Fate/GrandOrder_藤丸と立香   作:部屋ノ 隅

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第一の夢 逢瀬 その四

 突然だが、人理継続保証機関フィニス・カルデア唯一のマスターである「藤丸立香」には、誰にも言えない秘密がある。

 

 それは、一週間に一度。深夜、部屋で「ある人物」と密会をしていると言う事だ。

 

 ある日、自室のベッドで寝ている「藤丸立香」と抱きしめ合うように寝ていたその人物は、「藤丸立香」という名前は勿論のこと、誕生日に通っていた学校。住んでいた場所。国際魔術組織であるカルデアに来た経歴や、世界最後の魔術師(マスター)として今までマシュや英霊達と一緒に成し遂げてきた事――――性別と性格以外の全てが、自分と瓜二つとしか思えない存在だった。

 

 故に、様々な特異点や異変を乗り越えてきた二人の「藤丸立香」は確信する。――この人は、ここではないどこか別の世界の「人類最後のマスター」なのだと。自分と同じ、魔術なんてものとは欠片も関わる事が無かった一般人であり、ただの何の変哲も無い高校生であり――

 

 ――世界で唯一、藤丸立香という存在を他の誰よりも理解し、そして――――してくれる存在なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――カルデア――藤丸立香の部屋?――

 

 

 

「もう、藤丸ってばそれでそんなに息を切らしてたんだ」

 

「……」

 

「気持ちは嬉しいけどさぁ……廊下は走っちゃダメだからね? 怪我したら大変なんだから」

 

「……」

 

 それが甘く、柔らかく、そして中毒性の高い物であるという事を、藤丸は改めて思い知っていた。これの経験自体は藤丸も何度かある筈なのだが……今まで経験してきたやつとは、何かが違うように思う。

清姫、源頼光、静謐のハサンの例の三人組を筆頭に、フランやマシュ、キャットにアビゲイル……優しい彼女達が自分にしてくれた事があるそのどれとも違う。なぜだろう、やっている事は全く同じ筈なのに。まぁ自分が勝手にそう思い、感じているだけなので、「具体的に言葉にしてみろ」と言われると口を閉ざすしかないのだが……。

 

「ねぇ、藤丸。聞いてる?」

 

「……聞いてるよ」

 

 言葉の後半に付く「半分くらいは」の部分は省く。「こんな体勢でまともに話なんて聞ける訳が無いだろ!?」と言ってやりたいし言ってやればいいのに、なぜだか口からはもにょもにょと籠もったような曖昧な言葉しか出てきてくれなかった。

 彼女はあくまで自分を心配してこんな事をしてくれているのだから、無理にはね除けたり文句を言うのは良くない。とっさに思いついた言い訳染みた理由を後ろ盾に、藤丸は再び黙り込む。

 

「ほんとぉ?」

 

「……ほんとだよ」

 

 ……せめて頭を撫でるのを一時で良いから止めてくれないだろうか。このままでは本当に立香の言葉が右耳から左耳へと抜けていってしまいそうだ。

 

 ――膝枕。正座や女の子座りをした人物の膝を枕がわりにして横になる、例のあれだ。息を整えて水分を補給してもまだ少し苦しそうな藤丸を見かねた立香が、半ば無理矢理させてきたそれは、藤丸の脳内から思考回路の一部を奪って語彙を貧弱化させるには十分な物だった。

 彼女と会う時はいつも部屋のベッドで抱きすくめあうシーンから始まるから、体の密着率だけでいうならもっと凄いスキンシップを毎度毎度やってはいるのだが……あれはもう慣れだ。最初の頃は若干強張りもしたけれどかなり早く緊張はしなくなって、初対面の時からずっと感じていた不思議な愛おしさだけが今は残っている。

 

 ……けれど、抱きしめ合う事に慣れたからといってそれ以外の行為にも耐性が付くという訳ではない。確かに膝枕というものは密着率で言えば、抱きすくめるそれに大きく劣る。膝の上に、頭を乗せる。ただそれだけの事なのだから。

 その筈なのに、藤丸の心臓は未だドキドキと音を鳴らして昂ぶり続けていた。

 頬で感じる、もっちりとした女の子の膝独特の柔らかさ。鼻をくすぐる、ハチミツがたっぷり入ったフラワーティーの様な甘くていい匂い。頭で感じる、彼女の優しい手つきが自分の髪を梳いてゆく心地よさ。

 

 ――無理だ。やっぱりこんな状態でまともに話なんて聞ける訳がない。抱きすくめるのと同じく、何回も何回もやれば慣れるのだろうか。いや流石にこれを毎回毎回頼むのは、ってかそもそもなんで膝枕に慣れようという考えになってるんだ俺は――!

 

「もー、ちゃんとこっち向いてったら!」

 

「ちょっ!?」

 

 グルン、と体の向きを無理矢理変えられた。せめて立香の方は向かないでおこうと、彼女とは逆の方向に頭を向けていたというのにお構いなしだ。

 

「藤丸、やっぱり話聞いてないでしょ」

 

 グイッ、と顔を下に近づけて立香が文句を言う。こんな体勢でなければ「私、むくれてます」と言わんばかりに頬をぷーっ、と膨らませるその仕草を愛らしいと思わんでもないが、それどころの騒ぎではなかった。

 

「あのっ……! 立香お前っ、なんでっ……!!」

 

 一番問題だったのは、膝枕という行為が生みだす体勢ではなく、彼女の格好――寝間着にある。(今の時刻は最低でも深夜の二時過ぎなので、カルデアの魔術霊装を着たまま眠った自分の方がおかしいと言えばおかしいのだが)

 立香が今夜着ている寝間着は、いわゆる「シャツパジャマ」という奴で、ゆったりとした着心地としっとりなめらかな肌触りが特徴の、部屋着にもなるパジャマだ。色は無地で明るめのピンク一色だがそれが逆にシンプルで、飾り気が無いぶん背負う物も無いという、まさに部屋着らしい寝間着だった。

 

 そして、シャツパジャマという寝間着は大きく分けて二種類の物がある。一つは、まさに「ラフなシャツとズボンを合せました」というような上下合わさったセット。

 こちらであればまだ問題は無かったのだが、彼女が着ていたのはもう一つのワンピースタイプ。上下セットになっている物よりもシャツ側の丈が長くて、文字通りワンピースのようになっているのだが……。

 

()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 彼女は、なんか下の方……スカートに該当するそれを履いてはいなかった。いや確かにワンピースタイプのシャツパジャマは上の丈が長く、結果的にスカートに該当する部分を上から覆い被してしまうので、一見すると履いていないように見える……まさにワンピースを着ているかのように見えるのが特徴なのだが、本物のそれに比べたら圧倒的に丈が短い。

 

 ――ゆえに、思いっきり目に入る。嫌でも脳裏に焼き付く。白くて薄い純白の布に護られた、彼女にとって大事な場所の光景が――

 

 ワタワタと、藤丸は顔の表情を幾重にも変えながら狼狽える。――あの時の自分は、きっとステータス異常:混乱に等しいそれであったのだろう。飛び起きたいのに飛び起きれず、叫びたいのに叫べない。目を背けるべきなのに背けられないし、彼女の顔を見る事が出来ない。

 

「むぅ……せめてさ、ちゃんとこっち見てよ……寂しいじゃん」

 

 藤丸はその言葉に半ば唖然としてしまった。……この女、本気で言ってるのか? 一体何を考えてるんだ?? 慌てふためく頭の片隅で、未だ冷静な部分が鎌首をもたげる。見れる訳がないだろう、ってか「ここ」は人に見せちゃダメな部分だろうが!? ……って違う! 彼女が言っているのは顔の方で……いやどのみち無理だって。こんな状態で立香の顔なんてまともに見られる訳が――――!!

 

「――ああっ、もうっ!!」

 

「えっ? きゃっ!」

 

 そのまま少しのあいだ立香の膝の上で身悶えていた藤丸は、唐突に足腰のバネを使って一気に体を跳ね上がらせると、そのまま彼女とベッドから数メートル距離を取る。

 無理だ。これはもう色々と今の自分のキャパシティーをオーバーしている。女性の下着程度……と言うと色々と誤解を生むかもしれないが、その程度で今更狼狽えるようにはなっていないと思っていたのだが、とんでもない勘違いだったようだ。

 

「藤丸……?」

 

「……ト」

 

「?」

 

「だからスカート! 下着!!」

 

「……あ」

 

 藤丸が直接彼女のスカート(が本来履かれている筈の)部分を指で示しても一瞬ポケッっとしていた立香だが、すぐに顔をりんごよりも真っ赤っかにさせて両手でワンピースを押さえると、グイッと下に引っ張って少しでもそこを隠そうとし始めた。

 

「み、見ちゃった……?」

 

 ようやっと、自分がさっきまでしていた事の重大さに気付いたのだろう。ウルウルと瞳を潤ませ、上目遣いのまま恥ずかしそうに確認を取る立香。

 ……なぜだ、おかしい。あの魔の領域(ふともも)からは無事抜け出せたはずなのに、より動悸が強くなっている。それどころか、ワンピースを押さえて恥ずかしそうにしている彼女の姿をもう少し見ていたいというある種の嗜虐心めいた思考まで沸き始めた。即座に首をぶんぶんと横に振ると、沸きだした嗜虐心(それ)を心の中でズタズタになるまで踏み潰す。

 

「……ごめん」

 

自分の中に沸いたその妄想の事を含め、素直に謝る事以外なにも思いつかないのが腹立だしい。

 

「ちち、違うからね!? 私はそのっ、メイヴちゃんやマタ・ハリさんみたいな……わ、ワザとなんかじゃないから! 本当だから!! こ、こんな……そのっ……兎に角違うから!!」

 

「ああうん。分かってる、分かってるから……」

 

 色んな意味で彼女の顔を見る事が出来ず、そっぽを向きながら適当に頷く。――――顔を真っ赤にしながら慌てふためく彼女に対して、この対応は悪手だったと即座に思い知った。

 

「ほ、本当に違うんだからっ!」

 

「――えっ?」

 

 呆れられている、もしくはそれに類する嫌な感情でも抱かれているとでも思ったのか、立香はあろう事かわざわざ彼女と距離を取った藤丸に近づくと、懇願するように胸ぐらを掴んで涙ながらに訴えてきた。

 藤丸にあまり負担が掛らないように、でも決して離す事がないようにと半ば抱きつくような形で迫ってきた彼女は、身長差の関係で藤丸を見上げる形になっていて――

 

「お前っ……!」

 

 どうしても――チラチラと胸元が見える、見えてしまう。パジャマというゆったりとしたラフな格好が、よりいっそう胸のハダケ具合を強くしている。

 一緒にベッドの上でゴロンと寝っ転がりながら抱きしめ合ってる時はなぜだか欠片もそういう気分にはならないのに、起きて、そして一度でも意識してしまうともうダメだった。基本着痩せするタイプだから一見そうだと分かりづらいが、彼女の結構大きめのそれが、先ほど同様嫌でも脳裏に焼き付いていく。

 

(こいつ、本当にワザとじゃないんだよな……!?)

 

 執拗な(A級の)精神攻撃(魅了スキル)にも思えるそれを、藤丸は必死になって脳裏でディスペルし続けた。これで無自覚かつ天然なのだから質が悪い。今までも似たようなハプニングがあるにはあったが、今日は特に執拗な気がする。

 

「違うのっ! 今日は久々のオフだったからちょっと気が緩んでたというか、部屋でこう、ダラダラしていたい気分でね!? 概念霊装に写ってるセーター服の人みたいに一日中この姿で過ごしてみようって思って、実際そうやって部屋に籠もってノンビリしてたからますます……って違う違う違うっ!! もう何言ってんの私ぃいいいいいいい!!?」

 

 うわーん! と割と本気で泣きそうになりながら錯乱し続ける立香に、藤丸は頭を抱えて悩みだす。今の彼女に対し「胸元、ハダケてるぞ」なんて言った日には、本気で布団と毛布に包まって口を閉ざしかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の夢 逢瀬 その四

 

 

 

 

 

 

 

 人理修復という一つの目標を背負ってカルデアで英霊と共に戦い続ける「藤丸立香」は、元々は魔術の魔の字も知らなかったただの一般人だ。戦闘の指示なんてした事もなかったし、魔導書や英霊なんてものはおろか、魔術というオカルト的一面がこの世界にある事すらも知らなかった。

 そしてその「一般人」だという事実は、数々の特異点を乗り越えてきた今も変わってはいない。肉体的鍛練を積んでも英霊のみんなと比べれば何も変わってないも同然だし、知識だけでも得ようと魔術を習っても一欠片分理解出来れば良い方で、肝心の魔力と魔術回路もカルデアの電力を使ったバックアップが無ければあまりに貧弱だ。

 

 どれだけ強い英霊達が応えてくれようが、どれだけDr.のメンタルケアと各種サポートが優秀だろうが、どれだけ頼もしい後輩がその身を挺して護ってくれようが、自分達はただの一般人でしかない(・・・異 物・・・・・)。それが、どうしようもない事実だった。

 

 それを辛いと思った事はないが、不甲斐ないと感じる事はある。情けないと思った事はないが、申し訳ないと感じる事はある。

 

 故に、最後の最後の本音と想いが閉じ込めてある心の奥底にあるそれを、藤丸立香は誰にも――――あのDr.ロマンやマシュにでさえも、見せた事がなかった。一般人だとかそうじゃないだとかは関係ない。マシュの先輩として、人理修復を背負うマスターとして、藤丸立香という頼りない一人の人間として自分自身で決めた、最後の意地のような物。

 そもそも、「本音」とは「弱音」や「甘え」の事だ。ひけらかす物などではないし、自分にしか出来ない、自分が頑張らないといけない事が文字通り山程もあるこの大変な状況で、そんな弱々しくて情けない本音は、自分以外の誰にも言う事ができない。

 

 

 そう――自分と同じ一般人で、自分と同じ名前の、自分と同じ境遇にある「藤丸立香(彼/彼女)」以外には、誰にも言えない。

 

 

 当の自分達でも何がどういう仕組みで彼/彼女と会えているのか分からないこの状況は、ある種幸運な事でもあった。なにせ彼/彼女は(恐らく)別の世界のカルデアにいる存在なので、どれだけ本音を吐き出そうが、どれだけ弱音を言おうが、どれほど情けない姿を見せようが、自分達の世界とは全く関係が無いのである。

 

 愚痴を言って文句を言われて。甘やかして褒められて。相談をして質問されて。勇気をもらって元気をあげて。

 

 魔術組織カルデア唯一の一般人(異端児)同士だからこそ分かる事を語り、出来る事をする為の――――秘密の逢瀬。

 

 

 

「……どうだ、落ち着いたか?」

 

「うん……ごめん、取り乱しちゃった」

 

 泣き止まない幼子を宥めるように、藤丸は立香の頭や背中をよしよしと撫で続ける。本人は「子供っぽくて嫌だ」と認めてはいないが、ベッドの上で足を八の字に伸ばした状態の藤丸と対面になるように足の間に座って抱きしめ合うこの抱擁――いわゆる「だっこ」が、彼女のお気に入りだ。

 どれだけ錯乱し、取り乱していてもたちまち落ち着いて満更でもない表情になるし、少しでも手を緩めると「もっと撫でろ」と言わんばかりにグイグイと体を擦りつけて主張してくる。なんだか本当に、人懐っこい子猫みたいだと思う。

 

「はいはい、立香は良い子だな」

 

「むぅ……馬鹿にしてぇ……」

 

「じゃあやめちゃって良いか?」

 

「……」

 

 立香は小さく首を横に振って、否定の意を示してきた。彼女は文句こそ言うものの、藤丸から離れようとはしない。そりゃそうだろうと、藤丸は心の中で頷く。なにせ、前にこの体勢での抱擁を求めてきたのは、他ならぬ立香の方なのだから。向こうの仲間達はおろか、立香自身もキチンと自覚しているかどうか分からないが、実は彼女は結構子供っぽく、そして甘えん坊な一面があるのだ。

 

「……♪」

 

(すーぐに機嫌良くなっちゃってまぁ……)

 

 どれだけむくれていても数分でこの有様なのだから、将来悪い男に絆されてしまいやしないだろうかと、藤丸は思わず心配になってしまう。まぁそういう部分は自分なんかよりもよっぽどシッカリしているし、過保護(セコム)めいた英霊達もいるから大丈夫だろうとは思うのだが。

 

(それにしても……)

 

 チラリ、と見定めるかのように立香の体に眼をやる。

 雪のようにとまではいかないが、白くて綺麗なうなじ。白魚のようではないものの、しっかりとした温かい手。紅葉した椛みたいな美しい色の髪と、ワンピースから覗く、スラリと伸びた足。柔らかくて優しい、いつまでも抱きしめていたくなる体つき。

 ついさっきまで視界に入っていた彼女の柔らかい胸が、自分の胸板にぎゅうぎゅうと押しつけられているのがよく分かる。

 

 ……これだけ彼女と密着しているにも関わらず、なぜか先ほどまでの動悸は無い。初めて彼女と出会った時からの謎の一つなのだが、藤丸が立香を抱きしめている時は、そういう異性との接触による……いわゆる下世話な思考が、何一つとして沸きだしてこないのだ。

 ただただ、彼女を抱きしめていたくなる。ずっとずっと撫でていたくなる。このまま人理が焼却され、明日世界が終っても後悔など何一つ無い。そんな事さえ思ってしまう。

 最初こそなにか媚薬や霊薬でも使われてしまったのではと疑いもしたが、それだけは断じてない。同じ「藤丸立香」として全てを賭けてでも保証できる。自分が、立香だけにはそんな事を決してしないように。

 

「……んで? そろそろ話、進めない? 今日は「考察と実験」の日じゃねーだろ?」

 

「あ、うん……」

 

 暫く経った後、藤丸からそう提案された立香は、少しだけ名残惜しそうに藤丸の膝から降りて隣にちょこんと座ると、改めてといった感じに向かい直る。

 

「じゃあその、今日は藤丸からどうぞ」

 

「ん、まぁ順番的には俺からか。そうだなぁ、今日も大変でさぁ……」

 

 藤丸は今日起った出来事をゆっくりと口に出して立香に聞かせてゆく。アーラシュに気を遣ってもらった事。バニヤン達とホットケーキを作った事。教授との授業中に口を滑らせた結果、とんでもない事になりかけた事。

 何か一つを喋り終えると次は立香の番で、それが終ると再び藤丸の番。話す事がなくなると、雑談やら愚痴やらといった他愛の無い話にシフトしていき、以後二人が飽きるまでその繰り返し。

 

 ……そんな他愛の無いただのお喋りが、とても楽しかった。

 

「ふーん。前にも聞いたけど、藤丸ってお菓子とか作るんだね。凄くおいしそうだし、なんだかお腹空いてきちゃったなぁ」

 

「そういう立香は料理の方が得意なんだっけ? からあげとかパスタとか……前に、家事なら結構自信あるって聞いた事あったけど」

 

「うん。両親が共働きだったから自然と私が弟の世話兼家事をするようになって……で、私みたいに不器用な女の子でも何年も継続し続けていれば、そりゃあある程度は上達するよねって、そんな具合。だから台所に立つ=ご飯を作るって感じでさ。弟がまだ小さい頃に「お姉ちゃんが作ったおやつ」を要求された事はあったけど、それぐらいかなぁ?」

 

「偉いなぁ、俺とは逆だ。母さんがモロ専業主婦だったから、飯時は料理を手伝おうとするとかえって邪魔っぽくてな。だから飯以外でなにか作ろうってなると、どうしてもお菓子類になった。まぁ分野が絞れている分、凝った物を作れるようにはなったんだけど……」

 

「良いじゃん、凝ったお菓子とか私にはとても無理だよ……調味料とか目分量で大ざっぱにバババッ! って入れちゃうし、何かと地味な物ばっかのメニューになりがちだし……」

 

「毎日やり続けてたってのが凄いんだよ。料理だけじゃなくて掃除に洗濯に弟の世話に……それこそ、俺には絶対無理だったと思う。掃除とか洗濯とかを手伝ってたのは基本妹だったから」

 

 魔術なんて知らない、人類史の危機なんて関係ない。今ここにいるのは人類最後のマスターなんて大層な名目を背負った人物などではなく、ただの高校生の男女だ。

 英霊達相手にはまず出来ないどうでも良い話を躊躇なくする事ができる。Dr.ロマンにも出来ない相談をする事ができる。……マシュにも頼めない事を頼む事ができる。

 

 それはきっと、自分達が「ただの一般人」同士だからだろう。一般人の心は、極普通の生活を過ごしてきた者の感覚は、同じ一般人にしか理解出来ない。性別や性格の違いがあるとは言え、同じ「藤丸立香」だから尚のことよく分かる。

 

「……「ここ」って食べ物とか持ち込んだり出来るのかな?」

 

「どうだろう。試した事が無いから分かんねぇけど……身につけてるもんは一応全部持ってこれてるし、肌身離さず持っていればあるいはって感じか?」

 

「水道とかも止まっちゃってるしねぇ。冷蔵庫はあるけど、中身が全部水と携帯食料になっちゃってるし……んー、じゃあ大抵の物は無理かぁ……よっぽど上手く包装とかしないと……」

 

「……今度、何か作ってくるか? クッキーとかカップケーキとか……そういう焼き菓子なら包装用のビニールに入れて持ってれば多分大丈夫だろ」

 

「あ、うん! 私も何か考えてみるね」

 

 嘗ての自分にとっては当り前だったクラスメイトとのお喋りに近しい事も、今となっては彼/彼女としかできやしない。……後悔はしてないし、悲しいとは思わないけれど、寂しいとは思っていた。

 だから、誰よりも一般人の事を理解している彼/彼女と過ごす事のできるこの夢のような時間は、彼らにとってまさに奇跡のような一時だ。

 

「分かった。じゃあ……なぁ、立香」

 

「うん……眠くなってきちゃった……藤丸と一緒にいると、時間が経つのがあっという間だね」

 

 そして、いつどんな場所であれ、どんな人物が見る物であれ、夢はいつか必ず終る。

 抗いようのない眠気が、二人の脳と体を急激に支配してゆく。……それが、この夢のような逢瀬が終わる合図。

 

「ほら」

 

「ん……」

 

 目覚めた時と同様、二人して狭いベッドにゴロンと寝っ転がると、再びぎゅっと抱きすくめあった。藤丸は彼女の頭をよしよしと撫で、立香は彼の胸板にグリグリと頭を擦りつける。

 

「立香はみんなの為に毎日毎日一生懸命頑張ってる、とても優しくて偉い子だよ」

「藤丸は凄いよ。どんな人とも普通に話せるし、どんな時でも物怖じしない。とても強くて優しいもの」

 

 夢が終わるその時が近づくと、彼らはベッドで横になって激励の言葉を掛け合う。二人で取り決めた事でも何でもないが、いつしか自然とそうなっていた。

 ……次もまた、ちゃんと会えるだろうか。この夢のような時間は、奇跡のような逢瀬は、ある日突然消えてしまいやしないか。

 そんなどうしようもない不安を振り払う為に。次に彼/彼女に会う時まで、お互い頑張れるように。

 

 まぶたが――閉じる。

 

 

 

「――おやすみ、立香」

「――おやすみ、藤丸」

 

 

 

 お決まりの挨拶を終えて、藤丸立香は夢から覚めた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルデア――藤丸立香の部屋――

 

 

 

 

 

「……」

 

「んー、おかあさぁん……」

 

 ムクリ、と私「藤丸立香」はゆっくりベッドから起き上がる。聞き覚えのある声がすぐ横からしたので寝ぼけ眼のまま隣を見ると、アサシン・ジャック・ザ・リッパーが私に抱きついて寝息を立てていた。

 ……毎度毎度思うが、彼らは一体どうやってこの部屋に忍び込むのだろう。勝手に押し入るどころか、無断侵入までしてくる英霊が一定数いるものだから、メディアさんやパラケルススさん、それからタマモちゃんを筆頭としたキャスターのみんなに霊体化無効やスキル弱体化、全能力値低下といった防犯術式を掛けてもらっているのに。

 

「いやまぁ、もう慣れちゃったけどさ」

 

 寝ているジャックの頭をよしよしと撫でながらため息交じりに言う。彼女やサンタ・リリィといった幼少組は「子供はそういうもの」という認識がある分まだマシな方で、きよひーとか静謐ちゃんがベッドの下に潜り込んだり天上に張り付いてこっちを見ていた時は、本当に心臓が止まりそうになった。「きゃぁあああああ!」なんて凄い悲鳴まであげちゃったし。

 今となっては慣れるどころか、「んー、ごめんきよひー。居るならちょっとロマンの所に行って○○の資料貰ってきてくれない?」なんて彼女の姿が全く見えないのに虚空に向かって言えるようになってしまった。(なお、数分も経たずに笑顔で資料を持って来てくれた)

 

 ……一瞬ドヤ顔をしそうになったけど、どう考えても一般的な対応じゃないよねこれ。やっぱりズレてきちゃってるなぁ……それこそ今更か。

 

 グイィィイー、っと両手を上にあげて背筋を伸ばした後、のそのそとベッドから降りる。寝起きで未だにボーッとする頭のまま、私は今日やるべき事を頭の中で整理し始めた。

 

 まず管制室に行って、特異点が観測されていないかどうかの確認。何も無ければそのまま食堂に行って朝食を摂る。その後もう一度管制室に戻ってロマンやダヴィンチちゃんと今後の方針について話した後、日課の種火周回を始めて――

 

 今日の予定を思い出しながら髪にブラッシングを掛けていると、ウィィィインという機械音と共に部屋の扉が開いた。私の許可無しで部屋に入る事が出来るカードキーを持つ人物は、現状二人しかいない。

 

「おはよう、マシュ」

 

マシュ・キリエライト。彼と私にとってのファーストサーヴァントであり、ずっと一緒に数々の特異点を修復してきた大切な後輩だ。

 

「おはようございます、先輩。……昨日はすみません、久々のオフでゆっくりしている所だったのに……」

 

「良いのいいの! 可愛いマシュのためなら休日返上も何のそのだよ。仕事って言ってもただの資料作りだし、一時間も掛かんなかったじゃん。それに私はただ椅子に座ってマシュの質問に答えてただけだし。なんだっけ? 「五感で感じた特異点のレポート作り」? んー、やっぱこうして言葉にすると「仕事」って言うより「宿題」って感じがする」

 

「そう言って頂けるとありがたいです……あ、先輩。今日の――」

 

「あー! ジャックったらやっぱりマスターの所にいたのだわ!!」

 

「あれ? おはようナーサリー。どうしたの、こんな朝早く」

 

「ナーサリーさん?」

 

 マシュに続いて部屋にやって来たその小さなアリスは、立香の部屋のベッドで寝ているジャックを齧り付くように揺り起こしだした。

 

「んー?……なぁにぃ、おかぁさん……ってあれ? ナーサリーだ、おはよう」

 

「おはよう、じゃないわよ! ズルいわ、ズルいのだわ!! あなたは意地悪で狡猾なチュシャ猫なのねジャック! マスターとは夜一緒に寝ないって決まりでしょう!?」

 

「夜は一緒に寝てないよ……? 部屋に入ったのは、朝の五時になってからだもん」

 

「トンチよ! 屁理屈よ!! 一休さんでもあったのね!!」

 

「……? 本物のいっきゅーさんは頭は凄くよくても、トンチめいた逸話は殆ど作り話なんだって言ってなかったっけ?」

 

「そういう事を言ってるんじゃないのだわ!!」

 

「あ、あの、お二人とも! まだ朝も早いですからあまり大きく騒ぐのはちょっと……なによりまず先輩のご迷惑になりますから……!!」

 

「……はぁ」

 

 ギャースカギャースカとベッドの上でキャットファイトを始めようとする二人の幼女を見てオロオロと慌てだしたマシュを尻目に、立香は髪のブラッシングをほっぽり出して無言のままスタスタと二人に近づいていく。

 

「ふ~た~り~と~も~?」

 

「「あ……」」

 

 若干怒気を孕んだ声を出すとようやく立香の接近に気付いたのか、ジャックとナーサリーは自分達の前に立つ立香の顔を見て一気に顔を強張らせた。

 

「私、前にも言ったよね? 誰かに甘えたり、友達と騒いだりするんなら時と場合を考えなさいって。今はその時? そうして良い場合? まだ朝早いし、私は起きたばかりなの、見れば分かるよね?」

 

 気まずそうに目を逸らして下を向き、黙りこくる二人に対して立香は「そう」と小さく呟くと手の指をワキワキと蠢かせだして――

 

「言っても分からないなら……こうだぁああああああああ!!」

 

「きゃああああ!?」

 

「わぁあああ! お、おかあさん!?」

 

 ダイブするように二人に飛びついて纏めて強く抱きしめると、脇腹辺りに指を滑り込ませて執拗にくすぐり始めた。

 

「ウリウリ~、ここかな? ここが効くのかな~?」

 

「あははははは! ちょ、ちょっと待っておかあさ……あっははははは!!」

 

「きゃはははは! マスターがイケない狼さんに……きゃははははは!!」

 

 自虐や卑下的な雰囲気が二人からしなくなったのを感じて、立香はよし、と内心で微笑む。藤丸もやっていたらしいが、子供に何かを教える時は「同じ目線に立ち」かつ「嫌な雰囲気が残らない、後味の良い物にする」のがベストだ。

 二人がちゃんと反省していると感じたなら、少しばかり一緒になって――

 

「せ、先輩!!」

 

 ん? どうしたのマシュ、そんな大声出しちゃって。それになんか顔赤いし、視線も泳いでるけど……もしかして混ざりたかったりするのかな? 

 

「えっと、その……先輩って寝る時にスカートを履かない主義でしたっけ……?」

 

「……あ」

 

 マシュから気まずそうに言われて思い出す。そうだった……ズーッと部屋で過ごしてたから気にしなかったけど、私、昨日パジャマのスカートを履かないで寝ちゃってたんだ……!

 夢の中で藤丸にしてしまった事が一気に脳内で再生されだして、カァァッ! っと顔が熱くなる。

 

「あれ? そう言えば今のおかあさん、私達と一緒の格好してるね。わんぴーす? を着てるから分からなかったよ」

 

「し、下着を履かない事で寝ている間の血行の促進を促す健康法があるとは聞いた事がありますが……まさか先輩が――」

 

「ち、違うよマシュ! つい忘れちゃってただけなの!! 普段寝る時はちゃんとスカートもパンツも履いてるから!!」

 

 マシュからあらぬ誤解がみんなに広まる前になんとかしようと、ありとあらゆる言葉を絞り出して必死に誤解を解く。後でマシュから「気をつけてくださいね。私達が全員女性だったから良いものの、男性の方でしたら目に毒です。万が一の事があったらどうするんですか」と叱責を受けたけど……

 

 自覚が無かった事とは言え、見せつけるどころか大事な場所に顔を押しつけさせるような真似しちゃいました。なんて流石に言えないなぁ……。

 

 

 

 




ぐだ子は可愛い女の子です。良いね?(確認)

……いやカッコ良くてイケメンなぐだ子も、色々とスレてるぐだ子も、ガチ勢なぐだ子も、リヨぐだ子も好きですけどね? 可愛い女の子全開のぐだ子がちと少なすぎんよ~……
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