに!! 理不尽じゃないか! お昼寝も買い物もデートも、初めては父親と二人っきりでという掟を知らないのかね君達は!!」
口頭で不平不満をぶちまけながら、グイィッッツ!! っと藤丸の方へと乗り出す教授。そしてその勢いのまま、教授は藤丸の胸ぐらを掴んで自分の元へと引き寄せた。正直勘弁して欲しい。五十過ぎで白髪まみれのおっさんがガチ泣きしながら鼻先十㎝の位置まで迫ってくるというのは、しがない一般男子高校生にはかなりキツい物がある。
俺の話ちゃんと聞いてたか? 買い物はみんなと行ったし、フランは花園に夢中だったって言っただろ。そしてそんな掟は世界中何処を探してもねーよ!? そんなツッコミを入れる余裕さえ無くなってしまう。それに――
「わ、分かった分かった分かったから!! 頼むからマジで落ち着いてくれって!? お願いだから離れてくれ、つーかじゃないとそろそろ――ツッ!!」
「君に分かるかい? お風呂や添い寝はおろか、洗濯物を一緒に洗う事さえ最初っから拒絶された私の気持ちが! 添い寝しようとしたらグーで殴られるし、一緒にお風呂に……いやちゃんと水着は着せるし着るよ? 入ろうとしたらメイスでボコボコにされるし、フランにちょっかい出そうとしていた(ように見えた)ディルムッドくんにちょーっと嫌がらせしたら三日間も無視されるし!! いや分かってる。全国のパパは何れ必ずこの喪失感と絶望を味わうのだと、逃れられない
「なに やってるの パパ」
資料室の入り口から聞こえてきたその本来拙い筈の声は、いつもと比べれば恐ろしいほど流暢で、怖いくらいに冷めていた。「喋るのは疲れるから嫌だ」という理由で、普段から「ウゥー……」と、うめき声のような声しか上げない彼女にはとても思えない。
藤丸の胸ぐらを掴んでシャウトをかましていた教授の顔が凍り付き、一瞬で精気が失われてゆく。ギギギギギ、とまるで彼の盟友たる蒸気王のような機械染みた動きで、彼は声が聞こえてきた方へと首を動かし、そして見た。
「ふ、フラン……」
目を見開いてこちらを見ている愛しい娘の姿を。自覚があるのかないのか、バチバチと周囲に電気をまき散らしながら一歩ずつこちらに迫ってくる、フランケンシュタインの怪物の姿を。
「いやあの、こ、これはだね……」
「もう 消灯 の 時間。マスター への 授業 は とっくに 終っている はず……マスター に なに を してるの」
いつの間に顕現させたのか、彼女は自分の武器である巨大なメイスのような槌のようなそれを片手に持っていた。バチン! バチン!! とシャレにならないくらい大きな電気音が資料室に鳴り響く。言う間でもないが、明らかに怒っている。
節電をモットーに生きている彼女としては、こんな夜遅くまで煌々と電気を付けている事が許せないのだろう。後は――優しい彼女の事だから、ほんの少し位は胸ぐらを捕まれている自分の心配をしてくれているのかもしれない。
「離れて」
「え、あの」
「マスターから離れて」
「は、はい!」
有無など言わさぬと言わんばかりの威圧を込めた娘の言葉を受け、教授は瞬時に藤丸を解放して数メートル距離を取った。彼女は解放された勢いで若干よろめいた藤丸にタタタッ、と駆け寄ると「大丈夫?」と心配そうに声を掛ける。
「ああ……俺は大丈夫。ありがとな、フラン」
「ウゥ……マスター パパ が ごめん な さい」
安心したのか若干怒気が抜けて言葉もたどたどしいそれになりつつあるフランは、そのまま深く深く頭を下げてきた。彼女が気にする事など何も無い筈だ。教授の藤丸への文句とその対応は一部とはいえ正当な、娘を持つ父親としての物だったし、恐らくだがフランだけではなく彼は彼なりに――
「今日 は もう 遅い から マスター は もう 休んで。……明日 ちゃん と 謝り に 行く。……本当 に ごめん な さい」
「ああ、うん……分かった」
「あの……フラン? 私は……」
「パパはそこに正座。今からお説教」
「アッハイ」
教科書とプリント、それから筆記用具と資料を手提げかばんに手早く入れて資料室から出て行く準備をする藤丸は、姿勢良く資料室の床で正座をする教授にギャンギャンと声を荒げて説教をするフランを見て、ちょっとだけ声を掛けた。
「あのさ、フラン。教授の事、そこまで怒らないでやってくれないか。教授は教授なりにお前の事を心配してたし、なにより最近お前に構ってやれなかった事を悔いてると思う。スゲー寂しがってたしな」
「……ウゥ……」
そうだ、なにも教授はただ自分の知らぬ間に娘と行動していたというだけで藤丸に嫉妬していた訳ではない。
あれだけ羨ましがっていたのは、忙しくてフランに構えなかった自分に負い目があるから。
そして、自分が誘われなかったからではなく、フラン自身が忙しい教授の事を思って自分を誘わなかったのだろうという結論に思い至ったから。
教授は何よりも、娘に余計な気を遣わせた事を心のどこかで悔いていたはずだ。
「My boy……」
「それに、原因は教授に何も言わなかった俺にもちゃんとあるんだよ。だから――な?」
「ウゥ……分かった……」
若干不満げながらもコクリと小さく頷いた彼女を見て、藤丸はホッと胸をなで下ろす。ああ、良かった。大丈夫だとは思っていたけど、最悪の場合フランが怒りのままに教授へメイスを叩き込むのではないかと、少しだけ心配していたのだ
そもそも彼女は説教をする為に教授を床へ正座させたのだし、要らぬ心配という奴だったかもしれない。
「おお……! My boy……無断でフランと出かけた事についてはまだ言いたいことがあるが、今は礼を言っておこう。本当に――」
「でも 私の 恥ず かしい 秘密 を 話したのは 別。 許さないから」
「……マスターくん」
「あ、それに関しては別に言う事ないわ」
「おっと今度こそ孤立無援状態かー。まぁこれでめでたくフランと話が出来ると言う訳だ!! 深夜に! 二人っきりで!! 親子水入らずの素敵な夜を過ごそうじゃないかフラ――」
「パパ、ちょっと本当に黙ってて」
ドゴン!! という凄まじい音を立ててフランの鉄拳を脳天に喰らった教授が床に倒れ伏したのを見て「武器を使ってないだけマシかぁ……」と妥協した藤丸は、今度こそ資料室を後にする。
「はぁ……はぁ……」
――自室へと向かう足は、いつしか全力の駆け足になっていた。
ズボンの尻ポケットに突っ込んである手の平サイズのタブレットを取り出して、時間を確認する。……一時五十五分か。
「クソッ! 本当にギリギリだな……!!」
間に合うかどうか、正直かなり微妙だ。なんで今日、この時間に限ってエレベーターが全部メンテナンスで停止してるんだ。いや、深夜のこの時間だからこそか。どの道、今の自分にはどうでも良く、また非常に迷惑な事でしかない。
「はぁ……はぁ……」
全速力で階段を上へ上へと駆け上がる。いつもなら微塵も気にしないだろう数百メートルの自室への距離が、今は果てしなく遠い道のりに感じた。せめて自分の部屋が資料室よりも下の階ならば、踊り場から踊り場へとジャンプして時間を短縮出来たのに。
「――ッツ!? ……あっぶね……」
そんな危ない事を考えていたからだろうか。ズルリ、と足を滑らせて階段から転げ落ちそうになった。とっさに右手で手すりへと掴まって上手く体勢を立て直す。……落ち着け、冷静になれよ俺。彼女だって俺に怪我して欲しい訳じゃないし、もし逆の立場だったら普通にキレるだろう。
もどかしいが、慌てず騒がず怪我もせず、けれど急いで自分の部屋に帰宅しなくてはならない。
「クソッ! あと一分半……!!」
階段を上りきって自室のあるフロアに付いた時には、もう本当に時間がなかった。蒼タイツのランサーと世界最速のライダー直伝の「超急ぐ時の走り方講座」を思い出しながら、曲線を描いている廊下を一気に駆け抜ける。「廊下は走るな」という小学校で嫌と言うほど目にし、耳にタコが出来るほど聞いたその常識は、すでに頭の中から完全に吹っ飛んでいる。
一分ほど経って、ようやく部屋の前に辿り着いた。カードキーを認証装置に一瞬で潜らせると、完全にドアが開くのも待たずに誰もいない自室へと飛び込んで、そのままベッドにダイブ。ベッドの上で靴を靴下ごと脱ぎ散らしながら、視線だけを動かして壁掛け時計を確認する。
「はぁ……はぁ……に……二十秒前……」
息を大きく切らせながら、俺はベッドの上で安堵した。よし、ギリギリ間に合った。後は待つだけだ。……本当は、余裕を持って帰宅してシャワーでも浴び、汗臭さを洗い流しておきたかった。最低でも礼装くらいは脱いでおきたかったのだが、この際仕方がない。なにか言われたら素直に謝ろう。
「十秒……」
――息が、凄く息が苦しい。全力で走ったからだろう。心臓がバクバクと音を立て、痛いぐらいに高鳴り続けているのが分かる。大きく深呼吸して呼吸を落ち着かせ、水の一杯でも飲みたいところだが、ベッドから離れる訳にはいかない。
「五秒……四……」
はぁはぁと息を切らせながら、その時を待ち構える。自分でもなぜだか分からないけど、時間十秒前からカウントダウンを口で言うのが、もはや癖になってしまっていた。
「三……二……一……」
――ゼロ――
午前二時丁度――突如として視界がグルリと暗転しだし、まるで電源が落ちたかのように一瞬で意識が無くなって、俺はベッドの上で目を閉じる事になった。……もはや毎度の事なのだが、この感覚だけは慣れない。まるで自分の魂ごと、どこか遠い別の場所へと飛ばされているような気がする。なぜだかどこかで味わった事があるような気がするその妙な感じがパッ! と自分の中から消え失せたのと同時に、俺はゆっくりと目を開ける。
――気がつくと、俺はいつも通り彼女をベッドの上で抱きしめていた。瞳に映ったのは、綺麗に紅葉した椛みたいな紅い髪。とても高いトパーズのような、いつまでも見ていたくなる金色の瞳。
「今晩は――藤丸」
彼女が目を細めて優しく微笑みながら俺の名前を呼んだから、俺もニッコリと微笑み返そうとしたけれど――
「……ん? なんか今日藤丸疲れてない? っていうか顔青くない!? えっ、大丈夫? 何か凄く息荒いよ!?」
「立香……悪い。取りあえず水飲んできて良いか……?」
うん、無理だった。急激な運動に加え、あの意識がなくなる感覚で完全に酔った俺は、数分の間まともに会話する事も出来ず、立香に介抱される事になる。
(-ω- )「ぐだ♂ぐだ♀の同志が、せめて三十人ぐらいは見つかると良いなぁ……」←投稿時以外は感想欄も見ない屑
↓
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マ(。Д゚; 三 ;゚Д゚)ジ!?
下手な物書けませんぜこれは……