Fate/GrandOrder_藤丸と立香   作:部屋ノ 隅

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第二の夢 相異

「ええ、ですのでここは……そう、そういう事ですね」

 

 立香が紙に書き出した答えを見て、彼は肯定の意を示すように小さく頷いた。

 

 伝説的な医師であり、人類史上最高峰の錬金術師。十六世紀、ルネサンス期における大天才の一人。

 

 魔術師(キャスター)「ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス」――「研究者」もしくは「科学者」のイメージ像として、恐らく彼以上のサーヴァントはいないだろうと立香は思っている。

 なにせ、怪しげな液体で満ちているフラスコと、異常なほど透明なビーカーと、紫色の煙を出すアルコールランプだ。多くの人が学校の理科室などでしか見た事、触った事のないそれを、常日頃から愛用して持ち歩いているのだから。

 

 立香がまだ小学生だった頃に夢中で遊んだ、世界的有名な育成ゲームに出てくる「りかけい の おとこ」を、そっくりそのまま三次元に持ってたような、長髪で白衣を着た痩せ気味の男。

 

「落ち着いて、そこまで難しく考える事はありませんよ。暗記が必須な単語などに関してはどうしようもありませんが、それ以外は単なる算数と似たような物です。化学の基本は、「素材」と「組み合わせ」、そして「結果」です。……今の時代だと、RPGゲームなんかでやる「合成」を思い浮かべてくださいと言った方が分かりやすいのでしょうか。まぁとにかく、分かりやすくて覚えやすい物から順番に頭に入れていけばいい。AとBならこれ。CとDならこうといった風にね」

 

 科学にも魔術にも精通しており、最後には賢者の石をも造りあげた彼に、立香はいま教鞭をふるって貰っていた。

 ……ただし、教えて貰っているのは科学でも魔術でも錬金術でもなく、現在高校に通う事が出来ない立香の為にとDr.ロマン並びにダヴィンチちゃんが定期的に出してくれている、一般的な高校で習うであろう「国語」「数学」「英語」「理科」「社会」の基本五教科+αが詰まった問題集の解き方だ。

 

 当然、理科目を極めに極めた「アベレージ・ワン(実のところ、立香はこの単語の意味が良く分かっていない)」であるパラケルススに掛かれば、2016年現在の高校で習う化学を、少女の頭に叩き込むなど造作もない……訳が無かった。

 

「ぐぐぐぐ……あ、頭がこんがらがりそう……」

 

 立香は悪戦苦闘していた。机に座ってシャーペンを握り参考資料を開いて、パラケルススのアドバイスを必死に頭へ叩き込もうとしても、半分以上が脳から溶け出していく。

 よくCMや本で「勉強をする本人の問題があるとすればやる気だけで、それ以外は教える方に問題がある」みたいな事を言っていたり書いていたりするけれど、結局はやる本人の問題なんだな。と立香は思い知った。

 

 なにせ、あのパラケルススだ。知識と教養に不備などあろう筈も無く、であれば学んでいる立香自身の問題に他ならない。立香は「彼」と違って、勉強という物が苦手なのである。特に、科学だとか数学だとかいった理数系科目は見ているだけでも頭が痛くなりそうになるのだ。

 

 科学式ってなんだ? 構造式と実験式っていう奴とは何が違う? CH3CO[OCH2CH2]nOCOCH で示されるポリマーの名前と、それを用いた具体的な技術を一つ述べよ? ごめんなさい、そもそもポリマーってなに???

 

 だいたいこんな具合だった。「こんな知識が日常生活で役に立ってたまるかぁ!?」と、立香の脳内でちゃぶ台が宙を舞う。しかし、悲しきかな。これは一般的な(進学)高校の科学の問題だ。つまり、好きとか嫌いとか、役に立つとか役に立たないとか……最悪、理解出来ている出来ていないに関わらず、とりあえず正解を書く事が出来ないとまずいのである。

 

 面接で「国際秘密組織のスタッフさんや、座に登録されている英霊達と人理? を修復していたので受験勉強が出来ませんでした!!」なんて馬鹿な言い訳をするつもりは無い。最終的に人理を修復した結果世界がどうなるかはまだ分からないが、仮に2015年から正しく年月が経っているのだとすれば、自分は今年十七才の高校二年生。来年には大学を受験する筈の歳なのだから。

 

「難しいよぉ……なんか似たようなスペルがズラッと並んでるし、2とかnとか付くだけで答えが変わっちゃうし……」

 

「文字の多さに誤魔化されないでください。一見ややこしい様に見える文字の羅列は、所詮ただの目くらましに過ぎません。まず余計な物を切り離して本体がなんなのかを見極め、それから組み合わせを考えましょう」

 

 うんうんと唸りながら、立香は時折パラケルススに助けを請いつつチマチマと解答欄を埋めてゆく。一流と言える教師に教えて貰っていて「これ」なのだから、カルデアに来る前の彼女の成績がどれ程の物だったかなど、語るまでも無い。

 

 

 

 

 第二の夢 相異

 

 

 

 

 ――カルデア――パラケルススの工房――

 

 

 

 

 最終的にゼーゼーと荒い息を吐きながら立香が問題集をやり終えた時には、既に数時間が経過していた。

 

 

 

「疲労困憊です、ばた~んきゅ~……」

 

 疲労によるそれか、はたまた知恵熱の影響か。自分でも訳の分らないテンションになって妙な言葉を口走りながら、立香は机に座ったままズザーっと前のめりに突っ伏す。頬で感じるヒンヤリとした机の温度が酷く心地良い。正直このまま目を閉じてしまいたいが、流石にパラケルススの工房(ここ)で気を失ったら迷惑だろうから、意識だけは保ち続けた。

 

「はい、お疲れ様でしたマスター。よく頑張りましたね」

 

「あ、ありがとう……」

 

 机の上でくたばり続ける彼女に、パラケルススがスッ、とマグカップに入った珈琲を差し出してきた。礼を言って受け取り、そのまま口に運ぼうとした立香はそこで傍と気付く。

 

「あれ? Pさん(立香がパラケルススを呼ぶ時の愛称である)の工房に珈琲メーカーとかあったっけ? 給湯ポットすら無かった気がするけど……もしかして錬金術で作ったり?」

 

「いえ。そんな大層な物ではなく、これは単にフラスコとビーカーを容れ物代わりにして、アルコールランプを火力として使って淹れただけです」

 

「……えぇ……?」

 

「そんな怪訝な顔をしないでください。……大丈夫、決して変な物は入っていませんから」

 

 違う、そういう問題じゃない。パラケルススは当然のように自分の珈琲を飲んでいるが、何の実験に使ったかも分からないビーカーとフラスコを使った珈琲など、少なくとも立香は気が滅入って飲む気にはなれなかった。加えて、その所有者はパラケルススだ。一体何が入っていた事がある物なのか分かった物ではない。

 学校の理科室や実験室に入り浸ってる大学の先生とかが、ビーカーをマグカップ代わりに珈琲を淹れる事があるとは噂で聞いた事があるけれど、まさかこんな辺境の地(カルデア)で自分が体験することになろうとは。

 

 どうお茶を濁してこの場を切り抜けようか、立香が疲れ切った頭を再び回転させ始めようとした時だった。

 

「大丈夫です、マスター。少なくとも人体に悪影響のある毒物や薬品は入っていません。毒味をした私が保証します」

 

「……」

 

「……?」

 

「……あの、(せい)ちゃん」

 

「はい」

 

「……いつからそこにいたの?」

 

「大体十分くらい前でしょうか……マスターが半泣きになりながら最後の問題に悪戦苦闘している時からですね」

 

「令呪をもって命ずる。私の醜態を忘れろ」

 

「勉学に励んでいるマスターの姿が醜態に価する訳が無いので忘れられません」

 

 ごく自然と二人の会話に加わってきたその肌黒の少女は、どこか誇らしげな表情をして主である立香の命に言葉を返すと、さも当然のように彼女の隣に座り、ピトリと肩をくっつけてきた。

 

 濃い紫色のアジサイを思わせる色をした短髪と、現代で言うハイレグ水着に近い服装が、スレンダーかつ華奢な体躯によく映えている、暗殺者(アサシン)のサーヴァント。

 

 

 真名――「静謐(せいひつ)のハサン」――白髏の暗殺者。中東に起源を持つ、暗殺教団の党首。別名「山の翁」、アサシンの語源となったニザール派の伝説的頭目、そのひとり。

 

 

 なのだが……

 

 

 ――実はこの静謐のハサン。「カルデア七大問題児(セブンスターズ)」の一人として数えられる、トンでもないサーヴァントだったりする。具体的に言うと、立香へと向ける愛が異常なほど重いのだ。

 

 昼夜問わず、例え何処であろうと主である立香の側に(無断で)仕えるのは当り前。

 スキンシップが激しく、共に行動している時は隙あらば手を握ったり、肩に頭を乗せてきたり、腕を絡ませてくる。

 少しでも立香に対し不審な行動を取る人物がいれば、持ち前の気配遮断スキルで尾行して調査を行い、最悪の場合は例えカルデアの面子であろうと暗殺行為も辞さない。

 

 「毒の娘」として生きてきた彼女の事情や、自分へ執着する理由は理解出来るから、あくまでその対象が私であるならと、余程暴走しない限りは小言やお説教だけですませている。

 ――そして、今がその時だ。立香は大きくため息をつくと即座に頭のスイッチを切り替え、身体ごと静謐の方を向いて話しかけた。

 

「あのね、静ちゃん。いくら私がいるからって、基本的に無断で人の部屋に忍び込んだりしたらダメ。あなたたち「ハサン」の質なのかもしれないし、そのお仕事にケチを付けたり物申したりするつもりは無いけど、カルデア(ここ)で共同生活を送っている間はよっぽどの事がない限り――」

 

「いえ……あの……」

 

「ああマスター、「今回は」違いますよ。無断ではありません。私が指定した時間に来て貰っただけです」

 

 へ? と間抜けな声をあげて、立香はパラケルススの方を見る。

 

「時折頼むんですよ。私自身の霊器の強化としてではなく、主に錬金素材にする為にカルデアの英霊達から霊基再臨に使った素材の余りを多少融通してもらって「ん?」……あの、別に素材の猫ばばや横領をしている訳ではありませんからそう凄まないでください」

 

 ニコニコと微笑む立香から、ゴオォオオッッ! という一般人とはとても思えない、燃えさかる炎のような覇気が起ち上がる。比較的よく見るが大量に消費するのでどれだけあっても足りなくなる素材や、出るかどうかも分からないレアな素材を手に入れる為に、彼女は何十回何百回とレイシフトを行って特異点跡地に赴き、敵性生物達を英霊達と共に倒してきたのだ。

 

 特異点Fで羽虫のように沸き続ける骸骨をなぎ払い続けて得た、山の様な数の凶骨。オケアノスに蔓延る翼竜(はびこるワイバーン)バルムンク(撃ち落とし)まくって得た、牙という牙。

 アメリカで暴走した機械歩兵から歯車を拝借し、人々を襲う大型のキメラの爪を毟り取る。蛮神から心臓をゲイ・ボルク(貰い受けたく)てもくれないので、何回も何回も挑戦する事になった術の鍛錬場は、もはやトラウマにも近い。

 

 カルデアのマスターにとって素材とは単なるサーヴァントの強化道具などでは断じてなく、それは共に苦心し、血と汗と涙を流し続けた大切な仲間達との絆であり、日々の努力そのものであり、屠ってきた敵への敬意と感謝の念が詰まっている。

 だからこそ、マスターである立香へ断り(ことわり)もせず勝手に、それも霊基やスキルの強化以外の目的で素材を消費するなど許される行為では無いのだ。

 

 まるで花が咲いたような笑顔にも関わらず、一切癒やしが感じられない目で、立香は無言のままパラケルススに続きを促した。

 

「……私が錬金術の素材として皆さんから分けて頂いているのは、霊基再臨やスキル強化に使った後に残る残滓……残りカスとも言える微少なそれに過ぎません」

 

「残りカス? 素材もピースもモニュメントも、使ったらみんなに取り込まれて消えちゃうじゃない。ゴミが出た事なんて一度も……」

 

「ええ、そのままの形では残らないでしょうね。ふむ……本当でしたら、そもそも「霊基再臨」とは何かから始め、その仕組みや我々サーヴァントを構成しているエーテルについて詳しく教授し、そのあと改めて霊基再臨に使われた素材やピースがどうなったかをお教えしたいのですが……」

 

 チラリ、と目を細めて物欲しそうにこちらを見てくるパラケルススに、立香は「勘弁して……」と呟いて即座に首を横に振った。そんな高校で習う理科目の何十倍も何百倍も複雑で難しそうな授業なんて受けていたら、日が暮れるより先に頭がパンクしてしまう。ただでさえ理数系の話は苦手だというのに。

 

 それを見たパラケルススは「でしょうね」と頷いてスタスタと工房の奥へと入っていくと、なにやらドロリとした紫色の液体が入ったビーカーを一つ持ってきた。立香にも見やすいように机の中央へ置く。

 毒沼のようにも思えるそれが一体なんなのか気になった為、ビーカーの中を覗き込もうと前のめりになって顔を近づけたら、何故か静謐のハサンが一緒になって立香へ顔を寄せてきた(ビーカーへ顔を近づけてきた)から、一秒足らずで顔を退いた。

 

「まず簡単に言うと、「霊基再臨」とは文字通り私達サーヴァントの霊基をより強化する為の物……では、ないんですよ」

 

「え、違うの?」

 

「通常の手段で召喚された霊器よりも強靱な霊器だと言えるのは、最後の……最終再臨と呼ばれる物だけですね。……カルデアの英霊召喚システムは、サーヴァントとマスターがいつかどこかで結んだ「縁」に依存しています。その縁ある人物(マスター)の呼びかけに答えようと、「座」から英霊が自らの意思でカルデアへ召喚されるという訳です」

 

「へぇ……あれ? でも、見た事も会った事もない英霊でも呼びかけに応じてくれるよ? 静ちゃんとか」

 

 つい先ほどから腕まで絡ませてきた静謐のハサンを指差す。彼女は第三特異点であるオケアノスの海を攻略している際にカルデアへとやって来てくれたサーヴァントだが、それまでの特異点で見かけた事も出会った事も無かったし、「ハサン」という名前自体を立香は知らなかった。精々、「特異点Fにいたアサシンのサーヴァントと雰囲気が似てるなぁ」と思った程度だ。

 

「『いつかどこかで結んだ縁』と言ったでしょう? それがキチンと結ばれた物であるならば、過去も未来も関係ありませんよ。少なくとも、私達サーヴァントにとってはね。だからあなたが遠い未来で結ぶ事になるであろう縁や、忘れ去られた――記憶に止めておく事すら出来なかった過去の縁であっても、呼びかけに応じる気がある英霊は応じます。彼女はきっと、その類いでしょうね」

 

 ……よく分からないが、要するに彼女はこれから先の特異点で出会う事になる英霊、という事になるんだろうか。カルデアに召喚されてから結構長いこと一緒に戦っている為、未来で縁を結んだ、などと言われても実感が薄い立香だったが――

 

(……そう言えば藤丸も、アビゲイルちゃんっていう、会った事も無い英霊がカルデアにいるって言ってたっけ……それと同じ事なのかなぁ?)

 

「そしてこのカルデア式英霊召喚システム――通称「システム・フェイト」最大の長所は「召喚出来る英霊の幅が広い」事です。なにせ、円卓の欠片や髑髏の仮面。世界最古の白蛇の抜け殻などといった特別触媒が一切不要で、縁さえ結べているなら座から英霊を呼ぶことが出来るのですから」

 

「まぁ、時期やその日の幸運値。魔術師が元来持っている運命力などにも左右されるようですが……」と、パラケルススは小声で付け加える。どんなに召喚システムを起動させても英霊が呼びかけに応じてくれない日や、逆に怖いくらいゾロゾロと揃ってカルデアに来てくれた日などがそれなんだろうか。

 

 ……なんでだろう、英霊召喚の事を考えるだけで頭が痛くなる。というか、基本的に呼びかけに応じてくれない日の方が圧倒的に多かったような気さえしてきた……。

 

「ガチャ……呼符……聖晶石……」

 

「……マスター?」

 

「ピックアップ……☆5確率……すり抜け……爆死……ふふっ」

 

「し、しっかりしてくださいマスター!!」

 

 静謐のハサンにゆさゆさと大きく肩を揺らされて、立香は我に返った。表情は憔悴(しょうすい)しており、冷や汗がたらりと頬を伝っている。

 

「な、なんだか覗いてはいけない深淵の一部を覗いてしまったような気が……」

 

「……召喚システムの話は早々に切り上げましょうか。なんだか私まで見ない方が良い物を見てしまうような気がしてきましたし。兎に角、そんな長所があるシステム・フェイトですが、当然短所もある。それは、召喚された英霊のエーテル密度や霊器の強度が、通常の手段で呼ばれたそれよりも貧弱だということです。なぜ弱くなってしまっているのか具体的に言うと――」

 

「……」(←不安げで心細そうな目)

 

「……難しいので省略します。兎に角、魔力以前の問題として、カルデアに召喚されたサーヴァントはその構成要素であるエーテルが圧倒的に足りず、霊基も弱い状態になってしまっているんです。なのでエーテルを与えて密度を濃くし、霊基も拡張して、サーヴァントを強くする必要がある」

 

「え、エーテルの密度……? 霊基の拡張……??」

 

 立香はなんとか彼の話しを理解しようと頭を回転させ続けるが、やはり完全にはついて行けない。そもそも彼女はエーテルとか霊基の事を、「ようはみんなの身体の主な構成物質じゃないの?」ぐらいにしか理解してはいなかった。学校の授業でさえ知恵熱が出てしまう自分の頭ではやっぱりこの程度が限界なのかな、と軽く凹む。

 

「せ、静ちゃんはPさんが何を言ってるか分かる?」

 

「え……あ、あの……えっと……」

 

 しどろもどろな口調になりながら必死に言葉を紡ごうとしている静謐のハサンを見て、立香は悟った。この反応は、私と同じようにPさんの言っている事が上手く理解出来ない故のものなんかじゃない。当然のように理解出来ているけれど、「話しについて行けず、同意を示してくれる仲間が欲しいアホマスター(わたし)の手前、どうしたら良いか分からない」……と言った具合の物だと。

 

「そっかー……そうだよねー……静ちゃんもサーヴァントだもん。それも、一教団のトップだったアサシンだし……理解出来ない筈がないよね……」

 

「!? そ、そう!! 分かりにくいです! 分かりにくくて理解しづらい説明だと思います!! マスターは魔術に関しては一年足らずの、それも元一般人だった方なんですから気にする必要はありません。むしろ、キャスターであるパラケルススさんの方がもう少し言葉や例えを選ぶべきです!!」

 

 キリッっとした表情で糾弾するようにパラケルススを指差し、睨み付ける静謐のハサン。少女の身ながら結構様になっているその引き締まった表情と仕草を、立香と腕を絡ませて肩にチョコンと頭を乗せている体勢が全て台無しにしていた。

 パラケルススはパラケルススで、面倒臭いのか関心が無いのか、我関せずといった様子で、「なら分かりやすくしましょうか」と一言って立ち上がる。

 

「エーテル密度を高めるのがいわゆる「レベル上げ」で、霊基を拡張する行為が「再臨」です。エーテル密度を上げるためにはそれが豊潤に満ちた素材……いわゆる種火を与えれば良いですが、召喚された時のままの霊基だと限界がある。そうですね……」

 

 彼は机に置かれている物とは別のビーカーを二つほど棚から取り出すと、片方にペットボトルに入った水を溢れるほどに注いでゆく。今机の上にあるのは紫色をした謎の液体が入っている物と、水が溢れんばかりに注がれた小さめの物と、何も入っていない比較的大きめの物。三種類のビーカーだ。

 

「このビーカーがサーヴァントの霊基で、中に入っている水をエーテルと考えましょう。もっともっと中に水を注ぎたくても、このビーカーではこれ以上水を入れることが出来ません。なので――」

 

 パラケルススはその内、水が溢れんばかりに注がれたビーカーを手に取ると、何も入っていない大きめのビーカーへ中身を移し替え(うつしかえ)始めた。

 

「こうしてもっと大きな霊基(ビーカー)を用意して、エーテル(中身)を移し替えてあげる訳ですね。これでもっと中に水を注げるようになったでしょう? これを限界まで繰り返しているという訳です」

 

「おー……!」

 

 立香から小さな、しかし確かに歓声が上がった。なるほど分かりやすい。静謐のハサンの言葉を受けて、「なら分かりやすくしましょうか」と涼しげに言ったパラケルススの対応力は、伊達でもなんでもなかった。

 

「まぁ、これはあくまでも分かりやすくする為に要所だけを、それもザックリと例えた物なので、厳密には色々と違いますが……」と彼は複雑そうに言うが、伝わりやすくて分かりやすいんだから別に良いじゃないかと、心の中で思う。

 

「……あれ? でもさっき「霊基再臨」はサーヴァントを強化している訳じゃないって言ってなかった?」

 

「ええ、そうです。言ったでしょう? 拡張だと。召喚したマスターの腕にもよりますが、基本的にサーヴァントの霊基は通常の方法で召喚された場合、最初からもっと強く……そうですね、大体第三再臨あたりに該当するでしょうか。その霊基をもって現界します。つまり、元々私達サーヴァントは最終再臨や、それ以上にエーテル密度の高い霊基を既に持っているのです。素材は、私達が元々持っている器を使えるようにする為の「鍵」だと考えてください」

 

「……えっと……つまりみんなが普段使っているお気に入りのコップが、カルデアだとすぐには使えなくなっちゃってるの?」

 

 恐る恐ると言った感じで聞いてみる。自分でも幼稚かつ安直な例えだと思うが、脳がこう解釈する事しか出来なかったのだ。ほんの一瞬、キョトンとしたような顔をしたパラケルススは、すぐにクスクスと笑い出した。

 

「もー! 笑うことないじゃない!!」

 

「い、いえ。すみません、あなたらしい例えだったのでつい。……そうですね、その解釈で良いと思います。それに該当しない霊基を持ったサーヴァントも何人かいますが、少数なので考えなくてもよろしいかと」

 

「はい、とても良い説明でしたマスター!」

 

 ありがとう静ちゃん。でもそんな焦った風に言わなくても大丈夫だからね? あと普通に投げナイフを片手に持ってるけど、もしかしてPさんが笑い続けてたら襲いかかるつもりだった? お願いだから勘弁してね? 私、仲間同士で喧嘩とか争いとか好きじゃないの知ってるでしょ? それに今さっきようやく一教科やり終えた宿題がそこにあるんだから。もし間違って破いたり書いた文字が読めなくなったりしたら、令呪を使って一週間は私との接触を禁じちゃうからね? 本気だからね?

 

「さて、そんな訳でお気に入りのコップを棚から取り出すための鍵と消えてしまった素材達ですが……厳密に言えば、完全に消滅したという訳ではないのです」

 

 もう、PさんもPさんで私の子供っぽい例えを使わないで欲し――って、ん?

 

「え、消えてないの? みんなの身体の中にまだ骨とか牙とか鱗とかが残ってるって事???」

 

「いえ、あなたの想像する素材の形では残ってはいません。あくまでも残滓です。そうですね……マスター風に言うと、「一々剥くのも面倒臭いし、皮も薄いからそのまま食べてしまった枝豆の薄皮の部分」……といった具合でしょうか。科学的な言い方をすると、人間の消化器官では消化しきれない成分の総称……食物繊維のような物ですね」

 

 マスター風に言うと、から出て来たその馬鹿っぽい例えに思わずむうっ……っと膨れる私だけど、口から反論は出なかった。分かりやすかったというのもあるけれど、何よりも、「うわ、確かに私が言いそう……」って思ってしまったからだ。

 食物繊維~の方がなんか良い例えなんだろうなって事は直感で分かるけれど、そもそも食物繊維がそういう意味の単語だったって事を私は知らなかった。なんか人間の身体にとって良い成分、程度にしか思ってなかったし。

 

「その九割九分なんの役にも立たない皮の部分が、霊基再臨をした英霊達の中に残っているんですよ。主に血や体液などに混じってね。私はそれを、錬金に使う素材として頂いているんです。で、先ほど静謐のハサンから頂いたのがこのビーカーの中身だということですね。ああ、当然ですが猛毒なので間違っても素手で触ったり、口に入れたりしないように。幾らあなたの毒耐性が強靱極まりない物だとはいえ、その不思議な耐性についてはまだまだ分かっていないことの方が多いんですから」

 

 パラケルススは中身が立香達にもよく見えるように、一番最初に持って来たビーカーを傾ける。要するに、この紫色の液体は静謐のハサンから染みだしたエキス(劇毒)ということか。最初に見た時に感じた毒沼っぽい印象は、決して間違いなどではなかったのだ。

 

「ふぅん……よく分からないけど、兎に角素材やピースを勝手に使ってる訳じゃないんだよね? なら良いかな。あ、静ちゃんもごめんね。私てっきりまた勝手に私のいる部屋に忍び込んだのかと……」

 

「い、いえ。マスターが気にすることは何もありません。その……私、あなたの事になるとちょっとだけ暴走しがちな所があるので……その疑いは尤もだと思います」

 

 ちょっとだけ、の部分に多少ツッコミたい気はするが、静謐のハサンに「自分は立香の事になると暴走しがちだ」という自覚があったという事に感動を覚えてしまい、半ばどうでも良くなってしまった立香。彼女は後に気付く。「私がみんなに求めるハードル、だんだん低くなってるんじゃないか?」

 

「ご理解頂けたようで何より。……こう言うと失礼ですが、思っていたよりも時間が掛りませんでしたね。これでしたら第五元素であるエーテルの部分や、システム・フェイトで召喚された英霊がなぜ通常よりエーテル密度が薄まり、霊基の幅が小さくなってしまうのかについても……」

 

「お願いだから本当に勘弁して……もう本当にいっぱいいっぱいなんだよ……」

 

 半ば白目を剥きながら、立香はパラケルススに憔悴した表情で懇願する。この数時間で苦手としている科学分野の情報を、これでもかと言うほど頭に詰め込まれた気分なのだ。学校で先生達が出す宿題や課題をやらなかった事は一度も無いが、元来「勉強」という物に苦手意識を持っている立香にとって、今日は本当によく頑張ったと言える一日になった。

 

「ふむ……ではまた後日にしましょうか。前と比べると、最近のあなたは勉学にも良く励んでいるらしいですから、なんとか理解して頂けると思うんです」

 

「え? ……そ、そうかな?」

 

 前半部分を全力で聞かなかったことにして、私は後半部分に話が進むよう着手しだす。

 

「ええ。まぁ以前は特異点云々の問題だけでなく、爆破事件によって破壊されたカルデアの設備の修復や、戦力……英霊不足が深刻で急ぎ召喚をせねばならず、召喚に成功しても肝心のレベルが足りませんから毎日毎日、それも今よりずっと時間を掛けて種火を集めねばならない状況でしたので、それ以外の事をしている余裕が無かったんでしょうけれど……」

 

「ああ……うん、本当に大変だったなぁ……」

 

 もう随分昔のことのような気がするあの頃――特異点Fから帰還して数週間辺りの事を、立香は思い出す。

 

 まず何より一番最初に、壊れたカルデアの設備を直す為に必要な素材を特異点でかき集めて続けなくちゃいけなかったし、ようやっと戦闘シミュレーターが直って「よし、じゃあまずは種火って奴を集めよう!」と意気込んでも一緒に戦ってくれる英霊が少なかったから、それより先に召喚を行わなくてはいけなかった。

 

 みんなのレベルが足りず、霊器再臨も十分じゃないのに特異点は次から次に見つかるし、種火や素材は山のように集めてもすぐに足りなくなってしまう。今のように安定したルーチンで周回やみんなのレベル上げが出来るようになったのは、実は比較的最近の事だったりする。必然、暇だと言える時間が出来たのも。

 

「マスターはその折角出来た「暇」を使って勉学をしているんですから、良く励んでいる。という言葉に間違いはない筈ですよ」

 

「え、えへへ……なんか照れる……でも、やっぱり私は暇ならみんなと遊んだり、お喋りしたりしたいなぁ」

 

「マスターは勉強が苦手ですしね」

 

「そうなんだよ静ちゃ~ん。なのにロマンとダヴィンチちゃんったら「少しでも学生っぽい事を」とか言って勉強道具一式と問題集を押しつけてくるんだもん。それも定期的に。酷くない? 一番最初に渡すプレゼントが勉強道具と問題集って酷くない?? そりゃあ私も「あれ? もし人理修復に成功したら世界ってどうなるの? 私、来年受験生になるのに学校に通えてないし、勉強も殆どやってないんだけど……」ってちょっと不安になったりしたけどさぁ」

 

 ぶーぶー、と二人に対して口を尖らせる。ロマンもダヴィンチも立香の将来を思って、態々勉強道具や問題集を用意してくれているのだという事くらい分かっている。分かっているのだ。

 

 しかし、「え、プレゼント? 私に!? ……ありがとう、二人とも! なんだろうなんだろう♪」と嬉しくて子供の様にはしゃいでしまっていた自分へ、二人がニコニコと笑いながら大量の課題を押しつけてきた時の虚無感と絶望感は、未だに忘れがたい物がある。嘗て学校で嫌というほど見てきたそれを渡された瞬間、先ほどまでのウキウキとしたテンションは真っ逆さまに垂直落下し、目は暗く濁り、暫くのあいだ無言になってしまった。

 

「しかし、苦手だという割にはお二人から渡された課題はキチンと全てこなし続けているのでしょう? 単に真面目というだけではない。自分の将来の為だけでもない。お二人のご厚意を無碍にしたくないという、あなた自身の善性と優しさがそうさせている」

 

「お、大袈裟だよ……私は、その……」

 

「謙遜することはありません。最近は特に頑張っているとDr.ロマンも褒めていましたよ? 「前は解答欄が空欄だった事も多かったけど、最近は比較的よく埋まっている。熱意というか、何かを学ぶに当たって欠けていた……情熱かな? が彼女から感じられるようになったんだ」ってね」

 

 パラケルススはそう言って微笑むが、当の立香本人としてはやっぱり気恥ずかしい。……励んでいる理由が理由だからだろうか、と夢の中で出会う彼のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

(……だって、あんな事言われちゃったらなぁ……)

 

 

 

 その顔が、ほんの少しだけ赤くなっていた。

 

 




今の内に言っておきますが、某大乱闘の最新作が発売されたら私は聖杯を使ってでもお休みを頂きます。
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