Fate/GrandOrder_藤丸と立香   作:部屋ノ 隅

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なめるなよ……たかがプロットが消えたぐらいでぐだ♂ぐだ♀熱が消えると思ったか……!!(三週間遅刻)

今度からはこまめに活動報告をします。ご心配をおかけしてしまい申し訳ない。


第二の夢 相異 その二

 カリカリ、カリカリ……

 

 

 シャーペンの芯が、ただ只管にノートの上を走っていく音だけが連続する。次々と大学ノートに描かれていく文字列は立香の苦手とする数学系統のそれで、各種数字の他にXだのYだのπだのといった記号が並んでいた。

 

「……」

 

「……で、このままじゃ何が何だか分からないから、まずこのXを当てはめた部分を――」

 

 当然勉強を、特に理数系の科目を大の苦手とする彼女がこんなにスラスラと問題を解ける訳がない。というか、今やっているこれが比較的得意としている国語の読み取り問題や、英語のリスニング問題だったとしても、彼女は一ミリもシャーペンを動かすことが出来なかっただろう

 今ノートに書かれている式を解こうとシャーペンを走らせているのは、この夢のような謎の空間でのみ会える少年――どこか別の世界、別の場所にあるのだろうカルデアのマスター――名を「藤丸立香」。立香と異性同名の、立香と同じ経緯でカルデアにやってきて、立香と同じく人理を修復する事になり大体同じ経験を積んできた、立香と同じ、元一般人の男の子だ。

 

 しかして、同じ「カルデア」の「藤丸立香」とはいえ、彼らは男女という性別以外にも様々な違いがある。

 例えばカルデアで召喚に成功したサーヴァントの種類だったり、特異点を攻略した日時だったり、戦略や作戦の指向だったり、味付けの好みだったりと、実に様々だ。なので実は「ここは絶対にこう」だと彼らの意見と嗜好が一致するのは、本当に重要な場面の舵取り(選択)を除くと、かなりどうでも良い事だったりする。

 

 なので当然、頭の良さや知識の豊富さといった物にも違いがある。女の藤丸立香――通称「立香」は勉強が苦手で、学校で出される宿題もテスト前の勉強も、必要に迫られたから仕方なくやる。という感じのスタイルだが、男の藤丸立香――通称「藤丸」は彼女と逆で、勉強が得意で、なにかを学ぶ事が比較的好きだ。毎日のように「教授」と呼ばれる数学者や、キャスター系統のサーヴァントを中心に様々な講義を行ってもらっている程に。

 

 そんな藤丸立香の勉強が苦手な方、立香は今、先週自分が言った「藤丸って勉強得意なの!? 本当!? ……だったらさ、ロマンとダヴィンチちゃんが渡してくる問題集あるでしょ? そう、あのやたら分厚い奴! お願い! もし出来てるなら私に勉強教えて!!」という台詞を心から後悔していた。

 

「どうだ? これでかなりスマートな式になっただろ? 後はこれを……」

 

(……ごめんなさい、無理です。いや本当に無理だよぉ)

 

 彼は数学の苦手な立香にも分かりやすいよう、丁寧に一問一問解き方を口に出して教えてくれているが、内容のほぼ全てが頭に入らず、耳からすっぽ抜けていってしまう。

 

 藤丸の教え方が拙いとか、立香の頭が悪いとか、(それは少しだけ関係があるかもしれないが)そういう話ではなく――――単に「近い」のだ。距離、特に顔が。

 

 藤丸と立香。双方のカルデアにおけるマイルームとそっくりな造りをしているこの謎の空間には、机と呼べる物が一つしかない。彼らが勉強に励む為にはキチンと机に座らなければならないのだが、机が一つなら、当然それに付いている椅子も一つだ。学校でよくある、「ごめん、教科書忘れちゃったから見せてくれない?」「いいよー」からの机ドッキングは出来ないのである。

 

「あとは……そう、これも同じだな。まずこの代入されたXを……」

 

「あ、うん(……って、いつの間にか問い一終ってるし!? え、今どこ? 何処の問題やってるの!??)」

 

 ならばどうするか。藤丸が提案してきたのが「これ」だ。いま彼は椅子に座る立香の後ろから机の上を覗きこむ様な形で、中腰となって立っていた。丁度、椅子に座った立香の肩の斜め上、顔のすぐ横辺りに藤丸の顔があるような感じだ。

 

 ……正直な話、勉強どころの騒ぎではない。心臓はバクバクと音を立てて鳴りっぱなし、視覚は机の上にあるノートと問題集でなはく、チラチラと横目で藤丸の顔を追ってばかり。嗅覚は男の子の……異性特有の匂いがするぞと脳に信号を送り続けているし、聴覚――というか耳は、顔のすぐ横で聞こえる彼の声と息づかいを受けてピクピクと震えている。そして脳は苦手な数学問題にではなく、それぞれの感覚が送ってくる異常信号に先ほどから混乱しっぱなしである。なにせ、何かの間違いで立香がちょっと横を向けば、そのまま彼の頬に唇が触れてしまうかもしれない距離なのだ。

 

 根気よく、そして優しく教えてくれている藤丸には本当に申し訳ないが、なんでこんな勉強に手が付きそうにない体勢を提案したのか問いただしたい気分である。天然か? 天然なのか?? 最終的にそれで良いといったのは立香なのだが、この体勢が及ぼす五感と心臓への影響を、藤丸から提案された時の彼女は考えられていなかった。先々週パジャマのスカートを履き忘れた状態で膝枕をしてしまい、醜態をさらした時と似たような心持ちになりながら、立香は恨めしそうに藤丸の横顔をジーッと見据える。

 

(……やっぱり、藤丸ってカッコいいなぁ……)

 

 見据え続けていたら、なんかもうどうでも良くなってきた。本人は欠片もそんなことは思っていないかもしれないが、実際の所、彼はかなりカッコいい異性だと立香は思う。

 

 子供っぽいあどけなさを残す普段の面構えでも女子から人気が出そうだが、彼は勉強やサーヴァントの運用相談、特異点攻略の作戦会議といった、ジッ、と何かに集中している時は表情に真剣味が出て、顔全体がキリッ、格好良くと締まるのだ。

 

 もちろん顔面だけではない。毎回毎回藤丸と抱きしめ合っている立香だからこそよく分かるが、体つきも凄い。そりゃあ勿論英霊達とは比べるべくもないが、見た目の細さと裏腹に胸板はガッシリと分厚く、腹筋はカチコチで、腕力も結構ある。なんというか、キチンと男の子……逞しい男性のそれだった。立香も彼と同じ数の特異点を乗り越え、色々な修羅場を経験し尽くしてきたので、以前と比べてかなり体力と筋力が付いたという自覚はあるが、それでもやはり藤丸には劣る。男女の体格の違いという物を考慮に入れた所で、彼に勝てる自信がない。

 

 そして何より、藤丸は優しい。カルデアの仲間達には言えないような愚痴や悩みを幾らでも聞いてくれるし、こうして勉強を教えてくれる。この前みたいに立香が錯乱したり不安げな表情をしていると「俺がしたかったから」と言って、立香が落ち着くまで優しくだっこしてくれる。

 彼が示してくれる好意と優しさは素直で裏表がなく、とても心地よく感じる。覚えがない懐かしさすら感じてしまう程に、心が安らいでしまうのだ。

 

 彼のカルデアにいるマシュや英霊のみんなには悪い気がするけれど、僅かな時間とはいえ彼と一緒に過ごせるこの時間が、今の立香にとってなによりも――

 

「……ッッツ!!?」

 

「あっと、悪い。つい夢中になって……」

 

 ボーッとしている立香をよそに、藤丸がノートのページを捲ろうと更に彼女の方へ身を乗り出した瞬間、彼と立香の耳が、ふにゅん、と優しく触れあった。ただそれだけの事なのに身体はビクン! と敏感に震え、心臓はドッッッ! と一段大きく高鳴り、ブワッ! と顔へ全身の血液が集中しだす。もし驚きのあまり声が出なければ、「ふにゃあ!?」というなんとも情けない悲鳴を上げてしまっていただろう。

 

「えっと……。立香、お前どうしたんだよ。なんか今日変だぞ? ……やっぱ、問題が難しく感じるか?」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためく立香を見てふざけた感想を言う藤丸に、立香はとうとうキレた。

 

『いやどうしたんだも何も藤丸が原因だよ!? 顔が近いの! 恥ずかしくって勉強どころじゃないの!!』

 

 ……そう言いたいのに、彼女の口はそんな怒気を孕んだ言葉を紡ぐ事はなく、まるで金魚のようにパクパクと開閉を繰り返すのみである。加えて、そんな立香をよそにこの無自覚野郎はあろう事かその手を立香の額にピトッと当てて、熱があるかどうかまで計り始めやがった。「なにゅ(なに)!?」という悲鳴とも取れぬ言葉が口から漏れる。

 

「んー……そこまで熱く感じないけど、もしかして体調悪かったりする?」

 

(だから、私の体調を悪くしているのは藤丸なんだってばぁ!!)

 

 まずい。このままでは折角の貴重な時間が、ただただ藤丸に翻弄され続けるだけで終ってしまう。見当違いの心配をする藤丸に、立香は半ば泣きそうになりながら必死に考える。

 何か無いのか、この状況を打開する一手は。私が恥ずかしさを感じず、藤丸も勉強を教えやすい。そんな場面に持って行くにはどうすれば良い――!

 

「――ッツ!」

 

 ……あるじゃないか、とっておきの場所が。広さは今使っている机の二倍から三倍はあるから、顔と顔が触れあうという事故はあり得なくなる。もっと凄い体勢でもっと凄い事をしてもなぜかあまり恥ずかしいと思わず、感じるのは心地よさと安心感だけというある種の聖域染みた効果がある場所が。高さ的に正座かあぐら、もしくは女の子座りを強いられる事になるが、大した問題じゃない筈だ。

 

 

――よし、イケる。

 

「ね、ねぇ藤丸!!」

 

 

 

 

 彼女の――立香の様子がおかしいと俺が気付いたのは、ちょうど問題集の一ページ目に簡単なヒントを書き終えた時だった。

 

 先週の逢瀬。俺と立香はいつも通りそれぞれのカルデアの近況報告をしあい、その後は俺が作ってきたクッキーをつまみにして他愛のない話に花を咲かせていた。確か最初のテーマ、というか話の流れは「カルデアに来てから出来るようになった事」だった筈だ。立香の方から得意げに

 

『編み物が出来るようになったよ。あ、それと鶏をシメれるようになった!』

 

 と割と凄い事をカミングアウトしてきたので、仕方なしに俺もいくつか考えてみる。

 

 ……カルデアに来てから出来るようになった事。彼女の意図的に魔術関連の事は除外されるだろうと考えた俺の口から出て来たのは「『ペアノの公理』が理解出来るようになった」という物だ。……何の事か分からなかったのだろう。キョトンとした表情をされたので、出来る限り簡潔にペアノの公理の概要について説明してやる。(なお説明中、立香の頭には常に?マークが浮かんでいた)

 

 要するに数学における超難しい証明問題だという事を理解した立香は、それを切っ掛けに話を勉強、学習の話にシフトしだした。

 

 最初に「私、勉強が苦手でさー」という告白から始まり、やれ二次関数が理解出来ないだの、やれ科学のテストで赤点を取ってしまった事があるだの、やれロマンが出してくる宿題が難しいだのと、その殆どが愚痴に近い物だ。

 

 最終的に「いやまぁ、単に私の頭が悪いだけなんだけどさ……」と半ば落ち込みモードになった彼女をなんとか励まそうと、話の途中で彼女がよく分からないと言った二次関数についてなるべく分かりやすく……教授の講義で受けた解説を参考にして説明したのだが、それが立香本人も驚くほどスルスルと頭に入ったらしく、「ほえ~」という驚嘆とも感嘆とも取れぬ声を上げた彼女は一拍置いて「藤丸! 私に勉強を教えて!!」と頼み込んできたのだ。 

 

 それからの一週間。俺は死に物狂いで誰かに物を教える為の勉強をし、立香に教える範囲の内容を徹底的に復習した。周回の暇を見つけては新米教師用のいろはが書かれている参考書を読み込み、蒸気王や大文豪などから受ける講義の時はいつも以上に詳しい解説をして貰えるよう頼んで、本物の「教授」であるアラフィフには、それとなく人に物を教える時のコツについて聞き出し、実際にこの説明で分かりやすいかどうかマシュと一緒に勉強をして確かめた。

 

 だから、概ね自信があった。マシュからも「良い解説だったと思います」と太鼓判を貰ったし、なにより俺自身の実感として確かな手応えを感じる。これならプロの教師には及ばなくても、それなりの説明なら出来るんじゃないかと、割と安心して眠りに付いたのだ。

 そしいつも通り、カルデアのマイルームを模したこの夢のような空間で目が覚め、同じく目を覚ました立香と再会し、約束通り彼女に勉強を教える事になったのだが……どうも先ほどから、立香の様子がおかしい。

 

 机に座る立香の後ろに中腰で立つ様な形で講義を始めてから、少し経った頃。具体的には数学の問題集の一ページ目に解く時のコツとヒントを書き終えた時だ。これで分かるようになったか確かめようと立香に話を振ったのだが、なんかボーッと俺の顔を見てくるばかりでロクな返事が無い。「あ、うん」とか「へ? ……はい」などといった間の抜けたような相槌を時々する程度で、彼女は明らかに勉強に集中できていなかった。

 

(……やっぱ問題が難しく感じるのか? それとも俺の教え方が下手くそなのか?)

 

 不安になって自分が口に出した説明に不備が無かったか頭の中で思い返し、問題集に書いたヒントを何度も見直してみるが、一見して不備不足があるようには思えない。……だとすれば、やはり苦手な数学から入ったせいで立香のやる気を削いでしまったんだろうか。テンションやモチベーションというのは、勉強をやる上でも重要な要素だと教授も言っていたし、だったらこれは俺のミスだろう。

 

 なにかもっと簡単で理解しやすい問題はないか探す為、問題集のページを捲ろうと彼女の方へ身を乗り出そうとして――

 

「……ッッツ!!?」

 

「あっと、悪い。つい夢中になって……」

 

 瞬間、俺と立香の耳と耳が、ふにゅん、と優しく触れあった。軽い接触の筈なのに、立香はビクリと派手に身体を震わせ、リンゴのように顔を赤くする。……やっぱり様子がおかしい。

 

「えっと……。立香、お前どうしたんだよ。なんか今日変だぞ? ……やっぱ、問題が難しく感じるか?」

 

 そうじゃないなら体調が良くないのかと思い、まるで金魚のようにパクパクと開閉を繰り返す立香の額に手を当てて熱が無いかどうか確かめてみるが、特にこれといって高い熱があるようには感じられなかった。

 

 ……じゃあやっぱり俺の教え方が悪いのかもしれない。最初に「質問は俺の説明が全部終ってからな?」って念押し気味に言っちまったけど、今考えれば疑問に思った事をスグ聞けないって結構なストレスだよな……。解説をしてる最中に横槍を入れられて話が脱線すると、今の俺じゃあ何処まで説明したか分からなくなりそうだし、そもそも話を戻せるかどうかも分からないから言ったんだけど、失敗だったか。

 

(……どうすっかなぁ)

 

 まぁ立香が何を思っているにせよ、話さなくちゃ事情は分からない。分かり辛い所があるならより分かりやすいように解説すれば良いし、体調が悪いなら勉強会を中止にして、夢から覚めるまで看病を――

 

「藤丸!!」

 

「ん? どうしたよ」

 

 俺がそんな事を考えていると、立香の方から話を振ってきた。――なぜだか酷く真剣かつ、意気の籠もった表情をした彼女は下からグイッと押し迫るように顔を近づけて。

 

 

 

「ベッドで勉強しない?」

 

「――――」

 

 

 その一言で、俺の脳内回路はたっぷり十秒以上思考を停止した。

 ベッドデベンキョウ?……ベッドで勉強!!? 

 

「な、なんで急にそんな――!」

 

「……ダメ?」

 

 ダメってお前……! 取りあえずそんな小首を傾げて不安げな視線で見上げてくるのはやめてくれ。反射的に「ダメじゃない」って言いそうになっただろうが。

 いや待て落ち着け、落ち着くんだ藤丸。そもそも何で立香が急にそんな事を言ってきたのか話を――。

 

「だってほら、シーツを捲れば机代わりになるし。隣に座れるから、藤丸もそんな窮屈な格好で覗き込んだりしないで良いしさ!」

 

「あ……ああ、うん……」

 

 なんだ、そういう意味か……。いや、うん、そうだよな。そういう事に決まってるよな。そっち方面の隠語を含ませた言葉な筈が無かったんだ。俺が勝手にイヤらしい方向で脳内変換しちまっただけだ。立香は俺の事を気遣って提案してくれてたってのに……。

 

「よし、じゃあ早速……どうしたの、藤丸?」

 

「……安心してくれ、ちょっと自己嫌悪に陥ってるだけだから」

 

 なお、ベッドの方に移動してからというもの、先ほどまでとは打って変わって立香は勉強に集中出来ていたのだが、何故そうまで違いが出たのか、俺には最後まで分からずじまいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。うん。ん、全部合ってるよ」

 

「ほ、本当!?」

 

「ああ」

 

 一つ一つ立香の書いた答えを確認しては頷いていた藤丸がニッコリと笑ったのを見て、私は思わずガッツポーズをしそうになった。興奮冷めやらぬ頭のまま、重ねるように藤丸に問いただす。

 

「数学も?」

 

「うん」

 

「古文は?」

 

「ちょっと砕けた回答だけど、大部分としてあってるし、ちゃんと通じる」

 

「化学も? 地理と歴史と英語と……」

 

「そう不安がらなくっても大丈夫だって。ちゃんと全部正解してるから」

 

 藤丸は私を安心させるように優しい口調でそう言って、よしよしとあやす様に頭を撫でてくる。子供扱いされてるようで嫌だと毎度毎度思うのだが、一回二回三回と私の髪を梳く様に触れる彼の手がとても優しくて、一瞬でどうでも良くなってしまうのだった。

 実家で子猫を飼っていると言っていたし、子供系のサーヴァントにも好かれているみたいだから、もしかしたらこういう事にも慣れているのかもしれない。

 

「えへへ……これで次にダヴィンチちゃん達が出してくるテストもバッチリだね!」

 

「予習と復習を忘れんなよ? 一応「多分次出るならこの辺りじゃねぇか」ってヤマカン張って教えたけど、合ってるかどうかは完全には分かんねぇしな」

 

「大丈夫大丈夫。藤丸せんせーの太鼓判貰ったもん! 高得点間違いなし!!」

 

 グッ、と親指を立てて自信満々に答える。自分の顔は普通鏡とかを使わない限り確認できないけれど、私には分かる。今の私は、自信に満ちあふれた表情で笑っている。

 

「なんだよせんせーって」

 

「だって学校の先生がする授業よりずっと分かりやすかったもん。藤丸って、教師とか教授とか向いてるんじゃない?」

 

「考えた事も無かったな、そういうの……そもそも誰かに勉強を教えるなんて初めてだったし」

 

「そうなの? じゃあやっぱり才能があるんだよ!」

 

 だってここまで勉強という物を「楽しい」と思えたのは初めてだった。学校の授業じゃよく分からなくて憂鬱だった所もキチンと理解出来たし、こんなにも達成感があるのだという事も初めて知った。なにより、次のテストが楽しみになるなんて今までの私じゃあ考えられない出来事だ。

 

 ならそれはきっと、藤丸が優しく丁寧に、根気強く教えてくれたからに他ならない。お礼をするのは当然だが、他にしてあげられる事はないかと私は考えて――。

 

「あ、そうだ!」

 

「ん?」

 

 その結果、ちょっと面白そうな事を思いつく。

 

「私が今度のテストで自己ベストを更新できたら、藤丸のお願いを何でも聞いてあげる!!」

 

「え」

 

「ねぇねぇ何が良い? 膝枕でも、いつもと逆で私が藤丸を抱きしめるでも、一晩中愚痴を聞くでも、本当に何でも良いよ! 遠慮しないでほらほら!」

 

「これ」私にしては結構良いアイデアなんじゃないかなぁ? お礼を自分で考えるまでもなく藤丸の願望を聞けるし、それを叶えてあげる為に頑張るという目標が出来る。「藤丸の為に頑張る」……その事実は、私のやる気と心にポカポカとした陽を灯した。今なら普通の倍の課題でも難なく片付けられそうな気がする。

 

 なにより藤丸が私に何を求めているのか、少なからず興味があった。私の主観でしかないが、今までの逢瀬でおこなってきたそれらはどちらかと言うと、私の要求や提案に藤丸が応える形の物が多かったから、藤丸がどんなお願い事を言ってくるのかちょっとワクワクする。

 

「ね? ほら。大丈夫だから何でも言ってみてよ!」

 

「いやあの……り、立香! お前自分が何言ってるか分かってるか!?」

 

「え? うん」

 

「……いや絶対分かってないだろ……女の子が気軽に「なんでもしてあげる」なんて言うなよ……」

 

 藤丸はボソリとそう呟いた後、両手で頭を抱えたままベッドの上にボスッ、と倒れ込んで動かなくなった。気になったので「藤丸?」と一声掛けてから彼の頭を両手の上からワシワシと撫でる。

 暫く経った後、藤丸は意を決した様にゆっくりと起き上がると、苦虫を噛みつぶした様な顔と気恥ずかしそうな表情が混ざった様な、なんともいえない複雑な面持ちをしながら私の方を向いた。

 

「……もしもの話だぞ?」

 

 彼はそう前置きした上で、決して視線を私の方に向けずに語りだす。

 

「もし俺が……その……おお、お前と寝たい……とか言ったらどうする気だよ」

 

「……? え、最初と最後はいつも一緒に寝てるじゃない。そんな事で良いの? それとも私が抱きしめる側になって欲しいって事?」

 

「……やっぱり分かってないじゃねぇか……」

 

 藤丸はよりいっそう表情を赤く、険しくすると、今度はどこか疲れ切った様に天を仰いだ。先ほどの発言への反応といい、私は何か彼の機嫌を損ねるようなことを言ってしまったんだろうか。「なんでも」って言葉自体が軽はずみに感じるから嫌だとか?

 

(やっぱりお礼くらい自分で考えて用意するべきだったかなぁ……?)

 

 クッキーやチョコレートといった軽めの携帯食料なら、寝る時に持ってさえいればここに持ち込める事は先週確認済みだし、そういう方向で攻めてみるべきだろうか。確か、甘い物はあまり好きじゃないって言ってたはずだから砂糖を少なめにして…………あー……ダメだ、却下。そもそも私、お菓子作りの経験なんて数えるほどしかなかった。料理は家事として小さい頃からやってきたけど所詮家庭料理の粋を出ない腕前だし、仮に作れたとしても、藤丸の作るお菓子のクオリティを上回れる訳がない。先週の「ここに食べ物は持ち込めるか」検証で「クラッシュショコラ」なんて見た目も味も凄いクオリティのロッククッキーを持って来たくらいだし。

 

 と、なると編み物だろうか。カルデアは隅々まで空調管理が行き届いているから年中過ごしやすい気温ではあるのだが、部屋着として着るセーター位だったら……んー……でも確か学校にいた頃の友達が『彼氏へのプレゼントに手編みのセーターとかマフラーなんて重い』って言ってたような…………い、いや別に藤丸は彼氏とかそういうのじゃないけどね!? ただその……えっと……超特殊な授業をする教室で、互いに一人しかいなかったクラスメイトみたいな! カルデアじゃあ貴重な、私と同じ一般人で、同じような感覚でもって話せるただ一人の異性だから――そ、そりゃあさっきみたいにドキッ、ってさせられる様なことは何度か(何度も)あったし、カッコ良くて知的で器用で男らしくて頼りがいがあって意外と可愛い所もある素敵な男の子だと思うけどね!?

 

 

 

―――だけど、私は――――。

 

 

 

「あ、そうだ!」

 

「ん?」

 

 先ほどの時とは逆に、今度は藤丸が何か面白そうな事を思いついたようなニヤニヤとした笑みを浮かべながら、私の方を見る。

 

「思いついたよ、お願い。確か「なんでも良い」んだったよな?」

 

「う、うん」

 

 そのいい知れない笑顔を見て、私は若干の不安に駆られた。なんだろう……簡単に言うならエグい悪戯を思いついた悪ガキみたいな、純粋かつ嬉しそうな顔だった。「愉悦部」という謎の単語が頭を過ぎる。

 なんだ? 一体何を要求されるんだ? まさかとは思うけど古代の王様達みたいな、とんでもない無茶ブリだったりするのか?

 

 緊張の面持ちになって藤丸の言葉を待つ私に、藤丸は躊躇無く告げる。

 

 

 

「じゃあ今度――――てくれないか?」

 

「――――え?」

 

 

 

 その要求があまりにも斜め上を行く物だったから、私は「そんな事で良いの?」という言葉すら紡ぐことが出来なかった。

 その要求があまりにも魅力的だったから、私は次の日から暇さえあれば机に向かい、テスト勉強をし続けることになった。

 

 

 

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